小説 | ナノ

「ていうか、そも、"同棲"じゃないって。志津さんにも言ってるのに……シェアだよ?ルームシェア」
「じゃねェよ。なんで俺が、お前と一緒に住むんだよ」

唇を変わらず突き出す名前のつむじを眺める。
一体何がどうしてそうなった。
俺が聞きたいのはそこだ。
別にルームシェアも同棲も、同じ家に住むという事に変わりはない。
何が違うんだ。と、言ってやりたくなる。

「考えてよ。ここに通うにはさ」

言いながら名前は大学のパンフレットを持ち出した。

「は?俺のと違ェ」
「だってこれこの前オーキャンでもらった新しいやつだし」

飄々と言う名前からパンフレットを受け取った。

「もう行ってきたのかァ?」
「春に」
「マジか」

まじまじと名前の持つパンフレットを眺めて、そのうちぺらぺらと紙をまくっていく。
魅力はやはり金銭面だ。
それ以外にももちろんあるが、俺が一番に気にしているのはそこだった。
まァ、受からない事には話が進むことはもちろんないが、初回納付の金額が100万そこそこと言う、大学にしては良心的な金額である。
ただ如何せん倍率がそれなりに高い。
故に、バイトと学校以外の時間を弟妹らにかまけず、下手をすれば集中したいからと言うのを理由に名前の部屋にまで出向き、勉強に費やしているわけだ。
本当なら今日も弘に「早く寝ろよォ」なんて言いながらあったけえ腹に顔を埋めたかった。
玄弥の下らない、それでも楽しげに話すんだろうツレの話しに舌鼓を打ってもいい。
寿美たちの、良くわからねぇ女子トークに首を突っ込んでも良いだろう。
出来るのであれば、だ。
それはまぁ、良い。
今回は最重要はそこでは無かった。

「じゃなくて!話し逸れる逸れる。」

思い出した!とでも言うように手をパチンと合わせた名前は高らかに声を上げた。

「この家からだと片道一時間半はかかるじゃない?定期代も馬鹿にならないし。16000円も月にかかるわけ。バイトの時間も削れるわけでしょ。それにあっちの方がバイトも選べるでしょ。二人でだったら、月に二万定期代にプラスすれば快適にお勉強ができて、通勤通学ラッシュも避けられて、バイト先も選びまくれるわけ。
お米は私のおばあちゃんからもらう分をきっと分けてもらえるから、最悪食べ物は何とでもなるし、メリット多いと思う訳!」
「光熱費と通信費はァ」
「スマホは格安って言うプランも見てきた!はい!パンフ!
光熱費も水道も二人で計算して、スマホも変えたとして、家賃入れても、定期代に一人あたりプラス18000円。……食費は頑張って一緒に節約しよ!」
「ガバガバじゃねぇかァ」
「わかってる。わかってるんだけど!一人じゃ絶対無理なんだよねぇ。実君が居たらイケるなぁ、って」

渡されたケータイ会社のパンフレットをすでに見終えた大学のパンフの上に置いた。
コイツはどっか好奇心が強い節がある、と思う。
今回のことも、親元から離れてみたい。恐らくそういった心づもりが一番大きなものなんだろう。ということは想像に容易だ。
大体、ンなもん親が許すはずがねェだろ。
節約して?結局飯代やらは考えてねェンじゃねぇか。
雑費どうすんだ。
てめぇ小遣い足んねぇって毎月喚いてたクチじゃねぇか。
いざとなったら病院代どっから出すんだ。
結局そこんとこ詰めて考えてねんだろ。コイツ。
ドヤ顔してんじゃねぇ。
だいたい、コイツは全てにおいて考えが甘い。
なんとかなるだろう。でやってきて、なんとでもなってきたからこうなんだろうが、お前がなんとでもなるようにする為に、俺やおばさんがどんだけ動いてきたと思ってやがる。
「お使いに行きたい!」
そう豪語した6歳の頃から何も変わってねぇ。
あの時もどうなった?
小銭入れ握りしめて「実君は着いてきて!」等と言って行った癖に、帰りにはベソかきながら「疲れた」「重たい」「足痛い」だとかで、結局俺が最後は荷物引っ手繰るまで意地でも一人で持ちやがって。
「やる!」って、私が言ったから?ふざけんな。
頼ることも上手く出来ねぇ癖に、それが一人暮らしだァ?
餓死すんのは目に見えてんだろ。
お前が意地でも「する!」とでも言えば、結局俺はついて行くんだろうよ。
自分の性格考えて万全に準備してるなら話しは変わる。
でも開けてみりゃこのザマだ。

今回の電話の相手の事だってそうだ。
彼氏になるかも?
その相手がヤリチンだなんだで男子の間では有名な茂武ときた。
ふざけんじゃねぇ。
どうせ泣きを見るのは何を見るよりも明らかだろ。
なんもわかってねェ。
大体なんなんだ。あの制服はよォ。
スカートもクソみてぇに短く切りやがって。
どうせアイツのことだ。切っちまえば「もう伸ばせないから仕方ないでしょ!」などとドヤってしまえるとでも思ってんだろ。
案の定先生はそれで苦い顔してるもんなァ。
マジでふざけんな。
そんなスカートで歩くから歩道橋でてめぇの後ろを俺がわざわざ歩かなきゃならねぇ事になってるって理解してんのか?ア?
してねぇんだろうな。どうせ。
言わなきゃわかんない、だァ?
言ってもわかんない、の間違いじゃねぇか。
お前がどんくせえから、俺が「登下校、ちゃんと見たるんよ!」などとおふくろに言われなきゃなんねぇんだ。
誕生日は私のほうが早い?
なら姉貴らしくしろよ。そうしたら妹扱いやめてやらァ。


