小説 | ナノ


煉獄家の門戸の前で、
煉獄杏寿郎その人と名字名前は四半時あまり
「入れ!」
「……帰る」
「君の家はここだと言っているだろう!」
「……ちがう、」
と、
こうして問答しているわけであるが、

「杏寿郎、静かにしろ。迷惑だ。名前」

降ってきた音に二人は体を固くした。

「も、申し訳ありません!父上!」
「だから、煩いと言っているだろう」
「はい!すみません!!!」
「はぁ、……名前」

もう一度呼び直された名前に名前は今だかつて見たこともない速度で三つ指をついた。

「……あ、あ、あの、あの、……」

地に額を擦り付けながら、言葉にならない音を吐く。

「名前!!それはやめろと、」

言いかけた杏寿郎は槇寿郎の仕草でぴたりと止まった。
そして、とても久方ぶりに
父の眉間から皺が消えたのを見たのである。
それは、杏寿郎の目がいつもの倍くらいには開いたのではないか、と錯覚させるくらいには大きく大きく開いたのであった。

「名前、良く、戻ったな」

静かに静かに、地を涙で濡らす名前をそっと抱き上げた槇寿郎は、杏寿郎の背中をソッと、触れていないのではと思うほどの力で押して、門戸を潜るように促し入れ
それに続いて入っていったのであった。




翌朝、
杏寿郎は名前の部屋へと声をかけ、
返事がないのを心配して襖を開いた。

「……よ、よもや!!!ち、父上!!また、名前が居ません!!」

杏寿郎の言葉で煉獄邸は賑やかな朝を迎えることとなった。

千寿郎は邸内を探し始め、杏寿郎は表へと出る。
槇寿郎が念のため、とまた室内を覗くと、
『それ』は降ってきた。

黒い塊



名字名前その少女である。

「うお!!」

己の声とともに、少女の重みに耐えきれずについた尻餅。
ドシンと響く音。

「……し、槇寿郎さん!!おはようございます!」

首に巻きついた少女を、払い除けることも出来ず、

力が強くなかなか引き剥がせない。
槇寿郎は足が地につききっていないため、踏ん張りがきかぬのである、と言い訳を考えた。

「「父上!!!」」
「……き、杏寿郎!こいつを、剥がせ!!」
「……う、うぇ、うぇぇえ、うぇぇぇぇぇぇえん、か、帰って来た、名前、帰った!!」

いきなり泣き出した少々に、
誰も抵抗はしなかった。

きっと、皆が皆。
今暫くは、この少女に浸らせてやろう。

そう願ったのであろう。


「千寿郎!名前いっぱい、コトバ、覚えた!!」
「そのようですね!では、たくさん話しましょう!!今までの分も!」

洗濯物を二人で洗いながら、
たくさん話した。

瑠火の死を聞き、名前は、またたくさん泣いた。

夜は、烏が来なかった。
だから、名前は閉じ籠ったきりの槇寿郎の所へとむかう。

「槇寿郎さん、名前、瑠火さん居なくなった、聞いた。痛い。これが、寂しい。千寿郎に、教える、もらった。」
「…………」
「槇寿郎さん、寂しい。名前、邪魔だから、出ていく。」
「……」
「千寿郎、杏寿郎、優しい。名前邪魔、言わない。」
「好きなだけ居れば良い。」

槇寿郎は、言ってから少しだけ後悔した。
己は思っている以上に名前を自身の子供に近しく思っていることを実感していた。
当然だ。
下手を打てば、自身の子供よりも沢山本を読み聞かせた。
千寿郎によりも、稽古をつけた。
杏寿郎によりも、己自身で言葉をおしえた。
己の言葉に反吐が出るほど悔やみぬき
見つけられぬ不甲斐なさに、人知れず涙をも流した。
だからこそ、杏寿郎が
『名前、鬼殺隊ニテ発見』
との走り書きの報せをもらった際には、丸一日、酒を飲まなかった。
帰ってくると、思ってのことであった。
それくらいには、
彼女の事を思っている。

