小説 | ナノ

「実君実君!」

コンビニから出てすぐ。
俺が適当にお握りやらを買ってる間に、別のレジへと行っていたらしい名前は、少し遅れてからコンビニから出てくる。
俺の方を見たと思うと、途端に口角をきゅっと持ち上げて笑った。

「休憩しよ!」

いつかと同じセリフを言う名前がいつかと違うのは、嬉しそうに笑っているのと、その手にはコンビニの袋が握りしめられていたところだろうか。

「やっば!これおいしい!」
「ひとくちィ」

コンビニの袋を俺も名前もぶら下げながら、人っ子一人として居ない、暗闇に包まれたひっそりと静かな公園のブランコに腰掛けた。
そのうちゆらゆらとブランコを揺らしだす名前は足をパタつかせて言う。

「ん!」と、俺にチョコとバニラの混ざったバーアイスを差し出す名前のつけた歯型の上に、俺の歯型は重なった。

「そっちもちょーだい」
「ん」

咀嚼しながら名前から渡されていたあずきのアイスを名前に傾けてやる。

「ンめぇ」
「かった!!」

歯を当てるだけ当て、俺のあずきバーに傷を残すだけとなった名前の貧弱な顎に笑える。
お前が買ったんだろォ。とでも言ってやろうか。
普段から柔らけぇのしか食わねェからだ。ここいらで硬いものでも食っとけ。とは思っても言わねェ。
どうせまた「お母さんか!」とでも言われてしまいそうだからだ。

「ほら、ちゃんと噛めェ」

ほい、とまた名前にバーを差し出す。

「まっへ!」

歯をぎりぎりと横へ動かす名前の間抜けな動きに、自然と頬が緩んでいった。

「……奥歯で噛みゃいいだろォ」
「おくは?ん、ぐ!……いってェ」
「真似すんなァ」
「へへ」
「早くしろォ、そっち溶けんぞォ」

名前の腕を取り、もう一口貰っておく。
溶けちまいそうだからだ。他意はない。

「ひょっほ!!」
「ほら、早く噛めェ」
「いじあう!」
「ヨダレェ」

そのうち溶けたアイスがポタポタと、砂地を汚していった。
結局ようやく名前が一口を頬張れる頃には、名前の持っていたアイスは半分ほど俺が食っていたし、あずきバーは名前の口に含んだ部分をドロドロに溶かしてようやっと名前の口に収まったもんだから、俺の手はとうにベトベトになっている。

「綺麗に食えェ」
「もう要らない……硬すぎ……」
「ふはっ」



この肌寒い時期に、アイスを買って、わざわざバカみたいに公園で時間をかけて食べていたら寒くなるのも当然だった。
寒い寒いとバカみたいに唱えながら部屋に入り、キンと冷えた水で手を洗った名前はすぐに布団へと包まるために、と着替えを用意した。

「ざむいーーー」
「お前、バカだよなァ」
「実君が昔話するから懐かしくなったんじゃん」
「始めたのお前だろォ」

そんな事を返しながら、俺は布団を一度押し入れへと押し込んでいく。
風呂場でスウェットに着替えたらしい名前は俺の様子を見て小首を傾げた。

「え、なになに?なにかするの?」
「日課ァ」

別にしなくてはならないこと、というわけでもない。
ただなんとなく。
やり始めると辞められなかった、というのもある、と思う。
初めて筋トレを始めた理由はもう定かでもないし、さして重要ななにかであったとは思えない、が、もう十年近くそうしてきたのだから、やらなければ眠れない。そんな気もしてくる。習慣とは不思議なものだ。

「……ん、……っふ、……手伝えェ」
「ええっ、なにするの?」

上半身を捻りながら腹筋を鍛える。
上体を起こす度に肺から空気が軽く漏れて出る。

「ね、絶対に間違ってる」
「あ?」
「絶対に、お風呂入ってからやる事じゃない」
「仕方、ねえ、だろ、……は、」

抑えるものも無いものだから、と俺の足の先に座らせた名前は、俺に背を向けてスマホを弄っている。
たまに俺の方をチラッと見ては呆れた、とでも言うように溜め息を吐いた。