等と考えていた半年後には、俺は部屋でダンボールに荷物を詰めていた。
そう。引っ越しの準備だ。

何がどうしてこうなった?
俺にはもう、わかんねぇ。

□□◇◆■


案の定、俺の両親は反対した。
「女の子と、ひとつ屋根の下は、ねぇ?やっぱり……ねぇ?」
と、親父に言うのはおふくろだ。
「どっちでも良いわァ。……ベッドも開くし、もうひとり作るか?」
親父の言葉は聞こえなかった。
俺は突発性難聴にでも、恐らくなったんだろう。

それはさておき、名前の親も、反対している、と俺は思っていた。
が、それが大きな間違いだった。
俺の家にやってきて、名前の両親はそっと頭を下げていた。

「受かるはずが、ないと……あぁ、もう!実弥君!勉強見てあげてくれてたんですってね……!ありがとう!この子ったら、塾に通わせてたのに!実弥君にまで教わって……」
そう、頭を抱えるおばさん。

「受かったら、なんでもいいから一つだけお願い聞いて!って、言ってみたの!」

じゃねぇわ。
腰に両手を当て、ふんぞり返った名前は、項垂れる両親を付き従えて俺の家にやってきた。

お袋と、それこそ姉妹のように仲のいい名前の母親は「名前ったら、言うと聞かないでしょう。だから、志津ちゃんたちが無理だと言ったら諦めなさい、って。言ったんだけれど。私は反対してるんだけどねぇ」なんて言いながら、のん気に玄弥たちとテレビゲームに興じる名前を見る。
大の大人が四人。それから図体のでかい俺や玄弥らがひしめき合うリビングは、いつもよりずっと狭く見える。
家に来るなり、玄弥らに誘われてゲームを始めた名前は早々に負けることにしたらしく、「負けた!じゃあ、続きは今度ね!」等とほざいて親が話し合いを始めたダイニングに足を向けた。

「いくら兄妹のように育ったとはいえ、兄妹でもないんやし……」
「実弥君も、彼女が出来たりしてねぇ……そういう事もあるだろうから、無理よって言ってるんだけど」
「実弥はその辺はなんとでもするんやろうけど、名前ちゃんは女の子なんやから……実弥も、年頃やし……」

なんて言いながら母親二人は名前を見た。

「……え……実君、……」驚いた、みたいな顔をして名前はカウンタキッチンを挟んでマグカップを傾ける俺を見る。

「彼女、出来ちゃうの」
「……だァから、俺をなんだと思ってんだァ」
「彼女、作っちゃうんだ」
「…………」

じと、とした目で名前を見据える。
コーヒーをおふくろが用意し始めたから、自分の分もと手伝ったが、多分親父のと間違えた。
苦ェ。

「バイトと学業にかまけて「そんなもん要らねェ」って、言うと思ってた……」
「……ア?」
「実弥、せめて「は?」って言って」

いや、それは多分間違ってんぜ、おふくろ。
名前の言うことは恐らく、あながち間違いではない。
が、俺も男だ。
そんな事ばかりじゃない。多分。
そもそも、そもそもだ。
コイツ。
俺になんで今も今までもこれからも、彼女が居ねぇと勝手に確信もってやがんだ。と、馬鹿みたいにでかいマグに並々と入れたコーヒーをすする。

「そ、……かぁ……そっか、そっか……うわ、なんか、ショック」

勢いのなくなった名前は、ダイニングテーブルに押し付けていた手を放し、おじさんの隣に静かに腰を下ろした。

「……名前?……名前……」

俺と名前を交互に見る親父さんに舌を打ちたくなる。
なんで俺を見んだ。
別にソイツは俺が好きだ何だで落ち込んでねぇよ。そう言ってやりたい。

普通にどう考えても無謀だろ。
何がどうあって年頃の男女を一つ屋根の下にぶち込むんだ。
俺がどう思っている、だとか、こいつがどう思っている、だとか。そういう事以前の問題だろ。

「ごめんなさい」

名前は静かに頭を下げ、息を吐く。

「そういうの、考えてなかったなぁー!!……実弥君に彼女!……なんか、……なんか嫌ッ!」
「え?なに?兄ちゃん彼女できたの?」

会話に唐突に入ってきた玄弥が、目を爛々と輝かせている。

「き、キス!とか、したのか?」
「……ゲームしてろォ」
「照れてやんの」

名前の頭をシバいてやりたくなった。
じと、とした目で俺を見る親父の頭にはコーヒーぶっかけておきてェ。

「でも、とりあえず考え直します。ごめんなさい」

嫌に素直に引き下がった名前に、どっか違和感を覚えながら、その時は名字家を玄関先までおふくろと見送っていたのは覚えている。
ので、名前がそこで諦めていたのは確実であった。
納得も、恐らくしていたのだろう。


俺はそこからもどっか落ち込んだ様子の名前が、気にはなったが、どうせ拗ねてるだけだと思いこんでた。

わざわざ以前まで連れにも触れ回っていた志望校をやめて、以後誰にも志望校を明かしていなかった事なんかに気が付いたのは、名前が玄関先で蹲って泣いているのを見て、問い詰めてからだった。


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