■ 8

嬉しくなって銀さんたちに、参拝ではないけれど子供たちが来てくれたことを伝えて、その日もるんるんとお社へと足を向けたのだ。

何を考えるでもなく当たり前とした日常に、突如としてその不快感は訪れた。
まるで食べ過ぎ飲みすぎなのに、きゃべじんを飲まなかった時かのごとく、むわっと身体の内側から来る果てしの無い不快感。
どうしたことかとしゃがみこむ。
地面とひたすらに近くなっていく視線に、しゃんとしろと言い聞かせ、頭をあげる。
ゆっくりと歩を進めると、やはりといったところか。

いつかの光景が広がっていた。

「……、やめて!」

思わず出た大声に、身体が動き出す。
まるで何かに引っ張られるようにお社の前へと躍り出た。
いつか見た、まるで軽蔑するような、侮蔑するような彼らの目に酷く頭が痛んだ。
これを、私は今までどうやって処理してたっけ?
どうやって耐えていた?
どうやって、と疑問が放恣に頭を締めた時に、ガツン、と一際大きな衝撃。
ぶつかって、転がり落ちた石。
「「……あ、」」
誰もが放物線の出所を振り返る。
ぷるぷると、今に崩れ落ちそうな老婆が、祟り神め!と、唾棄すべきものを見るような目で突き刺した。
籠められる憎悪に、ぶるりと身体が震える。
「……や、やめてください。」
やっと出た言葉は、先程と同じもので。
老婆を皮切りに、口々に聞こえる罵声に、飛び交う野次に石。
中のお社、本殿だけでもまもらなければ、と既に木の抉れた入り口を塞ぐ。
「どけ!!そこを退くんだ!!」
「こんなものがあると、また人死にがでる!」
勝手なことを言いやがって。
「何の権利があってこんなことをしてる!」
だって、ここは私たちの家なのに。
「何度でも潰してやる!」
銀さんたちが、せっかく作ってくれたのに。
「この悪魔め!!」
人間なんて。……あなたたちこそ、……
投げ付けられる言葉に、石に、どす黒い何かが顔を覗かせる。
だめだ。だめだ。危害を咥えてはいけない。
主様、助けて。
伸ばした手は拾われることもなく打ち捨てられるのだ。
ぐぐぐ、と身体中が強張る。
そんなときだった、ふわり、と優しい力が身体にほんの少し、本当に少しだけ注がれる。
血が出るほどに、握りしめていた手をほどき、ただただ出入口を塞ぐことだけに集中し直す。
(きっと、銀さんたちだ。)
(きっと、私のために作ってくれた、あの神棚にでも、手を合わせてくれたのだろう。)
それだけで、心が軽くなる。
今まさに挙げんとしていた手を、また下ろすことができる。
ただ、ここを守るのだ。
意固地に動かない私に、今日は諦めたのか、ポツリポツリと人が離れていく。


かつん、と
引っ掛かっていた何かが外れた音がして、そのままバキッと何かが割れた。
もうその音を気にする気力さえなく、
少しだけ、と目を閉じた。

いつか、街中で立ち読みをしていた漫画で、
ひろいん が ピンチの時には、必ず主人公の ひーろー が遅れてやってきたのだ。
きっと、私はひろいん ではないから、だから誰も助けには来なかったんだ。
最近は、少しだけ、勘違いをしてしまっていた。
まるで、自分は絵にかいた幸せなひろいんなんだと、とんだ料簡違いだ。
けれど、あの暖かさだけは、本物だったから。



チチチ、と
鳥のさえずりに、まぶたを通してもわかる明るい日射しに、目を開ける。
目に入るのは、明るい空と白い雲。
天は、私がどうなろうとも、どんな目に遭おうとも哀しんでもくれないようだ。
ズキンズキンと、疼き始めた額をそっと触ると、まだ乾ききらない血が着いた。
ふっと痛みを訴える首を無視して回りを見渡す。
(死んだと、思われたのだろうか)
そう、取り違えするほどに夥しい血痕に、足はどこかいつもと違う方向を向いていて、腕は抜けているのか動かない。
酷く痛む反対の腕を見ると、骨が見えているではないか。
こんなこと、初めてではない。
何なら、前回の方がひどかった。
なのに、どうだろう。
心は、今の方がずっとずっと、ずっと、痛く感じた。
だって、あの中には、いつかお登勢さんがご馳走してくれたときに居た、あのおじさんも居た。
「今後とも、よろしくな!」
そう笑っていた。
あのときの笑顔と、とてつもなく嫌なものを見るような目と、それから、あの、私と知ったときの、とても驚いた顔が、ぐるぐるぐると、頭を自由に縦横無尽に行き来する。

「……うそつき」

仲良くしてくれよ
って、言ってたのに。
ポツ、ポツリと雨の匂い。
お天気雨かな、と空を仰ぐも、薄く雲がかかっていた。
なんだ。
めでたいことではないのか。

がっかりしたくせに、
それでもどこか、ホッとしていた。
どうにも今は、誰かを祝うような、気持ちになれそうにない。
寂寛としたうすぐらい中、
雨に身体を打たれながら、静かにそっと、目を閉じた。



ゆさりゆさり、と揺れる視界に目を見開く。
身体を起こそうと身動いだつもりが、大きく息を吸い込むことになっただけで。
鋭い痛みが身体中を締め付けた。
「!!!お、起きたアルか?!もうちょっとだけまってヨ!今すぐに銀ちゃんの所に連れていくから!」
定晴くんの背中に乗っているらしい神楽ちゃんが、狐に戻ってしまっていた私をひっしと抱いて、涙で傷口を濡らす。
(凍みるよ、神楽ちゃん。)
そんなことも言えはしないが、カンカンと金槌か何かで木を叩く音を耳に拾い、ゆらゆらと揺れる視界から見覚えのかある階段を認め、万事屋へたどり着いた事を知った。

大きな音を立てながら玄関口のドアを開ける神楽ちゃんへの叱責の声がしたかと思うと、ピタリと止んだ。

「ぎ、銀ちゃん、名前が、名前が大怪我してるネ!助けてよ、銀ちゃん!!」
「どうしたの?神楽ちゃ……っ!!!」
姿を見て息を飲む新八君の声が聞こえる。

神棚に釘を打ち付けていた手を止めて、私を視界に入れた銀さんは、息を一つ飲み込んで、くるりと背中を向けて歩きだした。

「銀さん!!」「銀ちゃん!!」

二人の声など聞こえないとでも言うように、
すたりすたりと進める足を止めない。

「……銀さん、私、すぐなおるから、大丈夫。」

力の限りに振り絞った声は、聞こえたかどうかはわからない。
けれど、
「……便所行ってくる」

そう答えた銀さんは、家を、万事屋を飛び出して行ってしまった。

「厠はここアルよ、」

と呟いた神楽ちゃんの拾う人のいない声は、シンとした部屋に、よく響いた。





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