小説 | ナノ


鬼哭啾啾。
阿鼻叫喚。
一言で表すならそれであった。

飛び散った隊士たちの四肢や臓腑にまみれ、
自身の腕を腹に突っ込んだ筋骨隆々の女隊士。

他の生きていて動ける隊士は、その女隊士から距離をとり、
誰一人として彼女に触れようとはしない。

気を失ってなお、目を見開いている。
もちろん、白目を剥いているのではあるが、その顔はきっと女性がしては良い顔ではない。

何が一番怖いのか、腹に差し込んだ腕よりも、
その為に剥いてしまった白目のご尊顔であることは請け合いである。
と、後に隠は語る。

腕を抜いて運ぶのにも出血が多いためできず、近くの医者を探すことになったのだが、
朝日が登ってくると、眩しかったのか
むくり、と彼女は体を起こし、
腕を差し込んだまま、よたよたと歩き始めた。

名字名前には考えがあった。
いつかお師匠様、もといシノノメが教えてくれていた。
こういう時は、呼吸で集中。
そして、傷を瞬間的に引っ付けたら、焼く。
そう、焼くのだ。

いそいそと、名前は乾いた折枝を探してマッチで火をつける。

「お、お手伝いします!……あ、あの!」

声をかけてくる隠たちに、彼女は返事をしない。
否、なんと伝えれば良いのかがわかっていないのである。

そうして、愛用のドスを取り出して名前は火で炙った。
そうして、指を抜く。

ズボッ

「ふんっ!!」

焼く。
ジュウウッ

「ぐ、ううあ!!痛い!」

ひ、ヒィィイイイイイ!!!!

「お、おやめください!!隊士様ぁぁあ!!!」

そうして、焼き終えたあと名前はパタリとまた倒れて眠った。




名前が次に目覚めたのは真っ白な寝台の上であった。
いつか見た、紫の花弁があちらこちらと咲き乱れた庭へと通ずる窓から差し込む光に目を細めた。

良かった、生きていたわ

と安堵して、
彼女はまた、鉞を抱え直しドスを身に付けてその窓から外へと飛び出したのであった。



腹が酷く痛んで、森に入り込み、手近な切り株に座り込む。
パタパタとやって来たカラスが名前に、次の任務を告げる。

けれど、彼女は考えた。

「今は、無理。動けない。」

だから、命を今日もいただきます。と手を合わせる。
それから手近な枝を集めて、マッチで火をつけ、
烏を絞めて、食べてしまった。

そう、食べて、しまった。


ようやっと、腹が満ちたことによって彼女はハッとした。

「…………任務、どこか、わからない!!」

もう少し、食べるものは他に探せば良かったなぁ、と少しは考えたものの
彼女は深く考えない。

暫く歩いて、川を見つけたら飛び込んで体を清めた後は木によじ登って体を休める。

暫くすると、パタパタと飛んで来た烏を彼女はじぃ、とみつめる。

「カァカァ!!」

「大丈夫。お腹、まだもつ。」

言ったところで、その烏は降りては来ない。
どうやら喋るカラスではないのか!
と理解したところで、
足下から声をかけられた。

「テメェが金太郎かァ!!下りてきやがれェ!!!」

むくり、と体を起こしてからのそのそと下まで下りて、同じ隊の人間が来たことによる安堵感に、腹の痛さが主張してきたらしい。

「んー、痛い。お前……来たの。喜ぶ。……カラス食べちゃったから、」
「…………ハ、ァ、ハァ!???!お、まえ、食ったのかァ?!」
「お腹、すいて……」

呆然とした顔の、傷だらけで白髪の男に事のあらましを端的に告げ、
任務地まで一緒に着てほしいとお願いしたのであった。


「…………今後烏は、食うなよォ」
「………………へへ」
「……食うなよォ!!」
「う、うん。」

大きな怒鳴り声を出す人間が苦手であった彼女は、その男に終始びくついており、
その男からも彼女の印象は良くはないのは必至である。
さらに、女であるという事実が予想以上に彼をイラつかせていた。

