小説 | ナノ

これ・・……まだ、産まれねぇの」

それはここ最近、毎日シュウスケが聞いてくる事柄であった。

なにも、とびきり楽しみにしてくれている、だとか、邪険にしている、だとか。そういった類ではないのだと思う。
純粋に疑問なのであろう。

そしてそれは、私も変わらなかった。

この、然程大きくない集落では、妊娠出産自体がそこまで多いわけではない。
そうすると、このくらいになれば、であるとか、この場合はどうだ、だとか。私には、そういった見本がないに等しかった。

あちらこちらを歩くたびに、やっぱりおめでただったんだねぇ、だとか、もう少しだなぁ! だとか。
そう言われるようになってから、そこそこ経つのだが、──そう。そこそこ、経つのだ。

であるから、シュウスケが毎日のようにそう尋ねてくるのも、無理はなかった。

「そう、みたいです。産まれる直前にはおシルシ・・・・があるんだ、とかは聞いたんですけど、まだ何もなくて。早く来てほしいですねぇ」
「……そうかよ。……なぁ、気ぃつけて、歩けよ」
「うん、ありがとう! シュウスケさんも! 気をつけて行ってらっしゃい」
「うん」

框で草履へと足を嵌め込むシュウスケを見送っていると、すぐ隣へと、実弥さんが腰を下ろす。

「昼飯は取りにくっから、出来るだけ出歩くなよォ」
「……心配しすぎですよぅ」
「早めに帰って来る」
「最近、ずっとそう言ってますよぅ」

名前、と咎めるように名前を呼ばれれば、わかりましたよぅ。と口元を尖らせることしかできなかった。

ぱたぱたと走る音が奥間から響き、そのうちやって来る。
私の足元へと絡みついたそれはそれは小さな体が、ぐる、と私の体の周りを一周して、実弥さんへ「行ってらっしゃい!」と叫んでいた。
後ろ手に手を振る背中を見送った私達は、漸く玄関を閉めた。

「名前ちゃん、お洗濯、チエもやるよぉ」
「ありがと! なら、やっちゃいましょぅ!」
「はぁい!」



十二月も暮れとなると、随分と冷え込んでいた。
綿をたっぷりと入れた半纏を着込まなければ、寒くて出歩けない程だ。

私はそう思うのだけれど、実弥さんは変わらず、胸元が涼し気な野良着を年がら年中おめしであった。

それを真似ているのか、はたまたシュウスケもその手の人間であるのか。
夏も冬も、殆ど変わりのない格好で彷徨いている。
見ているだけで底冷えしそうだ。

「雪、降るかなぁ」

チエミが、キンと冷えた水で洗ったばかりの洗濯物を、ばさばさとはたきながら呟く。

「降るかもしれませんねぇ」
「明日、行けるかなぁ」
「実弥さんとシュウスケさんがいれば、なんてことありませんよぅ」
「そっかぁ!」

チエミが気にしているのは、明後日に行われる、新年の祝の為に向かう先について、のことであった。
なにぶん、四人で暮らし始めてから皆で家を空けるのが、初めてのことなのだ。
チエミは、きゃぁ! と叫び、飛び跳ねるほど喜んだものだ。

そんな姿を見れば、私とて、胸がどきどきとし始める、というものである。



シュウスケやチエミが寝静まった頃。
実弥さんが奥座敷へと引っ込んだかと思うと、左手に、すっかり見慣れた包みを持って、また厨へとやって来た。

大嶌屋の包みである。

「茶ァ、飲まねぇかァ」
「……へへ、頂きます」

ん、と頷いた実弥さんは居間へと足を向けて行ったものだから、私も急ぎ、夜の片付けを終えた。


経木の包みから出したおまんじゅうは、僅かに酒の香りのする、もちもちとした食感がたまらなかった。
酒饅頭だ。

「おいひぃれふねぇ!」
「うめぇ」
「んふ、ありがとうございます」

胡座をかきながら口もとへと運ばれる、指の少ない右の手。
それとは反対の実弥さんの左手は、私の右手の指先と、少しだけ、絡まっている。
ほんの少しだけ、だ。

けれど、たったそれだけのことで、体中が火照ってしまうのだから、大変なことだ。
ぎゅうと抱きしめて頂いたあかつきには、燃え朽ちてしまうかも知れない。
そんな阿呆な事を考えながら、私はまた一口、おまんじゅうを口へと運んだ。

