小説 | ナノ


名前名字
彼女は鬼殺隊での立ち位置を確かなものにしていた。


頂いたばかりの刀を刀匠の前でまっぷたつにして。

彼女いわく、

金太郎は斧だと、杏寿郎が言っていた!



彼女は教えて貰った事をずっとずっと反芻していた。
鬼ヶ島へ鬼を退治しにいく桃の勇者の話。
槇寿郎は、鬼退治をしていると言っていた。
だから、鬼退治をすれば、
槇寿郎が助かるはずだ。
彼らに恩が返せるはずだ。


『恩を返す。』

『世話になる。』

それをシノノメに教えて貰った。

だから、シノノメの言うとおり。

私はオンを返すのだ!


意気揚々と、
新たにしつらえて貰った大斧。
所謂金太郎のマサカリを、背中に引っ提げ、颯爽と地を駆けた。





彼女は深く考えない。
そこまでの教養はまだ行き届いてはいないのだ。


「斧の呼吸 壱の型 !」

斧がドッと、降ってくる。

少女の手から放たれているとは思えないその力業にも見える刃は、地に深く深く跡を残し。

どっこいしょと鉞を引き抜いた姿はさながら金太郎。

「逃げない。当たらない。」

指を指す少女に
そんな無茶な、と鬼は震えた。
だって、とても痛そうではないか。
スッパリと切られるわけではない。
あれはきっと、潰すためのものだ。


「斧の呼吸 弐の型 !」

次は横凪ぎに、それはそれはえげつない速度で奮われた刃はそれはそれはきれいに首を跳ねた。

すっぽーん

それこそ、桃太郎が、産まれた時の音のよう。


「何で斧」


そう呟いた鬼の言葉はとても、夜に響いたそうな。




鬼殺隊には金太郎がいる。

と、まことしやかに噂されはじめたのはつい最近のこと。

はて、金太郎とは。
と、首を傾げる炎のような男
彼の名を煉獄杏寿郎という。
あの母の死に泣き、姿を見せなくなった少女を嘆き、物静かで、こころに熱を抱いた少年を見送った、その熱き炎の少年は、それはそれは立派な青年になろうとしていた。

少年は金太郎、と聞いて思い出すのは
自分の言葉を目をキラキラとさせて耳を傾ける少女の姿。

彼女は金太郎と桃太郎が好きだったな。

と、
いつか森で熊と相撲をとり、鬼ヶ島へ鬼退治へ出るのだと喜んでいたのを思い出す。

何故こんなことを考えたのか。
それは単に今日が初めての、かの『金太郎』と呼ばれる隊士との共同任務であるからだ。

話に聞くと、野性味の溢れた人間なようで、
出会う前から興味があった。


煉獄杏寿郎 その人は、人の噂よりも自分の目を信じる人間である。
であるから、彼の隊士がされている噂をなるだけ聞かないようにしていた。
入ってくるのは、良い話ばかりではないからだ。
自分よりも早く入隊しているその隊士は、
階級を丙。
上から数えた方が早い位置に君臨している。
だが、その者は
鬼に背を向ける。
他隊士に刃を向ける。
呼吸を使わない。
からしてあの討伐数は、横取りであるのだ。
あの階級は飾りのようなものである。


出る杭は打たれると言うが、
これ程か。

と、煉獄杏寿郎は耽る。




山の麓で待っているはずの彼の隊士は居らず、
煉獄杏寿郎は首をかしげた。

ふと、天を見ると煙が上がっている。

その煙の発生しているであろう方へ、トテトテと歩いていくと
居た。


黒々とした髪を肩口で切り揃え、
袖口を破った隊服からは、しなやかな、けれどもしっかりと、いや、がっしりと筋肉のついた細腰に比べると少しばかり太ましい腕が覗いている。
それに見合ったこれまたガッシリとした下半身。
そして背中に背負われる大きな鉞。

ガツンと何かで頭を殴られた感覚がした。



とは、初耳だ。


「どうした!少女!腹でも……」

振り返った少女に、煉獄杏寿郎はもともと大きな目を更に大きく見開いた。

「空かして……」



「!!!!杏寿郎!!!」

バッ、と立ち上がった少女をたまらず男はかき抱いた。

「どこに……どこに行っていた!!」

皆、探していた

探したのだぞ!