けれど、彼女が鬼殺をやめない限りはそんな大切な存在を失ってしまう。
そういう心配をしなくてはならぬのだ。

槇寿郎は、思考する。
杏寿郎にも、これ以上強くなってなどほしくはない。
柱を目指すと言ってはいたが、柱になどならないでほしい。
死地を、度々潜り抜けたからこそ、
戦友を、継子を、名も知らぬ同胞を
幾度となく見送った。
あれが息子だったら、と考える度にゾッとした。
始めは、そうではなかった。
息子の稽古をつける度に、着実に強くなっていく息子が誇らしかった。
自分で考えることの出来る子だ。
どう向かえば、どこに打ち込めば、今の自分の持てる技の、時宜はどこか。
最適解はどこか。
毎度拙いながらに考え抜かれたそれに、いつしか本気で撃ち込んでしまい、昏倒させてしまい、瑠火にしかられたものだ。

息子は、残念過ぎるほどに剣の才覚がある。
それも、己が羨むほどに。
肝も据わっている。
己が感嘆するほどに。
何より、心が燃えている。
やめてくれと、願わずには、すがらずには居られぬほどに。

鬼など、いっそのこと、
どうでも良いのだ。
杏寿郎が生きていてくれるのであれば。
鬼狩の家業など、どうでも良いのだ。

瑠火が死んで、自分もこんな職業で。

遺して逝くのかもしれぬ、と
この子達に、同じ思いを何度もあじあわせるのかと。
この子達を、誰が守ってやれるのか、と。
思ったときに、手から刀が滑り落ちた。

己が守りたいものはなにか。

一等大切にしたかったものはなにか。

これ以上強くはなれぬ、と知ってしまった。
己より、強い鬼は吐いて棄てるほどに居るのに。

子を棄ててまでも剣をとる。
そんな選択は、槇寿郎には下せなかった。

己は、何者にもなれぬ。

瑠火の言う、『責務を全うする者』にもなれぬ。
(子供を遺してなど、逝けぬよ、瑠火)
杏寿郎や、千寿郎の言う、『強い父』にはなれぬ。
(俺は弱いのだよ、杏寿郎。千寿郎。)
決して折れない鋼の刃にもなれぬ。
(もう、今、折れてしまった。)
必ず生きて帰ってくると、『約束の出来る父』にもなれぬ。
(俺よりも、鬼は強いのだよ、杏寿郎。)
鬼を滅ぼす英雄にもなれぬ。
(限界は、どこにでもあるのだ)
何者にも、

なれぬのだ。


気付いた頃には、もう遅かった。

いつでも、弱い己を恨む。

亡き母の言葉に心を燃やしている息子に、
それだけを母との大切な思い出として抱えている息子に
『それはやめなさい』
等と。
そんな声を、誰がかけれようものか。

嫌われたくない
そんな生易しいものではない。
壊れてほしく無かったのであろう。
彼は、それしかしてこなかった。
息子は、それしか己に教えられて来なかった。
息子と己の思い出は、
母親と父親との思い出は、これしかないだろうに。
息子は、それにすがるしかないではないか。
それを
手折るなど、誰が出来ようものか。

そして、
弱い己は
また何も言えないだろう。
その炎を、消し去ることは、出来ぬのであろう。

きっと今度も。
これからも。

この少女も強くなる。

そして、
杏寿郎もそれと同じくらいには、



きっと、

それ以上に。


儘ならない。
儘ならないよ、瑠火。

槇寿郎は空を仰ぐ。

いつの間にか、己に身体を預け、眠っている名前に、
鬼殺をやめてくれ、と
それか、死なないと約束をしてほしい。
そして、死なないで欲しい。



槇寿郎は切に願う。




そして、槇寿郎は人知れず、
千寿郎に渡すために用意していた色変わりの刀を、色の変わらないものと入れ換えて。

槇寿郎は、また、
一人で涙をこぼすのだ。

「すまない。千寿郎。父を、恨め。」
(俺を、許さないでくれ)





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