■ 2

チチチチ、チチチチ。
鳥のさえずりを耳にいれながら石の姿から人の形へと姿を変えた。

ぐぐぐ、と背伸びをしてお社後の周りを掃除する。
もしも。もしも主が帰ったら、ここを見つけられるように。
きれいにしておかねければ。
ザッザッ、と箒の音が響く。
何もないその場所に、また祠でも良い。お社だと、とても良い。
作って貰えますように、と祈りを捧げられるものの使いだった自分が、むしろ願いをこめながら。


そうして今日も今日とて、名ばかりの『信仰』を集めに行くのだ。

「ありがとうございましたー」

背中に言葉を受け取りながら、店の暖簾をくぐる。
今日は小物屋を冷やかした。
次はどこに向かおうか、とキョロキョロと辺りに目を走らせる。
誰も来ないお社の賽銭はとうに尽きた。
つまり、お金は0だ。
一神使がこの体たらく、他の神使候補達にも示しがつかないというもの。
ただ、そうは言っても、主は消えてしまったし、お社は潰れてしまっているし、お賽銭もない。
だからこうやって、
目の前でひらりと落ちたタオルを拾いあげ、前を行くお姉さんににこやかに渡す。
「あ!!ありがとうございます!」
ペコペコと頭を下げて礼をした女性にこちらこそ、と軽く会釈。
貰えた礼でお腹を少しずつ満たしていく。
ただ、本当に腹は満ちることはない。
私だってなにもしていないわけではない。
近隣のお社を巡り、私を神使としておいて欲しい、とは言ったものの、
「前の神との契約を切って貰えていないではないか。私に歯向かうことができる、と言うことだ。手をかまれたくはない」

「怪我をしてるじゃないか。それすら治せない程の神力なのであれば不要だ」

「何をして契約を切ってもらえなかったのか?何かをしたのだろう」

振り下ろされる言葉は不本意なものばかりで、
本当に、私は何をしたと言うのか。
誰でもいいから助けてくれ、と叫びたくなる日々を送り続けてはや幾年。
どこかのお社にお邪魔させていただくのはとうに諦めた。

そうして、少しだけの生きていける分だけの神力を貰ったら、お社跡へと帰り、力を使わなくてもいいように石へと姿を変えるのだ。

そうして数時間。
がさりがさり、と雑草を踏みしめる音が響く。
いつか見た銀色のふわふわなお髪が私の足元に崩れ落ちた。
怪我をしたのであろう、血に濡れたその男は少し前に見たあの飄々とした態度は見せずに、眉間にシワを刻み込んで苦しそうに喘いでいる。

はぁはぁと、短く吐き出される息に、少しだけの神力を分け与える。
でも、本当に少しだけ。

(……しなないで。)

ここで死なれたら、また忌み嫌われる地になっても嫌だし。
そんな打算的な事を考えながら、本の少しの心配を添えた。


朝日を出迎えて、姿を変えた。
変えた、筈である。
人形になれない。
何て事だ。
神力をつかうのが久しぶり過ぎて、限界を見謝ってしまったようだ。

どうしたものか、と小一時間考えていたのだが、
ゲホゴホと、苦しそうな咳が聞こえて、そちらを見やる。
昨日の男だ。
あの少しの神力では出血をすべて止めるのには足りなかったのだろう。

どうやっても人形に戻れない、挙げ句人間に好かれるでも無いであろう〈狐〉の姿。
更に人の来ないこの社。しかも跡地。
詰んだな。
同じ消え行くなら、神属の端くれたるもの、
誰か1人くらい、救ってやろうではないか。

銀髪の足元へと寄っていき、さらりと飛び乗る。
自分でいうのもなんだが、さらさらとした綺麗な毛並みを傷口へと押し付けて、
目を瞑る。
そうして、この世界とおさらばしようではないか。



再び合間見えた世界は、いつか見たことのある雰囲気に良く似ていた。

(……お社の、なか?…………?ちがう。)

気だるい身体を震わせ、動かないことに低く唸る。
チラチラと、視線だけをさ迷わせ見えたものに目を見開く。
私の目の前に、水と、申し訳程度の食べ物。

(!!!……お供え物。)

暫く、そう。何十年と見ることのなかったお供え物。
それに目頭がかっと熱くなった。

「おーおー。起きたか。」

のそのそ、という音が正しいのか、やって来た男は銀髪のふわふわ。

「恩返しっつーか、お前が助けてくれたんだろ。」

こちらに向けられる優しい目は、この世界に来て初めてのもので。

ぱたぱたと、涙をこぼした。

頭を優しく撫でる手に、
(この無礼者。)
なんて思うが、悪い気はしなかった。

目の前でパチンと男は手を合わせ、
「パチンコの神様狐様、今日こそなにとぞ!」
と宣い、男はとことこ去っていく。
その背中に、本の少しの加護に似た力を与えて、落ち着いてしまったのか、眠気からまた目を閉じた。


また目を開いたのは、バタバタとこちらに駆けてくる足音が目の前に止まってからだった。

ガチャン、と食器が床にぶつかる音がして目を覚ます。

(……?)