と殊更大きな声を全身で受け止めた少女は、
ぎゅう、と杏寿郎を抱きしめ返す。

「杏寿郎!杏寿郎!!」

あぁ、
なんだ、
どうしたのだ、
ここにいる

呼ぶ度にかえってくる言葉に
少女はぐずぐずと涙した。
厳しい修行にも泣かず。
痛む傷にも泣かず。
会えなくなった皆の事を思っても泣かなかった。

けれども、名前は、今は泣いてもいい気がした。







その夜の任務で、煉獄杏寿郎は刮目した。

何が、逃げ出す、だ。
何が手柄の横取りか。
何が呼吸を使わない、か。

彼女はとても、強かった。


それこそ技が大振りなものが多い。
そのため、こちらが避ける必要の有るものも出るかもしれない。

けれど、全身に迸るこの感覚。

全身が震える。

わかる。

これは、強者である。


「斧の呼吸 参の型 !」

大きな声と共に、嫌な予感。
煉獄杏寿郎はその感覚を信じ、三歩、後退る。

ガゴゴ、と立派な音がして、鉞は立派な木の幾本かを薙ぎ倒して刺さった。

そのまま隊服を脱ぎ去り、鬼に詰めよって、腰から差した中ドスをザクリ、と鬼の首に差し、
足を鬼の体に引っ掻ける。

ぐるり

旋回

そのまま鬼の体を押し倒す。

首に宛てたドスを
踏みぬく。

ザン


首が飛ぶ。


「杏寿郎!できた!」

振り返った少女の顔は、幾年か前と代わりない。

あまりに変わらないその姿に、煉獄杏寿郎その人も笑った。

「豪快だな!」


ハハハ、
と笑いあい、

「……ちがう!!だ、か、ら!!服を!!!着なさい!!!!!」

杏寿郎その人は、慌てて自身の隊服を少女の肩にかけて前を止め上げた。




積もる話もあるだろう。
と、
近くの藤の家紋の家へと向かった。




互いに食事を囲いながら、口を開き、閉じる。

これを暫く、双方ともに続けていたが、
煉獄杏寿郎は
コクリと
茶を流し込んで音にした。

「オノの呼吸、と言ったか。」

あれは誰に習った。

煉獄杏寿郎と目が合わないことに首をかしげながらも、納は答えた。

「作ったの。誰も、斧使わないから。」

あっけらかん、と答える少女に
君らしいな、とカラカラと笑う。

「やはり、炎の呼吸は、」

嫌なのか。
口に出した煉獄は、少しだけ頭をふった。
俺を、父を嫌なのか。とは、聞けなかった。

「知らないの。まだ、弐の型も、途中で。でも、他のはしたくなかったから。作ったけど、技の名前とか。良くわからないから。変って言われるけど。」

そっちの方が良い。

さも当然のことのように言う納に杏寿郎はどこかで許された気がした。

「杏寿郎は、怒ってる?」

「なにをだ!」

暫く考えていたのか、俯いてしまった名前を杏寿郎はじ、と見つめる。

「……すみませんでした。」

杏寿郎が、いつか見た光景だった。
三つ指をついて、
頭を地に擦り付けて。

そうして何もかもを隠してしまう。

杏寿郎は、名前がこうするのを酷く嫌っていた。

けれど、名前はどうすべきかわからなくなっていた。

酷く喉元が、胸元が痛いのだ。
突っ張って、
ドンドコ太鼓のように頭が叩かれるような感覚がして、目が焼けるように熱くなっているのだ。

「や、やめてくれ!そんな事をさせたいわけではない!頭を上げてくれ!」

