短編 鬼 | ナノ

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あきらめましたよ・下

風柱 不死川実弥には継子が居る。
そう認知され始めたのは、不死川実弥が継子をとってから数か月を過ぎた頃。
告知をした訳でも、大々的に広めた訳でもないのに偉く広まるのが早かった。
それは不死川実弥が通常継子をとることが珍しい、と言う事も事実ではあったが、自身は知らなかったその隊士は鬼殺隊ではちょっとした有名人であったからだ。

まぁ、それも納得。
隊士の歴としては不死川とは殆ど変わらない。
何なら不死川の合格した選別の次の選別での合格者だったらしい。
故に、年頃もさして変わらない。
つまり、まず歴が長い。
何故こんな紹介をしているのかと言うと、ひとえに今、不死川実弥が困惑に困惑を重ね、ついに根を上げたからである。

その隊士の名を名字名前と言い、彼女との出会い、厳密には再開は、それはそれは強烈なものだった。

不死川実弥の元には週に一度程度の頻度でとある手紙が来る。
時に郵便で邸宅に投げ込まれていたり、烏が運んでいたり、隠伝手に渡されたりとまぁ、様々な方法で渡ってくる。
その中には、要約すると「継子になりたいから、一度任務一緒に連れて行って見てください。風柱様カッコいい」と言う内容がそれはもう、つらつらと、仰々しく、
何ならいっそ気色の悪い表現で書いてあるのだ。
最後に 名字と記載されているものの、姓はともかく、名前は愚か性別も不明と言う、いっそ失礼こいた手紙であった。
ただ、屑籠に入れてしまうにはあまりに想いの入ったそれに、不死川はいつかまとめて焚き上げてもらおう。と、近くの神社の焚き上げの予定日を確認する心づもりですらあった。
それがもう数十通になり、宛名を見た瞬間もう殆ど読まずに念の為目を滑らせてサッと懐に仕舞うようになっていた。
例に漏れず、その日とてやって来た。
その日は宛名だけ見て、不死川はサッと懐に仕舞った。
わざわざ柱合会議開始の目前だった為、お館様こそいないが、そこにはいつもの面々が雁首を揃えていたのだからいただけない。
ひょい、と胸元に手を突っ込まれたかと思うとその手紙を宇髄が攫っていき大声で読み上げた。
勿論、不死川はキレた。
伊黒と甘露寺はこっそり笑ったし、冨岡はうんうんと頷き「よかったな」と燃え盛る不死川に更に燃料を投下した。
煉獄は豪快に笑い、胡蝶はつんつんとキレる不死川をつつき上げ、最後まで読み切った宇髄がささっと何かを認めてから烏に持たせ、それから腹を抱えて暴れ笑った。
もう混沌としたその場を諫めるものはおらず、みんなどこかにこやかにしている。
よかったね、不死川、状態である。
勿論、本人である不死川実弥を除いて__であるが。


その日、宇髄のせいというか、おかげというか、そのまま件の隊士と任務に当たる事となった不死川は、目の前に現れた人物に刮目した。
もう、目ん玉がまろび出るくらいには瞠目した。

その隊士はぜぇ、はぁと息を切らし、時折、どっから出してんだその声は、と言う音を漏らしながら、クソほど大きな声で挨拶をして、ニコリと笑う。
そうしていれば、「ごめんなさい、遅れてしまいました、」と肩を竦める普通の女性である。
ただし、この女からの文はどう見ても硬い男の字であったし、戦歴は目を剥くものがあった。つまり、かなりの期待を寄せていた。骨のある、男の隊士を。
何故女がいけなかったのか。いや、いけないわけでは無い。
ただ、不死川実弥の中で、女である可能性が果てしなく皆無だったのだ。
けれども蓋を開けてみれば、まぁ使える。
確かに、粗削り。危険な動きも散見される。これから、と言うところではあるが、有象無象にしておくには惜しい、そう思わせる動きをする。
これからが楽しみだ、と素直に思わせられた。

