小説 | ナノ

部屋に煌々と光が入ってきて、有り体に言えばとても明るい。
室内の小さな小さな埃が舞って、光をその全部で受け止めて輝く。さながら小さなダイヤモンド。
なんてポエってみるけれど、つまりは幾何反射。
特に何というものでもない。

それはそうとして、私はお風呂に入りたい。
とても入りたい。
いっぱい泣いて、確り疲れておしっこ漏らしてまた泣いて。
此処が家だと言っていた男の室内で粗相をしておいて、私、謝れとか言いましたよ。
ええ。
冷静になったらわかります。
1.私は化け物のような不審者
2.おそらく、彼は何か先の『鬼』のような、私のような某を殺すための組織のようなものに所属しているのであろうこと
3.彼は今は私のお目付け役のような立ち位置に居るのであろうこと
4.私を殺せない、死なないこと
5.私は彼らに歓迎されているわけではない事
6.私を殺したあの人たちが今はここには居ないのであろうこと。
7.着物を常用しているらしいこと
8.この家は、彼のものなのであろうこと
つまり、私の命は彼らに握られているに等しい。
そこまで頭の中を整理してからフッと考えた。
此処が地獄だとか死後だとかはいったん置いておくとして、此処は一体どこなのだろう。
何なのだろう。
ひとしきりヒステリーを起こした後の脳内はひどく冴えていて。
嘘。冴えてはいなかった。
とりあえず、とスマホを探して落ち込んだ。
無かった。
ですよね、と。

ぼう、と何もないそこを眺めていると、これまた暫くして静かに声を掛けられ、部屋に例の黒い装束の、背中に『隠』の文字を背負った人がやってきて、

「風柱様から言伝です。必要なものがあったら言え、と」

うんぬんかんぬん。風柱がどんな柱かはわからない、が、恐らくあの男を指す言葉なのだろうと言うことはわかった。
そうか、ならば二つです。

「……下着をください。あと、風呂に入りたいです……」
「そ、う、……ですよねぇ」

とその人はへにゃりと、固い雰囲気を崩して、多分、ちょっとだけ笑った。






不死川実弥
その男はここ二日、ひどく混乱していた。
己の任されていた任務の帰り。
鬼の気配と、千切れた手足が、体がいくつも片田舎の畦道に転がり落ちていたのを見つけた事が全ての始まりであった。
酷い血の匂いだった。
それにしても妙で、千切れ落ちているのは殆どが女の物のようで、否。女の物で更には長さ形まで酷似している。
特徴的だったのは、赤切れや傷の一つも、皺もない若い女の手足だという事。
こんな片田舎で見られる代物ではないであろうことは明白であった。

鬼を殺して、抱き上げた裸体の女に腕は、否、ほとんどの手足は千切れ落ちている。
出血も凄い。
助からないことは確実だった。
仮に助かったとして、この状態で生きることを考えると、いっそ殺してやった方がこの女は幸せではないだろうか。
そう思えるほどの凄惨さ。

「ころして」

と訴える女の言葉に抗えるほど、無情にはなれなかった。
だから、殺した。
そう。
刀で、抱え上げた女のその心の臓を一突きにして、確かに殺した・・・
その女は、びくびくと体を跳ねさせたかと思うと、ぬるり、とでも音が聞こえてきそうな勢いでその手足を生やした。

考えるでもなく不死川はバッと、女から距離を取り、その女の首を薙いだ。
今思うと、早計だったかもしれない。
いや、矢張りあれで良かった。
そんな問答をしつつ、飛んだ首から、またにょきりにょきりと身体が生えてきた・・・・・
鬼は殺している。
血鬼術の類か、と睨むものの、女からは鬼の気配もない。
ならば『これ』は何なのだ。
これが鬼でないとして、もしこれが鬼になったら。
本当に、『死なない鬼』が生まれてしまう、かもしれない。
どうすれば良いのか、それを迷う暇は恐らく残されていない。
日が昇り始めている。
日が当たっても、矢張りその女の形をとっている何か、は塵になることもなく、ソコに在る。
早々に鎹烏へ申請していた隠の到着を待ち、その『女』は一度持ち帰ることにした。
手すきの柱の面々を呼びつけ、己の邸宅で向き合った『それ』をどうするのか。
殺せるのなら、鬼でないなら申し訳は立たないが、脅威となる前に早々に消さねばなるまい。
それが、矢張り集まった者の総意であった。

お館様へその存在を申告したものの、素性も知れぬ化け物を、みすみすお館様の元まで連れ行くことも憚られる。
一先ずは、宇髄の言う通り何者か聞きださなくてはいけないようだ。


使っていない物置を好きに使えと宇髄に差し出した。
俺も行く、と言ったものの、見られたくないと宇髄が言うのであれば仕方がない。
他の面々(と言っても、伊黒と甘露寺だけだが、)にあれは何だと思う、と問うても、

「お前がわからぬのになぜ対峙してもいない俺が解ると思ったのだ」

と少しばかり厭味ったらしく返される。
間違いではないが、日の光に当たっても消えないソレは、『鬼』ではないことは現段階では明白。
気配一つをとっても、あれは鬼ではない『何か』。
それを何度も確かに殺した・・・
仕方ない。必要だった。と言う肯定。
けれどそこには、罪悪感という名の何かが不死川実弥の中で確実に根を張っていた。

