小説 | ナノ

然程ない荷物を収納する場所も決まらず、ひとまずは買い物にでも行くか、という話しになる。
名前は両手をぶんぶんと振り回しながら、まだ荷解きもされていない荷物の元へと向かい、荷物からいそいそと財布を探し始めた。

「15時……三時には戻らないとだね!お昼どうしよう」
「……腹減ったなァ」

俺の顔をじ、と見た名前は静かに「牛丼」と呟く。

「蕎麦じゃなくてかァ?」
「それは将来に取っとく」

俺の言葉に、鞄をあさる背中が応えた。

「へぇへぇ」
「牛丼食べたい!」
「電気はもう使えるが……食い行くかァ」
「うん!」

部屋をぐる、と見渡し、凡そ何もない部屋にポツンと佇んで見える名前を視界に捉える。
財布とスマホ以外には何も入ってないのだろう頼りないサイズのショルダーを肩から引っ下げた名前の胸元へと食い込んだショルダーの紐を脇に避けておく。
なぜ、とかどうしてだとかを俺が語ることは一生無いのだろうが、そう言うとこにくらい気を使え。と思うのは間違っているだろうか。
んなわけねぇ。

「ありがと」
「行くぞォ」
「はぁい」

来た時同様、お互いのスニーカーに足を突っ込み、まだキーホルダーやらストラップ、そういった類のものが何もついていない真新しいカギをドアに差し込んだ。

□□□◆■

「飯の後適当に要りそうなもん買ったら布団受け取って、また飯買い行くぞ」
「はぁい」

車通りの然程ない片側一車線。その脇に備え付けられた歩道で俺の半歩前を軽やかな足取りで跳ねるように歩く名前に、ため息が出そうになる。
何がどうしてこうものん気なのか。
怖い目にあったんなら、それらしくしろ。
等と思わないことも無いが、多分、恐らく。いや、確実に。いつまでもへこまれていても「めんどくせぇ」となることは請け合いだ。
そう言う意味では名前と居るのは楽でいい。と、思う。

「ね、ね、今日コップ買お!コップ!!」
「はァ?」

クルン、とキレイにターンを決めた名前は、今度は直ぐ隣まで追いついた俺の隣で身振り手振りを交えて話し始める。
てっぺんまで登った陽が嫌に眩しく見えるのは、この季節に珍しく雲が見えないからだろう。

「憧れだったんだよねぇ!こう、洗い勝手とか家族揃いとか気にせず気に入ったの買うの!」
「カーテンも収納ケースも買うんだろォ?あんま無駄遣いすんなよォ」
「うん。えとね……実君が預けてくれてた分はとりあえず返して、……今回だけ、ってお父さんからそれなりに貰ったから、今月は大丈夫!バイトだけすぐ探さなきゃって思ってるよ」

右手の指をパタパタと内に向けて折り曲げながら数える仕草を見せる名前の言う「金」も、そんなに山のように預けたモノでもない。
入居の際の初期費用は全額名前の親父さんが出すと言って引かなかったから、もともとの約束であった半分を出したに過ぎない。
布団を二組買ったのであれば、もう然程残ってもいないだろう。
せいぜい一、二万くらいではないだろうか。

「良い。持ってろ」
「えぇ……あ、じゃあじゃあ、私が就職したら暫く面倒見てあげるね!!」

アスファルトに足を押し付けながら、名前が得意気に言った言葉の意図を紐解こうとして、名前のどや顔を見下ろし、やめた。

「……」
「……」

絶対に何も考えてねェ。
絶対に何も考えてねェのだけは確かだ。
ここで俺が変に反応してもややこしいこと請け合いだ。何故か。んなこたァ知らねぇ。
知らねぇし、知りたくもない。

「……あ、えぇーと、あれだ。……その頃に、まだここに、居たら……」

俺を見上げている名前の口の動きが段々と重くなり、そのうち止まった。

「そぉだなァ」
「ご飯いこ、ご飯」

誤魔化すようにぷい、と前を向き直し、さっきよりも速く歩き始めた名前の耳が赤い事なんて知らなかったことにしておこう。

「ン」

未だいつもよりも逸ろうとする心臓のあたりの服を、俺は皺になるほど握りしめて、名前を追うために急いだせいにすることにした。


「足りるの?」

牛丼屋のチェーン店で、さっさか掻き込んだ俺は早々に飯を終え、目的地までの道のりをスマホで調べていた。
そんな俺の手元をチラチラと見ながら名前はまだ半分も食ってない丼にまた箸をつけている。

