■ 7
こうしてきちんとしたお社ができてはや3日。
今日私は万事屋のテーブルに覆い被さり、どんよりと暗い空気を漂わせている。
スパーーン!と開いた襖から、赤い双方がにらみをきかす。
「やめてくんない!この空気!別室に居るのに重いんですけどォォオ!」
ったく、目ぇ覚めちまった。と、頭をボリボリかきながら厠へ向かう銀さんをねめつける。
うぉぉぉぉぉぉぁぁああ!!
叫び声が響いたとかなんとか。
「……名前どうしたネ」
「…………誰も、来てくれません……くすん。」
そう、いきなり人が押し寄せることなんて期待はしていない。
でも、境内で遊ぶ子供の一人くらいは居ても良いではないか。
やはり、主様がいないからか。
それとも、そもそもの祀りものが悪いのか。
或いは両方か。
期待はしてなかったはずなのに。
だって、今まで長いこと、誰一人として良い気持ちで来たことなど無かったではないか。
誰一人として、ありがとうなんて、言ったことも、無かったではないか。
そう、思いはするのに、どこかで期待してしまっている自分がいる。
なんだかそれが、酷く恥ずかしく思えたのだ。
「思いだしたんです。思い知ったんです。」
グズグズと泣きわめいて、自分より幾つはなれてんだって子供に慰められる。
ああ、なんて情けない。
それもこれも、こいつのせいだ。
この、銀髪のくるくるぱーのせいだ。
「おーい。きこえてんぞー。口に出てんぞー。」
だって、今まで独りでやってこれていたのに。
最近の私は、おかしい。
ふるふると頭をふる。
そっと隣を見ると、テーブルにはりつく神楽ちゃんが目に入った。
はいはい。
いつまでもグズグズとぐだぐだとごめんなさいね。
なんて、心のなかで管を巻いていると、
バッ、と目の前に広がる鮮やかなそれ。
「どう?これなら、来てくれるヨ!」
「良いね!僕も手伝うよ、神楽ちゃん!」
いつの間にいたのかはわからないが、新八君まで同じく紙とぺんを取り、取りかかってくれる。
いつの間にか戻ってきた銀さんは社長椅子でいつものように、じゃんぷを読んでいるが。
拙い字で書かれた名称や絵が、紙の上でこれでもかと踊っている。
「金ちゃんのときにチラシ作り教えて貰ったヨ!」
「そういえば、やりましたね。あの人は本当にいい人でした」
「……なんだよ」
なんてやり取りをしながら、手を止めない二人。
私も紙を頂いて、筆をとる。
主の良いところと、お社が新しくなったことと、待っています。ということをつらつらと書き記し、
「……何か違いますね。」
「名前って、わかってたけど、ちょっとオツム弱いアルな」
「おーい。やめとけー。祟られんぞー」
批判もうけつつ、冷やかされつつ、皆での共同作業は、とても楽しかった。
いつからこんなに貧弱になってしまったのだろう。
けれど、こんな自分なら、嫌いではない。
よろしくお願いしまぁす、
と、夕方には皆でチラシを配った。
やる気の無い人も1人居るけれど、それはさしたる問題にはならないだろう。
それくらいに、二人は真剣に取り組んでくれる。
明日はきっと来てくれるね、と。
皆でやんやとやるのがとても楽しくて、私はかつての事を、ずっとずっと、忘れていた。
考えていなかった、の方が正しいかもしれない。
いずれにしても、やはり私はオツムが弱いのだろう。
皆でチラシを配り終え、今日はお登勢さんが食事をご馳走してくださるとかで、
皆で足取り軽く帰っていく。
食事会を終えて、鼻唄を歌う。
銀さんに送ってもらいながら、今日はお社に帰る。
だって、明日は朝から、誰かが来るかもしれない。
来てくれるかも知れないから。
ニコニコと、にやけ面を隠しもしない私に、銀さんはそういえば、と口を開く。
「お前、狐に戻んなくて良いの?」
「ああ、銀さんたちのお陰で人形を保って居られますから、大丈夫です。それに、何かとこの姿の方が都合良いですし。」
これまたにっこりと微笑む。
乾いた草の、葉の音が耳に心地よい。
「銀さん、本当に、いつもありがとうございます。」
これ、ぷれぜんとです。
と、額を二本の指でつく。
指先から銀さんの額に流れる暖かいものを感じながら、そっと目を閉じる。
「では、また」
目を開いて、パタパタと手をふった。
ポカンとした銀さんをそっちのけで、私はお稲荷像へと形を変えた。
チチチと、鳥のさえずりに柔らかい風。
気持ちの良い朝日に見守られながら、朝を過ごす。
しばらくすると、子供たちの声が響き、境内を駆け回る。
なんてことだ。
未だかつてあっただろうか。
こうして、境内に子供が走り回っていることなんて。
ポロポロと涙がこぼれた。
「うわっ!この狐の像、なんか泣いてるみたい」
「ええ、やめろよー。」
「どうせやっちゃんの見間違いだろー」
子供たちのこえに、いけないいけない、と涙を慌ててひっこめる。
この像、泣いてたはずなのに、もう乾いてる。気持ち悪い、と言われたのは出来れば無かったことにする。
昼時になり、帰っていく子供たちの背中を見守って。
人の形に姿を変えながら、いつの間にか治っている額に手をあてた。
口元が緩むのはどうしようもないですよね。
主様。
ここは、とても居心地が良いですよ。
主様が、いつでも戻れるように、名前はここを御守りしておりますよ。
だから、はやく帰って来てくださいませ。
そよそよと、優しい風が答えるかのようにそっと頬を撫でていった。
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