短編 鬼 | ナノ

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ケータイショップKiMeTsuへようこそ

ケータイショップのKiMeTsu〇〇店、これが私の勤め先。
ケータイショップには多種多様なお客さんが来る。
機種の変更。
プランの見直し。
新規での購入。
何より多いのが、故障。それと、操作の説明。

私はこの操作の説明から、タブレットの有用性を説き、新規でタブレットの購入を促す。
といったような、何方かと言うと売り上げに対してプライドを持っているし、毎月バックヤードに張り出される前月売上結果(店内ランキング)を眺めるのが大好きだ。
何故なら自分が一番だから。
いつもてっぺんに自分の名前があったから。
4月になると、新人も入ってきてそれこそ研修生の彼らの面倒を見ていくことになるのだが、
なにせ昨今、新規契約氷河期に入っている。
故に、ケータイショップでは中堅にあたる、たった三年しか社会人をしていない私は彼らの教育担当を任されることになってしまっていた。

「いやです。私の数字が落ちます。」
「今度からは取れる新人を育てることが、君のステータスになる。ひいては、昇進につながる」

クサイ店長のセリフに反吐は出るが、その手に握られている『チーフ』と書かれたバッヂ。
そこに私の名前が彫られる。その未来を想像して背筋が伸びた。ぞくぞくする。
響凱 と掘られた名札には勿論店長の名前がある訳で、名字の名前の上には、小さくチーフ、が彫られるわけだ。
やるしかない。

高校を卒業して、フリーターを一年と少し。
私は一体この先、どうして行くんだろう。
どうやって生きていくんだろう。お母さんも、お父さんも、私より先に死ぬのに、「やりたい事がない」たったこれだけの理由で、下らないと斬り捨て、大学にもいかず、就活もせず。
いとこのこうちゃんが、生きて行っているから大丈夫じゃん?とか、ニートと親に叱られている1コ上の彼をずっと尊敬してしまっていた私はそんなところまでリスペクトしている様な、何と言うか。
別に、本当に尊敬していた訳じゃない。
決して。
兎に角、そうこうしていて、バイト帰りの青い青い空の下で、飛行機のゴーってがなる音を聞きながら、ふっと気が付いてしまったのだ。
この先に待つのは、遊ぶ友人も、仕事の苦言を言える友人もいない、暗い人生なんじゃない?て。
そう思ってからの、行動は速かった。
そもそも私は、行動派な人間だと思う。
採用人数が多く、比較的楽に思える、それでいて学が無くても、収入に期待が持てる仕事。
一択だった。
速攻電話した。

けれど、蓋を開けてみれば、何だ此処は!!楽って、言ったやつ!!今すぐ出てこい!!!
これこそ、魔の3Kじゃないか!!キツイ、キタナイ、クサイ!!
何がきついって、お客さんに、ニ時間に一回は怒られる!そうだね!!ケータイ、壊れてますもんね!!
あと、地味に、この仕事、八割方勉強。本当に。高校座学苦手だった奴。マジで向いてない。そう思う。
資格試験、資格試験、資格試験!!からの、新サービス!!新サービス!!新プラン!!修正プラン!!新サービス!
勉強が追いつく暇がない。
キタナイって、もう、ケース取った時の汚さ。UIMカードスロットを開けた時の汚さ。もう、本当に、キタナイ!!
怒るお客さんの、唾が!!飛んでくる!!
もう、本当に。臭いって、何がって。もう、言いたくない。
兎に角、
本当に、キツイ。

けれど私は、そこにやりがいを見つけてしまったわけで。
何だか、毎日自分に挑戦していた訳で。
楽しかった訳で。
かれこれ、数年。ここで、働いています。ってなわけなのだけれど。
私は、別に不良だったわけでも、問題児でも、素行が悪かった訳でもない。
それでも、なんだか不良めいた見た目にときめいてしまうのって、女の子あるあるだと思う。

つまり、何が言いたいのか、と言うと、今目の前で「電話が、繋がらないんです」と、敬語を使いこなすやんちゃ顔のお兄さんに胸をときめかせてしまっている。
ブギーボードにケータイ番号を書いて貰い、店の電話でテストをして、繋がらない事を確認しながら、ちゃっかりお客さんの番号をゲット。
プランの確認もしていきますか?
そう聞いてみると、「いや、今仕事抜けてきてるんで。急ぎなのですが、」と。
袖の無い作業ジャケットを羽織り、半そでのTシャツをまくり上げて、見事な二の腕と肩を覗かせるその色素薄めのお兄さんの目映い事。

