小説 | ナノ


名字名前
は、今日も杏寿郎らに叱られている。

「何故、布団に居らんのだ!」
「ごめんなさい。」

布団の上で眠れない。

安眠、安息の地というものを知らぬからである。

物心のついたときから、隠れるようにして、彼女は眠った。
梁の上で。
天井裏で。
納屋の中で。
あるいは、箪笥の上で。
あるいは、押し入れの中で。
あるいは、裏庭の木の上で。

彼女はいつも兄たちに追いかけ回されては、『指南』を受けていた。

女だてらに、兄の真似事等として隠れて行っていた、棒切れを奮う『稽古』擬きを見つかったのが切欠であった。

「ならば稽古をつけてやろう」

と言うのが兄らの言い分であり、
何時しか、男の自分よりも、女のしかも妹に才があることに気付いてしまってからは、
ただの私刑であった。

彼女を昏倒させた後に、背中に『正』を刻んでいく。
己の方が、強いのだよ、と。
浸りたかったのだろう。

だから、彼女の背中には、負けた数が印されている。
性格に数は知らないけれど、
幾年にもわたり行われた『指南』は、数として表すには、あまりにも、惨いものである。

昼寝後や、朝に見つかると、必ず襟首を捕まえて引っ張られ、竹刀を持った兄らに対して、いつもの棒切れで応戦せねばならなくなる。

故に、彼女の睡眠には、安息はない。

そうして10年近く培われた経験から、
彼女は布団にくるまることに恐怖しか感じ得ぬのだ。


それを、槇寿郎は気付いていた。

己の始めて彼女を見たときの仕草、言葉。
そして、いつか藤の家の者に言われた、『正』の字のこと。

故に、杏寿郎らの前で、今言っているのである。

「どこでなら、眠れる。」
「……そこ」

指を指された方を、皆で見上げる。

名前に与えられた部屋の、天井に走る梁。

はぁ、とため息を吐いた槇寿郎は

「前のように、落ちぬようにしろ」

とだけこぼし、名前の部屋を後にした。

そして千寿郎の色変わりの刀を確認する儀式。
これを終えねば、最終選別にも行かせぬ。
それが煉獄家のしきたりであった。

千寿郎の儀式を見守ることなく、杏寿郎と名前は、任務地へと向かうことに相成り、

帰宅した杏寿郎は、千寿郎の言葉に酷く安堵をしたのである。

(俺でこれほどまでに、安堵をするのだ。父上は、如何程だったのだろうか。)

そして、逆説的に考える。

自分へ向けられた、あの何か言いたげな視線。

杏寿郎は、かつて、槇寿郎から愛されていた。
それは、痛いほどに理解している。
そして、実感している。
故に、今父が自分へ向ける感情に『心配』と無事を『願う』気持ちが溢れることをも理解をしていた。

だからこそ、
納屋に打ち捨てられた、折れた刀を見て涙を流した。

その刀を握ると、折れた部分まで、確りと色は変わる。
千寿郎の握った刀は、己ですら色が、変わらぬのだ。

(父上。あなたは、どこまでも父上なのですね。)

杏寿郎は、色変わりの刀を粉々に砕いて山へと棄てた。

(この秘密は、俺も墓まで持ちます。父上。)




そして、その頃

名字名前、その人は白髪に傷を山とこさえた男に叱られていた。

「なんっっっで脱いだァ!!」
「これで、戦うから……」

ぷらん、と刃の部分を持って持ち上げられたドスを越え、少女の目を不死川実弥その人はねめつけた。

「まぁまぁ、実弥。俺らは良いもん見れた、彼女は不快に思ってない。それで良いだろ」
「良くねェ!!!」

例のごとく、
鉞を投げ捨てて、服を脱ぎ去り、袴一丁で戦いに身を投じた名前は酷く不死川実弥に怒られている。

けれど、彼女は理解できていない。
なぜ、怒られているのだろう。
刀で戦った。
鉞は使っていない。
刀は脱いでから使うもの。
だって兄らはそうしていた。

だのに、闘いが終わると、自身の羽織を投げつけ、少女をこれでもかと叱るのだから、
少女もとい、名前もたまったものではないのである。

けれど彼女は知っている。

「わかった。」

理解したフリをすれば、皆自分に興味を無くす。
だから、そうする。

「……これ、読んで。」

それから、会うたびに字を教えてくれる不死川実弥に『オヤカタサマ』からの『テガミ』を渡す。
わからない文字が、山とあるのだ。

「………………ア゛ァア?!!ッ、テメェ!!!」

また、食ったのかァ!!!!

