■ 10

『行くぞ』
と言われたきり、銀さんとは会話がない。
それが、今は有りがたい。
どうにも、今は汚い感情しか、沸いてこないから。

ざりざりと、砂を踏み鳴らしながら感じた。

「……銀さん、……」
慌てて呼び止めると、彼は酷く優しい目で、こちらを見ていた。

「あいつらが待ってんぞ」

身体中に、暖かいものが走る。
体から痛みが消えていく。
(きっと、神楽ちゃんたちだ。)
銀さんの手を、今度は私が引っ張って走り抜けた。
ガサガサと、葉が頬に当たり、枝で肌が擦れる。
その端からそのキズすらも癒えていく。

ガサリ、一際大きな音を立ててたどり着いた鳥居の向こうで、
こちらを向いてニヤリと笑う神楽ちゃんに、新八君。お登勢さんに、きゃさりんさん、たまさん。
皆顔を汚しながら、袖をまくりあげながら、こちらを見て、笑っている。
ポロポロと、またこぼれだした涙を止められない私の頭を、優しく撫でながら銀さんは鳥居を潜っていくのだ。
そうして、こちらに、早く来いと、笑いかけるのだ。

またしても、みんなに助けられてしまった。
さらに不格好になったお社は、それでも何よりいとおしい。

「やっと終わったヨ。」
「これで、もと道理。とはいかないけどね。でも、ちゃんと帰られる場所、直せましたよ!」
「ハッ、こんなボロにゃ誰も拝んだりしないさね」
「んだとババァ!ヤンのかコルァ!!」
「神楽ちゃん!やめて!!また壊れる!!」
「お登勢さん。助太刀します。」
「デシャバンナヨ、カラクリオンナァ」
「「お前がな!」」
みんなのやり取りに、お腹が痛くなるくらいに笑って。

「仕上げ、してくれんだろ」

銀さんの言葉に、確りと頷いた。
次こそ、もっと頑丈になるように。
何十年、何百年、何千年と、時を紡げるように。
ぎゅっと一際強く目をつむる。

「やっぱり、何回見ても、凄いアル」
「本当だね」
「大したもんだ……」
「……」
「綺麗、ですね。」
「……ああ」

ひらひらひら、季節外れの花びらが舞った。


お登勢さんが持ってきた、と言う酒を頂き、皆でドンチャン。


ピリリと走った悪寒に、立ち上がる。


「……帰って。帰って、下さい。」

皆が私を見るのがわかった。

「そう言われて、はいわかりましたと帰るバカは、ここにはいないよ。」

お登勢さんのこえが凛と響く。

「ここにいるのは、仲間のためなら、望んで大きな傷痕こさえる、大バカだけさね。」

優しい笑顔がこちらを見て、ポンと、頭に銀さんの手がかかる。

「そー言うこった。」

「僕らは、名前さんの、仲間ですから」

立ち上がった新八くんたちも、銀さんの後を追う。

「また名前を苛めるやつが来たんなら、もう許さないネ」

そう言って、鳥居の前に立ちはだかる彼らの背中の逞しいこと。


空気が読めるのか読めないのか、
やって来た人々は、口々に銀さんたちを罵る。

「そこをどけ!この社は、壊さんといかん!」

「祟りが起こりよる……」

耳を弄くりまわしきった銀髪頭が、今度は頭をガシガシとかきむしりながら、一歩前に出る。

「まー、おたくらの言い分はわかったんだけど、ここに住んでるヤツも居るんだわ。困るんですよねー。勝手に壊されちゃあ。まして女に、手をあげられちゃあ。」

緊張感溢れる空気が肌に刺さる。

「…………!!!ヒッ!!」

いつかの老婆が指を指す。
その先に居るのは、私だ。

「お、おそろしや、おそろしや!!!」

拝み始めた老婆に、辺りがざわめく。

「あそこまでされて……、生きておるとは……」

鬼か、何かか、

と紡がれた言葉に、神楽ちゃんが大きく声を響かせた。

「鬼はお前たちネ!!女の子一人に寄って集って!!名前は大怪我したヨ!!」

「そうですよ、皆さん、冷静になってください。本当にここを潰す必要は有るんですか?こんなに、……人を傷つけてまで、こんなに痛めつけてまでどうにかしないといけないこと何ですか?」

皆の声に、居ても立っても居られなくなり、皆の前に躍り出た。

私を呼ぶ声が聞こえるけれど、形振りかまっては居られなかった。
こんなにも、優しい。
こんなにも、暖かい。
こんなにも、嬉しい。
こんなにも、……

私に、出来ることを、しなくては。
耐えているつもりで、ただただ逃げていた。
悪意から。
嫌な気持ちから。

逃げた先は、ここなのだから。

これ以上、逃げるわけには、いかないのだ。


「どうか、お願いします!!」

地に膝を擦り付け、頭と手をどうか、と下げる。

「私は、……私はここに永く支える狐です!皆様に嫌われていることはわかっております。私達が受け入れて貰えるものだとも思いません。けれど、お隠れになった主様が、帰って来るまで、……それまでは、ここに居たいのです。ここは、……私達の家なのです!私が居てあげないと、主様が…………帰る場所を、失ってしまう……」

握り締めた拳が、小刻みに震えている。
怖い。
そう、怖いのだ。

「……なら、やっぱり壊さねばならぬ!!戻って来られるとな、……あなおそろしや」

老婆の声に、空気がひりつく。
ああ、どうすれば許してもらえるのだろう。
私はただ、ここに居たい。
それだけなのに。

「……あ、主様は悪さをいたしません!!遥か昔には、ここに祀られるまではそうだったやも知れませんが、主様はここに祀られてからはずっと、ずっと神としての仕事はなさっておられました!!だから、あなたたちは生きていられるのに……」

どろどろとした気持ちはとぐろを巻いて、いっそのこと、祟り殺してしまいたい。
そう、思ってしまう。
だから主様はお隠れになられたのですか?
だから、帰っては来てくださらぬのですか?


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