小説 | ナノ

名字名前は非常に戸惑っていた。
お風呂は薪。
なんていうか、ト〇ロを思いだすあの形。
もう、使い方とかも全部不明だよね、ってあれ。

「あの、ごめんなさい。お湯、此処のを掬って良いの?え、てかシャンプー、無い!?ねぇ、ちょ、ちょ、ちょおっと、」
「あァ!?なんだよ!」

風呂に並ぶ物の少なさに驚愕しながら、男なら、こんなもんなの?!とか考えながらも、私にとっては死活問題であるあれやそれ。

「頭!!洗いたいんだけど!」
「ハァ?」

甘えてんじゃねぇぞとか何とか聞こえるけれど、そんなことはさしたる問題ではない。

「だって、頭くらい、毎日洗いたい!!それもできないのならやっぱ私地獄に居るんだわ!!」
「毎日、だァ?お前、ふざけてんのかァ?」

男が振り向こうとするものだから、何とか彼の頭を手で押さえつける。

「めっちゃ真面目!汚いじゃん!!」
「潔癖かよォ、生憎俺はそんなお綺麗な習慣なんぞねぇモンでなァ」
「貴方がきれいとか汚いとか、もはや何でもいいけど、……お湯で洗うしかないかぁ」

すこぉしばかり、失礼な事を言った気もしないではないが、それはさておきお湯でびっくりするくらいに頭をガシガシと洗い流した。

風呂上りに用意されていた下着が思っていたのと違い過ぎて、これまたプリプリと文句を垂れに垂れてしまい、多分彼を困らせた。
だって、ため息とか、凄かった。
とにもかくにもはっきりしたのは、多分まだシャンプーとかが台頭するよりもう少し昔で、ト〇ロ風呂が一般的な時代。
それから、ぼっとん便所が当たり前の、全てにおいて私が当たり前に享受していた文明の利器がそろっていない時代にいることは確実らしい。
まじめに地獄じゃん。

風呂には入れさせてくれたものの、手枷は外すことはできない、ときっぱりと言われてはごねても仕方なし。
風呂にはいれるのならば、と割り切ってしまえばもうどうでも良いだろう。
とあきらめの境地で向かったのだけれど、いろいろと。
まあ、もう、いろいろお察し。

すったもんだを終え、部屋まで送り届けてくれた(と言うべきなのだろう、多分)男に、これからも世話されるっぽいし、ととりあえず名乗っておくことにした。
あれから何度も考えたけれど、
矢張り、彼に殺されたことは事実。
彼が怖くないかと言えばそんなことは無い。
彼の生きているここが、殺人が当たり前の時代、場所なのかは知らないけれど、私の現状では先の化け物のようなものに食い殺され続けるか、彼らに何かあれば殺されるか。
その違いしかない事をほんのりと理解したし、それなら、こっちに世話になっていられる方が、幾分かマシなのでは?
と言うかなりの打算。
私だって、あんなに怖くて痛い思いはしたくない。
ならば、此処に何としてでも置いといてもらいたい、と言うのがぶっちゃけ本音。
だって、あの化け物いっぱい居るっぽいし、ボスっぽいのが居るみたいな発言あの化け物もしてたし。
ならあの化け物サクッと倒せるこの人の所に居るのが正解じゃんね?
って話。
ならばよろしくね、と挨拶をするしかないだろう。
とりあえず、首を飛ばされたことは一旦忘れることにしたわけだ。

謝罪と礼を告げた時にちら、と見えた男の驚いた顔はまあ、でしょうね、と言いたくなるような驚いた顔を形作ったものではあるけれど、でも、一応は本当に感謝している。

「あの時、助けてくれてありがとう」

少なくとも、この男が、わたしをあの化け物から救ってくれたのは紛れもない事実で、私を殺すことで、私への安寧をもたらそうとわざわざ自分の手を汚してくれたことも事実。
多分、彼は怖い人だけれど、悪い人ではない。
何となく、そうわかったから。


とはいえ、だ
トイレ、くっっっっさ!!!!
ぼっとん便所!マジで無理なんだけど!
男は夕方、眠たそうに頭をガシガシとかきながら私が繋がれた鎖を犬のリードよろしく持って、トイレの外で待ってくれているわけだけれど、つまるところドアはあいている。
有り難くもなんとも無い。やり過ぎでは?とも思うけど、何かあったらお互いに困るのも事実。
泣く泣く用を足したけれど、お陰様で絶賛御便秘。
多分ストレス的な某であることは間違いない。

「……終わりました」
「……ン」

またリードよろしく引っ張られながら部屋へと戻る。



そんな生活も一月半程もすれば慣れてくると云うもの。
妥協に妥協を重ね、お互いにつけた折り合いは、洗髪は2日に1回。米のとぎ汁で洗うことを私は覚えたし、石鹸、サボン。そんな存在がある事も教えてもらった。
トイレはボットンで我慢。逃げたら殺しても良いから、と頼み込んで、トイレの間だけはドアを閉めて一人でさせてもらう事にする。
ご飯は彼や、隠と呼ばれているいつもの彼が出してくれる。
なんとなぁく、そんな穏やかな日々を送っていた。
暇を持て余した私は、限界ギリギリ迄鎖を隠の彼(名前を斎藤君と言うそうだ)に伸ばしてもらい、二人並んで縁側で洗濯板と仲良しこよしするのが日課となり始めていた。

