小説 | ナノ

私の幼馴染は、堅物だ。
とんでもなく堅物で、気が強い。
落ち込んでいる時ほど笑って見せ、陰で下唇に跡が付くくらいに唇を噛み締めて耐え忍ぶような。
そんな、堅物の男の子だ。

赤ちゃんの頃から変わらず、私は実君の隣にいる。
もちろん、記憶があるだとか、そう言うわけではない。
でも、実君が隣にいる事が当たり前で、一日のうちに一度も会わなかった日なんて、物心がついてからの私に覚えはない。

小学校に上がるかどうか、という頃に、実君が一度、珍しいから、と髪の色なんかをからかわれていた事があった。
詳しくはわからないけれど、先天的な色素が云々って言うので、毛の色が薄い。らしい。
からかっていたのは男の子たちで、実君は「あァ、そぉかよ」って今なら言うんだろう。くらいの顔で聞き流そうとしてた。
私はいつも女の子の友達とお絵描きをするのが大好きで、幼稚園でもずっと絵を描いて遊んでいたから、どちらかと言うと、男の子とは関わることがなかったし、乱暴なことを言ったりしたりする子が多かったから、苦手だったのだ。
男の子って、すぐにからかってくるし、意地悪をしたりする。
その頃はそう思っていたし、そう言う面も、あったんだろうな、とも。
実君もそう言う面がなかったか、と言えば、そんな事はない。
公園で帰りに遊ぶときは「こわい」って私は言うのに「こいよ!」ってジャングルジムで手を差し出して待っているのだ。
「いや」って言っても「練習しなきゃ、出来るようにならねぇぞ!」って。
「出来なくて良いもん」っていうのに、ムッとした顔を作って「やれよ!」って怒る。いじわる、と思ってた。
でも、実君はそれよりもずっと、私に優しかった。
私が困ると、多分親よりも速く気が付いていたし、多分好き嫌いも親よりも知ってる。嫌いな食べ物は「これくらいは食えよ」って、一切れだけを残して、後は誰も見てないうちに、サッと食べてくれるし、車道側を親が歩くからって、私が転ばないようにって手を引いて、いつも溝の側を実君は歩いてた。私が真ん中になるようにしてくれていた。
そんな実君が、その時だけ、髪をからかわれて「うるせぇ」って言いながら笑っていたのだ。
多分、後で悔しい顔する。私はそう思った。
ちょうど、玄ちゃんが産まれて直ぐの頃だったと思うんだ。
実君は公園で「俺だけ髪の色が違う」って、私にだけ話してくれていたことをその時の私は覚えていたし、なんだかつまらなさそうに小石を蹴飛ばしていた姿を見ていたもの。
だから、それをからかっているのが、私はどうしても許せなかった。
私は自分が何を言ったかなんて、覚えていない。
私は実君の手を握って、勇気をもらいながら何かしらを言ったのだ。
そうしたら「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ」とだけ言って、実君をからかっていた男の子たちはどこかに行ってしまったんだけれど、私は暫く実君の手を離すことが出来なかった。

「怖いなら、こんな事すんなよ」

って、しょうがねぇなぁ。っていうみたいに笑った実君は、その後私の頭を撫でながら「怖くねぇ、大丈夫だ」ってずっと言ってくれていた。
だって、実君が悪いんだ。
お母さんの事を言われたら怒るのに。私のことだったら、怒るのに。
自分が言われることは、あんまり怒らないんだもん。
だったら、私が変わりに言わなきゃって、思うんじゃない。

「ちゃんとやだって、言わなきゃだめだよ」

って、私は言った。
そうしたら、

「もう名前が言ってくれたろ」

って、今度はちゃんと笑ってた。多分、私はその頃に、実君の事を好きだなぁ。って、大事だなぁって、ちゃんと思った。
でもそれは、決して恋だとか、そういうものじゃなかった。
小学校に入ると、誰と誰が付き合っている、っていう少しマセた子が出てきたりだとか、「お前アイツ好きなんだろ」ってからかわれたりだとか。
そんな事が始まった。
それからは、少しだけ実君を避けた。
下校も被らないようにしたし、バレンタインも、家に帰ってから渡すことにした。
からかわれるのが嫌だったからだ。
でも、それもすぐに無くなったように思う。
もしかしたら、いつだったか、実君が、同じクラスの女の子に告白されているのを見たときだったのかも。