実弥さんは頬杖をつき、私の顔を覗き込むようにしてから言った。

「お前も、来んのか」

一体、なんのことだろう。
とは思ったけれど、おまんじゅうを咀嚼していれば、合点がいった。
恐らく、年始めの行事の話である。

「ッえ! 連れて行って下さらないんですか!」

後頭をがりがりとやり始めた実弥さんは答えては下さらず、私の口がつン、と尖っていく。
最近、そんなことばかりだ。
腹が大きいから、だとか。心配だから、だとか。
お気持ちは嬉しいし、よく解る。つもりである。
けれど、そればかり言われて離れていくのは、些か心寂しいというものだ。
端的に言えば、つまらない。

「ひ、一人でこの屋敷で待てと、言うんですか」
「……里中の家には一言声はかけてらァ。荒木の親父もコウサクん親父のとこも、来るかって言ってくれてるじゃねぇか」
「き、……気を使うじゃないですか」
「お前が気になんねぇように幾らか包む」
「そういう、事でなくて……」

けれど、実弥さんが気を揉むのは最もではあるのだ。

腹が膨らみ始めたと思ったら、みるみるうちに足元も見えなくなった。
本当に、みるみるうちに、だ。
自分でも驚くほどの速さで膨らみ始めた腹は、終わりが見えない。
今ではすっかり、立ち上がるのにも手で腹を支えたくなるほどであるし、着物の着付けも、少しばかり憂鬱になるほどだ。
段差も辛いし、何より、坂が怖い。

とはいえ、だ。
皆と何日も離れる、というのは、なんだかあまりにも寂しいではないか。

「わかりました」

納得の一つもしていない。
それがわかるような声が私の口から出ていった。いつの間にか、実弥さんと絡んでいた指先は、解けていた。

───────
────
──

実弥さんは朝起きると、暫く考える素振りを見せた後に、私へ「いいか、よく聞け。」そう告げてから、鋭い視線を私へと向けた。

「俺の言う事ォ、絶対守れるか」
「え……! は、はい」
「俺が負ぶされ、つったら、ちゃんと聞くかァ」

実弥さんの言葉に、私は大きく見開く事となった目の奥が、熱く熱くなっていく。

「おんぶ、は、お腹が、少し……難しいと思うので、か、抱えあげて、いただけますか……」
「あァ」
「二人分なので、お、恐らく、重たいですけれど、良いですか」
「んは、……違ぇねェ!」

くく、と肩を揺らしながら笑った実弥さんは、私の頭へと優しく手を乗せ、準備しろォ。と、仰られる。




玄関前で、シュウスケの手を借りながらつっかけに足を通すチエミちゃんを見ていれば、「行くんだろォ」と、実弥さんはまた、声をかけてくださる。

「は、はい! 行きたいです」
「は、ぁ?! 遠いんだろ? 歩かせんのかよ!」
「チエ、歩くよぉ!」
「お前は良いんだよ!」

実弥さんと私の間で顔をきょろきょろとやり始めたシュウスケへ、小さく。けれど確実に、私は頷く。

「でも、休憩を、たくさん、取るかも……取ると思います」
「それはコイツら連れて歩くんだから、そんなモンだろォ」
「間に合うのかよ」シュウスケが、実弥さんを見る。
「ハナからその予定で早めに用意してらァ」
「頑張って歩きますね!」

