小説 | ナノ

目隠しをされ手足を縛られ、連れてこられた一室で、私は苦しみ、のたうっている。

「派手に答えろ!!お前、死ぬぞ。答えたら、解毒薬くらいすぐにくれてやる!答えろ!!」
「ん、ぐ、ぶ、ぅぅうう、う、じら、な、」

喉は焼けるように熱くて、胸焼けの酷い版みたいな、いや、そんなに生易しい感覚ではない。
とにかく、ひどく苦しい。
死ねるなら、死にたい。
殺せるなら、殺してほしい。
体が、だんだんと動かなくなってきて、意識を手放した。
ところで、自分の体が激しくのたうって、跳ね上がっているのがわかった。

「う、あ、ぁあ!!」
「……まじ、かよ」

あの頭に飾りをつけていた男の声がして、私は無我夢中で叫んだ。

「じゃあ、殺して!!お願いだから!死なせて!もう痛いのも、苦しいのも嫌!!!なんで!なんで私、が、こんな、!」

ひく、ひっく、と嗚咽が漏れ始めて、とうとう私は大声でわんわん泣いた。
殺して殺してと叫びながら、わんわん泣いた。



泣き疲れてしまったのだろう。
目を覚ました頃には目隠しは外されていて、腕や足からじゃらり、と金属のこすれる音がした。
ガンガン痛む頭を気遣いながら見た自分の手足には『枷』がつけてあり、その先を辿ると、太い柱に回してある。

「……監禁じゃん」

酷くかすれた自分の声に、どこかで生きていることを実感した。

「よォ、起きてるかァ」

ふってきた声は、多分不死川と呼ばれていた男のもの。
どうにも答えたくなくて、無視を貫いていると、目の前に出されたおにぎり。

「腹、減ってんだろォ」

丸一日。
多分、それくらい。
それくらいしか経っていない。だけれど、こんなことになって、初めて『生きた人間』としての扱いを受けた気がして、止まっていたはずの涙がボロボロとこぼれ始めた。
薄暗くて、ほとんど何にも見えない。
その畳の張り巡らされた一室、そこにやってきた不死川と呼ばれた男から受け取ったおにぎり。
それからお茶。
私はそれを詰められるだけ詰め込んで、お茶で流し込みながら、またわんわん泣いた。
おにぎりが、しょっぱすぎるせいにして、

「わぁぁぁぁぁあん、帰りたいよぉぉぉぉ、……わあぁぁぁぁぁぁあん」

いっぱい泣いて、泣きながら、兵庫県の神戸市に住んでいたこと、大学からの帰宅途中に、高校の同級生だった男の子の弟に刺されたこと、そこから先は全く分からなくて『鬼』に追いかけられ、逃げて逃げて、何度も何度も殺されて、どこかに連れていかれそうになっていたこと。
それから、あんたにも、あの男にも何回も殺された!
と、叫んで。
わんわん泣いて、

「来るな!来ないで!!殺さないで!もう、死にたくないぃぃ、」
「……」

こちらにやってくる男から、枷に繋がれた鎖の届く範囲で男から離れた。
男は無言で私を通り過ぎて、適当な場所に布団を敷いた。

「……ここで寝ろォ」

そうしてそれだけ言葉を落としてから部屋を出て行った。
それでも涙は全然枯れなくて、それこそまた泣き疲れるまで泣いて、いつの間にか布団に入っていた私は確り眠って、朝を迎えていた。


バタバタとせわしい音を遠くに感じながら、私は声を張り上げた。

「ねぇ!!ねぇ!!誰か!お願い、早く来て!!!」

緊急事態だった。あの男でも、誰でも構わない。
殺されるだとか、死ぬ死なないとかよりも、今の私にはもっと大事なこと。
尿意。
ぱたぱたとやってきたあの男とは違う、これまた真っ黒な服に身を包んだ初めましてであろう人間に、私は切羽詰まった声で訴えかけた。