けれどもこれまた破天荒な女であった。
不死川実弥の目下の悩みはこれである。
色々と、やばい。
そう、やばいのだ。
一つ、まるで自分を周りがどう見ているかなど、一切考えない。
男の家で、まぁ、この場合は師匠の家、となるから少しばかり話しは変わるのだけれど、兎に角、大胆かつ豪快に服もサラシも取っ払い、殆ど全裸で庭で水浴びを始めるのだ。頂けない。
二つ、危機感が仕事をしていない。
いかなる理由があろうとも、不死川は女のすぐ近くで眠る、と言う事をしてこなかった。これは常識だと思っていたし、襖一つの隔たりでは心もとない。せめて三枚は隔てたかった。
それが、一枚を隔てた、と言うよりも、自身の部屋のすぐそばに、何なら真ん前に「どうぞお食べ」と言うように丈寸の合わない、しかも不死川の着流しを纏い艶めかしいまでの脚を覗かせた状態で転がっている。
直後に雷を落としたのは言うまでもない。
更に言うと、ほんのりと脳裏に{据え膳」と言う言葉と「恥」と言う言葉が頭の中で追いかけっこを始めたのだからさらにいただけない。
あと、三つ目。一番勘弁してほしい。
疲れた、と言う時に吐息が漏れるのはわかる。百歩譲って、「あぁー、」と言う間延びした声は許そう。なんならどうでも良い。
出したきゃ出せばいい。
何故この女は情事のさなかのような艶っぽい音を零すのか。「ふ、……ン、」等と、どっから出してんだ、と何かをどつき回したくなる。
これだけは何度言っても本人が理解しておらず、「?はぁ、今後、気を付けます!ご指摘ありがとうございます!!……ふ、ぅ」と。直させるのも骨が折れるのだ。
一度、煉獄が「借りたい」と言ってきたものだから、貸したものの、

「いやはや、困った。あれでは、その、支障の出る隊士も居るやもしれん!!」

湾曲的には言うものの、つまるところは厭らしい気持ちにさせるのだ。
もう、頭を抱える他ない。頂けない。

それでもまぁ、可愛い奴だった。見てくれがどう、とか、そう言う事ではない。
それこそどうでも良い。

「風柱様!!ただいま戻りました!!!おいしいと噂のおはぎを見かけたので、献上させてください」
「毎度毎度、要らねぇつってるだろォ、ンなもん買いに行く暇があんなら刀の一振りでもふれェ」
「はい!ので、その分は全力で走って帰ってまいりました!!」

「風柱様ぁ、見てください、風の呼吸を真似してみたら!!風柱様には一分も敵いませんけれど、どうですかね!!」
「もっと、こう、腰を入れろォ」
「はい、こう、ですか?」
「いや、……こう、だァ」
「ん?こう?あれ?」

腰に手を添えて捻ってやると、真っ赤になって

「?こう!あぁあ!!出来ましたぁ!!」

そうはしゃぐ。
まあ、平たく言うと剣術馬鹿。強くなることしか考えてないのだ。恋だのなんだので色めかれるよりはずっとやりやすく、色眼鏡も無くしっかりと見れる。
ただ、本人同士が仮にそうでも周りはそうではないのだからそれはいただけないけれども、それに対しても名字は毅然とした態度で言うのだ「何言ってんだコイツ(要約)」と。

この前は宇髄が恋だの愛だのを嘯いたところで、

「はぁ、……風柱様は神です。神に愛していただきたいと思うのは当然ですし、そのために修練を積むことも、捧げものを献上することも至極当然の事です。しかしお考え下さい、私共のような下々に、神が目を向けることが果たしてあるでしょうか。
私たちは食卓に並べてある小鉢に恋心を抱くでしょうか。それはつまり、そう言う事だと思うのです。」
「お前、今俺の事を地味に下々つったか?」
「いいえ、そう言う意図はありません、が、音柱様は神、と呼ぶには少し、……こう、……」
「残念だったなァ、宇髄ィ」
「お前、でもこれ、恥ずかしくねぇのかぁ?」
「…黙れェ」