「そういうの、よくわかんねぇ」

って、頭をガシガシとかいて、謝って、実君はその場から離れて、男の子たちと遊びに行っていたのを、私は知っていた。
わざわざ覗いてみてたのか、聞いたのか。正直あまり覚えていないけど、なぁんだ。
って、すごくホッとした。
きっと私は実君に、そのままでいてほしかったのだ。

その後、私には普通に気になる男の子が出来て、緊張しながらおしゃべりをしたり、人並みに恋、みたいなものをしてた。
中学の頃には、皆が「かっこいい」って噂をする男の子を、私も同じように「かっこいい」って思うようになっていったし、卒業が近付くと、それこそ告白なんかされたりして。
その頃には、実君はたくさんの弟妹に囲まれていたから、一緒に遊んだりとか、勉強教えてもらう代わりに面倒見るのを手伝ったりだとか。っていうと聞こえはいいけれど、愚痴を聞いてもらいながら寿美ちゃんと少女漫画について語ったり、玄ちゃんとゲームをしていたくらいだけど。
とにかく、実君をそういう・・・・目で見ることは無かった。

実君と同じ高校に通いだしてからだった。
多分、二年の頃。
はじめは、実はコッソリ女子に人気のあった実君の事を好きな女の子の嫌がらせだったりするのかな。って、思っていた。
よく、ものが無くなっていくのだ。
最初は、シャーペンから始まっていた気がする。
次に消しゴムが無くなって、ノートが無くなった。
上靴が無くなった時には、流石に困ったから、「返してください、困ってます」って内容の手紙を書いて、靴箱に入れてた。
そうしたら、ちょっと汚れ・・た上履きが翌日に帰ってきてて、手紙は無くなってた。
その時に、「もしかして」って、思うようになったんだ。
高校の二年生の終わり近くだったかも知れない。
誰かに相談をしようと思ったのに、汚れ・・が何かわかってしまったから、どうしても恥ずかしくなって、言い出せなかった。
下校が実君と被ったのは、確か定期テストの時期だったからだと思う。

「上靴、サイズ変わったのかァ?」って言うから、
「そうだよ」

って言ったら、ちょっと考える素振りを見せてから、

「溜め込むなよォ」

って、実君は私の頭を撫でながら言う。
敵わないなぁ、って思ったし、やっぱり余計に言えなくなった。
実君に、どうしても知られたくなかった。

うちの学校は、体育の授業は二クラス合同で、どっちかの教室に男子が固まって服を着替えて、女子はもう一つのクラスで着替える、って方式を取っていた。
私も例に漏れず、皆と同じに着替えていたし、誰がどの席で着替える、とか。ほとんど決まっていなかったのに、体育の時間を終えたら、スパッツが無くなってた。
次の、別日にあった体育の時に、制服の上に『物を取られるとすごく困るから、やめてほしい。』って言う事をやんわりと書いた手紙を、私は置いてた。
授業が終わったら、その手紙も無くなってて、変わりに「お手紙ありがとう」って、手紙が置いてあって、その下には前回のスパッツが畳んであった。
すごく怖くて、どうすれば良いのか解らなくなった。
少し気持ち悪かったから、結局スパッツも開いてない。
コンビニの袋に入れて捨てた。
ずっとこんなだと、困るし、何よりせっかく買ってもらったものを、どうこうっていうのが凄く心苦しい。
でも、お母さんたちに言うと実君に伝わってしまう、って思ったし、お父さんと実君には、絶対に知られたくなかった。

女だって、意識をされたくなかったのかも、知れない。
多分、きっと、そうだ。
こんな事が続けば、意識したくもなかったのに、私は自分が女であることを、嫌でも思い知ったし、そういう対象なんだと、嫌でも理解した。
だから1人じゃどうにも出来ないところまで来ているのは、なんとなくわかっていた。
それでも、誰にも言いたくなかった。
汚いと思われそうで、もっともっと汚れていってしまいそうで。