物置にしていた納屋からやってきた宇髄はこちらを見て、ふるり、と首を横に振った。

死んだ・・・のかァ」
「……あれは、何だ。確実に、死んだ。心臓だって、止まってやがった。」

宇髄の目が、動揺に揺れる。

「あれは、何故死なねぇ?いや、……そもそも、生きてんのか?」

生きているのか、それの意味するのが、
呼吸をしているのか、心臓は拍動しているのか、生命活動をしているのか、と言う意味なら、是、だ。
だが、死なねぇ・・・・物を、果たして生物、と呼ぶのか。
それはもう、わからない。
此処にいる者たちに、答えられる人間は一人としていなかった。



あまりにも可哀相だから、と甘露寺がそこいらから見繕ってきた着物を女に着付け、一先ず、とでも言うように、

「女の子だし、私が預かろうかしら……」
「や、やめておけ甘露寺……宇髄貴様が何とかしろ。女は好きだろう」
「不死川が見ればいいんじゃねぇ?」

拾ってきた人間が面倒を見ろ、と最終的に押し付けられた。
面倒なモノを見つけちまった。
ひとえにそれに尽きた。

だがしかし、適当に扱うにしても、適当が過ぎた
と反省したのは、彼女を任せていた隠が、「厠に行けず、その、」と言い淀むのを聞いたとき。
酷く屈辱的だったのではないだろうか。
と、少しばかり反省し、女の着替えまで文句のひとつも零さずに手伝ったわけだが、
それに、「ありがとう」などと宣う。
頭がおかしいのか?
と、疑問を持つ。
自分を、それも何度も殺して、監禁までしている人間に吐く言葉ではないもの。
恨まれる覚えはあっても感謝されることは無いはずだ。
どこか自分とは違う。
その異質な、何かの隔たりを確かに感じた。
その直後。
「謝れ」という女。
その言葉は、今までのどの行いへの謝罪の要求かはわからずではあったが、確実に根付き、育っていっていた『罪悪感』を驚くほどに刺激した。

ついぞ、何に対しての謝罪をもすることなく女を置いた部屋を出たはいいが、すべてにおいて、どうすべきか。
不死川実弥は、答えを出しあぐねていた。


鎹烏に、女の件でお館様へと伝達を依頼していた返事が返ってくる頃。
隠から、風呂に入りたいと言っている。と告げられ、まぁ、間違いねぇわな。と。
何となくだが、するべきことが見えてきた気がした。

『実弥へ
君に任せる。と本来は言いたいところだけれど、
すまない。
暫くは彼女を鬼から護ってやってはくれないだろうか。
彼女の存在が、吉と出るか、凶と出るか。
それはその時になってみなければわかることはないかもしれない。
けれど鬼舞辻無惨がその存在を知ったら、確実に彼女は狙われる。
あるいはもう、狙われているかもしれない。
実弥に甘えてしまう形になるけれど、彼女が何者かわかるまでは、一先ず手元に置いていて欲しい。
彼女は絶対に、鬼に渡ってはいけない。
次の柱合会議の時にはどうするのか、皆で話し合うことにしよう。
それまでに、一度私がそちらに出向くことにするよ。
では、それまで頼んだよ。
                 産屋敷 耀哉』


どこかで全く、とため息をつきながら、女の風呂について考えた。

結果、

「信じらんない!!風呂も一人で入れないなんて!!てか、風呂、追い炊き……ボタンないし。え、薪?まじ?」

だとか何とか、女の声を背中で受け止めながら、年頃の(ように見える)男女二人が、浴室に鎖をつないだ状態で一緒にいる。
と言う、奇妙な状況が出来上がってしまった。

ひと悶着、二悶着ありつつも、何とか女の湯あみを終えそろそろくたびれてきた自身のからだを休ませるか、
と彼女を部屋に届けて、首をぐるりと回す。

「……あの、……私、名字名前。いっぱい怒鳴ってごめん。……お風呂、ありがとう。あと、おにぎりも。」
「……」

ああ、まただ、と内心舌打ちを落とす。
女から降ってくる感謝の言葉はどうにも素直に聞き入れられない。
いっそ、化け物のような見た目をしていてくれればそれとして扱えるものを。
人間なのだ。
己と同じ、否。
己よりもすべてにおいて『弱い』者である、『女』の形をまとったそれだ。
化け物だ、と割り切るのは無理だった。
自身が何度も、確かに殺した手前、何も言える言葉は見つからない。
それにありがとう、と吐く女は、矢張り、どうかしている。

「あァ」

そう、何とか返しはしたが、女の次の言葉に、また頭を抱えることになったのであった。

「その、私、得体も知れないのに、面倒見させて、……ごめんね」
「……」
「あと、あの時、助けてくれて、ありがとう」


そうじゃねぇだろ。
それしか、言葉が浮かんではこない。
矢張り、こいつは俺たちとはどこか違う。

不死川実弥は、無性にその感覚がむずくて、気持ちが悪く感じた。


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