と、こうなる訳だ。
まぁ、この女が強くなることに必死である事も、不死川に近付こうと努力を重ねている事もなんだかんだ可愛く、まぁ、良い後輩、良い弟子を持った。
そう思うのだ。

ただ、それが少し変わり始めたのはつい最近の事。
この女が、男の隊士に言い寄られているのを目にしたことからすべては変わり始めた。
いっそ清々しい程に、「私は神に仕える身です。そのような俗物的思考はそれ以降考えたこともありませんでした。……お応えできかねます」バッサリと、それはもうさくっと斬り捨てた。
それはそうと、目の前ならいざ知らず、他所でも言っているとは不死川は考えていなかった。
神ってなんだ、お前、俺に仕えてんのか?俺がつかわせてんのか?等と頭を少しばかり捻ったけれども、まぁこの女の思考は理解できない事が往々にしてあるのでその思考を不死川も斬り捨てることとした。

けれども、そうかこいつは女なのか、とそこで意識をし始めてしまうと、もうそうとしか見えなくなってしまったのだ。
勿論、だからと言って指導で手を抜くことはない。万に一つもない。それはお互いの為に一厘にもならないからだ。
だからと言って、一度も意識した事が無かった、ということになる訳もなく。

「ふっ、ざけんなァ!!どこに脱ぎ捨ててきやがったァ!!!」
「ひぃん、ご、ごめんなさいぃ!ふ、風呂場に置き忘れて、と、取りに行きます!!!」

以前ならそこまで気にならなかった、いや、多少気にはしていたが、それは良い。詰襟を置き去り、シャツ一枚で屋敷の中をうろつかれることも堪える。
まぁ、そこまで破廉恥な恰好な訳でもないのに。
また、別の日は。

「ハ?……お、ま、……ン、だァ、その、隊服はァ!!!!」
「や、破れてしまって、その、隠の方に、出して頂いて……」

勿論その日の任務は行かせなかったし、おかげで被害が増えたらどうする、と隠を叱ったし、名字にもその場で指摘しろと怒鳴りつけた。

「でも、恋柱様と変わりないと思うのですが、」
「あれはあれで普通じゃねぇだろうがァ」
「ハ!そ、そうですね!!柱と同等に自分を考えるだなんて……」

そうじゃねぇ、とは思ったが、疲れるのでもうやめておいた。


「風柱様……」

そう泣きながら帰ってきたのはついこの間の事だ。
まぁ、珍しい事だと不死川は思う。いつも強気であるし、仮に自身が不甲斐ないが故に起きたことはきちんと反省して、踏ん切りをつけて帰ってくる事の出来る人間だ。それが名字だった。
だから気に入っているし、見込みがあるとも踏んでいた。
少しだけ、気になったものだから、つい、だ。
ついその呟きとべそが聞こえたものだから、不死川は部屋を訪ねたのだ。
もう、後悔しかない。

「これからも、おそばに置いてください……」

しおらしく、そう言うのだ。
何言ってんだ?と、その場では「お前から出て行かなきゃなァ」と、そう応えた。
けれど、ここからが始まりだったのかも知れない。

暫く。その言葉も忘れそうになっていた頃、街をぶらついていた時だった。まだ日も登ったばかりで、人通りも少ない。きっと、そのせいだった。
奇しくも煉獄杏寿郎が想いを告げられている場面に遭遇してしまったのだ。
野暮なことはできねぇ、と踵を返したところで耳に届いた言葉に、不死川実弥は瞠目した。