「……そ、だけど」
「……っふ、……わり、助かったァ」
「ん」

俺の足からケツを退けた名前は、腕立て伏せを始めた俺を見て、直ぐ側にコロンと転がった。

「見て、んじゃねぇ……ん、」
「へへっ」
「っふ、……は、」
「んはっ」

ツン、と脇を小突かれ、俺は思わず腰をひねった。
ドタっと音を立てて肘をつけるが、先のゾワッとした感覚が未だに頭の天辺に残っている。

「てんめぇ……わらかしんくんな、ァ!」
「っふ、ごめんってぇ、」
「っく、そ!やめっ!!んはっ!」

ツンツンと腹の脇を突かれると、それだけでゾワッとしたものが体中を走るのだから、頂けない。
「くそ!」と吐き捨てた俺は、名前の脇に手を伸ばそうとするも、ニタ、とあくどい顔をつくった名前はこのスキに!とでも言わんばかりに俺に跨がり、全力で脇を突く。

「ってめ!……っは、やっ、め!!ブハッ!」
「私の勝ちー!」

俺に跨がったまま、名前は俺の腹をペチンと一つ叩き上げた。

「玄ちゃんの方が強いね」
「てめっ!玄弥にまでンなことしてんのかァ!?」

ギョッとして、思わず体を起こすと、「わ!」と声を上げて名前はごろんと転がっていく。

「いたぁい!」
「悪ィ」
「……ぅう、……玄ちゃんはね、ヤバいよ。ツンってしても、はぁ?みたいな顔されて終わりなんだよ!可愛くない!」
「……」

その感じから行くと、どうも跨ってはいないらしい。
今日と言う、たったの一日でこうも何度も俺は口をかっぴらか無くてはならないのか。
いっそ頭も痛くなってくる。

「私もやろ」

俺の考えることなど一ミリも知らない。とでも言う顔で、名前はのん気にも俺の隣に体を伸ばす。
ぐぅっと伸びをしたかと思うと、あまりにも不格好な腕立て伏せをはじめ、「二の腕に効く?」等と呟いている。

「もっと体さげねぇと意味ねぇぞォ」背中をぐい、と押してやる。
「……ン、っふ、……こう?」
「ちげェ」

名前の腹とケツに手を沿わせ、位置を調節していく。
思っていたよりもずっと柔らかい腹回りにギョッとして、思わず手を離した。
俺に体を預けていたらしい名前はびたん、と床に落ちる。

「……ぅ、わ!!ちょっと!!!」
「悪ィ……こう、だァ」

もう一度同じように体制を作ってやるが、変に心臓が痛んだ。
俺、これ触っても壊しちまわねぇかァ?こんなんでコケでもしたら内臓の位置変わっちまうんじゃねぇ?等と、あり得もしない事であることはわかってはいるが、一瞬にして頭の中はそんなしょうの無いことで埋め尽くされた。
柔すぎんだろ。

「むり!」
「無理じゃねぇ……いや、無理かァ?」
「……んっ、ぅ、」
「膝、ついてみろ」

こける事の無いように、と、思わず名前の腹の下に手を添えた。
手を添えていると、その少し隣に見えた膨らみに、俺はまた思わず手を引っ込める事になった。
スウェット越しにでもわかった。
胸が、膨らんでやがる。
思わず息をのんだ、と、思う。
あの日、名前の下着で写る盗撮された写真を、一瞬とはいえ見た。見たのだから、ある程度膨らみがあるのは分かっていた。分かってはいたのだ。だが、それをリアルで理解するのとは、訳が違った。

「こう?」
「…………ケツ上げろォ」
「うん」
「腕突っ張って、このまま下げろ」

背中を軽くだけ押す。

「……ぅわ、きっ、つ!」

名前の腕が、ぶるぶると震えている。

「もっかいィ」
「ふ、……っ、ん、」
「……」

また腕を突っ張り直し、名前は悩まし気に聞こえる息を吐く。

「……ん、っは、ぁ」
「……ふは」

あんまりにも耳まで真っ赤になっていく名前の顔を見ていると、先までの心配事など、何もなかったかのように笑えてきた。
いい気味だ、とでも言ってしまうか。
コイツはコイツだな、と、俺はやっと正気に戻ったような気になっていく。