下げられたお皿とは別に、今度は山と盛られた白いおまんま。

(!!……また、お供え物。)

怠かった身体をスッ、と起こす。

「本当にお前は神様仏様狐様ネ!!あの銀チャンが!あり得ないほどパチンコで大勝ちしたヨ!本当にありがとうネ!」
目をキラめかせる少女の顔の眩しいこと。
銀髪のふわふわも隣にやってきて、
「ホンットーにアリガトウゴザイマァァアス!!」
と頭の上でバチンと手を合わせた。
あまりの音の大きさにビクン、と身体を揺らす。
「銀さん、仕事のお祈りしてくださいよ。でも本当にありがとうございます。」
と、手を合わせたメガネ。

どう言うことだ。
まるで、天国ではないか。
ハーレムよろしく、信者のような三人は、私にしなだれかかりながら、御髪を通させていただきますねぇ、爪整えてあげるアル!よ、よかったら、つけて下さい。等々口々に言いながら、毛繕いから、身嗜みを調え、リボンまでつけてくれる。
下心を含んだ笑みで、銀髪は、
「他に何か、食べたいものはありますかァ?」
等と聞いてくる。

なんだここは。
ハーレムではないか!!!

「…………じゃあ、お団子。あの、三色の。できれば、アンコないやつが、」

「はいはい、お団子ですねぇ、いくぞ、新八」
「はい!じゃあ神楽ちゃんお留守番よろしく!」
「わかったアル!私はアンコたっぷりの大福でいいネ!」

「「「……ん?」」」

少しの沈黙に身を包みながら、差し出されていた水に舌を浸す。

「「「しゃ、しゃべったァァァァァアア!!!」」」

大きく叫ばれた声に、ビクンと身体を揺らして大きな幅広の座椅子のようなものの下に身を隠す。

「……クゥゥ、」

思わず鳴らしてしまった鼻に、心で舌打ちをしながら、様子を伺う。
三人が三人ともダダダ、と走り寄り、この座椅子のようなもの(後に そふぁ と教えてもらった)に額を押し付け会う。

「……ぎ、銀さん、この狐……」
「き、狐じゃねぇ!お狐様と呼べェエ!!」
「お、お狐様ァァァァァアア!!」

三人が三人とも、口々に喋り、あれやこれやと聞いてくる。

いや、それよりも、団子はどうなったの?

「……だんご、……」

「い、いってこい!!新八ぃ!!」
「ダッシュネ!ぱっつぁん!願い事してもいいアルか?!」
「ちょ、抜け駆けやめて下さいよ!!」

そう言いながら走って家を出たメガネにすこーしだけの加護に似た(今後は加護擬きと言うことにする。)を与える。
怪我をされたら大変だもの。

団子を用意しに行ってくれるメガネ君を待ちながら、
「あ、どうぞどうぞ。よろしければ、ソファに。あ、おい!神楽!ありったけのクッション持ってこい!」
「了解ネ!」

と、用意された そふぁ と くっしょん に埋もれる。
ふかふかだ。
一つ、そば殻のくっしょんを見つけ、そこに腰を落ち着けた。

「おい、おま!!あれ俺の枕じゃねぇか!」
「枕もクッションも対して変わらないネ!何よりお狐様はあの涎付き枕お気に召したみたいアルよ!」

こそこそと丸聞こえの会話に、そっ、と枕を床に落として違うクッションを引っ張り、そこに腰を落ち着けた。

「ほらァァァ!!お狐様やっぱりわかってらしたよ!あれ!!」
「違うネ。絶対ヨダレ臭かったからアル!」

なんてやり取りを横目に、出されたお茶をチロチロとなめる。

「「…………んで、」」
「あのぅ、お狐様、その節は、」

と頭を下げる銀髪に、こちらも頭を下げる。
そうこうしていると、帰って来たメガネから団子を受け取り、串を外して皿に盛られた沢山のお団子を口に含んだ。

「もっちゃ、……こちらこほ、あひがほうごばいばふ、もっちゃもっちゃ」

ゴクン、と飲み込み、チロチロとお茶をなめた。

「私は神使をしております。神使というのは神の使いであり、民々の思いや願いを神に届け、少しだけちからを貸してやるような、そんなものだと思って頂ければ良いと思います。
私のお社は、永らく神の不在の社にございます。
誰も参拝に来ないどころか、主が居なくなり、お社はなくなってしまい、拝んでくれるものも居らぬ地に使えるものとなってしまった狐めにございます。
この狐、細々長々と生き永らえておりましたが、消えかかっていた所を、こうして供物や信仰を頂き、神力をまた少しずつ戻すことが出来ております。
あなた方のおかげで、またこうやって、生き永らえることができました」

ありがとうございます。と、頭を下げた。

「……銀ちゃん、このお狐様、とても悲しいアル。きっと、ずっと寂しかったにちがいないネ」
「なんとか、してあげられませんか、銀さん」

ふたりの少しばかり目尻の下がった目が、銀 と呼ばれる男に降り注ぐ。

「……っだー。まあ、こっちも助けてもらった恩もある。」
出来る事ァするよ。

そう言って向けられた優しい顔に、喉がひどく痛んだ。

「……ありがとうございます。」

絞りカスみたいな声が、果たして彼等に届いたのかはわからない。
けれど、彼等はこちらに得意気な笑顔を向けてくれている。
お社に居たときすら、こんな笑顔は見たことも無かった。
なのに、彼らときたら、神ですらない、使いのものでしかない私に、とてもあたたかい。
とても、とても暖かかった。


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