小説 | ナノ



半年に一度程度の頻度で開かれる柱合会議も終え、新たに柱になった男を見る。
ひょろ、としている。
見た目だけであれば、そうそう強そうには見えないが、ふとした拍子に見せる手首のしなやかさは恐らく自身にもないものであろう。
実弥はまた、尾芭内、と呼ばれていた奇抜な白黒の縦縞の羽織に身を包む男を見やった。

シャァッ!と口を開け、実弥へと威嚇をしてくる白蛇を、伊黒はしなやかな手つきでもって、やすやすと抑え込んだ。否、諭したというのがしっくり来るやもしれない。

「鏑丸、大丈夫だ。問題ない」
「……鏑丸ってぇのかィ」
「……」
「おりこうさんだなァ」

伊黒の指先へと身を寄せ、頬を擦り寄せる蛇に実弥は感嘆の息を漏らすこととなった。
ここまで躾けられた蛇など見たことも無い。
蛇と言うのは、藪から出てきたものを突き追い払う対象、としか見てこなかった実弥には不思議な感覚ではあったが、その一人と一体の間にはまるで"信頼"のようなものが見て取れた。

「お? 隠れちまったァ」
「……照れている」
「ハハ、そうかィ」

伊黒の色の違う一対の目が、不思議そうに実弥を見やるが、実弥は自身の首元に巻き付いた太ましい筋肉質な腕に絡みとられ、気が付くことはなかった。

「実弥ちゃんよぉ、随分と派手に柔らけぇ表情カオするようになってまぁ」
「うぜぇ! 放せェ!!」
「いやいや、話しぐれぇ聞かせろよ! 派手にな!!」
「なんッもねぇ!」

ぐい、と首元へ腕を食い込ませながら実弥の体を浮かせてしまった宇髄に、殺意を覚え、後ろ足で蹴りを試みるも、あっけなく避けられる。

「放せつってんだろォがァ!!!」
「まぁまぁ、そう怒んなって」

実弥を下ろし、ぺしぺしと頭を叩く宇髄の手を、雑に跳ねのける。

「てめぇ、」
「まぁまぁ、んでぇ? 伊黒、だったな! ド派手な目してんなぁ!! 良いぜぇ、俺ぁ好きだねそういうの!」

宇髄はフンっとのけ反り、太い腕を組み上げた。

「そう、良いものでもないだろう」
「俺様が良い、つってんだから良いんだよ。なんだぁ? お前地味に俺様の目にケチつけようってかぁ?」

伊黒はそうしれッと返すが、自身より頭一つ大きな大男の迫力満点の指さしに、一歩後ずさるのを実弥は見ている。
またやってらァ、と後頭部をがしがしとひっかいた。

「い、いや、俺はそういうつもりでは……」

おろおろとする伊黒の様子がいたたまれず、実弥はケッと吐き出した。

「おい宇髄、お前めんどくせェ」
「実弥ちゃんには言われたかねぇよ」
「あァ? 俺は面倒臭かねぇ」
「いーや! お前こそ面倒だね! 見ない間にまぁ女なんぞこさえて、ちぃと丸くなったと思ったらこれだよ」

宇髄の言葉に、実弥は「はて、何のことか」と暫し考えこみそうになったが、いつかの爽籟が『ウズイ、ココニ運ンダ』と実弥の頭の上でばさばさと音を立て、はしゃいでいた事を思い出していた。
つまり、宇髄の言う「女」が一体誰のこと・・・・・・を指しているのかを、理解してしまった。
脳天まで一気に熱が上がったのは、また、あの日の・・・・名前の姿を思い出してしまったからだ。

「、おんな…………ちっげぇ! つってんだろぉがァ!!!」
「ぶっは!! 実弥ちゃんはいつまで経っても初心かよぉ! 派手にカマしてんだろぉ?」
「違ェ!! そんなじゃねぇ!! いい加減な事言ってっとぶっ殺すぞォ!!」
「まぁまぁ! そう照れんなよなぁ! で? どうだったよ」