杏寿郎は慌ててドタドタと、向かいに座っていた名前の体を起こそうと肩を押すも、びくともしない。

「む、う!!力が強いな!君は!!」

「しん、槇寿郎さん、おこ、怒らせちゃって、だから、恩返し、何もしてない!だから、鬼退治!頑張ろうって、槇寿郎さんが、しんどくないように。」

辛くないようにって
溢れる言葉と一緒に、畳をボタボタと濡らす涙には気付かないふりをした。

杏寿郎は、弟にするように、いつかしたように
ゆっくりと背中を撫で上げた。

「君は家族だと、いつか父上も母上も言っていただろう!」

今からでも、いつでも帰ってくると良い。
君の家は、あそこだ。

ぐずぐず。ぐずぐず。

いつからか、鼻水の音は二人分に増えていた。



翌日、目を覚ました杏寿郎は下善もせずに名前と寝こけたことを思い出す。

未だ少しの頭痛と瞼の重み。

うむ

「不甲斐なし!!」

湯浴みでもしよう!

と立ち上がった時にバサリ、と落ちた羽織を拾い上げる。
滅と印された黒い詰襟からは、どこか懐かしい匂いがした。


「うむ、また置いていかれてしまった!」

どこか晴れやかな気持ちでそれを畳む。

あの少女は次の任務にでも行ったのだろう。
また、会いたい。

そう願わずには居られない。




煉獄杏寿郎は、千寿郎に宛てて名前を見つけた事と、怪我もなく元気であることを認め、烏へと託した。








名字名前
その女はズビズビと、いまだに鼻をならしていた。

頭痛と戦いながらも足を止めない。
烏に導かれながら、
次の任務地へと足をすすめた。

上着が無いので、幾分か肌に当たる風が冷たい。
けれどもそれが、丁度良かった。

そんな名前には夢があった。

いつかは自分の好きな皆と楽しく過ごしたい。
金太郎のように、相撲をとるのだ。
きっと、杏寿郎はもっと大きくなるし、既に大きい槇寿郎はとても強いだろう。

けれど、
そのためには鬼ヶ島の鬼を殲滅しなくてはいけない。

名前はその日のために、今日とて走る。




聞き込み等は正直得意ではない。
だから彼女が良く任されるのは、
増援としての任務と、鬼が居る、とほぼ確定している地への任務であった。

必然的に強い鬼が多く、時間も比較的にかからない。

アッと言う間に乙まで上り詰めた。

討伐数こそ多いものの、連携の上手く出来ない彼女、さらに、本人は気がついていないものの、任務地にたどり着けてはおらず、全く別の鬼を刈っている。
もしくは、帰り道に迷いこみ、連日の任務に(自分でしているようなものではある。が)なってしまう。
そんな事も、しばしばある。
だからこそ彼女は未だそこから階級は上がっていない。
つまり、彼女は柱になるには圧倒的に足りないのである。
学と、常識が。

斧の速度では鬼に勝てないのだ。
だからこそ用意して貰ったドス。
いざとなったら鉞を捨ててこちらで応戦、として戦ってはいたけれど、
それも良くなかった。

マサカリを投げ捨て、走る速度は並のものではなかった。
いかんせん、20キロも30キロもするモノを振り回しながら皆と同じ速度で走るのだ。
必然的に走る速度は鍛えられる。
それを見た隊士たちは皆、
脱兎の如く、鬼を前に逃げ出した。
と口を揃えるに至るのだ。