「ンなわけねぇだろォ」視線もあげずに返す。
「えぇ」
「買い出し行ったついでにパンか何か買って帰りゃぁいいだろォ」

粗方道がわかった俺はスマホをケツにしまい直し、椅子に凭れ掛かる。
ギシッと椅子が鳴いて、名前はじっとりとした視線を寄越す。

「……はい」
「……どぉせケチだ」

ふいっと、頬杖をついて、別になんの興味もない厨房の奥を眺めて、名前の「堅実でいいと思う」なんて声を聞いていた。

□□□□◆

緑の看板をデカデカと掲げた大手のチェーン家具屋は、俺と名前を迎え入れるために、ジーッとなんとも言えない音を立ててドアを開け、比較的天井の高く明るい店内に俺たちを招き入れた。

店の買い物カゴを引っ張り出した名前は、予めメモしておいたらしい買い物リストをスマホで呼び出し、店内の天井から釣ってある案内板を見上げる。
また、軽やかな足取りで跳ねるように歩きながら、あれもこれもとカゴへとものを入れる。

「トイレカバー、要るかァ?」
「え、要らないかな?」
「実家と違って風呂場と一緒になってんだろ。水かかるんじゃねぇの」

考える素振りを見せ、「そうかも」なんて言いながらトイレのカバーとマットを棚へと戻し、トイレスリッパをビニール素材のものと入れ替えた。

そうこうしていると、食器のコーナーへと辿り着く。
口角を上げ、目元まで細めて「嬉しそう」な顔そのものになった名前は、静かに手の中でマグカップを転がす。

「……雑貨屋とかで見なくて良いのかァ?アコガレなんだろォ」
「そうなんだけど、……なんか、こう……あの部屋に置くってなると、こう……似合いのモノって、あるなぁ、と」
「そんなモンかァ」
「多分」

俺も「へぇ」などと言いながら名前に倣うようにマグを手に取った。
実際、グラスだとか湯呑やら、コーヒーソーサーやら。実家にもあるにはある。
だが実際にみんなが好んで使うのは取っ手付きのマグカップだったりする。
これは年がら年中ずっとだ。
熱いものも冷たいものも、何を入れてもびくともせず、それなりの容量が見込まれ、落ちてもなかなかに割れにくいコイツは、実際にあると使い勝手が良い。と、思う。

「わ、それ可愛い!」
「これェ?…………わかんねぇ……可愛い、かァ?」

名前のテンションの上がった声に、適当に取ったマグの側面を俺はやっとまじまじと見る。
デカデカと描かれている、ナマケモノ。
可愛い?これがかァ?
眉間にシワが寄った気がする。
アレか?「可愛い」ってとりあえず言っておく、ってやつかァ?
名前を見ると、下唇に歯を軽く当て、軽く鼻の下をかいた。
コレは本気で思っているやつだ。

「だってちょっと就也君に似てる」

名前の言葉に、ボヤぁっとした顔のナマケモノをもう一度見る。
いや、失礼が過ぎるだろ。
とは思ったが、じっと見ていると、そう言われればそんな気もしてくるのだから不思議だ。

