■ 5

モソモソと動く感覚に、フワリと意識が浮上した。

(ん、……銀さんの、足。)

そうか、あのまま眠ったのか、と思い直して銀さんの枕元まで這い出て行く。

「……ん、……ンン!」

小さく唸る銀さんがそこにはいて、
何故だか、放っておくことが出来なかった。

コツン、と額を押し付けて意識を共有する。
相手が夢を見ている間にしか出来ないことだ。
これは、私たち神使に備えられた力の1つである。
経験や思考を読み取り、神への供物として相応しいものか、確認するための能力である。
人だけではなく、動物から、果ては物にまで記憶は宿るものだ。
ただ今回は、意識の共有に近いものになる。
これは一定の神力がないと難しい。
これが出来るのは、一定の格を持った神使だけである。
これは、ちょっとした自慢だ。

話を戻そう。
銀さんの夢へと意識を潜り込ませていく。


『いつか君が、私という化け物を退治しにきてくれるのを__』

『勝手に約束してきた__』

『あんたみたいな家族が欲しかった__』

記憶が流れ込んでくる。
辛い記憶と、優しい記憶。
身体にまとわりつくような泥々とした記憶と、引き裂かれるような、悲しい記憶。
けれど、とても暖かい記憶。

暗い中、1人佇む小さな銀さんに向かって歩いていく。

『誰?……狐?』

ゆっくりと寄っていき、目の前で頭を擦り付ける。
優しく撫でてくる手に、ソッと頬を当てて人形へと形を変える。

『!!!』

「銀さん、大丈夫。あなたは1人じゃない。」
そう言いながら、小さな銀さんを抱き締めた。

だんだんと、腕が絡む範囲が狭くなってきた、と思いながら目を開けると、大人になった姿の、いつもの銀さんが目を見開いている。
彼の夢は、とてもリアルな反応をするものだ。
そんなことを考えながら、ソッと銀さんの頬に手を当てた。

「皆が居ます。私も、見守ってます。」

すぐ、そばで。





チチチ、と鳥の囀ずる声が聞こえる。
そっと目を開くと、ふわふわの銀色に、だらしなく開かれた口元に、大きく見開いた赤い双眼。
ん?
見開いた?赤い?

「うわぁぁぁぁぁあ!!!」

銀さんの絶叫と共に朝が始まった。


「何アルか、うるせーな」

「名前が!!名前が!!!」

スパン、と襖を開いてこちらを見る神楽ちゃんに走り寄りながらこちらを指差す銀さんの反応に、自分の身体を見回す。

(!!!!や、やってしまった!!)

サッと人形から狐へと戻る。
タイミング良くこちらを見る神楽ちゃんと目が合う頃には狐の姿を形どっていた。

「?いつもの名前アルよ?」

「……へ?」

「……コン」

気まずい空気の中、
三人揃って顔を洗いに向かった。


ご飯を食べる時も、そふぁで丸くなっているときも、お社の掃除から帰ってからも、銀さんの目が痛かった。
もうしばらくの間は人形にならないでおこう、なんて考えながらそっと目をそらした。

しばらくはじっとりとした目でこちらを見ていたものの、頭をガシガシかいて「出掛けてくらァ」と、去っていく。
そんな銀さんの背中に、言葉をかける。
『お気を付けて』
神使の言葉には力が宿る。
ひらひらと手をふる後ろ姿に興味が無かったことを装うかの如くそふぁの上に身体を丸め直した。
「定春の次に可愛いネ」
という言葉を背中に受け止めながら、神楽ちゃんに撫でられてまた眠気と戦うことになるのだった。


今日は皆も忙しいだろうから1人で良い、と着いてこられるのを渋り、私は1人、新しいお社に足を向けた。
もちろん、誰も連れ立ちがいないので町中に「狐が居る!」と捕らえられるのも厄介なものだから、人の姿に形を変えて歩いている。
いつかのように、コンビニエンスストアへと入り、しばらく店内を見て周り、なにも持たずに出る。

「ありがとうございましたー」

久しぶりに聞いたように感じる、やる 気の無い挨拶に、それでも力を頂く。
今日はせっかく銀さんたちに作ってもらったお社にしっかりと力を宿らせるのだ。
これで、参拝の者が来たら、ここに手を合わせたくもなるだろう!と、足取り軽く向かっていく。
るんるん、と足を進めて木々の間を抜ける。
鳥居に触れ、神力を籠めて目を開くと、真っ赤に光る双眼に捕らえられた。

「……まて、逃げんな!」

見開かれた二つの赤から逃げるように背中を向けると、言葉を投げつけられる。
縄かなにかで縛られたように、身体が動かなくなる。
「……名前……か?」

降ってくる言葉が優しい声色で、思わず口から声が漏れた。

「……く、」
「……く?」
「……クゥン」
「…………。く、クゥン」
「……コン。コンコン」
「コンコンコンクゥンコン!」
「……コンコンコンコンコンコン!」
「コンコンコンコンコンコン、……っだァァァァアア!!うるせェー!キツツキですかコノヤロー!コンコンナニ小突いちゃってんですかぁ!」

大きな声で叫ばれ、思わずしゅん、としてしまう。

「……だって、」

「ちょ、やめてくんない?」
その反応。
なんて、きゅっと股を閉じながら口を開く。
「なんかコーフンするから」

聞こえてきた声に、思わずスン、と顔中の力が抜けた。



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