短編 鬼 | ナノ

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あきらめましたよ・上

通算四十七通目。
これは私が今まで風柱様に送っている共同任務希望届と言う名の恋文である。

「違うわ、後藤さん……そこは筋繊維の一筋まで、です!」
「知らねぇや!お前、自分で書けよ!!」

ぶつくさ言いながらも書いてくれるのは馴染みのよしみなのか何なのか。
任務の終わりにこの後藤と呼ばれている隠を見かけると必ず私は声をかけるのだ。
理由として挙げられるのが、ひとえに私の字の拙さである。
でもそれすら理由があって汚いのだから勘違いはやめて欲しい。
お館様にまで遠回しに「任務報告書、もう少し綺麗に書いてくれたら嬉しいなぁ」とお手紙を頂いたのだから風柱様に私の見苦しい字を見せるわけにはいかない。
何と言うか、棒状のものを握ると手が凄い力で握りしめてしまって、震えて字が揺れるのだ。
これは何度も練習したのだけれど、どうにも力んでしまっていけない。
刀を握る分には問題はない。強く握ってもこれは重すぎて逆に震えは止まっているのだから。もうすっかり鬼殺が身に沁みついているのかもしれない。
そう思うと格好が良いものだから、そう思う事にしている。

兎に角、後藤さんに書かせているのは、

継子にして欲しい。その為に実力を見ていただきたい。
けれども任務が全く持って被らないのだから、貴方から指示すれば一緒に任務に就けるのではと考えるのです。
なので恐れ多いですが、一度私を指名して合同任務についてはいただけませんでしょうか。(要約)
私がどれだけあなたに憧れているのか、お話しさせていただきます。
出会いは一年半も前の事です。
私ども平隊士は全く持って歯が立たたず、蹂躙されるばかりだった下弦の参との交戦の時の事でした。
覚えておられるか分かりませんが、そこに居た雷の呼吸の平隊士めにございます。
呼吸は確かに違いますが、私は貴方の闘う姿にいっそ神々しいまでの、崇拝に近いまでの憧れの念を抱いてしまったのは、もはや運命だと考えております。
縦横無尽に飛び掛かる様の軽やかさの奏でる美しさもさることながら、足の指先一つまで、筋繊維の一筋までもを武器として使っておられるかのような体の操術。
これを神業と呼ばずして何と呼ぶのか無知蒙昧な私めにはわかりません。
繊細で荒々しく、時には軽やかに、一撃は重く。
そのお姿は、この矮小な私めの心の臓を南蛮銃の如くぶち抜いていかれました。
貴方の闘う姿に惚れました。
どうか、どうか、私めにその技術の一かけら、塵の一粒でも授けてはくれませんでしょうか。(要約)
参考までに、今月現時点での討伐数、今月一月での歴を記させて頂きます。
誰よりも、貴方の継子に相応しい人間で有れるよう、一年間、己を磨き続けました。
どうか、今一度私を継子に迎える事をご検討頂けますと幸いでございます。
朝晩はまだまだ冷え込みが激しいかと思います。
どうぞご自愛くださいますよう。(要約)

と言う旨である。

「だぁ、から、長いんだよ!読まねぇよ!」
「そうかなぁ、……でもどこも削れない!!」
「柱も暇じゃないんだぞ!もちろん俺もなぁ!」
「ありがとうございました、お礼です」

かすていらを渡すと、大人しく引き下がってくださる後藤さんは本当にいい人である。
そうして、後藤さんに認めて頂いた風柱様への恋文を今日も私は烏に運ばせ

「想いが届きます様に!!」

大きく空に二度拍手。
ため息を吐いた後藤さんは

「まぁ、しっかりやんなぁ」

毎回ひらりと手を振って去っていかれる。
隠、後藤。これまた格好のよろしい殿方だ。

基本的には柱の方から直々にご指名が入り、こちらも承諾をすれば継子と師としての関係に相成れる訳だけれども、風柱様と蛇柱様はこれはもう厳しいお方故、そもそも隊士の選別の目が非常に厳しい。
少しでも見劣りする事があれば即刻眼中から外されてしまう。
だからこうして自分から売り込みをする事は毎回それなりの勇気と覚悟が必要ではある。
ただ、私には絶対に認めて頂ける、と言う確信があった。
風柱様に憧れを抱いてから二月後。
私は出会ってしまったのだ。
それは、国際柔拳くらぶ。南蛮風に言うと、ボクシング。
運命だと思った。
強い鬼の首を斬るには、いささか私の筋力では骨が折れた。だからずっと、鳴かず飛ばずの討伐数で、まぁ、階級だって、下から二つ目、三つ目と言ったところ。
けれど、ボクシングで学んだ技術。これが凄かった。
ヒットアンドアウェイと言われる戦法から、カウンタアなるタイミング法。
ボクシングよりも南蛮の言葉の方が難しくはあったけれど、学ぶことに半年以上。その時を費やしたことは今でも誇れる結果として現れてくれている。
討伐の数だけならば五拾はとうに超えた。後私に足りないものは、ひとえに風柱様の如く嵐のような起動力、いっそ神業とまで称したくなる応用力に順応力。つまり、立ち回りである。

