小説 | ナノ

かの有名なイエス・キリストは死したのちに天国と地獄の狭間。
洗礼を受けずにいた者の辿り着く場所。
『辺獄』にいたという。
辺獄、リンボ、まあどちらでも良い。意味は同じである。
『煉獄』は罪を燃やし尽くし清らかになって天国に行くための洗礼。
『地獄』は永遠ともとれる苦しみを享受するための場所。
なら、『辺獄』とは、いったい何処なのだろう。
洗礼を受けていない者の、つまり、『私』の居る『ここ』は、その『辺獄』なのだろうか。
『辺獄』は一説によると人の世とひどく似通った世界で、そして地獄のようでもあるらしい。
それならばここは、もしかしなくとも。

死してなお、何故私は四肢をもがれる苦しみを何故ここで味わっているのだろうか。
死してなお、何故『生きなければ』ならないのだろうか。
そもそも、私は死んだのか?
否。
私は死んでいる。
今ここで。
何度も、何度も死んでいる。

「ヒヒヒヒヒヒ!!面白い!!お前、死なねぇなぁ!!死んでいる・・・・・のに、死なねぇ・・・・・なぁ!!」

闇が裾野を広げたそこ。
田畑に囲まれ、ちらほらと家屋が見え隠れする、小さな片田舎の町。
そのあぜ道で、私は死んでいる・・・・・
何度も、何度もソレ・・は私の足をもぎ、腕を切りさき、心臓を貫く。

「…っ…んぐぁぁぁぁああ!!」

ぶちゅう、と粘着質な音が響き、ソレ・・は私の心臓からその腕を引き抜いた。

「……っ、ぶは、ぁ、……っあ、ぁぁぁぁぁ、いやぁぁ、もう、もう殺してぇぇぇ!!」

そうすると、私の体は痛みにのたうち、まるで時が戻ったかのように手足がヌルンと生えてくる。
もう、服などあって無いようなものであった。
私を切り裂く角の生えたソレ・・は、月明かりに照らされ、その全容を見せていく。

「……お、に……」

そう。それはまるで、御伽噺に出てくるそれ。
頭から生えた角が、真っ赤に光る眼がその体に似合わないほどの大きさの手が、またこちらに伸びてきた。

死なねぇ・・・・・んだから、仕方ねぇよなぁ」

ケヒヒ、と笑う独特の声が響き、フッと、鬼は動きを止めた。

「……喜べ、女。あのお方がお前にご興味を持たれた。ダルマにしてから、連れて行ってやる。」

そう言って、

「いや、い、!!!…………あ、あ゛ぁぁぁぁぁぁぁっぁぁああっ!!!!」

また、右の腕をもぎ、左の足を食いちぎり。
その『鬼』が、私の右の足を引きちぎりかけ、丁度ミチミチと肉の離れる音が骨を伝い、体中に響き渡ったところで、ピタリと止まった。

「……あ、あ、…………く、そッ」

足をちぎろうと、吊り下げられた状態の私の目の前まで転がってきた首は、そこから下がない。
否。
そこから下は、私の体を持っている。
それを理解するが早いか、否か。
ふわりと優しい何かに包まれるようにして、揺れる感覚に意識を向けると、ひどく悲し気な顔をした、顔中傷だらけの男が私を抱えて、見ていた。

「……じきに、お前は死ぬ。悪かった。間に合わなかった」

酷く苦しそうに顔を歪めた男は、どうやら私を助けてくれたらしかった。

けれど、私にはそんなことはどうだってよかった。
今、心底願うことはたった一つ。シンプルなことであった。
ごぼごぼと、口から血を零しながら、私は訴えた。

「………、ご、ろ……じで…、ころじ、て!!」
「……あァ」

小さく頷く男の手に握られた刃が、優しく私を貫いた。

そう。

貫いた。


「お前、なんで……生きてやがる・・・・・・ゥ!!」

ざ、と私から距離を置いた男は刀をこちらに向け、一閃に私の首を薙いだ。
多分そう。
薙いだ。

「………っ…」

ドスン、と体か頭か。
もうわからないけれど、落ちる感覚。
ケッキジュツとか何とか、わからない言葉がたくさん聞こえるような、聞こえないような感覚だけを残して、私の意識はおしまい。