「ねぇ、斎藤君。暇だねぇ」
「そうすねぇ。平和すねぇ」
「てかさ、此処の家主居るじゃん」

ふい、と斎藤君はくりくりとした大きな目をこちらに寄越す。

「風柱様がどうかしたんすか?」
「いや、風柱かなんか知らんけども、私名乗ったのに、彼名前教えてくれないんだけど、やっぱり嫌われてんのかなぁ」
「嫌いってより、警戒してんじゃないですか?だって、人間じゃな、……あ、すんません、」

違うんです、とか何とか、うっかり、と言ったように言う彼の言葉に傷つかなかった、と言えばうそになる。
嘘にはなるけれど、それはどうしようもない事実でもあるのだ。

「あー、うん。間違いないね。ごめんね。大丈夫。」
「……すみません」
「あ、良いの良いの、気にしないで!もしきもいとか、なんかあったら、言ってくれたら部屋籠ってるし!
でもやっぱり一人って暇だから、たまに話しかけてくれたらうれしいって言うか、ほら、風柱様?彼も、ほとんど話してくれないから、現時点ですでに斎藤君に救われてるっていうか……」

ごめんね、と笑いかけると、少し苦い顔をして、彼は作業に集中します。
なんて言って。
余計なことは喋りません、の空気を放つ。
気にしないでね、とか何とか言いながら、右に倣え、左に倣えで嬉しくも楽しくもなくてもへらへら笑ってやり過ごす。
今までもそうしてのらりくらりとやってきたのだから、これからだってそうする。
多分、私が一番最初に殺されたことだって、それが原因だろうけれど、でもやっぱり人間性格なんて、そうそう変わらないよね、と。
やっぱり言い訳して笑っておく。
笑えば、ちょっとはいい人間に見えるもんね。
とか何とか。
そんなこんなで、私は何とかやっていけているよ、って誰に言いたい訳でもないけれど独り言ちる。

「ね、斎藤君。見て見て」

こちらを向いた斎藤君に、ふんどしを着物の上から巻いて見せてやると

「ちょ、マジ怒られますって!!」

とか言いながら肩を震わせて笑う。
いつの世も、皆下ネタ大好きだよね。と、期待していた通りの反応にちょっとばかり嬉しくなりながらまた洗濯物をごしごしこする。
今ばかりは、洗濯機が無くて良かったと思う。
暇で暇で仕方がないもの。

「斎藤君、今度さあお料理教えてよ。あの、昨日の煮物めっちゃ美味しかったし」
「風柱様が、お許しになられたら」

やった!
とルンルンで斎藤君と指切りなんぞをして、私はこっそり新しいことができるのが楽しみになっていた。




不死川実弥は少しばかり悩んでいた。
隠の斎藤はあの女がやってきてからこの屋敷で女の世話をしている。
今まで屋敷に人を入れないことが普通であった不死川にとって、自分以外の人間がいることは苦痛以外の何物でもなかった。
それすら甘んじて受け入れていたと言うのに、
その女は「暇だから」と厨にまで入りたいという。
何か入れられたらたまったものではない。
本来であれば、洗濯だって触らせたくはなかった。
いつもまとめて溜めておけば、週に2回程度、知らない間に通いの女中がやってきて洗って置いていってくれる。
今までそうやってきた。だからこそ、この屋敷にはまともに人の出入りなどは自分の知るところでいくと、ほとんど無く済んでいたのだ。
だがここ一月半ほど、たったそれだけの期間であるにも関わらず、昼間、自分のいる時間に人のいる気配が常にある。
それだけで多大なる精神的被害を被っている。
それをまた、更にあの女の行動範囲を増やせ、と。
この斎藤と言う男もそうだ。
少しばかりこちらが何も言わないとこうして要求を素直に伝えてくる。
苛立ちはしたがそれも大人げなかったな、と頭を振り、今回も「わかった」と要求をのんだ。
何故か。
ひとえにあの女を刻んだことに対しての罪悪感からだ。
それ以外の意図は全くもってなく、隠に一言だけ付け足した。

「作ったものはあの女に食わせろ。残ったものは全部捨てろ。良いなァ。米の一粒も、だ」
「……はい。わかりました」

ぺこ、と音がしそうな程にさっと頭を下げて、隠は部屋を出て行った。
食べ物を捨てる、それは不死川にとってはとても都合も悪く不愉快な事であったが、それ以上に得体の知れないモノが作ったものに口をつける、それはいっそ拷問にも近い。
もし己の身に何かあれば、鬼を狩ることが出来ない。
天秤にかけるまでも無く、捨てさせる以外の選択肢は無かった。
不死川はため息をこぼし、廊下の向こうに広がる空を見て目をすぼめた。
そろそろ梅雨がやってこようとしている頃だった。


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