小説 | ナノ

「ンなとこで何してんだァ」

そう言いながら、俺は名前のそばに散らばる通学かばんやらスマホを拾う。

「おら、立てェ」
「……」

名前の足元に落ちていた封筒を拾ってやろうとしたところで、それは名前の手に掻っ攫われ、俺の手は宙を掻く。

「おい」
「ご、ごめ……ちょ、ちょっと、……ちょっと、帰る」
「ア?」
「帰る!」

叫ぶように言って、俺の手に鞄やらなんやらを残したまま、乱暴に玄関のカギを開け放ち、とっとと家に入っていきやがった。
俺はと言うと、その礼の一つも言わない名前の生意気な態度に舌を打つ。
舌を打って、名前の家のドアノブを捻る。

「……鍵閉めろっつってんだろがァ!!!」
「ぅっわ!!!入ってこないでよ!」

バッとドアを開くと、ドタドタと慌ただしく名前が二階から駆け落ちてくる、と言う表現が相応しいほどの速度で降りてくる。

「入ってくんなっつぅくらいなら鍵くらい閉めろ!!誰か不審者が入ってきたらどうすんだァ!ァア!!?」
「そ、んなに凄まないでよ!ちょ、ちょっと動転して、」
「何にだ」

俺の言葉に、名前はまた、あの目をした。
何か言いたいくせに隠している。
大方コイツの事だ、恥ずかしいだとか、心配かける、他に何がある?とにかく「言いたくない」だのとごねるのだろう。

「言えェ」
「い、わなきゃいけない事なんてないよ……」
「あるんだろが」
「ないよ」
「……ハーゲンダッツ」
「な、ないってば!」

ここまで強情なのは珍しい。
いつもなら、「ダッツ」とでも言えば物欲しそうな目を俺に向けて、「絶対に内緒にしてね」などと言いながらひそひそと話し始めるこいつが。
茂武となんかあったのか?
などとあたりをつける。
いつもなら男子同士で「アイツとヤッた」「ドイツとキスした」「ソイツはやらせてくれねぇ」だのと話しているが、その中に名前の名前が挙がっているのを未だ聞いたことはない。
だが、もしも茂武が話す事が出来ねぇくらいに酷ぇことをしていたとしたら?
もしも、名前が人に言えないような事をされているのだとしたら?
そう考え始めると、はらわたが煮えくり返りそうになってくる。
なんで今名前は目元を赤くしている。

「茂武かァ」
「ち、ちが……どうした?実君、なに怒ってんの」
「あ?お前が泣いてるからだろが!」
「え、ど、っはい??それって、理不尽じゃない???」

理不尽じゃねぇわァ。
鞄を押し付けながら俺は目を窄めた。

「鞄」
「ありがと、……びっくりしたら、もう落ち着いたから……あの、本当に何でもないから、だいじょ……」

鞄を受け取る名前に一歩近づく。
そうすると一歩下がった名前の足が、階段の段差にぶつかる。
恐る恐る、と言う表現が確実に正しい動作で俺を見上げてくる名前に向けて投げつけるように言った。

もう・・だァ?」
「あー、……ん、と……」
「……おい」

一つ息を吐き出した名前は、俺の腕を掴んだかと思うと、引っ張りながら階段を上り始める。

「絶対、内緒にしてね。絶対、ぜっっったいに言わないでね」
「……ことによんだろ」

愛らしい、どうにもこうにも見覚えのある、ハートやらリボン、星とイルカの飾り付けてあるプレートの揺れる部屋の前で立ち止まった名前は、俺を振り向いて下から睨みつけるように見上げ、小さく唇を突き出した。

「でも、言わないでほしい」
「……」
「言わない?」
「……言わねぇ」

そう答えないと、梃子でも動きそうにもなかった名前にそう告げてやると、また一つ息を吐いてから俺を部屋に招き入れた。

「……」

中学三年間、ほとんど毎日出入りしていたのと、ついこの間まで出入りしていたのと、そう変りない部屋が俺を迎え入れる。
机の一番上に乗っているクマのぬいぐるみは俺の弟妹らが小遣いあつめてコイツの誕生日に送ったもので、カーテンのバンドは俺と行った人生初のゲーセンで二人して躍起になって取ったピンクの丸々と膨れたキャラクターのものだ。
別段、何も変わることはない。
机の上にある宛名の無い茶封筒以外は。
名前の顔をちら、と見るが、すぐにその膨れ面はソッポを向く。

「おい」
「……」
「オイ」

語気を強めると、ごそごそとベッドサイドをあさり始めた。
ベッドにチョコン、と座るウサギのぬいぐるみも、夏祭りに皆で行った際にとってやったものだ。
何ら変わることはない。
名前の手に、束になって出てきた同じ、宛名の無い茶封筒以外は。