私が言えば、シュウスケは「頑張らせて大丈夫か?!」と、また実弥さんを見やった。

「名前ちゃん、お腹、痛くない?」
「もちろん! 痛くなったらすぐに言います!」
「絶対だからなァ」

しかつめらしい顔を作り、腕を組んだ実弥さんは、そう言ってから、そこいらに引っ掛けてある予備の外套を、シュウスケの頭へと引っ掛けた。

「外、冷えるからなァ」
「うん。……チエミ」
「はぁい!」

チエミの手を握ったシュウスケは、私へと視線を向けてから、すぐに視線を逸した。
逸したが、「…………気をつけて、歩けよなぁ」そう呟くように言うものだから、私は三和土へと飛び降りるように足を下ろした。

「わ、わぁぁん! 嬉しいですッ!!」
「バカ! 跳ねんじゃねぇ!」
「バカ! 落ち着けェ!」
「ひ、酷ぉぉい!! ばかばか言わないでくださいよぅ!」


***

村へ降りるのとは、すっかり反対の方向へと足を向けていた。
道中実弥さんに何度か担がれながら、歩く。
たまに降り落ちる雪ではしゃぎ、キンキンに冷え切った小川が冷たくてきゃあきゃあと喜ぶ子供の声を響かせ、少しずつその道のりを歩んでいった。


目的としていた神社は、集落のものが比較にならないほどに大きく立派で、荘厳であった。

「わぁ、」と音が漏れたのは、何も私の口からだけではない。
きゃあきゃあと声を上げていたシュウスケたちは、いつの間にか、ほぅ、と息を呑んでいる。
実弥さんを伺い見れば、まるでまるで祈りでも捧げるかのように静かに瞼を下ろし、また、あの力強い目を開かれる。

目礼でもしているかのような動きに、私の身が引き締まるような心地がした。

そのうち、静かに歩き始めた実弥さんの数歩後ろを私達はついて歩いた。

本殿へのお参りを終え、社務所の裏側へと回る。

そうすると、木々に囲われた細道があり、本殿の背中も超えてしまったあたり。獣道のようなそこを抜ければ、それこそ大きな平屋のお屋敷が見えた。

「よく来てくださいました。不死川様方」
「産屋敷様もご壮健でなによりです」

頭を下げられた実弥さんの動きに従い、私達も、その後ろで頭を下げる。
声をかけてくださったのは、一人であったが、そこには何人か、同じ年頃の方たちが居られた。
実弥さんの背中を視界へと入れながら上げた視線の先。

その光景に、思わず、引いていたチエミちゃんの手を、ぎゅう、と握ってしまっていた。

まるでお人形のように、艷やかな髪をお顔の横で揺らしたのは、白樺のような、真っ白な少女たちであった。
そっくりな、少女たちだ。
着物の色だけが浮かんでいるようにすら見えるほど、真っ白な二人の少女に挟まれ、不気味なほどに綺麗で、同じような顔の少年は、にこ、と表情を緩められた。

その顔を見なければ、作り物か何かであろうか。そう、勘違いをしそうになるほどに、ぞわッとした。
なにか、見てはいけないものか何かのようであった。







「ここで後の方たちを待っていただくも宜しいですし、奥の間でお休み頂いても構いません。
お食事やらのお世話はこの度、隠を担っていた方たちが、有志でやってくださいます」

厠はあちらで、湯は──と、実弥さんへと説明をしてくださる真っ白な少女は、実弥さんを見上げておられた視線を、ふ、と私へと向け、後にきゅ、と口角だけを持ち上げなさった。

