短編 鬼 | ナノ

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真白な猫は菫の瞳で空を穿つ

年収650万円 ボーナス込み。
29歳 入社7年目 役職:主任 独身・彼氏無し 貯蓄有
それが私の現実で、私の社会評価。
令和をかける女会社員は上司からの圧力、言う事を聞かないモンスターじみた部下。
同僚からの嫉妬に、後輩からのプレッシャー。さらには親からの「結婚は未だ?子供はどうするの?」の口撃。さらには運動不足、加齢等の甘えによる体重の増加の現実。
それらすべてに耐えうる精神力は私は持ち合わせていない。
ストレスと言う荒波に揉まれに揉まれ、絞り切られたカスになった私に残るのが先に挙げた所謂『社会的評価』。
_満足、は、それなりにしている。
_充実、は、それなりにしている。
_ただ、刺激も癒しも、毎週末の飲み歩きだけでは圧倒的に足りていない。
でも不満がある訳ではない。
それなりの、同年代女子に比べたら、むしろ高額なお給料だと思う。
名のある会社にお勤め、も出来ている。
ひとえに高校から必死になっていたアルバイトでの実績が実を結んだ結果ではあるのだけれど、一番は、人に恵まれた。
だからこそ、私は人との関わりを何よりも重視するし、その為の出資は惜しまない。
そうすると手元に残るのは、上司からの「期待」と同僚からの「妬み」と後輩からの「プレッシャー」
_名前なら、これくらいできるだろう?
_簡単にできるんだから、それくらいやってよ。
_えぇえ、やりたくありません、それって、僕がやらなくちゃあいけないことですかぁ
そうだよお前がやる事だよ、簡単だよ、他にやることがなけりゃぁ、だから、できるよそれくらい。こんなに、仕事を、振ってさえ。来られなければ!!
そう息巻いていたのはもう遥か昔。
今はもうとうに諦め、定時退社していく後輩の背中を恨みがましく睨みつけるだけにとどめている。
それ以上の某は、ひとえに時間の無駄だと知ってしまったからだ。


そんな私に転機が訪れたのは、昔馴染みであったとある男に、これまたとあるサイトを紹介されたことであった。
なんてことの無い一見、「誰だよ」とでも言ってしまいたくなる男のプロフィールの載ったホームページ。
その中の丁度中ほど。
『こんな僕ですが、見ていただきありがとうございます』
何だか不自然な位置にある、不自然な一文。
そのうちの、『見て』にカーソルを合わせてやると、ぐるり、と文字が回る。
そこをタップすれば、容量が重いのか、少しばかりローディングに時間を取られる。

「君が求めているモノはここにあるぜ」

そう言って、男に渡された紙に書いてあったURL。
そこに私は何を求めたというのか。
男に、「隅から隅まで探すと良い」そう言われたから、探した。
けれど、私は本当にこれを求めていたのだろうか。
本当に、これが、欲しかったのだろうか。

画面の向こう側に並んだ裸体の男たちが、腕を後手に縛られて、首から値段を引っ提げ、薄暗い室内でちんけなパイプ椅子に腰かけている。
カメラがあるのだろう付近を、これでもかと睨みつける生意気そうな黒髪に、隣の男に楽し気に話しをしている、……言い直そう。怖いのかもしれない。
ぴぃぴぃ泣きながら隣の男に可能な限りすり寄っている金髪と、これまた苦笑でそれを受け入れている優し気な、それでいて力強い眼をした赤毛の少年。首に下がった値札には、カタカナで本名かは分からない名前と、()に括られた年齢。
先も紹介した価格。
それがおさまっている。
皆それぞれがそれぞれに抱える某があるの、かもしれない。
わからない、けれど。
まるで胸焼けしたみたいに息がしずらくなった。

迷うことなく例の男にコール。
数度、架電音の後、「はい」静かな男の声に、画面との温度差に_違う。私の心との温度差に眩暈がした。

「……これ、……なに」
「あぁ、気に入っただろ?好きなのを選ぶと良い。あの赤毛の子なんか、手軽だし、従順そうでいいだろ?」

あっけらかんと答える声に、カっとまたお腹の奥が熱くなっていく。

「こんなの、違法_」
「君が、言うのか?それを?_本当は、誰かに必要とされたくて仕方がないんだろ?
この子たちは、ここを追い出されたら、次はどこに行くと思う?
察している通りだと思うよ。
これはこの子たちの望んだ道だよ。
君は気にせずに、欲しい物を選べばいい」

私はその言葉に二の句を告げることは出来なかった。
画面の向こう側に居る男たちは、矢張り生きていて、首に自身の値段を引っ提げて。

「あぁ、一つ、良い事を教えてあげよう。_ココは満年齢、24までなんだ。……サネミが、確かもうすぐ終いだな」

男の言葉に、目が、その『サネミ』を探してしまう。
別枠に切り取られている、小さなカメラに捕らえられたその男_サネミは、先の画面の右下。
まるでテレビのワイプのように切り取られてそこにいる。
一人だけ、価格が桁違い。
いや、桁は一緒なのだけれど、あまりにも、__いや、言うのはよそう。
命に値段をつけるだなんて、と、良心が咎めてくるのだ。

「こう、言うのは、……望んでない」
「本当に?__君の言う、帰れば『ただいま』に『おかえり』を返すぬくもり、だぜ?君が言っていた事だろ?君だけがトクベツで有れる誰かと、共に有りたかったんだろ?」

これで叶うじゃないか__
笑う男は、私の幼少期を唯一共に過ごした男だ。
でなけば、警察に即刻通報したのかも知れない。
本当は、した方が、良いのかもしれない。
けれど、彼らはその後、どうなるのだろう。

サイトによれば、彼らは己が借金の為に、ここに居るらしい。
己の借金を、誰かに肩代わりしてもらうための売買。
もし、それで売れ残ったら、それを考えるのはよそう。

「……いら、無い。……要らない」

私の声に、クツクツと、男の喉の音だけが、機械越しに返ってきて、電話は切れた。

画面の向こうでは、こちらを一向に向かない真っ白な頭が、『サネミ(23)2600万』を引っ提げていた。


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