「弱すぎんだろォ」
「ひどーい!」

とうとう折れ、べしゃ、と音でもしそうなほどに床に崩れ落ちた名前は、全身の肉と言う肉を床に押し付けた。にゅ、と床に押しつぶされた肉は柔く形を変え、ゼリーが雪崩たのかとでも、いや、溶けかけのチョコのようだ、とでも。
先までのハラハラも消え失せた俺は、また腕立て伏せの体制を作り、いつもよりもう少しだけ速く体を地擦れ擦れまで押し落とした。

「もっと、ん、鍛えろォ」
「えー、てか……実君なんで鍛えてるの?」
「……弱ェより、強い、方が……ふ、良いだろォ」
「そうなんだろうか」
「……誰、の、マネだ、ァ」
「私、玄ちゃんくらいのが良い」

思わずカクンと腕が落ちる。

「……犯罪なァ」
「終わり?」
「まだァ」

□□□□■

「布団ちょっと離しとくね」

名前はそう言って、俺の敷き直した布団から自分の布団を押しやる。

「ん」
「って言っても、これだけしか離れない」
「……離れてねェ」
「へへ、そうだよ!やばいよね」
「やべェ」

言葉通り、足一本分。それも縦に。15センチ離れてるかどうか。たったそれだけの隙間に、なぜか無性に笑えた。

「ねぇ、懐かしいね」

そう言って電気のリモコンに手をかけた名前は「消すよ」と言ってから電気を消した。
名前の言う「懐かしい」はそれなりに覚えている。
幼少期にあるイベントごとは、大体がコイツと過ごしてきたのだ。なんとなく、ではあるがわかった。

「……最後いつだっけかァ」
「二人で隣だったのは多分、幼稚園のお泊りの時が最後なんじゃない?」
「小学生の時、いっぺんお前のベッドで寝てなかったかァ?」
「あ、そうかも!じゃあ、それが最後だ!いつだっけ、一年生?」

「そんなモン」と返しながら、俺も布団に体を沈める。
名前の方を向くと、同じように体をこっちに向けていたらしく、常夜灯を映し出した目が、やたらときらきらと主張している。

「そっからは玄弥もいたしなァ」
「挟んでたもんねぇ」
「お前が玄弥のがあったかいつってたからなァ」
「だって本当にあったかかった」
「違ぇねェ」

くすくすと、名前が笑うたびに小さな息遣いまでが聞こえる。
果たしてこんなにも近くで夜を過ごすのはいつぶりだったろうか。コイツは、いつの間にあんなにパンパンに出っ張ってた腹が引っ込んでたのだろうか。いつの間に、こんなに「女」のような出で立ちになったのだろうか。
思わず、名前の目を覗き込んで、視線を合わせてしまった。
薄く微笑んだ名前の、布団に流れるほどだった頬の肉はいつの間にかすっきりとしている。
薄く、小さかった唇は、形をそのままに、膨らみを増しているようにも見える。
こんもりとした布団の隙間から覗く首筋が、長くすっきりと見えた。
肩が、俺よりもずっと華奢だ。
ずっと同じように育ってきたのに。
ずっと同じようなものを食って、同じように遊んで。
変わることなく過ごしてきた筈だった。
どこで、いつからこんなにも違う存在になったのか。俺は知らない。

「……いつもと枕違う」
「…………そんなにデリケートじゃねェだろォ、お前」
「うは、酷い」

俺の布団に入ってきた名前の足は、いつの間にかふくふくとした丸みをなくし、筋張った骨の硬さが時折俺の足を撫でた。

「……足ィ」
「あったかい」
「冷てぇ」

俺の苦言に、堪えきれなかったものが漏れた、とでも言うように「んひ」と名前は肩を上げている。

「手、繋いでみる?あの時みたいに」

戯言だ。しょうのねぇ、幼稚園児の延長線上のくだらないたわ言だ。そうわかっている。わかっているが、心臓のあたりが痛いのを無視できるのか、わからない。

「……アホだろォ」
「うは」

と笑った息が、俺の元までやってくる。
近すぎる。と、思う。
俺は名前に背を向ける事で、全部を見ないことにした。

「ひどい」
「寝ろォ」
「はぁい」

名前の返事を最後に、静かな呼吸の音だけが響いている。
いや、電化製品の動いている音も聞こえていた。
どこか遠くで、酔っ払いの叫ぶような声も聞こえているかもしれない。