毎夜、鬼を探し駆け回りながら胸にぽう、と火が灯るのだ。
あぁ、あのお方は今も舞っておられるのだろうか、あの美しいまでの鋭い眼光で鬼をひたと睨みつけて斬り上げているのだろうか。
鬼が、いっそ、羨ましい。

そして、初めて、初めてである。
四十七通目にして、『派手に次の任務で見てやる』とたったの一筆。
もうこの手紙は私の未来永劫家宝になると思う。
胸がはじけ飛びそうだった。
弾け飛ぶほどあるかどうかはさて置き。
嬉しい、嬉しいと飛び上がって喜んだのだ。けれど、その後烏に告げられた任務地の遠さに愕然とした。

「は、?……間に合うかしら」

間に合うかどうか、ではない。
いかなくてはならない!!これを逃せば、もう好機はないだろう。
もう、必死だった。
夕刻、もう時刻丁度、本当に丁度だったと思う。
土手になった畦道から少し林に近い位置。
もう立ち去ろうと歩き始めたのか、なにせ、背中を預けられていた木から体を起こし上げ、禍々しい『殺』と記されたその純白にも見える羽織の全体を見せた頃に何とか辿り着いたのだ。

「おせぇぞ、ォ……お前、女、……だったのかァ」
「お、お久しぶりに、ご、ぜぇ、ざい、……ふぅ、ございま、ぜぇ、は、……ん、ふ、」
「お、おう、落ち着けェ」

かけられる優しい言葉までもが涙腺を刺激してくる。
もう、涙目だ。

「は、は、……名字名前と申します!!本日は、どうぞよろしくお願いいたします!!!」
「お、おゥ」

ゲコゲコと煩いかえるの合唱に負けないくらいに大きな声で頭をたっぷりと下げて挨拶をした。
じーじーと他の虫の声まで煩い。風柱様の声に紛れないで頂きたい。

「あの!!本当にありがとうございます!もう、風柱様と一緒に任務が出来る日が来るだなんて、卑小な私めは、もう、もう、それだけで!」
「本人だったわァ……」

少しばかりたじろいでおられるように見えるも、確りとお礼は言いたいものだ。

「兎に角、ありがとうございます!!」
「礼は要らねぇ、本気なら、
「はい!是非、見ていてください」
「……ハ、いい度胸だァ」

今、絶対にギラついた眼をしているという自信がある。
体の震えが止まらないのだ。
今すぐ、戦いたい!見て欲しい!!

かと言って、そう都合よく鬼が現れてくれるわけでも無く。
あちらこちらの民家に聞き込みやら、山の中を探したりやら。
一向に尻尾が掴めない。
数歩後ろを歩きながら、暗んできた空を見上げた。

「ふぅ、……悔しいなぁ、ぜんっぜん見つかりませんね」
「油断すんなァ、そうホイホイ現れてくれんなら苦労はしねェ」

風柱様は、普段あちらこちらで「怖い」「物騒」「人を殺していそう」「きっと輩の子供」だのと言われているのを聞いてはいたが、ぜんっぜんそんなことは無い。
何ならお優しい。
元々、私が物おじしない性格である事も勿論あるだろうが、一言でいうのならば「だから何?」である。
尊敬する風柱様で仮に無かったとしても、私たちは「人だった」モノを斬っている。物騒でも、怖くても当然なのだ。それに、そうあった方が、多分都合がいい。
だって、柱になった暁には、「こんなに怖い人が来たのなら、もう大丈夫なのだろう」そう、思ってもらえる。
嘗ての私が、風柱様にそう思ったように。
だから、風柱様はすべてに於いて私の理想とする剣士そのものだったのだ。

「風柱様、……」
「アァ、気付いたかァ」
「はい。……二体、珍しいですね。…つるんでいるのでしょうか」

こちらにニタリ、と私でも少し身がすくむ笑顔を向けて、言い放つ。

「関係ねぇ、斬りゃァ終いだァ」

簡素で、良い。
ほら、やっぱり、もう、生き様まで、理想だわ。

「手出しは無用です。……二体でも、三体でも。……絶対に勝ちます」
「……ハ、そうかィ」

血気盛んなこってェ、と吐き捨てながらも今度は私の数歩後ろについてくださる。
それから、それから。

「雷の呼吸」
「参ノ型_聚蚊成雷!!」
「からの、電轟雷轟!!」

ぎゃ!!と声を出させる間もなく走ってきていた鬼の首に刀が刺さる。
それから、鬼の走っていた速度を利用して、引き裂く。
ぼす、と首が地に落ちて、もう一体がすぐに目の前に居る。
好都合だ。
さぁ、かかって、こい!!