だからこそ私は、実君は実君で、実君が男の子だって事を、意識したくなかったのだと、思う。
理解したくなかったのだと思う。


高校の三年にはそんなことも無くなってたから、終わったんだ。
もう怖い思いしなくていいんだ。って、すごくホッとして、その時にこのことで初めて泣いたと思う。
そしたら、5月あたりだったと思うけれど、いつもみたいに家に帰って、手紙とかを全部ポストから出して家に入った。
お父さんもお母さんも仕事で、帰るのは夜だから、洗濯物とお風呂掃除だけ私がしてた。
だから、いつもみたいに洗濯物を入れて、ふっと何気なく、今日持って入った茶封筒の手紙が気になった。

思い返せば、切手が貼ってなかった気がしたからだ。
玄ちゃんとか、寿美ちゃんかなぁ。って、思ったし、そうでなくとも、私の幼い頃の友人なら必然的に近所しか無いだろうから、届けに来たんじゃないかな。って。
案の定「名前ちゃんへ」って書いてあったから、自室に持って行って、封筒を開けた。
そしたら、登下校中だと思う、私が写った写真が数枚入ってて、私は慌てて実君の家に向かった。
チャイムを鳴らして、はやく!はやく!!って。

「どうしたァ」

って言いながらドアを開けてくれた実君に、酷くホッとして「遊びに来た」って言った。

「ア?俺バイトだから、もう出ンぞォ」
「あ、いい!いいの!玄ちゃんか寿美ちゃん居る??貞子ちゃんとか、……」
「遊びに行ってんじゃねえか?ことと弘が上に居っけど」
「わーい!おじゃまします!」
「なァ」

実君は鋭いとこがあるから、私はいつも嘘がバレてしまう。
だから実君は、できるだけ私からなにかを言うのを待ってくれるけど、今回のことは絶対に言いたく無かった。
怖かった。
全部全部が怖かった。

「行ってらっしゃい!」
「……」
「頑張ってきてね!」
「なんかあんなら言えよォ」
「へへ」

だから、笑って誤魔化すことにした。
それからあの手紙が届くと、こうやって実君の家に訪ねてって、みんなでゲームをして、出来るだけ何も考えなくても良いようにしたし、教室でもできる限り誰かといるようにしてた。

警察に事情を話したこともあった。
パトロールは増やしてしてくれるけど、調査、ってなると、被害届けを出さないといけないらしい。
そしたら、親にもバレるし、学校にも話が言っちゃうし。
自分だけでは事は済まなくなってしまう。って。
そこまでしても、捕まえられるかは、なんとも言えないって。
それでもそこまでされてるなら、出したほうがいいって言われたけど、「考えさせてください」って、結局なにもできずに帰った。

そうこうしてたら、下校の時に、家の近所の交差点のところで、ふっと横を向くと「家賃35000円」の文字が目に見えたのだ。
もう、いっそ藁にもすがる思いだった。

そこの不動産で貰った資料を鞄に詰め込んで、私は家まで向かって走ってた。
そしたらすぐそこで志津さんを見つけて、

「荷物手伝うよ!」

ってそれを言い訳みたいにして一緒に帰って貰ったりして。

「お茶くらい飲んで帰り!暑かったやろ、ふふ!すぐそこやけど」
「わぁい!」

って。
実君の家のダイニングの椅子に鞄を置いたら、落としちゃって、中からバサーって、全部出た。

「もう、そそっかしんやから」
「あ!あ、あの!ごめ!!」
「……あれ、」

志津さんの掴んだのは、今日貰ったばっかりの不動産の書類だったから、私は息を呑む。

「……一人暮らしするの?」
「……え、っと」
「実弥らも寂しくなるなぁ」
「……さね、くんも、……一緒にって、……言ったら、怒る?
ルームシェア、したいって、……言ったら、志津さん……困る?」

私の言葉に、志津さんは元々大きな目を、更に大きく見開いた。
実君の目は、多分志津さん譲りだと思う。
羨んでしまうくらいに大きくて、まつ毛が長くて、綺麗な色をしてる。から、実君はいつか自分で気にして言ってたけど、ちゃんと家族皆似てるよ。
って余談はさておき、志津さんは大きくため息を吐いて、

「そんなん、自分たちだけで決めちゃだめ」

って言った。
むしろ、私がたった今、思いつきで一人で決めたことだし、なんなら決めたわけでも無かった。
実君は今、寂しくなったから言ってしまっただけだったんだけど、私は「へへっ」て笑って、だよねって言う。