「……」

俺はなんとなく察して、口をつぐんでしまった。
なんと声をかければいいのかわからなくなっていた。

ただ、それと同時に、名前が必死に俺とルームシェアをする!と息巻いていた姿を思い出す。

「……そう言うのは、親に相談しろォ」
「相談、したいわけじゃないし……」
「……警察には」
「行ったよ!……行った、けど」
「……ソレは見せたのかァ」

ぶんぶんと首を横に振る名前に舌を打ち、封筒を半ば奪うみたいに取り上げる。

「あ!ちょ、見ないで……!!」

名前の静止も振り切り、中から適当に数枚ひっつかんでサッと一番手前のモノを見てから中に全部を入れ直す。
一瞬、頭の中が全部を拒否した。
写真だった。
それは、間違いなくそうだった。そうだろう、とも思っていた。
写真だった。
名前の写る写真だ。
そりゃそうだろう。
コイツへの当てつけのようなものなのだから。
何が問題だったか。
名前が、下着姿で写っていたことだ。
すぅ、と息を吸う。
吸ったつもりであった。

「……は?」変な声が出た。
「見ないでって!!!言ったじゃん!!!!!」

頭が馬鹿みたいに熱い。
多分、名前と同じような顔をしている。

「何が写ってンのか言えェ!!!!!見ちまったじゃねぇかァ!!!!」
「な、……そ!!ひ、ひどい!!そんな言い方ないじゃん!見れてラッキー!の間違いでしょ!!!」
「んなわけあるかァ!!てめェは弟のチンコ見て喜ぶタチか?!アァ?!!」
「ッチ!!チン!!!!」
「チンコチンコ言ってんじゃねぇよ!!!」
「バッ!!言ってないし!!!」

何度か深呼吸を試みる。
忘れろ。
忘れろ。
良いか、俺。
下着の色が水色だった?あ?
ふざけんな。
思い出すな。
忘れろ。
クソが。谷間モドキあったじゃねぇか、クソが!
じゃねぇ。
そうじゃねぇ。

「……もっぺん、警察行く」
「うん」
「一緒に行ってやってもいいし、なんなら親と行けェ」
「……親に……話す…………」
「俺も、親に言う」
「……」
「そんなら、……ルームシェア、乗ってやらァ」

本来であれば、これは親に相談させてから言った方がいいのかも知れない。が、ここまで何度もこんなものを送り付けられて相談の一つもしていない女だ。
ただただ「相談しろ」と言っても聞くはずがない。
所謂「苦肉の策」というやつであった。
大体、俺は別に関係ない。
なんでこんな事に巻き込まれなきゃならないのだ。
そういう気持ちが一ミリも無いか、と問われて「うん」と答えるとそれは嘘だ。
真っ赤な嘘である。
まぁたメンドクセー事引き連れてきやがって!大概にしろよぉ!と怒鳴ってやりでもしたい気持ちにはなっている。
だがそれはあくまでも気持ちの問題であり、この兄妹同然の女が怯えている中で口に出す言葉でもなければ、俺の中に沸いてくる感情がそれだけ、ということもない。
俺の顔を恐る恐る、という様子で伺ってくる名前に、そのまま続けて言う。

「今日、バイト終わったらお袋と親父に言う」
「……う、……」
「お前はそん時までに親に相談しとけェ」
「……」
「良いなァ」
「……」

やはり、唇を突き出したまま返事をしない名前に俺は舌を打つ。

「おい」
「……私、気持ち悪くない?」

幼馴染の口から漏れた震える声に、訳が分からなくなる。
なんでお前がどうにかなる?
誰かに盗撮されたからと言って人間どっかしらが変わるなら、芸能人皆とんでもねぇ姿かたちになってるだろ。
そう言ってしまってもよかった。
良かったが、必死に下唇を噛み締め、なんとかやっと、というように言葉を漏らした名前が、冗談でそんなことを言っているわけではないことくらいは分かる。

どう答えればいいのかわかることはない。
わかることがないから、頭に手をのっけてやって

「お前、バカだなァ」

そう言いながら撫でてやることしかできなかった。


「戸締りしろよォ」
「……うん」
「おばさんは」
「七時には戻ってくる」
「こっち来とくかァ」
「……後で、行こうかな」
「ン」

玄関口で靴に足を捻じ込みながら、少し気崩した制服で俺をじと、と見る名前にため息を吐く。

「言いたい事あんなら言えェ」
「……」
「……もう出るからなァ」
「うん……あの、」

玄関を開けると、やっと口を開いた名前は、また唇を少しばかり尖らせて左足をぶらつかせながら言う。

「ありがと」

もっと早く言え。
じゃなくて、何もしてねぇ。
もっと早く言い出せ。
頼れ、とまでは言わない。
ガキの自分に出来ることなど、たかが知れている。
が、今回頼られたことに関しては、何もできていない。
まだ何もしていない。が、少しばかり心臓あたりが痒かったことは絶対に言うこともないだろう。

「バァカ」

自然と口角が上がってしまう、なんてことも無かったことにしておこう。

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