短編 鬼 | ナノ

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いちについて

所狭しと、ジョークグッズから子供の喜びそうなおもちゃ。
それから本だとか、クッションだとかお皿まで並ぶ店内で私は不死川と肩を並べていたりする。

「なにそれ……ふっ、んん、意外。……そういう趣味があったんだ」

不死川の手の中に納まる、今時のアニメの消しゴムを見ると、その強面に不釣り合いが過ぎる気がして、口元を引き締めようとするのに、口角が上がってしまいそうだ。
けれど、私だって笑われたくない趣味の一つくらいはある訳だから、そういうのを笑うのは良くないと思うわけだ。

「堪えきれてねェ」

私の二の腕を不死川は肘でコツンとつつきながら、少しだけ笑ったような、優しい顔で言う。

「だって、……駄目。……ツボに入って……んふ、ごめ……」
「弟が好きなんだよ」
「弟ね、うん、んふふ、……いっぱい、兄妹、……ふぅ」

そこまで言ってから、ようやっと納まってくれそうな笑いを頬の内肉をさらに噛み締めてやることで、兎にも角にも更に堪える事に専念した。

「ふぅ、……いっぱい兄弟居るって言ってたもんね。」

「ごめんごめん」と続けつつ、ちら、ともう一度不死川の顔を窺い見ると、今度はどう見たって小学生じゃないとかぶらなさそうなキャップを被ってドヤ顔をしてくるから、もう限界だった。

「!!!」

ぶふ!と口から勢いよく空気が漏れ出るのを何とか手で押さえたけれど、その音は勿論外に出ているし、それを見た不死川がニヤニヤと笑っているのだから、私を確実に笑わせに来ているのは確実だ。

「ひど、も!!……ん、ふふ!……もう!!」
「人を見て笑いやがるたァ失礼な奴だなァ」

なんて、すましたふりをしたままで言うものだから、もうさらに笑いを抑えるのが大変だった事は一度置いておこうと思う。


そうこうしつつ、店内をぶらぶらと物色していたら、一際、私の目を惹くものがあった。
『傘』と銘打たれたシリーズのマグで、暖かな色味の中に、黒いシルエットで傘と小さな動物があしらってある。
何だかそれにとてもときめいて、

「わ、見て……ふふ、あえてのテナガザル……可愛い」
「可愛いかァ?」

わからねェ、とでも言いたげに首を傾げた不死川に、

「この可愛らしさがわからないなんて!!」

とかなんとか冗談を言いながら、腕に着けた時計で時間をチェック。

「あ、もうそろそろだ」
「ん、行くかァ」

不死川が、例の消しゴムだけ持ってレジに並ぶ間、然程広くも無い店内だったから、私は邪魔にならないように店の外に出て待つことにする。
ショッピングモールの中の一角にあるこの雑貨屋さんは、どんな世代でもとりあえずは楽しめるようにと手広い商品を扱っている訳だけれど、結局のところのメインターゲットはどこなのだろうか、等と、一種の職業病のように分析を始めたところで、不死川がこちらにやって来た。

「あ、もう行ける?」
「ん、悪ィな」
「喜ぶと良いね」

私がそう言うと、「そうだな、」と少しばかり適当に帰って来る言葉には、棘があるように聞こえるのだけれど、実は照れ隠しが入っている、と言う事を私は知っていたりする。

この後に予定してあった映画へと向かいながら、ポップコーンはキャラメル味か、バター味か、で少しばかり問答しつつも最後には私の主張するキャラメルになる。
いつも何だかんだと言って、譲って貰えたりする。
そういう辺りが「好きだなぁ」って、改めて思ったりするのだけれど、そういう気持ちになった時に不死川を見ると、必ずこちらを見ていたりするから、

「見ないでよ」
「照れてんのかァ?」

質が悪いなぁ、とも。

真っ暗な中で、ド迫力の映像と音響に幾度か体が反応するけれど、それは仕方のない事だと思う。
だから、不死川の手が伸びたポップコーンの箱に、たまたま私も手を入れていて、ぶつかったタイミングで丁度肩が跳ねたのも、きっとその映画のせいにしてしまっても良いのでは、無いだろうか。

今まで散々もっと大変なところを触れて触れられてとしてきたくせに、不死川があの日、チケットをくれて以降、お互いに一切触れていない。
あれ以降、何度もこうして会ってはいるし、つまり、デートだと私は思っていたりするのだけれど。
一向に先に進まない。いや、いっそ進み過ぎていた訳だから、後退したとでも言ってしまおうか。
それは、私に意気地がないせいか、それともまだ、不死川は踏ん切りがついていないのか。
それとも、私はそういう目で見られていない、つまり、『彼女にしたい』と思える程の存在では無かったってことだったりするのでは、無いだろうか。
なんて思っていたり。

何事も無かったように、私はポップコーンの器から手を引き抜いてから乱雑に自分の口に放り込んで、咀嚼しながらドリンクで流し込んだ。
私の左手側に置かれたポップコーンの器がまた、がさ、と動いた気がするから、多分不死川がまた食べたのだろう。

また、ぶつけてしまうかも。
そう思うと、なんだかもう食べる気にもなってこない気がして、あぁ、でも折角キャラメル味譲ってもらったのに!とか、もやもやは膨らんでいく一方だ。

プロジェクターからの光が、不死川の頭をかすめるように照らしているのをこっそり盗み見したりなんてしていたら、ちっとも内容が頭に入って来そうにない。
どこからともなくすすり泣く音が聞こえても来るのだから、多分今凄く良いシーンなのであろう事は請け合いなのに。
あぁ、勿体ない!
と、その気持ちも、飲み下してしまいたくてもう一度ドリンクに口をつけた。

