■ 1

今よりも、まだずっとずっと昔。
その昔に、そのお社は建てられた。
永らく人々はそこに信仰を捧げていたようであったが、私はそんなものには興味もなく。
お社と言えば、出雲のお社や、お伊勢様。
そして、私たち神使は己の能力や運を頼りに一世一大の大勝負、くじ引きをひくのである。
人間年齢でいくところのおよそ4歳。
(あくまでも見た目の話だ。年齢はそれなりにいっている。)
けれども、この歳で今後の一生が決まるのだ。
一度配属になると、原則神は変更されない。
そして私は、そのお社に祀られるお狐に配属と相成った。
相成ったのだ。

「やだーーーー!!!なんで!?なんでなの?!私はそんなに悪いことしたの?!」

そう言えればどれ程良いのか。
主となる神の悪口を言うことは出来ない。
言っちゃダメはーと、とかではなく、本当に口が割けるのだ。
建てられたそのお社は、神など祀られてはいない。
居ないのだ。

つまり、私には仕えるものが居ない。ならば、どれ程良かった事だろう。
私の主は、人間の作り出した産物。
更に言うと、人々に不幸をもたらすものである。
つまり、私は人々に喜ばれる存在で無くなることが、その日、決まったのだ。
時を戻そう。
時は江戸。
人々が不幸を押さえ込もうと、その不幸そのものを神と奉った社は終わりを迎えようとしていた。
住職の居なくなった社は草臥れ、老朽化から外壁は剥がれ落ち、木は腐り落ち、今にも崩れんとしている。
そうなってから何年経ったことか。
たまに来る怖いもの知らずなわんぱくどもに石を投げられ、私は額に大きな傷が出来、お社が建てられてからずっとここを守り続けていたばっ様が壊されてしまった。
私たちが護っていた主はその時に姿を消した。
消失したのか、去ったのかはわからない。
だけれどもそうなってからの、事は速い。
何だかんだ、主は神だった。
その神が居なくなれば、そのお社は保てなくなる。
私が見つめるなか、お社は崩れ去った。
時が止まっていたお社の時は、遂に動き出したとでも言うのか。
皮肉なものである。
人の都合で造られ、人の都合で見捨てられる。
神として崇めておきながらこうなのだ。
ただ、そうだな。
主も、神と崇められてからは悪さも減った。
そう結果を残されると、人々に怒りを向けるわけにはいかなくなってしまう。
けれど神様。どうして私を任から解いて下さらなかったのか。
おかげで神使としての制約は何一つ、消えてやしない。
なのに、なのに相棒も主も失ってしまった。
手負いの狐に、惨たらしい現実であった。

「ありがとうございましたぁ」

投げやりな感謝の言葉を背中に受け止めて、コンビニエンスストアから出る。
からだの横を通り抜ける風に、空を見上げる。

「……ふる。」

「……あー?こんな天気なのに、降るわけ……」

ざぁぁ、

お日様に照らされた水滴が、所在なく舞い、地を濡らす。
先程呟いた独り言に返事を返した男をチラリと覗くと、フワフワとした銀色が揺れていた。

「綺麗なお髪ですね」

にこり、と微笑むと「そりゃどーも」と返される。

良かった。これで今日は飢えずに済みそうだ。
私達神使も含めた神属の一部は崇められなければ、生きてはいけない。
何故なら、人によって造られたものだからだ。
その《人》に忘れられてしまうと存在した証がどこにも存在しなくなる。
ただし、神使は本来そうではない。
神が仮に消えようとも任から解いて貰えれば自由になるのだ。
帰るも自由、残るも自由。
果ては結婚も、別の神に付くための再抽選だってできてしまう。
けれど、人の作った神が消えた後の任を解かれていない神使がどうなるか。
この通りである。
人からの《ありがとう》を自ら集めなくては、自身の形すら保てないのだ。
この時ばかりは、狐で良かった。と強く思う。
人に化けることができるから。
かろうじて、生きていられる。

『こちらこそ。』

とかなんとかこっそり思いながら、空を見る。

「狐の嫁入り、ですね」

「……あー、お天気雨な。」

ボリボリと頭をかく男を横目に、灰皿に落ちる滴を眺めていた。

「……羨ましい。」

ぽつり、と零れた言葉を振り払う。

誰か、神使だったものが結婚したらしい、天からの知らせの雨に男と並んでいた雨宿りをやめる。
一歩足を踏み出して、さあさあと小粒の雨に打たれて歩く。
てくてく、しとしと。
さあさあ、てくてく。

そうして、誰も居なくなった、建物もなくなったあのまた時の止まった場所へと帰るのだ。
終わりの場所へと、帰るのだ。



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