「も、漏れそう!おしっこ、!おしっこ出ちゃう!!」
「は、え、……あ、あわわ」

出すなと言われている、とか、鎖が届かないとか何とかその人が宣っているうちに、私はとうとう我慢の限界を迎えて、粗相をした。
してしまった。
令和を生きるうら若き乙女がひと様のおうち。しかも畳の上で粗相をしましたってよ。

「……最悪。最悪、最悪最悪最悪!」
「あ、あぁぁぁ、と、とにかく、着替え!着替えと雑巾、雑巾持ってきます!!」

とその人は去っていき、一人取り残された一室でしくしくと泣いた。

暫くすると、戻ってきたその人は私に着物を渡してきたけれど、

「ねぇ、これつけてると、脱げない。着替えられない。」
「……すみません。錠を、預かって、おりません……」
「…………さいっあく。」

そう申し訳なさそうに頭を下げるその人は、本当は任されてしまっただけの、不運な人なんだろう。
私の粗相を手早く片付けてくれ、何度も申し訳ないと頭を下げてくるその姿からは、本当に申し訳ない、と思っていることが伝わってくる。

「もう、いい。……もう良いから。ごめんなさい。出てって。」
「……はい、お役に立てず、」
「ねぇ、……片付けてくれて、ありがとう」

私の言葉に、その人は答えることは無かったけれど、静かに頭を下げて私の閉じ込められている部屋から出て行った。


暫くして、襖がスパンと開き真っ白な髪の傷だらけの男、不死川と呼ばれていた男がのしのしと、おにぎりの乗ったお盆を片手にこちらへやってきた。
いつか、わたしを『鬼』から助けてくれた事をふ、と思い出し、この人はきっと今日も、『鬼』を殺してきたのだろうかなぁ、なんてどこかでぼう、と考えた。
それでも、苦い顔をしながらお盆を畳に置いて、私の手枷を外す男を私は睨みつける。

「……気が利かなかった。……着替えとけぇ」
「…………」

その男は、床に落ちている着物を、手枷だけ外した私に押し付けた。
とにかく、濡れた、少しばかり臭う服が早く脱ぎたくて、私に背を向けた男の存在をそのままにいつの間にか着せられている着物を乱雑に脱ぎ落とし、新しいそれに腕を通した。

「ねぇ。」
「……」

無言で振り向いた男は、すぐに大きく顔をしかめ、頭をかき、私を睨みつけた。

「何のつもりか知らねぇが、」
「着方、知らないんだけど。……着られない」

私の言葉に、また大きくため息をつき、私の後ろへまわって着付けていってくれる。

「……」
「……ありがとう」

振り向いて、それだけ言うと、その男は

「食っとけ」

少しばかり目を見開いて、私の手枷をつけなおしてから、おにぎりを指で指す。
もしかしたら、と。
この人は良い人では、絶対にないけれど、絶対に良い人なんかではないけれど、悪い人、というわけでは、ないのかもしれない。
この世界には『鬼』みたいなモノがいる。
私はそれと一緒に居るところを一応は『助けられた』。
けれど、四肢の無かった私の四肢は生えてくるし、何度も生き返る。
彼らからしたら、私はきっと、化け物で。
あの『鬼』と同じような存在。
それの世話をしてくれている。
私に何かを言うでもなく。
彼が誰かに言われての事なのだとしても、こうやって一応はきちんと見ようとしてくれている。
だからきっと、悪魔みたいな人、というわけではないのだろう。
でも、どうしても、私はこの男に一言謝ってほしかった。
殺したことでも、うっかりとトイレの事を忘れたことでも、どっちでも。
監禁していることでもいい。
どうしても、謝って欲しかった。
この人なら、私を人間として扱ってくれるのかも、なんて思ったのかも、知れない。

「……ごめん、とか、言えないの」

私の一言に、男はピタリと立ち止まり、あの恐ろしいまでの血走った目で、こちらを睨みつけて、

「調子にのんじゃねぇぞォ、化物がァ」

と、一言落として、スパンと襖を閉めて去っていった。
しんと静まり返った室内で、止まっていた筈の涙がまたぼろぼろと落ちて、私のしゃくりあげる音だけがひどく響いた。



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