「……ん、……っふ……ふは、似てねェよ」
「絶っ対似てるよ!」名前は嬉しそうに俺を小突く。
「似てねェ」
「嘘だぁ。だから笑ったんでしょー」

名前の言葉に観念して、もう一度だけマグを見た。
似てるんだよなァ。これが。
玄弥にアイスを強請って、貰った時の顔そのまんまだ。

「……似て……ん、似てる……」

俺の肩が軽く震えてしまうのはもう仕方がなかったと思う。

「だよねぇー!!」
「目元かァ?」
「……っふ、これ、おやつ貰ったときの顔だよね」

同じような事を考えていたらしい名前の返事に、とうとう俺の口元から笑い声が漏れた。

「ンハッ、ちげぇねェ!っはは」

俺の手からマグを取り上げた名前は、満足気に「これは実君のにしよっと」などと言いながら籠に入れる。

「アァ?要らねぇ」
「お祝いに買ってあげる」
「なんの祝いだァ」
「…………入学祝い?」

コテン、と首を傾ける名前は、また下唇に軽く歯を当てた。

「お前もだろォ」
「あ、じゃあ実君が私の買ってよ!交換しよ!」
「はァ?お前寿美と同じようなこと言ってんじゃねぇよ」
「後で寿美ちゃんにラインしよ。就也君のコップでお茶飲んでる実君」

そんなことを言いながら、マグを手にとっては棚へと戻している名前の姿を、半歩後ろで眺める。

「すんなァ」
「あ、私これがいい」

名前の手に収まった淡いグリーンのマグ。
棚の方に視線をやった。

「へぇへぇ…………なァ、コレ高くねぇ?」
「………………ない」
「……いや、それの倍してるだろ」

俺に指を刺されたかごを後ろに隠した名前は、ニッと口を歪ませる。

「…………値段ばっかり気にしてぇ。やーらーしーいー」

めんどくせぇ。
ナマケモノと同じシリーズの、動物が描かれているマグを適当に手前から取り出し、名前の手の中のものと交換してやった。

「お前はこっちで十分だろォ」
「実君ってさ、唐突に意地悪になることあるよね」

くるくると右手の中でマグをもて遊ぶ名前の左手からかごを引っ手繰りながら俺はまた笑った。
確かにカバはいただけなかったかも知れない。

「フハッ……そうでもねェよ」
「絶対そうだよ」


収納ケースを見ると、それなりのサイズのものがそれなりの値段で置いてある。
「これ、買っちゃおうよ」と宣った名前に、へぇへぇと返事をしながらカートを引っ張り出し、ケースを二つ。カートへと突っ込んだ。

「ケース……配送無料だって」
「運んでもらうかァ?」

カートを押しながらレジへと向かっていると、手の中のチラシに目を通しながら名前がブツブツと呟く。
たまにそれに相槌を打ったりなんかしながら、のんびりとした時間を過ごす。

「これ持って帰るってなったら大変だけど……明日以降……」
「持って帰るかァ」
「うん」

まだ、シャツやらパンツの一つとして片付いていないどころか、カバンから出せないでいる部屋を思い出すと、選択肢など全く無かった。


店を出る頃には、そろそろ良い時間になっている。
なんなら、ちぃとは急がなくてはならない時間であろう。

「持つ?」
「要らねぇ」

不服気に下唇を突きだす名前の手には、二つのマグカップが袋に入ってぶら下がっている。

「ドアだけ開けてくれりゃいィ」
「はぁい
コップ可愛かったなぁ」

手元の袋を持ち上げながら、また足取り軽く歩き始めた名前に倣い、俺も少しだけ歩く速度を上げた。

「そりゃあ良かったなァ」
「そのうちフチ子さん引っ掛けよ」
「いや、邪魔だろォ」
「実君は分かってないなぁ」
「どうでも良いわァ」



赤茶色の軽い音をたてる端に穴のあいた外階段を登ると、すぐ目の前に見える201号室。
そこにまだ何もついていない真新しい鍵を差し込んだ名前は「ただいまぁ!」と、大きく扉を開いた。

「……」
「お帰り!実君!!」

ドアを大きく開き、抑えながら俺に入れと促す名前の言葉を軽くあしらいつつも中に入り、押し入れの空いたスペースに買ったばかりの衣装ケースを二つ並べ入れる。

「照れてるぅ」
「……ねェ」
「絶対照れてる!」
「照れてねェ!!」

噛みつくように言った俺に、ニヤニヤとした顔を抑えることもせずに「イチミヤさんに怒られるよ」等と言う名前は、一度痛い目にあいやがれ。


「速く片付けろォ」
「へへ」

鞄から、服やらなにやらを取り出して、奥の方私もらうね、と言い出した名前の落とした服を拾う。
おい、と呼ぼうとして言葉が出なくなった。
独特の形状をしたソレは、しっかりとカップ数を明記して、たっぷりのレースで「可愛い」を全面に押し出している。