「眠れないかも……」
「……」
「……寝た?」
「寝たァ」

すかさず返した俺の言葉に、これ以上話す気はないということを理解したらしい名前は、俺の背中に手を押し付けながら「……ありがと」とだけ呟いた。



そのうち背中に名前の寝息がかかり始めた頃、名前の手から逃れるように俺は体を離す。
頭の中では、先の名前の悩まし気な息を吐きだしていた音と、あまりにも柔すぎた肌の感触。
自分とは全く違う姿形に育ってしまっていた名前の全部がぐるぐると巡っている。

「……は、ァ?」

思わず心臓のあたりを握りしめた。

「……妹、だろォ」

頭の中が、煮えたぎるように熱い。
息が少しばかり苦しい、かもしれない。
心臓が嫌に早鐘を打っている。
思わず、前髪をグシャッとかきあげた。

「……やべェ」

布団をまくり上げた。
嘘だろ。と、泣きたくなった。
コイツだぞ?ふざけんな。なんで反応してやがる。
スウェットを脱ぎ捨て、ジャージに袖を通し、今日何度足を突っ込んだのかもうわからなくなったスニーカーにまた足を突っ込み直した。


すっかり見覚えのない街を走る。冷えた空気が肺に刺さっていく。
頭がキンと冷えていく。
小一時間も走り回ると流石にシャワーでも浴びてやりたくなるほどに汗をかいた。
乱れた息もそのままに、今日世話になった公園の蛇口を捻り、着ていたジャージを絞って頭からかぶった水を拭うついでに体も拭いていく。
公園に設置された時計は天辺をとうに過ぎ、一時も過ぎていた。流石に眠い。
もう眠れそうだ。それこそ、何も考えずに。

「帰るか……」


出来る限り静かに玄関を閉め、靴を脱ぐ。
クッソ、腹減った。
ぐるぐると唸り声を上げる腹はもうご愛敬。ご愁傷様。ってやつだ。残念ながら明日の朝飯に手を付けると、その後がまたしんどくなるのは目に見えている。もう諦めて寝ちまうか。
眠気と空腹で程よく煮詰まった頭で、何も考えずに寝てやれる。
と、布団の上を見た瞬間、俺は、手で顔を覆った。
ふざけんな。

俺の枕を大事そうに抱えた名前は、俺の布団へと片足どころか全身を突っ込み、自分の布団へは髪のみを残している。

「……ん、ぅ……ぎょうざ!!」

唐突に上がった声に、俺は思わず肩を跳ね上げた。

「……は?」
「天津飯ん……ぅ、」
「……中華食いてぇ」

なんで飯の夢見てやがる。
しかも寝言がコレとは。
確実に嫌がらせをしにきてやがる。
思わず漏れた笑いを誤魔化すように、可愛い妹分・・に捲れ上がった布団をかけてやった。

「バァカがァ」

□□■■■

「……んんぅ……朝ぁ!……え、ちょっと待って……実君寝相悪くない?」

朝から聞こえてきた、いっそ寝言と思いたい名前の発言に俺がため息を吐き出したところから、新しい一日は幕を開けた。
ぶちまけてしまおう。
毎日がこうだったら、多分、体持たねぇ。
一週間と経たずにギブすると思う。
おふくろに帰ると電話でもしてやろうか。
いや、しないが。

「……はよォ」
「お、はよ……あのさ……実君、言いにくいんだけど、……それ、私の布団だよ?」
「……バァカ」
「えっ!……もしかして……私の寝相が悪いのか……ごめん……」



次へ
戻る
目次

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -