小説 | ナノ

私の目の前には、いつも両親の背中があった。
二人は事あるごとにその十字架に向かって何事かを願い、許しを請うのだ。
私はその二人の姿が嫌いだった。
どうせその十字架に架けられた男はそこから動くことは無く、これ見よがしに私たちを見下しているんだろう。
そう思えてならないのだ。
だって、彼は私が知るだけでもたくさんの両親の願いを踏みにじってきた。
信心が足りない?___嘘だ。だってあんなに祈ってた。
善行が足りない?___あんなに優しくて良い両親を、私は他に知らなかった。
そう、あなたが私の両親の願いを聞き入れてくれなかった。
ただそれだけじゃないか。
居ないんでしょう?本当は。
神様なんて、まやかしなんでしょう?
真っ白な壁にワザとらしい濃茶の梁を設えたその部屋のど真ん中。
立派な十字架に張り付けられた男に今日も父は、母は祈るのだ。
どうか、どうか、と、お許しくださいお許しください、と手を合わせるわけだ。
その両親の姿だけが、私は大嫌いだった。

_____________________________________

「……行きてぇとこはあるかァ」

隣、と言ってもほんの2歩ほど前を歩く位置から響いてくる不死川さんの声。とりあえず、とでも言うように、不死川さんの家から出たものの、彼は目的地もなくぶらついていたようだった。

「え、不死川さんが行くところあるんじゃないんです?」
「なら一人で行くだろぉがァ」

と、大層めんどくさそうな顔をこちらに向けている。
まあ、そうですね、と言う話だ。

「私、この辺知らないから、ええと……」

それだけ言うと、不死川さんはため息を落として私の少しだけ先を歩いていく。
きっと、この感じだと今回の外出は私のため。
日頃外に出ずっぱりで、家に帰っても「飯」「風呂」「寝る」「稽古」それくらいしか言葉を知らないのかしら、とでも言いたくなるくらいにストイックなその背中。
ちょっとは休めば良いのに、とよく知りもしない私も心配になる程だ。
なのに、そのたまの休みをこうして私に費やしてくれた。
彼が何を考えてしている事かは私にはまったくわかりはしないけれど、多分優しさから来るものなのであろうという事は、何となくならわかる。
生憎、それを無下にするような人間には育てられていない。
ならば、素直にここは喜んでいいのだろう、と言い訳を心の中で重ねてから口を開く。

「おまかせで……その、ありがとう。」

歩き始めている不死川さんの着流しの背中、ちょっとばかり布の余った所をちょんと引っ張りながら告げた。

「……」

彼は少しだけこちらを向いて、何も言わずにまた私の少しだけ前を歩いて行った。





定期的に自身の邸宅に配置されている女の隠から『報告書』が届く。不死川の元に届くそれは、いつも事務的なものであった。

件の女が、嬉しそうに毎日飯を作っている事、身体に特に異常は見受けられない事、
少しばかり塞ぎがちなのか、失敗が増えている事。
など。特に特筆すべきことは無い。
時折、
そこいらの女と変わらないとか何とか、何が言いてェ、と聞きたくなるようなことも書いてあるものの、その程度である。
けれどその一言は、今の不死川実弥にはとてつもなく重たい一言になっているのであった。

『そこいらの女と変わらない』
つまり、自身はそこいらの女の首を切り落としたわけだ。
拷問にかけるのを是としたわけだ。
現在進行形で監禁しているわけだ。
どこかで考えないでいた訳では無かった。
今、この女にしていることは必要な事か?
今していることは、こいつにしても良いことか?

と答える以外の答えは無かった。そう、無かった筈であったのだ。
化け物であった。
その女は異形ではなくとも、化物だ。今もその事実は変わらない。
けれど、何か月経とうとも化け物である、という事を匂わせるような行動、身体特徴、言動、そう言ったものは一切ない。すべてにおいて平々凡々とした、ただの年頃の少しばかりわがままそうな女。
そのものであった。
だからかもしれない。
塞ぎ込んでいる、とその一言を見た際に、何とか気分転換にでも連れ出してやろうか、等とこちらも平和ボケした思考に陥ってしまったのだ。
だから、

「明日出かける」

等と、無理をして任務を詰めに詰めて、ようやっと取れた休みを女にくれてやってしまったのだ。
ひとえに、女への罪悪感の納め方であったのだろう。
そこまでを思考して、余計なことは考えるな、一先ずはこの女にはここに居てもらわなければ困る。
そう、ただそれだけだ。
と、折り合いをつけることにした。


「行きてぇとこはあるかァ」

こちらの言葉にしばしきょとんとした顔を作り、しばし考えた様子を見せてから、

「私、この辺知らないから、」

そう困ったように眉を寄せる。
困らせたい訳ではない。そんな顔をされては連れてきた意味がない。
とにかく女が喜ぶ店はどういったものだろうか、と考えるが生憎そう言ったものに無関心で生きてきた不死川には一切引き出しがなかった。
気になった女が居たことは無いのか、その答えに首を縦に振ると嘘にはなるが、横に振れるほどの純情でも無かった。
つまり、不死川実弥の人生において、それなりに気に入った顔の女は居たしその女との閨事の妄想をしたことがないと言えば嘘になる。
心が惹かれるのを感じた事もあった。
彼もまた、歳頃であることには変わりはないのだ。
けれど彼の信念__と呼ぶにはいささか歪ではあるが、それによって、そういった事への優先事項がはるかに低いことは事実。
不死川実弥は女の喜ばせ方の一つとして知っている事など無かったのだ。
宇髄にでも、聞いとくんだったかァ?
とまで考えて、あの兄貴面をかましてくる男がからかわない筈がない。と、一瞬にしてその思考は唾棄された。