明転

瞼は閉じている。
けれど酷く明るい光が目に入ってくるような感覚。
酷く気怠い頭を何とか叩き起こしながら、目を開いた。
多分、此処は庭。
どっかの由緒正しきー、みたいな日本家屋の縁側が見えている。
そこには、何人か人がいて、いずれも黒い詰襟。
それに羽織をかぶるなりして、ソコに腰かけている。

「起きたかァ」

その声は、前回記憶が飛ぶ前に聞いたそれなはずなのに、どこか緊張感をはらみ、まるで違うものに聞こえる。

「……しんで、ない。」
「そのようだなァ」
死んでない・・・・・!!」

砂利の上に横たえられていたらしい体を、がばっ、と起こすと、ザ、と幾本かの刀がこちらに向く。

「動くな。派手に質問に答えろ」

頭飾りをつけた、とても大きなオニイサンが声を張り上げ、その太ましい腕に構えた大剣をクイ、と揺らす。

「日に当てても死なぬ、等、信用しない、信用しない。」

ざんばらに切った黒い髪をはためかす包帯がトレードマークの綺麗な男はそう告げて、私を木の上から見下ろしていた。
件の、顔中が傷だらけの男は、その白い髪を風に靡かせて血走らせた目でこちらを睨みつけている。

「あのぅ、ち、ちょっと可哀相だわ。とにかく話を聞きましょう!」

と、一人目の男の言葉を借りるなら、『ど派手な』ピンク頭のおさげのび少女(巨乳)がオロオロと縁側からこちらの様子を見ている。

「そうだ、不死川。刀を下せ。」

木の上から黒髪がピンク頭の少女を擁護して、私に向けられていた刀は下を向いた。
けれど、ピリピリとした空気は依然として張りつめている。

「俺も自分家の庭は汚したくねぇ、が。得体も知れねェまんまこいつをお館様ン所へ連れてなんぞ行けねぇからなァ」

と、不死川、と呼ばれた傷の男がわたしを見据える。

「「お前、何者だ」ァ」

額に飾りをつけた男と、不死川と呼ばれた男は私にもう一度だけクイ、と刀を向けて、吐けと促した。

「……ふ、普通の女子大生、……だった、……はずです」

そう。
私が答えられるのはこれだけ。
だって、他に答えられることは無い。
何故今ここにいるのかも、つまり、こんな人たちに囲まれているのか、『鬼』に殺されていたのかも分からない。
多分、あの鬼はコスプレか何かで、この人たちもコスプレ用の道具を持っていて、と言うには、引き裂かれた手足の感覚が現実を告げている。
これは紛れもなく、『本物』である。

「ふざけてんのかァ、てめぇ」

静かに落とされた、その地まで震わせるような音に、ビクリ、と私の体は震え始める。

「……も、怖い。帰りたい。……帰りたい。」
「なら質問を変える。どっからきた」

シャラ、と音を立てながら、訊ねてきた男の頭飾りが揺れた。

「私、……私、学校にいて……家に帰る途中で、……途中、で、」

そこまで言って、はた、と
頭の中に流れ込んでくるのは走馬灯か何かだろうか。
とてつもなく鮮明なその記憶。
そう。私は、あの時、
私は確実にあそこで刺されて、……
ひやり、と背中が冷える。

「オイ、答えねぇか、」

ザクっと、私のすぐそばに刀が突き刺さる。
その先を辿ると、ひどく億劫そうな顔があり、その隣に立つ頭飾りの男は物騒な言葉を墜とす。

「地味に拷問にでもかけるかぁ?」
「……」
「それは、……(きゅんとしないわ、……)」

思わず、自分の腹に手をあてた。
動くな、とか何とか聞こえてくるが、それどころではない。
この人たちに、『鬼』に会う前に、それよりも前に、私は、死んでいる・・・・・
そう。
刺されて。私は、刺した男の顔を眺めながら、大学の友人たちの声を聞きながら、何度も何度も刺されて、死んだ。

「……私、なんで、生きてる・・・・の、」

その言葉に、不死川、と呼ばれていた男だけがくしゃりと顔を歪めた。


カルペ・ディエム 上
私達は食べて飲もう、明日死ぬのだから
 サルウァトルに乞う

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