「それに、名前ちゃんは女の子なんやから、」
「……うん」
「いくら実弥でも、私は責任取られへんのよ、」
「せきにん……」
「何かあったら、一番辛いのは名前ちゃんなんよ」
「つらい……」

何のことを言ってるのか、私には全然わからなくて、ポカンとした。

「え、ちょ、っと……待って、」
「名前ちゃんはそういう目で見てなくても、」
「え、……」
「名前ちゃんにそのつもりが無くても、」
「まって……志津さん、や、……」
「実弥は男の子なんよ」

多分、しばらく、私は息を止めた。
そんな、ショックを受けた、みたいな顔をした私の頭を撫でながら、志津さんは静かに「ずっと、このままやと良いのにね」って。
そのうちぽろぽろ泣き始めてしまった私に、「ご飯食べてく?」って、聞いてくれて、一緒にご飯を作った。
玄ちゃんたちと、一緒に食べながら、私はぼーっと考えてた。

あぁ、これって、そのうち終わっちゃうんだ。
私って、実は、ここじゃ他人だったんだ。
兄妹じゃなかったんだ。
って。
不死川実弥は、もしかしなくても、男の子なんだなぁ、って。


自分の部屋に帰って、いつもの茶封筒を、もう封も切らずにいつもの紙袋に入れて、ベッドにゴロンと、寝転んだ。

「おとこのこ……」

実君は実君で、ずっと、そのままだと思ってた。
私は私で、実君は実君で、ずっとこのまま。
女男じゃなくて、私と実君で、そういう。
玄ちゃんが彼女を連れてきたり、寿美ちゃんが結婚して行ってしまったり。弘君やこと君が独り立ちしてったり。就ちゃんがどうこう、っていうのはまだ想像つかないけど、貞子ちゃんに彼氏ができる、とか。
別に当たり前のことなのに、実君は違うって、どこかでずっと止まってた。
いつの間にか、実君は私の中で「そういうの、わかんねぇ」って言ったあの時のあの姿で止まっている。

やっぱり考えたくなくて、どうすれば良いのかもわからなくなって、やっぱりさっきの茶封筒を手に取った。
手に取って、封を切ったら、いつもと違った。

「っわ、……!!!ぅ、そ……」

下校中とか、そんなじゃない。
どこから撮ってるとか、そういうのも全くわからないけど、この部屋が写ってた。

「…………も、やだ……」

そうしてたらケータイが震えて、最近仲良くしてくれてた茂武君からの電話で、私は慌てて取りあげる。
なんでもいいから、逃げたかった。
全部から逃げ出したかった。
怖いことも、胸が騒がしくなることも、もう要らなかった。

『今大丈夫?』
「うん、大丈夫!」

そう言いながら、適当に写真を片付けていく。

『なにしてたの』
「え、なにも!」
『へぇ、今度さ、一緒に出かけない?』
「え……」

もやもやとしたものが渦巻いていく。
出かける。って、なんだろう。
わかってる。なにって、わかってる。

『デートしよ』
「デート……」
『うん』
「……ぇ、っと、」
『だめ?』
「そ、言うの……は、まだ、……」
『まだ?ご飯食べて遊ぶだけじゃん』
「あ、その、……えっと、」

頭の中がぐちゃぐちゃになってくる。
だって、かっこいい、と思う子も居た。告白してくれた子だって、いた。
でも、それだけだ。どこか漫画の向こうの、テレビの向こうの話しで、私は関係のない事で。

『いこ』
「……あの、あのさ、私結構志望校ギリギリだから、がっつり勉強しなきゃで、苦しくて!へへ」
『じゃあ、一緒に勉強する?』
「じゃありっちゃんたちも呼んでい?りっちゃんに現文教えて貰おうかな!得意なんだよ!」
『それでもいいよ』
「じゃあそうしよ!あのさ、」

って言ったところでバン!って大きな音と一緒にドアが開いて、実君が入ってきたから、慌てて電話を切る。

「わ!……あ、ご、ごめん!また、かけ直すね!!」
「……彼氏かァ?」

実君の発言に、私はちょっとだけ、また、息を止めた。

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