■ 9

その後、銀さんに依頼されたのか、動物医が万事屋へとやってきて、見てはくれたものの、頭を横に振った。
ぼぅっとする頭では、彼が何を話しているのかは聞き取れず、神楽ちゃんがお医者様を引き留めていて、新八君が神楽ちゃんを止めていることだけがにわかに鮮明に映る。
代わり映えのしない、悲しく寂しいだけだった毎日に色をくれた彼らに、私もたくさんのものを返したかったのに。
今涙をこぼしても、火照るからだを冷ましてもくれない。
とても、寒い。

暖かいものに包まれて、私はついに目を閉じた。
さようならも言えずに、なんと白状な狐か。
お許しください、と伝えられたら良かったのに。
主様、名前はあなたの帰りを待たずして消えてしまうようです。
どうか、主様が寂しく有りませんように。
主様も、暖かいものに包まれる日がやって来ますように。





いつか、姉様が言っていた。
『狐は結ばれてはいけないのです。何故空が泣くか知ってますか。
お稲荷である任を解かれ、ただの狐に落ちることになるのです。
空からの別れの涙なのです。
だから、誰かと結ばれてはいけません。』
けれども、そう話した姉様は、
それからしばらくして大好きだった狐のお兄様と添い遂げられた。
その時に、空は泣いた。
姉様は、自分と同じ轍を踏むなと言いたかったのだと思う。
けれど、私は幼心にも、自分が幾星霜も生きるこの命が、ほんの一瞬にも等しい時で失せる存在に落ちるのだと解っていても尚、添い遂げたいと思える相手に出会えたと云うこと。
それは、とても素敵でとても玲瓏たるもので、喜ばしいことではないのだろうかと、思うのだ。

でも姉様。相手が人であるなら、どうなのでしょう。
私は、どうなりますか。
いつか耳にした、人間を好いてしまうと、不幸しか訪れないとの言葉。
それでは、
私は、どうなりますか?

もう私はしばらくこの世界から消えることになるかもしれないけれど、次のために教えてほしいと思うのです。
どうなるんでしょう。
私は、銀さんに、きっと恋をしています。
こんなに、私のために一生懸命になってくれる人なんて、誰一人として居なかったのに。
彼は狡いと、思いませんか。
ねぇ、姉様。
私はきっと何度でも、彼に恋に落ちるでしょう。
また、あの人にあいたいのです。
我が儘ですね。
主様もいると言うのに。私ったら。
ねぇ、姉様。
あの人の顔が、声が、頭から離れないのです。



いつか嗅いだにおいが、ふわりと鼻を掠める。
重たいまぶたをなんとか持ち上げるも、また下がる。
なんとかまた目をこじ開けて、
パチパチと、瞬かせる。

まだツキツキと痛む身体を奮い立たせて、辺りを見渡す。
私を囲むように眠る銀さんと、神楽ちゃんに、新八君。
彼らが眠っていて、さらに空が赤らんでいると言うことは、彼は誰時なのだろう。
酷い怪我であったのに、身体には大きな傷は残っていない。
また、助けられてしまった。
皆が私のために、祈りを捧げてくれたのかもしれない。
きっとそうなのだろう、と小春日和のような、晴れやかな心の暖かさに、ちくり。ちくり。と、心地の良い刺激。
こちらに伸びていた銀さんの手に身体を押し付けながら、ペロリと嘗めた。
狐のお手つき。
なぁんて。

身体はこんなにも痛むのに、あんなにも人間が怨めしかったのに、どうしてか、とても心地がよかった。


もそもそと身動ぎ、こちらをちらりと見た新八君は飛び上がる、という表現が正しく思えるほどに素早く、隣に寝転ぶ銀さんと神楽ちゃんをたたき起こす。
「ぎ、銀さん!神楽ちゃん!!名前さんが!」
呼ばれた二人も、これまた"バッ!"と音がしそうなほどに飛び上がり、こちらにすり寄る。

「!!名前!!大丈夫アルか?!医者が、手をつけられないって言ってたのに!もう、大丈夫アルか?!」
「やめろ、神楽。揺らすな、馬鹿力なんだよ、オメーは!」
「ちょ!銀さんこそやめてください!」
平常通りのやり取りを始める彼らに、
帰ってきたな、とどこかで実感して。
いつの間にか、自分の居場所のように感じてしまう。
ぐらりぐらりと揺らされる頭に辟易としてきた頃に、ふっと人形へと成ってみる。
なんとか、形作れたものの、やはり暴力の限りを尽くされた残滓は色濃くたちこめていた。
骨などはなんとかなっているものの、白磁の肌に鮮やかに咲く痣があちらこちらと散っている。
出血こそは止まってはいるようだが、額は酷く痛み、じくじくと、乾ききらない血が固まっている。

「……!!っ、酷いアル……名前は女の子なのに。酷いアル!!」

「大丈夫だよ。……神楽ちゃんたちが、助けてくれたから。」
にこり、と破顔するも、どこか固い表情の彼らの視線が刺さる。
「大丈夫だよ。……もう、慣れてる。慣れてるんだけどなぁ、」
やっぱり痛いね。
腕を摩りながらこぼした言葉を、拾ったのは意外にも銀さんだった。
「……慣れんな。ちゃんと怒れ。お前は、なにも悪くねぇだろ。護りてぇもん、護っただけだ。」
なにも、間違っちゃいねぇ。
力強く空気を震わせる言葉に、ぼろぼろと、大粒の滴がこぼれ落ちた。
頬がふやけるのでは無いかと、思うほどに。
それすらも受け止めるように、私の頭を自身の胸に押し付けた銀さんに、我を忘れて、わぁわぁと泣いた。
情けないくらいに、わぁわぁと泣いた。



たくさん泣いて、声も枯れ果てたころ、新八君と神楽ちゃんが居なくなっていたことに気付く。
一体全体、私は幾つなんだ、情けない。
洗面所で、腫れに腫れた不細工な顔を水で冷やす。
その度に、ぼたりぼたりと腕を伝い落ちる水滴が気持ち良い。
「……ん」
と、タオルを差し出してくれる銀さんに、頭を下げて背筋を正す。

「もう、大丈夫。ありがとうございました。」
お社、壊しちゃってごめんなさい。
また、1つ頭を下げると、グリグリと髪を乱されて。
その乱雑さにすら、温もりを感じた。

「……お社、直さなくちゃ。主様が帰ってくるもの。」
行ってきます、と声を張ろうとしたところで、腕を引かれて。いつものやる気の無い顔がこちらを向く。

「おー。行くぞ」



[ prev / next ]

戻る
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -