小説 | ナノ

困ったことに私は今、令和を生きた女子たちの大半が患ってしまうであろう中毒症状に悩まされていた。
不死川さんのくれた金平糖を奥歯でガリリと噛み砕きながら、与えられた一室でごろりごろりとのたうち回りながら転がっている。

「ソフトクリーム」
「とんかつ」
「チョコレートケーキ、ビーフシチュー、パフェ」
「……レアチーズケーキ、ジェラート、イチゴのショートケーキ…………」
「ホイップ、……ホイップ、甘いもの……洋食。」
「できれば、添加物山盛りの頭おかしくなるくらい甘いもの!!!!」

食べたい。
そう、食べたい!!
こちらにやってきてから、まともに油ものや砂糖たっっっぷりのあまぁいものが食べれていない。
お砂糖と甘いものとシロップと何かでできていると噂の令和女子には、大正時代はまさしく、『地獄』なのかもしれない。

そんなくだらないことを考えながら、首筋に手を当てる。
(死んだんだよなぁ)
何回も何回も死に過ぎて、もう何度死んだか覚えては居ないけれど、今私はこんなにくだらないことを考えることが出来る程には平和であった。
それもひとえに不死川さんのおかげであることは明白。
火を見るよりも明らかな純然たる事実だ。
不死川さんのおかげだなあ、等と考え始めると胸が少しばかりとくんとくんと早鐘を打つ。

もう3歳ほど若ければ、こんな気持ち、知らないっ!!なんてかわい子ぶることも出来るのだろうけれど、生憎そこまで尾を振ることが出来るような年齢は過ぎてしまっていると自覚している。

「あ゛ぁぁぁぁぁいすぅぅぅ。食べたい」

と、いつの間にか高ぶっている気持ちを誤魔化すように言いながらもう一度ゴロン、と部屋の端。襖のすぐそこまで転がり、フッと天井を見上げると、もう何度も何度も目に入れてすっかり馴染んでしまった天井のシミが目に入った。

「……とんかつぅ」

そう呟いたところで、スッと襖が開いてこちらを見下ろす任務帰りの不死川さんとバッチリはっきりくっきり目が合ってしまった。

「……っ、〜ッ!!お、帰りなさい」
「……おぅ、……食いてぇのかァ」

クッ、と悪ガキみたいな顔になった不死川さん。
笑顔と言うにはかなり歪なそれ。
それでも、今の私には目に毒。もうそれはそれは猛毒である。
カァッ、と顔中。否、全身に一気に血が上るのがわかって、慌てて立ち上がる。

「っ、〜ッ、っ、!!ッ!!!」
「わかったから、落ち着けェ」

立ち上がった事で不死川さんとの距離が近くになったような錯覚に陥り、いや、顔の位置は確実に近づいた訳だから錯覚ではないのかもしれないが兎に角、

「は、恥ずか死!!」

パァン、と音がするほどの勢いで自分の顔に手を叩きつけてしまった。
頭から湯気でも出ているのでは?という程の勢いで猛烈に熱くなる体がいっそ恨めしい。そして鼻っ柱が痛い。

「バカかよ、」

指を少しだけ開き、隙間から見た不死川さんはきょとん、とした後とてつもなく呆れた顔をした。

(きょとん、かわいぃぃぃぃ!!!)

ついこの間まで、クサイとか何とか平気で言っていた相手なのに。
先日のお出かけ以来だ。
あれから、彼とまともに接することが私はできないでいる。

「ご、ご用は……」

少しばかり鼻を擦りながら尋ねると、頭をがりがりと引っかきながら、

「明日、朝から同僚がお前を診察しに来る。足だけでも良いから、あれつけとけェ」
「はい」
「それだけだァ」

襖を閉めようとした不死川さんはピタ、と止まり、

「いい子にできたら今度連れてってやらァ、とんかつ」

そう、悪戯っぽく笑って今度こそ襖を閉めた。

「〜〜〜ッッッ!!!っ、っ!」

言葉がはけないし、顔はもう茹るほどに熱い。
それどころか、息すら詰まった。
心臓は爆発しそうな程に早鐘を打ち、頭も爆散してしまいそうな程に痛い。
なんで、彼と話していて、彼を見ていて、同じ家に居て今まで平気だったのか。
今の私にはもう、さっぱりわからない。

立ち尽くす私の目の前で、またスッと襖が開き、ビクゥ!と肩を揺らすが、私の目線より少しばかり低い位置にある目が、くわ、と見開かれた。
真っ黒な布で口元を隠しているのに、彼女_嗣永秋の目は雄弁にその心情を語っている。
おもちゃを見つけた某の目である。