不死川実弥の声は、
それは大きく朝焼けの山にこだました。

そして、また説教が始まったのであった。

「まぁまぁ、実弥、落ち着……オェェエ」
「カラスは、食うなと、言ったよなァ!!」
「……だから、生で食べた!!」

「お、おぇぇぇええっえ!!!」
「ッ、そ、そーいうことじゃァねェんだよ!!このドクズがァ!!!」
「……!!!、、????ご、ごめんなさい!!」
「わかってねェな!!お前!!まだ、わかってねぇなァ!!!?」

顔を真っ赤にした不死川実弥に、

要約すると

お腹を壊す
案内されないと迷子になる
お手紙をもらいそびれる
カラスは食べ物ではない

と言うことを教えて貰った。

でも、昨日の夜も食べていない名前は、今現在、既に腹を空かしていた。
新しく来た、所謂配属されたと言う烏は、自分の手の届きそうにもないほどの高いところを飛ぶし、
腹を満たせそうもない。
説教も長引いて、麓に隠して置いてきた生米のもとへ行くまでにも、体力は持ちそうもない。
仕方がない。
と、
不死川実弥と、粂野匡近と名乗った男に着いていきながら、道すがら
木の皮を剥がして食んだ。
地を這っている虫を引っ付かんで食べた。

それを見た粂野がまた吐いて、
不死川実弥はまた彼女を叱った。

どうすれば良いのか解らなくなって、彼女はとても憤っていた。

己の常識と不死川実弥の常識とが懸隔していることに、理解が及ばず、
理不尽に叱られているように感じているのだ。

つまり、涙目で、筋骨隆々の女にしては逞しすぎる腕を震えさせているのである。

「……アー、わかった。わかった。悪かったァ、これで飯でも食えェ」

投げた銭を受け取って、
名前は、首を傾げた。
それから、銭を口に放り込んで、すぐに吐き出した。

「うわぁ、……」
「……ま、マジかァ、」



そして、男二人は愕然とした。

食いかたは、驚くほどに汚いと踏んで、藤の家紋の家までわざわざ向かって飯を食わせた。

共に飯を食うのには気が引けるのでは、と危惧してすらいたのに。

驚くほどに、美しく食べるのだ。

「……金太郎ちゃんは、……とても綺麗に食べるなぁ」
「…………?金太郎!!!金太郎は好き!」
「そうか!金太郎のどこが好きなんだ?」
「相撲が強い!!杏寿郎が、喜ぶ!!」
「ふーん、杏寿郎って?」
「…………兄上!!」

噛み合わない会話を楽しむ粂野匡近と少女を尻目に、不死川実弥は遠い目で、食事を終えた。
(こいつァ、疲れる)



そして、
名字名前もとい、鬼殺隊の金太郎には、兄がいる。
恐らく知性を兼ね備えた野獣のような男である。
名を、杏寿郎と言う。

金太郎は、女性隊士で、野性味溢れた者である。

と、噂が増えたのである。






「よ、よもやよもやだ!!」

噂を宇髄から聞きながら、共に任務に当たり、
煉獄杏寿郎は頭を抱えた。

主に、
『野性味溢れた』ということに、心当たりが有りすぎるのである。

「宇髄殿、それは、俺の妹のような人の事だ!すまないな!きちんと、その……しつけておく!!」
「ブハッ!!お前の躾たぁ、派手に面倒くさそうだな!!」

と、
話し込んでいると、薄暗い森の奥から、
ガサガサ、ガサガサと音がして
二人の頭上を見覚えのある鉞が回転して飛んで来る。
宇髄が派手に掴みとり、煉獄杏寿郎は音の方へと駆けて行く。

そして目標の鬼は、脚を凪ぎ落とされて少女に首を差し出す形で膝を落としたところで、スパンと隊服を脱ぎはがしながら片腕で刀を落とされた。
そのままスルリ、と首と頭がずれる。

そして振り返った名前に、また煉獄杏寿郎その人は頭を抱えたのである。

「服を!!!着るんだ!!」
「ブハッハハハハ!!は、派手に、良いなァ!!」

ヒーヒーと笑う宇髄を尻目に、煉獄杏寿郎は自身の隊服を少女にかけ、任務地を聞いた。

「ここは、俺と宇髄の担当だ。名前は何処へ行けと言われていた」
「………エナ、サン」
「…………も、無理……ブハッ」

遂に地に膝を落として地面を叩き始めた宇髄を無視して杏寿郎は名前へ伝える。

「名前、恵那山はもっと向こうだ。烏はどうした」

ス、と指を指した先を見ると、遥か上空。
煉獄の元まで恐る恐る降りてきた烏は、おずおず、と言った風に話し出す。

「コイツ、カラス、食ウ!俺、コワイ!!トオクカラ、コイツニ声トドカナカッタ!!」

つまり、彼女は烏を食べたことにより、鎹烏を失っていて、代わりに派遣された代理烏は彼女が怖くて案内をまともに出来ていない。
地理をまだ覚えきれていない彼女には、任務地へとたどり着く苦労の方が、鬼を倒す苦労よりも高かった。

と、いうところだろう。
とアタリをつけた煉獄杏寿郎は、遂に膝を着いた。

「……名前、烏は、食べ物ではないぞ、……」
「……もう、今、食べてない」
「……ひ、…ひっ、…ひ、」

宇髄は、もう涙目で腹を抱えてのたうち回っている。




それから名前は、柱となった宇髄の継子となり、任務地へは宇髄と出向く事が多くなったものの、
単独で出た任務地から宇髄の屋敷へはついぞ辿り着かず、
度々野宿をしている。

名前は、
相も変わらず木の上で、『きっと明日には、宇髄さんのところに帰るんだ』と、
根拠も無く信じている。




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