男、もとい不死川実弥は考える。
彼女はのそのそと歩いていて、今に自分にも置いていかれそうである。
(のそのそ歩いているのは彼女が現在便意と戦っていた為である。)
配給された烏を食べるという鬼畜ぶりにも理解は追い付いていない。
更に言うとどんくさそうなこの女。
共に戦うのが正直なところは今回の任務を蹴って欲しかった。

噂に聞いた鬼殺の金太郎。
曰く、鉞を振り回し
曰く、力任せに敵味方関係無く木と鬼を薙ぎ倒し
曰く、風のようにやって来ては嵐のように去っていく。

それが、どうだ。
ふたを開けてみたら、自分が見つけたから良かったものの、
腹が減ったと相棒の烏を食い散らかし、迷子になった筋肉達磨の女。
しかもおつむはお世辞にも良くない。
否。
悪い。

「…………待って。か、廁。」

不死川実弥は今日の任務は途方もなく疲れそうだと、ため息をついた。

「…………はやくしろォ、バカか!!ここですんな!!せめてそっちの草葉の影でしろォ!!」
「……うん」

程なく帰って来た、幾分かげっそりした女に不死川実弥は声をかける。

「これに懲りたら、烏は食うなよォ…」
「あいわかった」

幾分か素直な女にどこかほっとして、
また歩を進めた。




そうして、
自分が「待て、」と言ったのに待たない女に不死川実弥はまた苛立っていた。
思っていたよりも、重くて硬い鬼に二人は苦戦していたのである。
自分が稀血で酩酊させようと、己に刀を向けたさい、
「それはだめ」
そう言って、素手で刃を握られればそれ以上力を込めることもできず、
血鬼術によるものであろう目眩に頭痛、倦怠感。つまり酩酊状態と戦うことになったのである。

「クソッ!退けって、言ってんだろがァア!!」

頭の中が右に左に。上に下まで揺さぶられるのを感じながら
確りと足で地を蹴り刃を鬼へと突き立てようと突進。

するも、首もとをグイィッ
と女の鉞の柄で引っかけられ、
そのままポイっと木の上まで投げ上げられる。

「ア゛ァア!??!クソッ!クソがっ!!殺すぞォ!!」
「斧の呼吸、壱の型!」

と、木の上から女の奮う鉞を見た。
鉞の重さを利用して、己の体までをも持ち上げ、更にもう一度腕の力だけで斧を振り下ろし直す。
つまり、回転。
とても流麗な動きをしたかと思うと、
その鉞の動きを抑えるために、己の左太腿に鉞の柄をぶつけて無理やり動きをとめる。

「斧の呼吸、壱の型!!」

続けざまに叫んだ言葉と共に
鉞は横に向けて奮われ、鬼の首がスッポーンと飛び上がった。

「……全く動きも違うじゃねェか、」

これで噂がハッキリした。
金太郎は呼吸を使えない。型を使えない。
そうではない。呼吸はしっかりしている。
荒々しすぎてわかりにくいのだ。
型は、恐らくそもそも存在していないのだ。

何が特にヤバいのかと言うと、一重に《女の》やる事ではない。
力任せに振り回される斧。鉞。
あれに当たればひとたまりもないだろう。止めるだけの筋力も無いからこうやって己の体で受け止める。
これは、あまりにも危険な闘い方である。
自分の方が今は階級が下らしいが、こいつには教えてやらなくてはならないことが多すぎる。

不死川実弥は人知れず兄である者としての責任を感じていたのであった。

「良いかァ、共同任務の時は、そっちのドスを使えェ。鬼じゃなくて人が死ぬだろォが」
「うん」
「あと、怪我してんなら最初っから言えェ、傷開いてんぞォ」
「……うん」
「……良くやったなァ」

もう一度言う。
不死川実弥の方が、階級は下である。

いつの間にか、不死川実弥本人はそれを忘れていたし、そもそも名字名前はそれに興味がなかった。

「へへっ」

少女は、とても綺麗に笑った。


そうして、不死川実弥は己の発言を後悔することになるのはまた別の話である。



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