「お慕いしているのです。お傍に、置いては頂けませんか」

不死川の頭は真っ白になった。
何も頭髪の話ではない。文字道理、頭の中から思考と言う思考が消え失せた。
息すら出来ていたのか分からない。
胸が少しばかり痛痒く、足を動かし始める事が叶ったのは少し経ってからだった。
この動揺を何とかしたく、不死川は走って邸まで戻り、その日何のために外出していたのか、理由も忘れて庭でひたすらに素振りをした。
もう、日も高くなり、真昼間に差し掛かったところで、

「あぁ!是非!私にも稽古をつけてくださいませんか!!」

任務帰りだったのか、ボロボロになりながらもそう言って駆け寄り、いつものように名字は刀を振り上げる。
不死川は「ほ、」と息をついて、文字道理、いつもの如くねじ伏せた。
あちらこちらに打ち身もあり、痛いだろう。
それでも、この女は愚痴も文句の一つも零さず、五体投地で「ありがとうございました!!」と言ってから笑顔を向けるのだ。

不死川はやっと安心できた。
惚れた、腫れただ、馬鹿らしい。
そんな甘っちょろい気持ちならとうにここにコイツは居ないだろうよ、と。

安心出来たら唐突に眠くなった。
そう言えば、自分はいつ眠ったろうか。とそこまで考えてからが速かった。
重たい体を引き摺って、何とかかんとか自室に辿り着いたところで、縁側に体半分を遺した状態で眠り落ちてしまった。

あまりにひどい喉の渇きだった。
考えたら、稽古の後、何も飲んでねぇ。と、そこまで考えてようやっと重たい目を開くと、目の前には綺麗な手拭いがかけてある湯呑。
不死川はそれを無造作に引っぺがす。中には水が並々と注いである。ありがてぇ、と口にしようと体を起こしたところで、薄手の着流しまで腹にかけてある。
至れり尽くせりの状況に、またあの見ず知らずの女の声が頭に響く。「お傍に置いては頂けませんか」
それから、ここにともに住んでいる、あの女の顔である。
もうやめろ、と頭を振り、湯呑に茶でも淹れよう、と厨まで出向くことにした。
あと数歩でつくか、と言う頃に、屋敷の世話をしに来ている隠の声が響いてきた。

「にしても、毎度、眠らなくていいんですか?風柱様居られるときは、絶対に炊事譲りませんよねぇ。あれです?ホの字なんです?」

どう答えるのか、それが気になった。
もう、答え合わせくらいのつもりだった。
コイツは、そうじゃねぇ。と。
けれどもしも、浮ついた考えなので有れば、もう出ていけと、そう言ってやる。叩き出そう。
不死川の決意は硬かった。

「ええ。そうですね、惚れてます」

なのに、真っ直ぐな、それでいて凛とした名字の口から出たのであろう音に、息が止まった。

「だって、私の全てですよ?」
「ははぁ、もう、熱烈ですねぇ!」
「あんなに美しくて強い人、惚れずにいられる人が居たら、見て見たいです」

そう、ふ、と息を吐く名字の声に、頭が冷静さを取り戻していく。
恐らく、不死川の声を代弁した、そう思う程には続く隠の声は不死川の想いそのものだった。

「あ、そっち、すか」

その声を皮切りに、女の足音が聞こえてくる。
離れなければ、と考えるのに、不死川の足は動かない。

「どう取ってもらっても、良いですよ。だって一緒でしょ?お傍に居たい。そう思うんだもの」

ついに不死川は動けなかった。
空の湯呑片手に、厨から出てきた名字名前と、視線がゆっくり絡んでいく。
そうして花が綻ぶように名字は笑う。

「おはようございます。風柱様」

きっと、熱烈な、触れれば火傷をしそうなほどの想いの綴られたあの手紙を、俺は生涯捨てられる日は来ねぇ。
どこかでそう、確信めいたものが不死川の中に残った。

「アァ」


あきらめましたよ、どう諦めた
あきらめきれぬと、あきらめた

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