下卑たことを聞いてくる宇髄に軽蔑の眼差しを向けながら、「しね」と一言漏らし、実弥は伊黒の腕をひっつかんだ。

「行こうぜェ」
「……いいのか?」
「おい! 無視してんじゃねぇよ!」

実弥が伊黒の腕を掴む手にはやけに力が籠っており、心配したらしい鏑丸が、ちら、と覗き見た実弥は首まで真っ赤に染まっていた、だのと伊黒へと報告を寄せた。が、伊黒は「初心なのか」と思うだけで特に何を言う事もしなかった。

「不死川、少し力を緩めてくれ」
「……」
「不死川」
「悪ィ」
「いや」

他の柱が集っている、産屋敷の広間で会議の後、情報交換も兼ねて食事をするのが恒例となっていたが、広間に着くまで実弥は一言も話せず、ふつふつと沸く頭を冷やそうと無言で居た。
そうすると、物静かな伊黒の隣は居心地が悪くは無かったなと、後にすれば、そう思った。

___________
________
__

それからも、実弥はひたすらに鬼を追い、斬り捨て、時には助けた人間の恨み言を受け入れ、と。
いつもと変わらぬすっかりと日常となってしまっている殺伐とした日々を過ごしていた。

「鬼狩り様、今日は去年漬け込んでいた梅干しがいい塩梅だったから、梅の握り飯を握ってきたんです」
「……ありがとなァ」

実弥は屋敷の庭で素振りをしていた。
そんな実弥の姿を眺めながら、外廊下で繕い物をする名前の傍。
すぐ横にある手ぬぐいを取り、そのまま少しばかり乱暴に、手ぬぐいの置いてあったそこへと実弥は腰を下ろした。

「これ、きっと涼しいと思うんです。
旦那様が持って帰って来られて『鬼狩り様にどうか』って言うので、私が縫いますねって言ったんですよ。
そうしたら奥様が『名前の一針は大きいから、鬼狩り様くらいに大きな方でもないと縫い損じと間違えられるわね』なんて言うんですよぅ」

ぷぅと口元を膨らます名前に、実弥は口角を上げた。
(ほら、やっぱり色気の一つもねぇじゃねぇか)

「そうかィ」
「そうなんです。奥様、そうと思ってたのなら言って下さったら良いのに。
私が幾年か前に縫った浴衣の事かな……それとも、旦那様の羽織ものかな?
……荒木のおじさんのはヤス子さんが縫い足したって言っていたし、……あ、それともタケちゃんの裾を上げた時の事かな…………ちょっと、鬼狩り様!」

声を張り上げる名前から、実弥は視線を逸らす。
笑い、肩を震わせてしまったのがばれていたらしい。
降参だ、と実弥は手をひらひらと仰いだ。

「思い当たる事が多すぎンだろォ」
「だって! 粗すぎるなら、そう仰ってもらわないと!」
「お前のは穴なんてねぇのになァ」
「……奥様が、縫って下さってるから……」

実弥はひょい、と身を屈め、名前の手元を見た。
均等に糸が通っていたようには見えるが、確かに母親が縫っていた時の着物よりも縫い目が粗い気がする、とまた肩を揺らす。

「こ、これでも粗いです、か?」
「…………これより粗かったのかァ?」
「……多分」
「ふは! そりゃぁ穴だなァ!」
「もうッ!」

ぷりぷりと肩を怒らせ、先よりも細かく針を通し始めた名前の手元を見ていると、名前の洗い晒された髪がはたはたとはためき、名前の顔に引っかかるのを見た。
特に深くは考えず、最近髪を纏めているところを見ないな、と頬杖をつき横目で名前を見ながら思う。
それがどう、と言う事でもないのだが、もう雨の季節も終わりを迎える頃だ。
暑くは無いのだろうか。
そう思ったに過ぎなかった。
だから、実弥はただただそう尋ねた。

「もう、括らねぇのかァ?」
「……え、」
「髪ィ」
「…………ッ、だ、……だッ! ……そ、」

言葉にはならない音だけをもごもごと発し、名前はそのうち頬を赤く染め、膝の上に置かれた布をぎゅうぎゅうと握りしめていく。
そのうち、髪の引っ掛けられている耳まで真っ赤に染め上げた名前は首の裏をそぅ、と抑える。

