小説 | ナノ

新しく始めたバイト先でほんの数日先に働いていた冨岡義勇君は、その端正なルックスから若い女性のお客様から人気を博し、早々にホールの顔となった。
然程大きくもない居酒屋には彼目当てのお客様が連日詰めかけていた。
けれどここはそんなに生易しいお店ではない事は常連客だけが知っている。

「義勇君、串盛りよぉ」
「……」

そう笑って厨房から顔を出したカナエちゃん。__彼女も私たちの同級生であった。
カナエちゃんは長い艶やかな髪を一つに結い上げ、おっとりとした見た目に似合わぬほどのてきぱきとした動きで厨房をやりくりするお料理が得意な家庭的な一面まで見せている__。
彼女が用意した串揚げの盛り合わせを手にした義勇君は静かに盛り合わせに視線を下ろす。

「どうかしたの?」

コテンと首を傾けたカナエちゃんの視線を一身に受けながら「こんなものか」と呟いた義勇君は、厨房に居る私たちよりも二つ年上の錆兎君にバチンと頬をはたかれた。

「言葉が少ない!!」
「イダイッ!」

この錆兎君という青年も、まばゆいほどの男らしい端正な顔を誇っており、とにかく、私がここに居るのもおこがましい。
そう思う程には顔の良い集団の集まる店。
それが"居酒屋ウブヤシキ"である。
今日は来ていないが、本人曰くの"ド派手な美丈夫"__とはいえ本当にきれいな顔をしているのだから、否定は出来ないのが悔しいところであるが__な宇髄天元さん。
キュートなルックスで騙されてはいけない。空手有段者らしい、実は最年長の真菰ちゃん。
お客様の間ではこの店は面接が複数段階あり、一次面接は顔面チェックだとかなんとか、そんな噂も上がるほどであった。

出勤の際に鏡で必ず身だしなみのチェックをするのだが、何度見ても私は一次面接を通っている気はしない。
それでもホールとして採用してもらったからには、やることはやらなくてはならないのだ。

とにかく、私は顔を張り上げられた義勇君__店では下の名前に敬称をつけるのが慣例となっている__の代わりに盛り合わせを受け取った。

「あら?しし唐を盛り忘れていたわぁ」
「あ、本当?気付いて良かった!」
「じゃあ、名前ちゃん、義勇君の代わりによろしくねぇ」
「はぁい」

更に豪華になって私の手元へと帰ってきた串揚げの盛り合わせを14番卓へと急いだ。

「お姉さーん、これ、おかわり!」
「はぁい!」

それなりに繁盛しているさほど広くはない店内には、心地の良い喧騒が舞っていた。

休憩時間になると、賄いを作ってくれたカナエちゃんが、今日のロスになった焼き物とそれから賄いのサラダと一緒に休憩室へと姿を見せる。

「あ、お疲れ様!カナエちゃん、休憩?」
「ええ、名前ちゃん、一緒に食べましょう」
「うん」

誰にも秘密。
実君とそう約束したルームシェアも、始めてからもう八か月になる。
いろいろとあった。
喧嘩はそんなにない。
実君が気を使ってくれるし、実君は優しいから、居心地だって悪くない。強いて言うなら、生活リズムが少しずれている。それがストレスになる事もある。
でもそれくらい。
本当に、それくらいなのだ。
あとは、一番仲の良いカナエちゃんにも秘密にしているものだから、相談も簡単に出来ない事が少しずつ増えていくのが、少しもどかしい。それくらい。

「で、例の・・男の子とはどう?」

カナエちゃんの言う"例の"はもちろん実君の事である。
そう。
軽く報告してはいるのだ。本当に軽く。
喧嘩もしない、少し頑固なのに私にちゃんと優しい、幼馴染の事を。

「どう、……私もね、考えて入るんだよ?……誕生日も、もうすぐだし。考えたら考えただけ、これ、渡していいもの?駄目なもの?って、判らなくなっていくし、難しいよぉ」
「プレゼント、前から張り切っているものね」
「……そうなんだよ。プレゼントなんだよ。何が欲しい?って、聞いちゃえば良いんだろうけど。プレゼントなんだよぅ、」