「わ。」

適当に商店街に入り、ゆっくりと歩いていると、背中から名字の声がした。
一先ず立ち止まってやると、そこは小間物屋。
色とりどりのきらびやかな髪飾りやなんやが置いてあった。

そういやぁ、こいつの頭にはただただ髪をまとめる為だけに用意された比較的機能的な、つまり、装飾のまともについてない地味な髪飾りしかついてねぇな、と不死川は考えて、こういう物が欲しいのか、と理解した。

「どれだァ」

と、問いかけると、

「……これ、秋さんに似合いそうだなぁ、って」

名字が指をさしたのは赤いトンボ玉と、そのまわりにきらきらと陽の光を反射させる橙のガラス玉のついた髪飾り。
お前のじゃねぇのかよ、とは考えたものの、この女が初めて欲しいと思ったものなのだ。
これで良いだろう。
こちらを伺っていた店主にこれをくれ、と不死川は金を渡した。

「え、悪いです!!見ていただけだから!」

手を振る名字を少しばかり睨むように言い含める。

「もう払ってんだァ」
「……ありがとう」

どこか申し訳なさそうな顔をする女に、またか、とチィッ、と小さく舌打ちが落ちる。
これだから女はまどろっこしいのだ。
要らないなら見なければ良いものを。
とも思うが、きっと女が気にしているのは『俺が金を出している』と言う事に対してなのでは、と云う想像は何となくだが出来てしまった。
髪飾りを包んだ店主からそれを受け取り、投げ渡すように名字に渡しながら、

「駄賃くらいに思っとけェ。金をやる訳にはいかねぇが、要るもンがありゃぁ買ってやる。飯作ったり、洗濯したり、ししてんだろうがァ」

そう言うと、今日初めて、女は眉を下げて嬉しそうに笑った。

「ありがとう、ございます!!」
「お前は」
「へ?」
「お前のは」

そこまで言うと、少し考えて

「どれが良いかも、わからないから、いつか気に入ったものを見かけたらおねだりします」

そう、女は少しばかりはにかんだ。
機嫌が良いならそれでいい、と背を向けて、またしばらく店の並ぶ通りを適当に不死川は歩き進めた。
暫く行くと、女はきょろきょろとあたりを見渡しながら、物珍しそうに首をふってあちらこちらと店を眺めている。
楽しそうだ。
それにどこかでホッとするのと同時、自身の弟妹の姿を思い出し、ツキリ、と小さく胸が痛む。
ふと、自身の目をやったその店に並ぶ色とりどりの金平糖。
丸っとした小さな瓶に入れられたそれ。
物欲しそうに見ていた妹。
それを思い出すが早いか、遅いか。
不死川はそれを二つばかり、購入していた。


そのまままた暫く歩いていると、ヒソヒソ、と音がしそうな程の女の声がどこかしらから聞こえてくる。
それなりにガヤついている商店街ではあったが、その音だけを拾ってしまうのはなぜか。
上手く答えは見つけられないけれど、ああ、またか。と
どこかでまた胸が少しばかり重くなる。
『物騒な人』『傷だらけじゃない、気味が悪い』『堅気の人間じゃないわ』
いつもの事ではあったが、今機嫌よく店を物色している名字がまた困ったような、悲しいような顔になるのは本望ではない。
気晴らしの為に来ているのだから、本末転倒ではないか。
と、不死川は小さくため息を落とし、今よりも少しばかりだけ名字と距離を開けるために歩く速度を速めた。
勿論、何かあればすぐに対処のできる距離。
それは測り間違えないようにしなければ。
そうして少しばかり距離を開けたところで、後ろからバタバタと名字がやってきて、不死川の着物の袖を掴む。

「……私、迷子になったら、帰れないんだけど!」
「見える位置には居ただろォ」

そこまで言うと、

「一緒に居てくれなきゃ、何も買えないじゃん!」

そう言って怒り出した。
それもそうだな、とどこか遠くで考えながら、

「欲しいもンでもあったかァ」

不死川が聞いてやると、

「無い!」

やはり少しばかり怒っている。
ああ、面倒だ、と思いもするが、もう日も暮れてしまう。

「悪ィが、ここまでだァ」

そう、女が万が一また鬼共に見つかってしまえば、それだけでさらに面倒だ。
もしこの女の存在が鬼の魁に割れ、更にはどこにこの女が居るのか、それが知られたとなると、警護の事まで考え始めなくてはならなくなる。
それは鬼殺隊としては大いに避けたい事だった。

今日は帰る、という旨を伝えると存外素直に女は従って、来た道を引き返す。
それに半歩後ろを着いて行く形になりながらも家路についた。
斜め上から見下ろした女の顔はとてもにこやかで、まあ、連れてきてやってよかったな、とは思った。


もうすぐ邸宅に着くな、というところで、名字はタタタ、と数歩前に出てくるり、とこちらを向いてにっこりと笑う。

「今日は、ありがとう!!楽しかった!」
「……お
「あとね、不死川さんは結構カッコいいよ!!」
「……は、ァ?」
「顔の傷も、なんか似合ってる!!」

そう言って、女は走って屋敷に向かって走っていった。
ぽつん、と残された不死川は、聞こえてたのか。と考えながら、

「似合ってる、ってなんだァ?馬鹿じゃねぇかァ」

少しだけ笑った。
また、連れて行ってやろう。
そんなことを考えながら、

「オイ!!」

女を少しばかり大きな声で呼び止めて、金平糖の入った瓶を一つ、投げ渡す。
それを彼女はわたわたと受け取り、手の中のものを見つめてから、不死川に顔を向けて今日一番くしゃっと目を細めて笑った。

「へへへっ、ありがとう!!」



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