そして、それを名前は知らないし、理解していない。
したとしてもやめないし、武器を変えることもしないのだ。

かつて杏寿郎は金太郎をカッコいいと宣っていた。
名前はそれをとても良く覚えていて、
自分もそうなりたいと願ったのだ。

杏寿郎に頼って貰えるような、肩を並べていられるような。
認めてもらえるように。

始めは辛かった。

重たい。
けれど、奮わなければ敵は斬れない。
毎日腕が痛くて、足が重くて潰れそうだった。

その度に、金太郎をカッコいいと言った杏寿郎を思い出しては立ち上がる。

そうしていつしか隊服に腕が通らなくなっていた。
パツン。
と張って、肩が上がらない。
仕方がないので、肩口から先を切り落とした。
道行く女子を見ては、肩を落とす。

無知ながら、彼女は理解していた。
女子は綺麗でか弱いもの。守られるもの。
自分のからだが女子のものであること。

けれど、名前はいつか杏寿郎と肩を並べることを望んだのであった。
女としてではなく、戦友として。

先の任務は、杏寿郎と肩を並べて戦った。
どこか充足感。
どこかで、慢心していたのかもしれない。

とても大きな鬼だった。

動きは然程速くない。

にも拘らず、横に薙がれた腕の先。

そこにいた他の隊士を蹴飛ばして逃がしたら

もう避けられなかった。

自身の貫かれた腹を見て、
やっと、というようにごぽり、
口から生臭いそれ。

ケヒケヒと嗤う声に、

腕から力が抜けて、

ドスン

と鉞が落つ。


「……、……杏、寿郎。」

口から溢れるのは

瞼の裏に写るのは

いつだって彼女の大切。

今は、まだ
しねない。

倒さなければ。

殺さなければ。

己の大切の為に。

体を捻ることは出来ない。

名前は、腕の力だけで、太く、特に硬い鬼の大きな爪を斬った。

僅かに走った衝撃で、更に腹の傷が広がった。

「っ!!ぐぅ!!!」

痛い。
痛い。

ドサリ、と零れた自分の体は更なる衝撃を加えてきた。

その鬼の瞳に光る『下限 弐』。

これは、倒さなくては。

ここにいる、他の隊士が死んでしまう。

名前の横には、
今にも恐怖で落としそうな腰を刀で支える者たちばかりだ。

一番強い私が助けないと。

いつしか杏寿郎が言っていた言葉を反芻していた。


「まだ、……私、死んでないよ」

地に落ちたマサカリを拾いあげ、肩に担ぎ上げる。

「斧の呼吸、玖の型」

これだけは、決めていた。
他に技の名前なんて無いけれど。

これだけは、

「煉獄」

ごう、と風を切る音に、ガッ

と硬いものがぶつかる音。

どの技に比べても、これは1番の力業だ。

いつか槇寿郎が出していた綺麗な、流れるような煉獄とは全く違う。
荒々しく、いっそ猛々しいそれ。
鬼の首をすっぽりと隠せそうな大きな刃を
全身の体重と力を込めてふりぬいた。

腹を捩ったせいで、また遺された鬼の爪で胎内が傷ついたのを感じる。

斧を振り落とした勢いで、自身の体が浮くと同時。

咆哮

ドシャッ

と、人の体ほどありそうな頭が地に落ちた。

それとともに、名前の体も地に伏せた。

他の隊士の声がたくさん聞こえてきたけれど、

機能しなくなった耳は声として拾わない。

腹を見ると、消えかかっている鬼の爪。

何とかそれで止血されていたが、

どうしたものか。

もう、痛くて呼吸も儘ならない。

常中にしていた全集中も保てるか。

わからない。

ブシャ

と音がして、腹から血が舞った。

あぁ、

やばい。

まだ、槇寿郎さんにも、謝れていない。

まだ、死ねない。

横に居た隊士が、止血を試みようとしていたのか、脱いだ自分のシャツを充てようとしている。

ダメだ。それでは、間に合わない。

躊躇わずに、納は自分の腕をその穴にそのまま突っ込んだ。


ミチッ

ミチチッ

とても、嫌な感触。

ヒィィィイ

と、叫ぶ声が、どこか遠くから聞こえたのを最後に、名前は意識を落とした。




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