「じゃ、直ぐに直せるように頑張りますね!」

と、原因究明。
了承を得て、サクサクっと弄くると、解決。

「本体のソフトウェア、最新でないので、恐らくアプリとの連携が一時的にうまくいっていなかったのだと思います。
あ、あと、こまめに電源切ってあげてください。大体の不調は、稼働量の問題なので、システム終了で治ります。」

ほう、と目をまぁるくしたお兄さんは感心した!みたいな顔を覗かせて、

「助かりました。」

とな。

「最後に、チェックだけさせていただきますね。」

そう言って、店の電話から、お客様のスマホに架電。
『もしもし、聞こえますか?』

「『はい、聞こえます。』」

どこか嬉しそうに言う、真っ白な髪をタオルで巻き隠すようにしたお兄さん。頭の形までまぁるくてかっこいい。

「本当だな、直ってらァ」

どことなく機嫌が良くなったお兄さんに、「お仕事、頑張ってくださいね」って、私が今できる最大限のサービスとしてのいたわりを送っておく。

「あぁ、ええと、名字サン、そっちも。ありがとなァ」

と、私の名札をちら、と見てから席を立ったお兄さんは、去り際まで美しい。
さっき、あなたの倍ほどの年嵩の男性はね、私に、「こんな不良品、売りつけるな!!」って、去り際まで同じような対応したのに、怒鳴っていかれたんですよね。
もう、あれです。
お兄さんのおかげで、今日と言う日は幸せな日になります。
これは確定事項です。

ぽー、と見惚れながらカウンタに立っていたら、「名字さん、次のお客様ご案内しますね」と、耳に着けたインカムから流れてきた胡蝶さんの言葉など、もう流してしまおう。
そう思うくらいには幸せ、なあんて。
お給料分は働かなければ。
残念に思いながら、ブギーボードに書かれた、お兄さんのいかつい見た目からは全く想像できない、少し小さめの、右肩上がりの細い字を消した。





その日、私はとびきり急いでいた。
新サービスの情報が、連休だった私のもとには届いていない。
つまり、私はそのサービスを、今日、オープンとほぼ同時に知る訳だ。
確かにそのサービス一つだけを考えると、大したものでは無いのかもしれない。けれど、それに付随して、そのサービスに絡めて提案できる商材が一体幾つあるのか。
私はそれを知っている。
だからこその、一位なのだ。一位を保つのは、中々に努力をしないと、誰よりも知識を持っていないといけない。
そんな事は私が誰よりも知っている。
私は、この店じゃなく、代理店を通しての一位が欲しいのだ。万年2位は、今期こそ!!そう、並々ならぬ熱量を身に宿していたのだ。
今期は、特別だったから。
今期、一位を取れたら、四年に一度の代理店総会で表彰されるのだ。
つまり、本社の人間に、顔を覚えてもらえる。つまり、本社にスカウトもあり得る。
私も、いつまでも接客が出来るとは思えない。早々に、教育の方向にシフトしたいのだ。可能であれば、売上戦略課!
そうして、毎期、私と張り合ってくるのは、△△店の甘露寺蜜璃!私よりも、一つ下だと言うではないか!
売上率は、彼女に勝てたことがない。
売上総数も、勝っては負けて。それを繰り返している。
だからその分、私は母数を増やさないと、勝てないのだ。
と、言う事で、いち早く店に着き、情報を確認するために急いでいた。
だから、走っていた。
それで、気が付かなかった。

工事をしているらしい、ネットのかかった作業場。その角から出てきた人と、ものの見事に正面衝突してしまい、私は地面に尻餅をついて、彼は手に持っていたケータイを落としてしまった。

「ッ、あ」
「悪ィ、大丈夫か!!」

落ちたスマホを見て、私はサッと、血の気が引いた。
画面、割れた。

どうしよう、バックアップ方法、教えてあげなきゃ、操作できるんだろうか。出来なかったら、USB経由でマウス、……
そこまで考えて、腕に着けていた時計を見る。
あぁ、どうしよう。

「ご、めんなさい!!前を、見てなかったから、」
「いや、こっちこそ、前、見てなかった」
「本当に、ごめんなさい。あ、の……えぇと、ごめんなさい、遅刻しちゃうので、本当に、すみません」