もう、クライマックスだ。

「行かないで!」と叫ぶヒロインの言葉なんてなんのその。
振り向くことなく去って行くその主人公に、私は『そんななら無責任にキスをするな』と言葉をぶつけてやりたい。
死んでしまうかも、って、戦地に赴く上、ヒロインの言葉に耳なんて貸さない癖に、唇にその熱だけを刻み込んで去って行こうとするのは、狡いじゃないか。
「待っていてくれ、」って、言いもしない癖に。
酷い。

また私は映画に集中できたらしく、そんな事を考えながらポップコーンに性懲りも無く手を伸ばして、また手が、指先がぶつかった。
不死川の方を思わず見ると、身体を半分は私の方に向けた不死川が、今度はぶつかった手を『逃がさない』とでも言うかのように指先をゆっくりと絡めて、「見てろ」と言うみたいにスクリーンの方を顎でしゃくる。
その癖、指先を持て遊ぶみたいに少しだけ絡めて、握って、滑らせて。

不死川が言う通りに逸らしていた視線を、また不死川に向けて、あぁ、失敗したなぁって初めて気が付く。

ちっとも映画なんて見てないじゃない。

口パクで、『ばか』と呟いたのがきっと伝わった。
少しだけ、肩を揺らして席に深く腰掛け直していたけれど、今度は、「映画見てないときにして」って言ってやろうと思う。
けど、きっと言えないのだろうな。



結局、映画館の中でそれ以上の何かがある訳も無く、感想なんかを言い合いながらも食事をして、サヨウナラ。
いつもの流れを私達は熟した。


その翌週の金曜日には、また不死川と食事をしていたりして。

いつも、不死川と食事をして、程々の時間になると最寄り駅まで送ってもらって解散。
これがいつもの流れで、今日だってそのハズで、駅徒歩5分でかつてここまで悩む事などあっただろうか。
たった5分歩いているだけで、頭の中がパンクしそう。
だからつまり、特別な用意だってしていないし、それでもまぁ、下着を上下揃えるくらいはしたし、ムダ毛だってチェックしてるし、足にも制汗スプレーを振ってるし、って、思ったよりもずっと準備はしてしまっているけれど、そんな、こんなつもりは無かった。

「入らねェのかァ」

よくあるマンションのドア。
その中にある玄関のたたきで、ドアを開いてくれている不死川には、自分でここまで何も言わずに着いて来たくせに、言いたい事が山のようにある。口の中で踊り狂っている。
そんな私に気がついたのであろう不死川は、小さく笑って、

「別に、何もしねぇよ。」

茶ァ飲むくらいなら、良いだろ
なんて爽やかな言葉を吐く。
でも、ここまで来ていて言う事では、勿論ない。勿論ない、し、私が悪い。
のこのこ来たのだから。
でも、多分付き合ってない筈、の男の家に、しかもこんな時間に、ちょっと詳しく言うと夜遅くに上がり込むのって、どうなんだろう。

「……お邪魔、します」

じゃないわ。
くたばれ自分。

案内されたリビングルームに備え付けてあるソファに腰を下ろして、少しだけ、頭を抱えてみる。
また、元通りになったらどうしよう。
不死川がそんな男だとはもちろん思わないけれど、これでは、私が自分がそういう奴だと言っているみたいだ。
目の前の真っ暗な、薄っすらと私の情けない顔を映すだけだったテレビが、プツンと音を上げて明るくなった。
「はぁ」と、こっそりとため息を落としたところで、目の前のテレビとソファの間にあるこぢんまりとしたローテーブル。
そこに置かれたマグカップ。
それには見覚えがあり過ぎて、先までの鬱々とした頭の中身が成りを潜めた。

「わ、これ、持ってたんだ!」
「んな訳ねェだろ」

すかさずされた否定と、隣に圧がかかって沈むソファ。
思わず、不死川の方を向くと、ため息を吐きだした。

「買ったんだ。不死川も可愛いと思ってたんじゃん」
「お前が、欲しがってたんだろぉがァ」

そう言いながら、自分用に淹れたのであろうコーヒーを、全然デザインの違う、シンプルなマグで啜る。

「……え、くれるってこと?!」

私に視線を向けた不死川が、何も言わないので、

「え、持って帰っていいの?あ、違う?」

と、矢継ぎ早に聞いてしまって、その言葉によって不死川に吐き出されたため息に、少しばかり後悔する。

「ンで、そうなんだよ。……ここに置いときゃ、いつでもここで飲めるだろォ」

私から視線を逸らしながら言う不死川に私は聞いても良いのだろうか。
高校生でもあるまいし。
なのに、こんなに逸る心臓をそのままに、聞いてしまっても良いのだろうか。

私達って、一歩進むって認識で良いですか?
なんて。
でも、不死川の方から聞きたいから、ちょっとだけ意地悪でも許しもらえたりしないだろうか。
多分、こんな顔では、全くの説得力も何にもないんだけれど、

「……でも、付き合ってもないし、そうそうは、来ない、……かなぁ」

私のその言葉に、大きく目を見開いてから、凄く苦い顔をした不死川の口から出た言葉を、私は暫く忘れる事は出来ないと思う。

「あのなァ……」

そう言って、また舌打ちをしてから、「言わなきゃわからねぇのかよ」と、ボソリとおとし、続けられた言葉に私は多分顔を真っ赤にしてる。

「名前、……」


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