「……風柱様?」
「〜ッ!!〜〜ッッ!!」

ぶんぶんと、引き千切れてしまいそうな勢いで私は頭を横に振りに振るも、

「分かりやす過ぎていっそ同情するわ」

肩にぽん、と手を置いて窘められてしまった。

「……言わないで、」
「名前、毎度それ言うわね」
「言 わ な い で !!」
「わかってるわよ」

呆れた顔を差し出されながら、思いの外力の強い嗣永秋に、台所へと連行されてしまったのであった。
先日のお出かけの話は今まで彼女にはしていないし、聞いてもこなかったのに、今日はお豆腐を切りながら、味噌をかき混ぜながら、米を研ぎながらと根掘り葉掘りお出かけの際の話を聞かれてしまう。

「ふぅん、悪くはない感じなのね」
「そ、うかなぁ、だと良いなぁ」
「まあ、風柱様って事は抜きにして、私なら……その前に、監禁されているんだからその相手に恋なんて出来ないわ。あなた大物ね」
「……馬鹿にしてるでしょ!」
「……さぁ」

クイっと肩をどこぞの外国人さながらのジェスチャで持ち上げた嗣永秋はそのクリクリとした綺麗な猫目をきゅう、と細くして

「でも面白がってはいるわ」

と笑った。

「秋さんの意地悪。」
「風柱様が靡くかどうかは別として、名前は応援してあげるわ。」

ふふふ、と笑う彼女_嗣永秋はそれはそれは類を見ないほどに楽しそうに家事を熟していく。

「……絶対、言わないでよ、」

私は何度も何度も釘を刺し続けた。




翌日、私は不死川さんに言いつけられた通り、朝起きて顔を洗い、トイレを済ませたら直ぐに足に自分で鎖を嵌めた。
久しぶりに付けるそれは、ズシリ、と重く、今まで毎日付けていた事が信じられないほど。

「ひゃぁ、おもっ」

とか何とか言っていると、襖の向こうから声をかけられた。

「名字さん、蟲柱様が診察に来ています。開けますね」

いつもよりずっと余所余所しい秋さんの声と共に襖が開く。
別に深い意味は無いけれど、不必要に関わっている、と思われると担当を外され兼ねないから、来客中は私たちは当初の関係に戻りましょうね。と言う秋さん。
解ってはいたし、予め言って貰ってはいたから、理解もしていたけれど、やっぱり寂しいものがある。
私も嫌味にはならない程度で余所余所しく務める事に徹した。

「はい。おはようございます。今日はよろしくお願いします。」
「はい、初めまして。胡蝶しのぶと申します」

にこ、と笑った胡蝶と名乗る女性はとても華奢で愛らしい。
真っ黒の髪を蝶の髪飾りでまとめあげ、これまた蝶々を想起させる羽織を纏った彼女は、その大きな瞳をゆっくりと弓なりにしならせて綺麗に笑う。
同じ女でも、羨ましくなるほどに美しい人であった。

「きょうは一先ず________」

説明を聞き、採血。
それから身体チェックと、その他諸々。
てきぱきと熟していく彼女はザ・働く女性。時代が時代ならそれはもう有名な医療従事者になっていたのであろうという事は簡単に想像できてしまった。
まあ、こういう事をしているのならすでにそうかもしれないけれど。
とかなんとか適当に思考を頭の中で滑らせながらフッと気付いてしまった。

胡蝶しのぶと名乗ったその美しい女性を嗣永秋が見送り、私の部屋に戻って来てからとうとう私は言葉を吐き出した。

「あれ!!あんなのに私勝てるわけないじゃん!!!
美人で、仕事も出来て強くて戦う女性って、何その個性の煮こごり!ゼラチンでぷるっぷる!!」
「勝つって、何がよ。たまに訳の分からない事を言うわよね」

クスクスと笑いながら秋は言う。

「言っておくけど、柱にはあの蟲柱様みたいな綺麗どころと別にお胸も大きな桃色おさげの可愛らしいどころも居るわよ」
「…………不死川さんは、どっちが好みそう?」
「知らないわよ」
「………………秋さん応援するって、言ったのに!!」

付けた足枷を秋さんは外してくれるも、

「さ、とりあえずはご飯食べに食卓に行きましょ」

と我関せず、とでも言うように私に背中を向けるのだった。

私はその桃色おさげの女性に覚えがあった。
彼女を思い出すことはその前後を思い出してしまうため、何とも言えない気持ちにはなるものの、確かにとってもかわいい子だったなぁ。
と、少しばかり前に秋さんに貰っていた手鏡を取り出して自分の顔をうつし、その平々凡々な顔に小さくため息を零す。

「私は名前の顔も可愛らしくて好きよ。それに、人は顔だけじゃないわ」

笑う秋さんは目元だけでも綺麗なことは想像に難くないし、実際彼女は綺麗だ。
どうしてこうも、周りは顔面レベル高いの?
こんなの初っ端からベリーハード通り越してる。
そら地獄だわ。
と、私はこっそり胸の中で悪態をついた。


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