「ではまた後ほど」

失礼致します。と、頭を下げ、私達を大広間へと残し、去っていかれた後ろ姿を見送った後に、私はようやっと息を吐き出した。

「な、なんだか、不思議な雰囲気の方たちでしたねぇ」
「あァ」

なんてことのないように返した実弥さんへは、それ以上を何も言うつもりも無いけれど、なんだか、あの儚さを感じさせる、真っ白はどこか苦手であった。

「今の人達は?」シュウスケが言う。
「少し前まで鬼殺隊を率いておられた方達だァ」
「すげぇんだな」

実弥さんと、シュウスケのやり取りを聞きながら、チエミちゃんはくすくすと笑った。

「今のおねぇちゃんたち、綺麗ねぇ」
「そうですよね! 綺麗です! もう、なんだか綺麗過ぎて、私驚いてしまいましたよぅ」
「奥にでも行くかァ」
「はい!」

いつの間にか、私の手の中から、チエミちゃんの手はつるンと抜け、チエミちゃんは「だっこ」と、実弥さんへとせがみ始めている。
どこでも変わらないチエミちゃんの態度に、私の口元も少しばかり緩んだと思う。

そうこうして、案内された大広間から出ようと、実弥さんが襖を開けられたときであった。

どたどたとした足音が幾つかやってきては、そのうち聞き覚えのある声が響いた。

「実弥さん、宇髄様方、来られたみたいですねぇ」
「うるせぇのが来やがったァ」

ため息をこぼしながら、広間の外から出られた実弥さんに従い、私も外へと出てすぐ。

あ! 名前ちゃぁん! と、須磨ちゃんが走って来た。
実弥さんの隣をぴゅンと通り過ぎ、私の両手を握っては、ぶんぶんと振り回す。
私の口からも、わぁ、と声が漏れていた。

「やっぱり! 須磨ちゃん……!」
「須磨ですよぉ! 手紙じゃ聞いてましたけど、お腹、おっきくなりましたねぇ!」
「そう! そうなの! 須磨ちゃん達のおかげですよぅ!」
「あのあと、あんたじゃないんだから! って、私はまきをさんに叱られちゃいました!」

舌を出して笑った須磨ちゃんの後頭部を、すぱぁん、と平手がぶった。

「こら! 須磨、先に挨拶しなッ! 不死川さん、申し訳無いですッ」
「わぁん! ぶたないでくださいよぉ!!」

わぁきゃぁと賑やかな声が響く中、戸惑いがちに「いや」と返した実弥さんの声は掻き消されていく。
実弥さんがたじたじとなさる姿が新鮮で、とうとう私も声を上げて笑ってしまった。

「みなさま、お元気そうで! ね! 嬉しいしですね、実弥さん!」
「あ、あァ」

いつか、ヒナツルさん、と呼ばれていた、一等落ち着きのある女性が「ほら、お二人とも」と、窘めたことで、ようやっと場は収まった。

「名前ちゃんも! 不死川様も、ご無沙汰ですねぇ」
「不死川様がたも、お元気そうで何よりです」
「須磨! ちゃんと挨拶しなッ! すみません、不死川さん」

いや、と実弥さんが声を出そうとして、すぐだ。
後ろから、ぬっ、と出てきた腕が、実弥さんの首元へとからまっていった。
いつの間に、かはわからないけれど、私のすぐ隣に、その大きな方は立っていた。
あんまりのことに、私の開いた口は塞がらず、ぱくぱくと、まるで餌を求める鯉のようになっていた。

「よっ! 不死川」

その巨躯を実弥さんへと持たれかけたその方は、宇髄様は、うげぇ、と顔を顰める実弥さんの脇腹をぐりぐりとやりながら、からからと笑って言う。

「ど派手に久しぶりじゃねぇか!」
「っだァ! うぜェ! 放れやがれぇ!!」

ここ最近では見ることの無かった実弥さんの姿に、思わず私は抱き上げられたチエミちゃんと、シュウスケを見た。
二人揃って「きょとん」とした顔を作り、実弥さんまで同じ顔で「どうしたァ」と、振り返ってくるものだから、おかしくて、とうとう堪えきる事ができなかった。

「んふ、は、あはは、……へへ、やだもう、へへ、」
「親子かってくらいにそっくりですねぇ!」

須磨ちゃんの言葉に、私も思わずこくこくと頷いた。

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