実君の顔を思い浮かべるだけで、重いため息が零れ出た。
コテ、と首を傾けたカナエちゃんは賄いのサラダをしゃくしゃくと噛み砕いていく。

「話しが見えないわね」
「うぅん……聞いてくれる?」
「良いわ」

にっこりと笑うカナエちゃんに向けて、ぐちゃぐちゃになった頭の中を片付けるくらいのつもりで私は話し始めた。

□□□□■

実君と、ルームシェアを始めてから、八か月。
それなりに忙しくも充実した日々を私は送っている。

いや、もう少し初めから話しをしようと思う。

引っ越しをした、直ぐの頃。
つまり、二人で暮らし始めてわりとすぐ。
実君は料理もズボラ飯って感じで、「食えりゃいィ」って言いながらぶち込み料理ばっかりをするものだから、そのうちに私が料理を担当するようになっていって、その代わりに朝の弱い私の為に、って実君は朝ごはんは用意してくれたり、掃除をしてくれたり。なんとなくのそういった分担ができ始めていたりもしてきていた。
実君は早々にバイトを見つけてバイトに行っていたし、私も今のバイト先に面接が受かって、大学とバイトに二人して精を出し始めた頃。

「今日、バイトかァ」

って実君が聞いてきたから「そうだよ」って答えた。
そうしたら「わかったァ」って言ってて、普段はそんな事を聞いてきたりもしないから、なんだったんだろう、って。
その日、雨が凄かった。
だからぜんっぜんお客様も来なくって、店長のアマネさんが「今日ははやく閉めましょう、もう上がっても良いですよ」と笑ってくれていた。
いつもよりもずっと早い時間に家に帰ったんだ。
実君が居る筈の家は、部屋のドアが閉まっていたから、凄く暗くて、手探りで電気を探した。
それから、部屋の扉に手をかけたんだけど、思えばもう、全部がフラグみたいに構築されていっちゃっていたんだと思う。
その日、私は実君が"男の子"だってことを、凄く理解した。

***

「……ご、ごめん……」

直ぐにそう謝ったんだけど、うんともすんとも言ってくれない実君はそのうちに無言で立ち上がって、家を出ていった。
その方が良かったんだと今なら思うんだけど、その時の私には、もういっぱいいっぱいで、ぐちゃぐちゃになって、もう、どうすればいいのかわからなくなっていた。
そのうち、頭の中で回り始めたのは、いつかのランドセルを背負った真っ白な頭の実君の「そう言うの、よくわかんねぇ」って言う言葉だ。
でも、もう違った。
実君は、普通にスマホ動画で興奮して、女の子に気をつかえるような、だからつまり、私から隠れてオナニーをするくらいには、男の子だった。

シャワーをしてから実君の敷いてくれてた布団に潜り込んだら、向かいに実君の膨らみが無いことがなんだかすごく寂しくなった。
心細かった。
私を一人残して実君は知らない間に大人になろうとしていて、私は一人、臆病なまま地面に蹲ってそれをただただ眺めている。
怖い時も、寂しい時も一緒だった。これからもそうだと、勝手に思っていた私の真っ白な幼馴染は、いつの間にか筋肉質な広い背中が立派な男の子になっている。
もう、一緒じゃなかったんだ。
今が一番心細いよ。って、言いたいのに、そこには実君がいなかった。
一気に寂しくなって、実君の布団にをすんと匂ったら、嗅ぎなれた実君の匂いがしていた。

気が付いたらカーテンから透ける暖かい光が凄く眩しくなっていて、私は慌てて飛び起きた。
直ぐ側の布団の中は変わらずもぬけの殻で、「ああ、もう、ここに帰って来ないんじゃないだろうか。」「昨日はどこで過ごしたんだろう」「今、どこに居るんだろう」「怪我していないかな」って、靄が全身を襲う。
部屋とキッチンを隔てる引き戸を勢いよく開くと、キッチンに座って寝こけている実君が居た。
凄くホッとして、実君の腕を叩いた。
ただただべちんべちん叩いて、「バカバカ」罵って、そのうち目が覚めたらしい実君の双眸と視線を絡めてた。

