小説 | ナノ

不死川さんは

「誰か客が来たらせめて足枷くらいは着けとけェ」

と忠告をされたきり、私が彼の家の中をうろつく事に眉を顰めることは無くなった。
勿論、以前は一人でうろついていた訳じゃない。
私は隠の嗣永秋さんに連れて行ってもらうお風呂や、トイレの時間が彼の起床や外で稽古してる時間に被った時だけ、その姿を見ていた。
彼はその視線にすぐに気が付いてしまうようで、あ、気付かれた、と思った私は挨拶を毎回するけれども、それを見てはぎゅ、と眉間に皺を寄せていた。
そんな彼が、あの日から少しばかり変わった。
まず、

「おはようございます」
「……はよォ」
「………………ぇ、」

初めて挨拶を返してくれた時は、もう嬉しいとかよりも戸惑いの方が大きくて、

「名前さん、一緒に洗濯しましょう」
「……あ、秋さん、はい!」

下の名前を呼んでくれるくらいには気さくに接してくれるようになった秋さんと私を見ても、以前の苦い顔もない。
斎藤君と私が一緒に居た時は、斎藤君にちょいちょい「弁えろよ」と一言だけ釘を刺している事すらあったのに。
たった数か月。
たったそれだけの期間にあったことなのに、もう何年もそこで苦しんでいるかのような錯覚さえ覚えていたのに、今は、毎日が楽しい。かも知れない。

久しぶりに使う竈は全然上手く扱えなくて、焦げてしまった煮物は正直、臭くて、秋さんに何度も頭を下げた。

「本当にごめんなさい。……せっかく教えてもらってたのに、上手くできなくて……」
「良いわ。そういうもんよ。二人で食べましょう。風柱様には私が作り直しておくわ」

そう言って、笑てくれた彼女の背後、厨の外から、

「それでいい。食ったらもう出る」

と、声がした。
見ると、そこには不死川さんがいる。

本当に彼は私の作ったものを食べてくれた。
そう。
秋さんによってローテーブルに運ばれたその煮物やら米を口に入れたのだ。
私の作ったものだ、と知った上で。
始めて食べてもらったものが失敗作だったことには本当に残念な気持ちがこみ上げるが、彼が私にこの上なく私に歩み寄ってくれている事を肌で感じた。
何とも形容しがたい気持ちが胸に広がって、ザワザワする。
少しばかり、胸が苦しいかもしれない。

彼を見送り、秋さんとも食事を終え、夕焼けの薄明かりの下で、二人で繕い物をする。

「お裁縫は上手ね」
「ほんと?嬉しい!!」
「料理に比べたら、だけどね」

ふふふ、と笑う秋さんはとてもお上品。
ここ数か月、私はずっと誰にも聞けずにいたことを初めて口にした。

「ねぇ、秋さん。……今って、今年って、何年?」
「何故?」
「……何となく?」
「何それ」

ふふふ、と笑いながら告げられたのは、それこそ私の生きた時よりはるか昔。100年も前の時代。
ここが私の知っている『日本』かどうかもわからないし、もう死んだのだから考えるだけ無駄なのだろうけれど、
そうかぁ、と何だか少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
本当に、少しだけ。
私は、新しく人生をやり直しても良いのかもしれない。
何となくだけど、そう楽観的に捉えることが出来たのだ。




「どうですか」

私は今度こそはちゃんとしたものを食べてもらいたい!と、今日か明日か明後日か、いつ帰ってくるかもわからない不死川さんにちゃんと美味しいご飯を食べてもらうために、毎日秋さんと食事を作った。
彼は結局、家を出てから4日後に帰ってきて、

「飯食ったら寝る」

とだけ言って、風呂に行った。
その方がいい。
めっちゃ汗臭かったし。
と、それはさておき、風呂上りすぐに食べてもらえるように!と煮物を温めなおし、秋さん監督で盛り付けもして、不死川さんを食卓に向かえた。
そこで、訊ねたのだ。

「どうですか」
「あァ?」

返ってきた返事はとてつもなく不機嫌そうな母音のみ。
どうやらご機嫌斜めらしい。
触らぬ神にはなんとやら、と胸の内で呟いて私はそそくさと厨へ戻り、秋さんと後かたずけに励むことにした。
回答を貰えずなのはちょっとばかり寂しく感じたけれど、食べてくれている。
それだけで、十二分に嬉しくなれた。

「ねぇ、秋さん、食べてくれた。」
「そうですね」

何だか、ほんのちょっと、ほんのちょっとだけ、此処にただただ住まわせてもらっている厄介者、から居候に近づいた気がした。
その後、食器を下げにわざわざ厨までやってきた不死川さんに秋さんはとっても恐縮していて、次からは自分が取りに行こう!とか何とか考えながら、不死川さんから零れた言葉を耳が拾った。

「悪くなかった」

小さな小さな声だったけれど、その言葉は確実に私の耳に届いていて。

「……お、おやすみなさい!」

とっさに投げつけた言葉にボリボリと左手で腹をかきながら背中を向けて去っていく彼がす、と手を上げてそれにも返事をくれた。
無言の返事だったけれど、返してくれた。
彼がこの家に居るというのは、少なからず私にとってはストレスだった。
だからきっと、不死川さんもそうだっただろうと思う。もしかしたら、今も。
けれどいつの間にか、彼が帰ってくるのを、彼が私と関わってくれることを心待ちにしている。そんな自分がいる。
難しいことを考えるのは正直苦手だ。
だからニコニコ笑って無難にやり過ごして、それなりの歳になればそれなりの人がいつかやってきて、それなりの時期になったら結婚する。
そんなもんだと思ってたし、それが楽なのも知っていた。
そうできるのだと、信じていた。
それまでの友情やなんやも結局はそれまでの繋ぎで、無難に過ごしていれば、いつかは「幸せ」って何となく言葉に出せるような人生がやってくるんだろうな、って。
そう信じて疑わなかった。
こんなになって、もうそんなこともなく、多分こうやっていつまでか分からない時を誰かに押し付けて過ごしていくことになるんだろうなって、何となく理解した。
それでしょうがないと思っていた。
それでいいと思っていた。
けれど、どうしたことだろう。
絶対に、関わりたいと前なら思わなかった相手なのに。
メンドクサイ人そのものみたいな見た目で、めんどくさそうな程気難しそうな人なのはわかるのに、私は彼を待っている。

きっと、一人きりの寂しさをここでも味わってしまったからだ。
だからだ。
そうに、違いない。



それからの私は少しばかりおかしかったんだと思う。
戸が開く音にいちいちビクついて、今までできていたはずの事を失敗して。
特に不死川さん。
彼がいるときはやってしまう。
どうにも緊張してならないのだ。

「もう、だから!!火が強いってば!」
「ご、ごめんね!」

秋さんにも叱られっぱなし。
もういたたまれなくて、今すぐ窯でゆで殺されてしまいたい!!
なんて、……絶対嫌だけど。

今日も今日とて風で揺れた扉の音に反応せずには居られない。

「か、帰って……
「来てないわよ。」
「……はい」




うだるような暑さに、汗をぬぐう手拭いが絞れるような日のことだった。

「明日出かける。用意しとけェ」

不死川さんが開口一番に告げた言葉。
降って湧いた内容に、私のあいた口は閉じることを忘れることとなった。


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