割れたスマホも無視をして、私はその場を後にした。

その日の正午になって、店は朝一の恒例の「操作がわからなくてぇ、」の第一波を終え、ようやっと平和な時間が流れ始めた頃。
私は今日のぶつかった人が、あのお兄さんだった事と、電話番号を伝えて、修理代くらい出せば良かった。
と。
今朝の出来事を思い出したのだ。
ぼう、としていたら、入り口の自動ドアが開く音がして、もう反射のように「いらっしゃいませぇ」と声を出しながらそちらを目の前のPC越しに見る。

「あ」

あのお兄さんだ。
私は慌ててインカム越しに、「私、応対します!!」と猛アピール。
何かを察したらしいフロアに立つ、そのお兄さんに要件を聞いている胡蝶さんは、私をちら、と一瞥してから「じゃあ、行きますね」と私にインカム越しに返事をして、彼を案内をしてくれた。

「こんにちは、担当させていただきますね、」

そう言うと、こちらを向いて、タオルを巻いて隠した頭の下にきょとんとした顔を覗かせてから、

「あぁ、今朝の……確か、前も直してくれましたね、」

口角を少しだけ上げて、どこか余裕を含んで笑う。

「はい。その節は、……お兄さんも、あ、……お客様も、怪我はされていませんか?私、急いでいて、本当に、申し訳ございません。
修理代、払わせてくださいね、急ぎ、手続き終わらせますので」
「いや、ぶつかったのは俺です。前を見てなかった。すみません」
「いいえ、そんな、兎に角、払わせてくださいね!」
「要りません。自業自得なので。あなたに怪我が無くて良かった」
「そういう訳にはいきません。あ、ここにお名前を……兎に角、私はあの時、本当は弁償すべきで、あ、ここに、お電話番号を……ありがとうございます」
「ここですか、……はい。だから、俺が、……あぁ、」

お兄さんのお名前は、シナズガワ サネミ と言うらしい。
言い合いをしながらも手続きを進めつつ、バックアップを取りつつ。
案の定、操作が出来なくなっていて。
USBでマウスをスマホに刺しこみ、SDカードにバックアップを取ることにしつつ、

「あ、イケます。良かった!!お写真と、電話番号、これは確実に残せます!」
「ああ、本当ですか。助かります。」
「ので、私に払わせてくださいね」
「だから、要らねぇ」
「そういう訳には、行きませんって、言ってるじゃないですか」
「俺が要らねぇっつってんだァ」

バックアップの完了、の文字が出るまでは、まだ時間がかかる。
その間に、貸し出しのスマホの設定をしつつ、私達はまだ言い合いを続けていた。
かれこれ15分は、払う・払わないの話をしているように思う。

「なら、半分!半分は、払わせてください!」
「……」

私の真意を窺うかのように、ぎろ、とお兄さん、もとい、シナズガワさんの、初めて会った時よりも鋭い目が動く。
目を逸らさない私に、負けた、と言うように、椅子の背もたれに体をぐい、と乗せてから、

「名字さんは、強情ですねェ」

ちょっと笑った。
悪戯っぽく細まった目もそうなのだけれど、頬に、入った傷が、きゅうと、シナズガワさんが目を細めた事で少しだけ上に上がるのが、なんだか可愛い。
きゅ、と鼻の下を人差し指でかくように擦ってから、その悪戯に笑った顔で言うのだ。

「なら、その分で、メシでも行きませんか」

それから外をちら、と見た。
つられて見た、店独特の大きな窓には、店の前を歩く人たちが、鞄を頭の上に掲げたり、折り畳みの傘を鞄から出していたりと、忙しない。
雨が、降っている。

「俺の仕事は、今日はもう出来ねぇなァ。……名字さんは?今日、何時までですか」

時折混じる、口調。
これが彼の本来の話仕方なのだろう。
ズルい、と思う。
ギャップ、的な?だって、かっこいい。
高卒上がりの、学のない私には、魅力的に見えてなりません!ていう。

「……は、やばん、なので、……今日は、19時、までです。」
「晩メシ、どうですか」

大きく、ふんぞり返る、みたいに座っていたのに、先ほどから、そのまま身を乗り出して、カウンターの衝立にまるで隠れるみたいにしてそう、嘯く。

「……是非、」

私は、緩む口元を隠すように、手をあてた。


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