「……は?」

その様に、実弥は思わず息をのんだ。
そんなにいけない事を言ったつもりでもなければ、特に恥ずかしがらせるような事を言ったつもりでもない。

くび。

実弥は思い当たる事が一つだけあった。
けれど、それは夢の話しであるし、まさか「見せてくれ」と言うようなものでもない。
じきに蚊の季節だ。
慌て産まれてきた蚊やらに、噛まれでもしたのだろう。
そう考えはするのだが、如何せん、首だ。

そう、首。
くび。
夢の中とは言え、実弥はそのほそっこい首へと舌を這わせ、噛みついたのだ。

そうしてその首もとを抑えるために持ち上がった細い腕の先に付く、頼りのない指先。
そこに指を絡めていた気がする。
いや、言い直そう。
絡め、ぎゅうと握りしめたのだ。


「い、いま!! 紐が!! ひもッ! 紐を!無くして!!」

真っ赤な顔を実弥へと向け、叫ぶように言った名前へ、実弥は数度、頷く。

「そ、うかィ」
「そうなの!」
「……」

いたたまれず、また立ち上がった実弥は勢いよく、一心不乱に木刀を振った。
心頭滅却。
しね。

ちら、と見た名前も、先よりも必死の形相でちくちくと手元を動かしていた。




すっかり汗にまみれ、くたびれた実弥はどうやら眠ってしまっていたらしい。
ぼんやりとした意識の中、誰かがすぐ傍までやってくるのを感じた。
恐らく名前の気配だ、と理解した実弥は目も開けることなく寝返りを打つ。まだ眠かったから、かも知れない。
隊服も着ていない素肌のままで、外廊下に転がった実弥が風邪でも引いてしまう、と思ったのかもしれない。肩のあたりに引っ掛けられた着物。
この肌触りには、覚えがある。
隠の者が持ってきて、幾度か自分も袖を通したものだ。
この女に、名前に水をかけてしまった日であろうか。
あの日、名前が纏っていたものだ。


実弥の目が開かない事を確認するためであろうか。
ふ、と顔の付近が陰った事を瞼の裏が暗くなった事で知る。
何故かは自分でもわからなかった。ただ、起きている、と知られたくはなく、実弥は目を瞑り続けた。
もしかすると、昼時の気恥かしさが尾を引いているのか。
もしかすると、起きていると知ると離れていく、と思ったからか。
もしかすると、何かを期待しての事であろうか。
それとも、本当にまだ眠っているのかも。
実弥には、もうわからなかった。

「鬼狩り様、」

呼びかける声にも答えずにいると、ふわ、と玉ねぎの匂いがした。きっと、名前の手の匂いなのだろう。
先まで飯の支度をしていたのかも知れない。
あまりにも間抜けであったから、笑いそうになった。
そろそろ起きるか、と目を開けようとしたところで、実弥は動きを止めた。
名前が珍しく静かな声で、囁いたからだ。

「            」

先に、自分を呼びかけたのは、眠っているか確認をするためだったのだろう、と合点がいってしまったからだ。
痛いほどに、名前の気持ちを理解できてしまうからだ。
もしも。
もしも、だ。
弟妹が、__玄弥が__鬼殺隊に入るとでも言い出したら、己とて、そう思うのかもしれない。

途端に頭がスッと冷えていった。
何を勘違いしていたのだろうか。
この女と、自分はいるべき場所が違うのだ。最初から。

女が去ったのを確認してから、実弥は上に掛けられていた長着を引き剥がした。

『腕でも、失くしてきてください』

きっと、紛うことなく名前の本心なのだろう。
実弥の頭の中が、カッカと見過ごすことの出来ないほどの、熱を持っていた。

***

それから一週間と経たずに、女は言った。

「あ、鬼狩り様! そういえばですね、明日から、ここにはヤス子さんが来ることになると思うんですよぉ」
「……そうかィ」

カチャカチャと、食器と箸のぶつかる音が時折響く。
それだけの静かな空間に、唐突に女の声が響いた。
普段と変わらず、屋敷にやって来ては炊事に勤しみ、実弥の飯を拵えた女は、矢張り、にこにことした顔を張り付けたままに言った。