「おはよ、ぅ、……」
「……はよォ」
「心配、するから……無断外泊、ダメなんだよ……」

私がそういうと、「ちゃんと、帰ってきてる」と、視線を反らした実君は言う。

「ごめん、ごめんね……つぎ、は、ノックするから……仲直り、しようよ」
「…………気持ち悪ィだろォ、悪かったァ」

たっぷりと間をあけてから、実君がそう言って、多分私の頭を撫でようとしていた手が、そのままこぶしを作って握りしめられたのを私はぼうっと見ている。
気持ち悪かったのか、と聞かれると、わからない。
わからないけれど、ただ、ハッキリとしていることはあった。ドキドキした。
ドキドキしてた。
実君が、男の子だと理解して、私はドキドキしていたのだ。

そこからは、なんだかもう良く分かっていなかった。
シャワー終わりの頭をタオルで雑に拭きあげる時の実君がやたらと色っぽく見えたりだとか、私に勉強を教えてくれる時に、ローテーブルにくっつけられた筋張った手。
そこに浮いて見える血管がかっこよく見えてきたり。
隣に立った実君の頭は見上げないといけないことに気がついて、実君の靴と並んだ自分の靴が、凄く小さな物に見えたりだとか。
一緒にお買い物に行った。それだけなのに、ドキドキしてたり。

全部にドキドキしてた。
全部が、ドキドキしてた。

それを、カナエちゃんに相談したのが、始まりだ。

「幼馴染が、かっこよく見えちゃうのは、おかしいかな?」って。

カナエちゃんは、にっこり笑って「そういうものよ」と言った。

「かっこいい幼馴染みに、抱き締められたいとか、……気持ち悪くないかな?」って。

カナエちゃんは変わらず笑って「好きな相手なら、そうなるわ」と、そういった。

そうして今に至っては、"かっこいい、抱き締めてほしいと思う幼馴染"のプレゼントの相談なんかをしていたりするのだ。

□□□□■

「この前、実君……プロテイン飲んでたの。……プレゼントに、シェイカーとか、……どう思う?」
「……持っているんじゃないかしら?私、そう言うのは詳しくないのだけれど、そういくつも必要なものなのかしら?」
「だよね、一つで十分だよね!」
「そう、思うわね」
「なら……Tシャツ、は玄ちゃんたちが服って言ってたしな……キーケース?とか?」
「良いんじゃない?いかにも、なものを選んで彼女持ちってアピールさせちゃえばいいわぁ!」

パチンと両手を弾いたカナエちゃんは、私も見ほれそうなほどの笑顔を綻ばせる。

「彼女……じゃない……!」
「ふふっ、でも、そうなるんでしょう?」
「わかんない……なれるかな?」
「それは自分が一番わかっているんじゃなぁい?」

首をコテンと傾けたカナエちゃんの笑顔に、私は苦いものを噛んだような顔をした、のだろう、と思う。
カナエちゃんの顔には苦笑が見える。

「どうしたの?」
「…………妹みたいな存在って、言われてるの」

カナエちゃんの顔は暫し固まった。
ニッコリとアーチを描いた睫毛をそのままにして、カナエちゃんはしゃくっとサラダを食んだ。

「妹……なのねぇ、」
「妹……なんだよ」
「妹……」
「妹だよ」

しゃくしゃくと、サラダを噛みしめる音が、静かな休憩室へと響く。

「意識させちゃえば良いわ」
「意識……」
「名前ちゃんは、ちゃんと女の子なんだもの。幼馴染み君にも、それを意識する瞬間がまだ来ていないだけなのよ」
「そうなのかなぁ?」
「きっとそうよ」

にこ、と笑いかけてくれるカナエちゃんに、私はしっかりと頷いた。

「なら、プレゼントは女を意識させられるものにすればいいわぁ!」

簡単そうに告げられたカナエちゃんの言葉が、実はどれだけ難しいものなのか、ということを、この時の私とカナエちゃんはまだまだわかっていなかった。

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