「ていうかさ、……考えてなかったんだけど、着替えとか、どうする?」

未だ衣装ケースに服を詰め込みながら、こっちを見ることもなく動く背中に視線をずらす。
また、手元に戻す。

「なにがだァ」
「……どこで着替えする?」

また名前の背中に目をやろうとして、視線をずらしたところで、ポカンと口を開けた名前は、俺の手からスルスルと布を、つまるところは、ブラジャーを抜き取っていった。

「……」
「……」
「ね、ちょっとさ、一緒に住むにあたってルール作ろ。ルール」

全力で賛成する。




適当に粗方片付け、布団を受け取り、テーブルもなにも無い部屋の真ん中に、適当にルーズリーフを置く。

「ルールとして要りそうなの出してこ。」
「ちゃんと守るんだろォなァ」
「約束は守るためにあるんだよ」
「……」

信用のならなさすぎる言葉を、一先ず訂正することにしておく。

「約束じゃねぇ。ルールな」
「……」

無言で俺をみる名前に、もう一度、念を押しておくことにした。

「ルールは法だ。守れよォ」
「出た、名言」
「真面目にやれェ」

サラサラと、油性ペンが滑っていく紙を名前と眺める。

・着替のときは、ドアを閉める。順番はジャンケン
・人を連れ込まない
・ゴミ出し、掃除、飯は当番制
・食事が要らない場合は前もって連絡

「ね、門限的なあれは無いよね」
「……23時」
「……バイトは?」

名前は真面目くさった顔でそう問うてくる。

「許可ァ」
「えぇー。許可制」
「てめェ、こうなったのは何でか自覚しろよォ」
「…………はぁい」

また紙の上を、名前の角張った字が滑っていく。
・門限23時

「……21時にしとくかァ」
「絶っっ対に嫌」
「……ならどこに居るかは連絡しろ」
「えぇ……か、れしの家、とかだったら?」
「……」
「……」

名前の目を見た。
外でバイクの走り去る音がした。
どこかから、ガキのはしゃぐ声が聞こえてくる。
カラスの鳴き声が嫌に響き、少し離れた所にある、踏切の音がしていた。

「居ンのかァ?」

たっぷりと時間をかけて問う事が出来た俺の言葉を「いや、居ないけど」と、食い気味に否定した名前は俺からやっと視線を外した。

「……」
「……」
「まじ?」
「……マジ」

・外泊は許可制
・恋人が出来たら報告

名前から引っ手繰ったペンで紙に書いてやる。

「……」
「……あれっ、……親かな?」
「保護者ァ」
「保護された」

保護された、じゃねぇわ。
俺は大きく息を吐き出した。

「……」
「……」
「実君、これじゃ彼女作れないね」
「……」
「……」
「そのうちなァ」
「そのうち?」

俺をジッと見つめながら、名前はペンの蓋を引き抜いた。
サラサラと、肩口から髪が落ちて、そのうち名前の顔が隠れていく。

「じゃあ、こうしよう」

・恋人が出来たら、ルームシェア解消
俺のものとは違う、横にたっぷりと広い角張った字が踊っている。
また名前の手から俺はペンを引き抜いた。

「却下。意味なくなんだろがァ」
「……」
「実君は優しいなぁ」
「……」

・恋人が出来たら、ルームシェア解消

「今さらだろォ」
「……そうだね」

もともとの備え付けの、二人で使うには小さな冷蔵庫に張り付けられたA4のルーズリーフを並んで見る。
満足気な顔がすぐ横にある、が、
俺は本当ならここに、いっそ書き足してやりたいモノがある。
いっそ書き足してやろうか。

・名前には手を出さない

俺の手からブラジャーを引き抜いていった時の真っ赤な顔が、未だ頭から離れない。
厄介な事になっちまいそうだ。
隣で嬉しそうに貼り付けられた紙を見る横顔を見ないふりをしながら、俺は後ろ手に頭をガシガシと引っ掻いた。

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