「あと、セツさん、って方も来ると思うんですよ! とってもお綺麗なので、鬼狩り様も惚れてしまうかも知れません」

こちらの気持ちを一つとして知らず、ヘラヘラと笑う女に__名前に、実弥は言葉が出なかった。
いっそ、怒っていた、と言ってしまっても良いのかもしれない。

ぱく、とこちらを見ることもなく口へと米を入れ、頬張る女に、__名前に、「ねぇよ」と「そう言うことを簡単に言えるなら、今ここには居やしねぇ」と、言ってやろうか。
けれど、何故こんなにも苛立っているのか、実弥はわかっていなかった。

「……そう、かもなァ」
「ふふ! 鬼狩り様、お世話になりました!」
「……こっちもなァ」
「クリイムソオダ!」

嬉しそうにそう言った女は、ぴん、と人差し指を立てる。

「あ?」
「クリイムソオダのお店があったでしょう! あそこの近くらしいんです」
「銀座かァ……らしい?」

女の指が、くるくると機嫌よく周り、それに合わせて声も弾んでいっている。空に地図でも描いているつもりらしい。

「はい! お嫁に行くことに、なりまして」
「は」

茶碗を取り落としかけ、実弥は慌て、手に力を込め直す。
女に視線を向け続けるが、矢張り、視線は合わない。
こっちを見ろ、とでも言ってやりたかった。

「藤の家紋のお家らしいので、また会うこともあるかも知れませんが! その時はまた、宜しくお願いします!」
「……あァ、」
「鈍臭いので、どうなることかと思いましたが、……貰い手があって、……ふふ! 良かったです」

そうだな、とだけ返し、実弥は箱膳の隅へと置いてある箸置きへと箸を置く。
握り潰してしまいそうであったからだ。

一体、どんな顔をすればいいのか。
そんな事はわかりはしない。
わからないから、表情を作ることはやめた。

「そぉだな」
「鬼狩り様は、最後まで酷いです」
「……そぉかィ」
「次にお会いするときは、きっと私に惚れてしまうくらいに垢抜けておきますので!」
「……」

もう、誤魔化せなかった。
恐らく、嫉妬だ。
きっとそうだ。
話しを聞いてしまってから、ずっとだ。
ずっと、自分は嫉妬している。
それも、酷くドス黒いまでの感情が渦巻いている。
それを実弥は理解した。

「こっちは、多分、とっくの前に、どっかの誰かさんに惚れてんだ! ふざけたことを吐かすんじゃねェ!!」と、怒鳴ってやっても良かった。
出来ることであれば、そう言って知らしめてしまいたい程であった。
言えはしない。
そんな事はわかっている。

どこででも良い。
どこかで、幸せに、元気にやっていって欲しい。
それも、紛れもない本心だ。

どちらの比重が大きかったか。
そんな事は、考えるまでもない。
比べるまでもない。

それでも、だ。
慣れているだろう。
大丈夫だ。
問題ねぇはずだ。
いつものことだろうが。
実弥は何度も何度も、心で言い聞かせた。

漸く視線がかち合った時、一瞬。ほんの一瞬、女の顔が、ぐしゃ、と歪んだ。
それを誤魔化すためか、それとも、見間違いであったのか。
また、女は笑った。

「お手紙、書いても良いですか?」
「やめとけェ。男が良い気しねぇだろうよ」
「……はい」

それからすぐ、だ。
顔を、その小さな手で隠してしまった。
どんな表情カオをしているのか。それを窺い知ることは出来ない、が、この別れの先、この女が幸せであれば良い。
実弥はそう願った。

「幸せにやれなァ」
「はいッ……ふ、……ぅ、」

とうとうぐずぐずとしゃくりあげていってしまった女を、今度ばかりは慰めることも、手巾で拭ってやることも、実弥には出来そうにも無かった。
静かな屋敷の中では、女の啜り泣く音は酷く響くように感じていた。

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