「伍ノ型_熱、うが、ぁ!!」

スパンと今度は上に弾きあげる。
兎に角、このやり方は技名が言い切れないのが少しばかり辛いところだ。

「……お前、やるじゃねぇかァ」

そう、近くの木にこれまた背中を預けた風柱様がニタリと笑う。

「ごう、かくでしょうか!!」
「まァ……考えといてやる」

帰るぞォ、と隠が到着するのを見守ってから背中を向けて歩き始めた風柱様に着いて行きながら講評を強請る。

「あ、あの!!どう、でしたでしょうか!!」
「まァ、悪かねぇ……ただ、あれを続けてたら、いつか死ぬぞォ」
「そうならないために、鍛えていただきたいのです!!」

ぎゅう、と握りこぶしを握り込むと、また頭上で「ハ」と空気を吐き捨てながら笑う音が聞こえた。

「私には、腕一つで首を斬れる鬼には限界があって。だから、相手の力をも利用しなきゃ斬ることも出来ないんです。けど、危ない事は、わかっています。だから風柱様に稽古を付けていただきたいんです。私には、風柱様の動きこそが必要だと感じました!」
「そうかィ!」

そう言いながら、振るわれた刀を避ける為に型を放つ。

「な、な!!」
「今から、つけてやらァ」
「なるほど、よろしく、お願いしまぁぁあす!!」

袈裟切りに刀を振り下ろすも、長いおみ足でがっと刀を抑え込まれる。
鞘を使い、応戦しながら足の離れた刀を引き上げ_____


そうこうしているうちに、日は登ってきて、
ぜ、は、と息を切らした私はその場にへたり込んだ。

「は、……ん、ふ……は、」
「……」

もう、立っていられなかった。
朝日に照らされた風柱様の後ろ姿が、神々しくて「綺麗、」と思わずつぶやいた。
アァ?と、どこか不機嫌そうな音を零しながらこちらを振り向いた風柱様が

「来いよ、……継子、してやらァ」
「は、……はひ、はい!!」

息も上手く出来なくなるくらいに嬉しくなって、胸にはズドンといつかの衝撃が落ちた。
苦しい程に切ないのに、身体が悦びにうち震えている。
なるほど、『落ちる』って、こういう事ね、と。
けれども、彼はとてつもなく克己的な人のようだ。
こんなに浅ましいものは、早々に捨てねばならない。
そう、心のどこかで理解した。
ほんのちょびっとだけ泣いてしまったことは胸にしまっておく。



水浴びは此処で、湯浴みがしてぇならここだ、俺は普段此処に居る、声掛けてから開けろォ、こっちの部屋は入ンなァ、此処で寝ろ、他の部屋は好きに使えェ、厨はここだ、ここも好きに使えぇ、ただ、この棚は触るんじゃねぇぞォ
と色々と案内を受けながらもしっかりと頭を下げて早速汗だくの体を水浴びで清めに表の井戸に向かった。
ばっさばっさと羽織と隊服を脱ぎ散らかして、たっつけ袴もポイポイと脱ぎ去る。
下着として使っている半股引一枚になり、縁側に隊服を一纏めにしてサラシも解いてからざっぱ、と頭から被っていると

「は、ハァァァァァア?!!」

と、それはそれは大きな大きな声が響く。

「ひえ!!な、ど、ど!!」
「こっち向くんじゃねぇ!!」

慌ててそちらを向こうとすると、これまた大きな声で制止の声が飛んできた。

「は、はい!!」

これまた慌てて返事をしたら、布が頭に向けて投げつけられて

「着替えくらい用意しろォ!!水浴びはお前は風呂でやれェ!!」
「は、はい!!!」

早速叱られてしまった。
投げつけられたのは殿方用の着流しで、あぁ、風柱様の、と思うと、なんだかいけない事をしているような気持ちになるも、何とか抑え留めて袖を通す。
はやく、向き合ってお礼を伝えたい!
そう思ったのだ。

「ありが、……あれ、」

風柱様はもう行ってしまわれたようだ。
初日の最初から叱られてしまった、と少しだけしょんもりしながら与えられた部屋へと戻る。
荷物を整理してそう言えば、これからの任務のお話しを聞いていなかった!!と思い至り、色々考えたものの、もう風柱様もお休みかもしれない、と思うとおいそれと聞きに行くのも申し訳が立たない。
こんなに草臥れた体で、今日の任務がまた遠方で、夕刻からの活動、等となるとしたら、そう考えるともう一人で起きられる気もしなかった。
しなかったものだから、色々と考えて、風柱様の部屋の前の廊下で転ぶことにした。
お布団を持っていくのは流石にどうか、とも思う訳で。
羽織を引っ掴んで、そう、と襖をあけて廊下に出る。
そろそろと、先ほど案内されていた風柱様の部屋の前に着流しのまま転がって、羽織を被る。

おやすみなさい、と口の中でだけ転がしながら目を閉じた。


「だっか、らァ!!ンでだァ!!!」

ふ、と何かの気配に気が付いて目を覚ました風柱様が、そろりと襖をあけて目に入った光景に、憤っていた姿を私は知らない。

あきらめましたよ、どう諦めた


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