小説 | ナノ

このルームシェアの始まりは、俺と女の、名前の進路希望が被っていると言うのを知った高校三年の夏。
恐らく、あのタイミングがきっかけであった。

□◇◆■■

「名前!てめェ勝手な事ばっか言ってんじゃねぇぞォ!!」

名前の部屋のドアを勢いよく開いた俺は、ベッドへと転がりながら足をバタつかせて何事かを電話で話していたらしい名前の姿を視界に入れた。

そもそも怒鳴り込みに入ったのには理由がある。
それなりに繁盛していたバイト先から、それなりに草臥れつつもチャリを転がして家に帰ると、お袋が玄関で仁王立ちしている。
疲れている、というのに。めんどくせぇ。頭をかきたくなりながらもお袋と視線を合わせる。
そうするとこれでもか、と顔を顰めながらお袋は言う。

「実弥!いくら名前ちゃんやから、言うても同棲はあかんよ!女の子なんよ!?」

お袋の言葉に、俺が出せた音はたった一つだけだ。

「は?」

以上。
体が重い、だとか、明日の提出課題まだやってねぇわァ、だとか。一旦横に避け置き、「実弥兄ちゃん、お帰り!」等と言う夜更かしも大概な弘への返事もいい加減にして、俺は家を飛び出した。
すると、ちょうど帰宅したばかりだったらしい名前の親父さんが「お!お疲れ!」等と声をタイミングよくかけてくれるもんだから、挨拶ついでに中に入れてもらった次第だ。
そのまま名前の部屋へと俺は向かったわけだが、

「わ!!……あ、ごめん、ちょっと、あの……また、かけ直すから。ごめん」

普段俺に向けるような可愛げの無い音ではない。
いつもよりもう少し上擦った、どこか緊張を孕んでいるかのような身を捩りたくなる音を名前は響かせた。

「……彼氏かァ?」少し小馬鹿にしたように鼻を鳴らしてやると、ぴく、と肩を震わせた名前はプゥ、と頬を膨らませてから俺を睨むように見据え、
「そうなれたらいいな!と思ってる!」等と言う。

「……ア?」

俺の口から漏れた音は、思いの外不機嫌そうな音だった、と思う。

「実君にはまだ早いと思うけども?……で・え・と!」

どこか勝ち誇っています。とでも言わんばかりの顔を俺に見せつけ、ベッドに転がったまま頬杖をついて見せた。
早いもクソもねぇわ。高三にもなりゃ普通に誰でもすんだろが。
生憎自分にはタイミング悪くそう言った機会はなかった。
作ろうと思えばできた。強がりではない。
誘われたことくらいはあったのだ。
ただ、バイトが重なったり、だとか。
ツレが「あの子気になってる」とか言うので名前が挙がった女だったから「悪ィ」と断ったというだけで。
お前よりはモテらァ。とでも言ってやりたくなる。
本当にそうかは不明だが。

「やめとけやめとけ。男子高校生なんてのァ、碌なこと考えちゃいねぇよ」
「それは実君が、じゃなくて?」
「ア?てめェじゃ勃つモンも勃たねぇよ」
「………………さいてー。……茂武君はそんなんじゃないですゥ」

唇を突き出し、体を起こした、果てしなく薄着の名前に適当に勉強机のセットとして置いてあるチェアに引っ掛けられていた地味な色味のパーカーを投げつけながら鼻で笑ってやる。

「今のカッコ見ても興奮の一つも出来ねぇからなァ」
「……本当にさいてー」
「男子高校生はそんなモンだァ。出来る奴かどうかしか興味ねぇわ」
「実君も?」
「ハァ?俺をなんだと思ってんだァ」

パーカーを羽織る名前を眺めながら、俺は背もたれに肘を預けてチェアに跨った。
どう見たって興奮できる相手じゃない。
何がどうあって、素っ裸で風呂場で水浴びしあってた兄妹同然の女を抱けると思うのか。
なんなら手ェ繋いで幼稚園一緒に登園した仲だぞ。
普通に考えて無理だろ。
まがり間違っても、妹に手を出そうと思うことが無いように、この女にも出せねぇわ。
コイツ抱くくらいなら、金髪のグラマラスボディの「oh,oh」鳴いてる女が主演の、好みでも何でもないAVで抜く方が幾分か健全だ。普通に考えてそう思う。

「健全な男子高校生」

しれッとした顔で自分の体を隠すように布団を巻き付けた名前はジト、とした視線を俺に寄越す。

「ちげぇねェ」

んは、と漏れた息に合わせて俺の肩も揺れる。

「健全な男子高校生は妹に勃起しねェよ」
「健全な妹に……興奮しない男子高校生は妹にそんな卑猥な話をしませんー。ていうか、私の方がもうちょっとだけ早く産まれてるから弟でしょ」
「てめェが仕掛けたんだろォ。関係ねェだろ。どう見たっててめェは姉貴じゃねぇだろォ」
「それは嘘」
「まァ」そこまで言ってから、俺は六畳ほどの然程広くも無い部屋の隅に置かれたベッドの元までチェアのキャスターを転がした。
それをショートパンツから伸びる細っこい足が押し返してくるのを甘んじて受ける。

「どうせ泣き見るんだからよォ、やめとけって」
「わからないじゃん」
「……アイツ、先週別れたとか、言ってたとこじゃねぇの」
「なんでそんなの知ってるの」
「クラス一緒だからなァ」

俺から視線を外した名前はまたブスッとした顔を作り直し、大きくため息を吐き落とした。

「じゃねぇわ。そんな事ぁどうだって良いが、てめェ、『同棲』ってのはどういう事だァ」

俺はようやっと本題を口にする。
俺をブスくれた顔で見直し、数度瞬きをしてから「ああ」と何かを思い出したらしい様子で名前は悪戯気に笑う。

「大学、同じとこ受けようと思ってて」
「……は?お前、判定Cだからやめるつってなかったかァ?」
「短大の学部があって、そっちならBだったから、行けると思う!でね!でね!いいとこ見つけたんだ!」

嬉しそうに立ち上がった名前は勉強机の本立てからファイルに入った書類を出してくる。

「イチ推しはコレ!」

出された物件に速攻で俺は答えた。

「却下」
「っえ!……じゃあ、こっち……」
「…………ここ、風呂無くねェ?」
「銭湯が徒歩五分だって」
「五分、真冬も歩くってかァ?」
「あ、そっか。私死んじゃうね」

机に並べられていく書類に、俺も隣に立ちながら目を通していく。

「こっちがね、なんか、カシ?物件とかって。お風呂もついてるし、トイレもセパレートで、部屋も二つ。しかも一番安くて、諸々込で4万円だよ」
「お前、瑕疵って知ってっかァ?」
「?……問題のある物件ってことだよね」

きょとん、とした顔が俺を見る。
その部屋の間取りが描かれた書類の端の方に「告知事項アリ」その下には、「事件」とだけ記されている。

「ユーレイだなんだなら、まだ問題ねぇかも知れねぇが、"事件"はやめとけ」
「へぇ、……そっか。じゃぁ、こっちは?」
「は?ワンルームだぞォ」
「でも何回お金計算しても払えるの、ここらへんなんだよね。もう一か所は、トイレ共用だから、ちょっと却下だし」

腕を組みながら俺を見た名前に頭を抱えたくなった。
違う。
違った。
そうじゃねぇ。

「いや、だから、なんで俺と一緒前提なんだよォ」
「え、一緒に住まないの?!」

驚いた!という名前の顔に、俺が一番驚いた。
馬鹿か?と

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