小説 | ナノ

家賃4万6000円共益費3500円。それなりにボロの外観に、中身だけリノベーションをされ、ユニットバス形式の狭い浴室に、便所と洗面台の捻じ込まれた、せせこましいこの六畳一間で、俺は所謂"ルームシェア"をしている。
まがり間違っても、同棲ではない。
断言する。
同棲ではない。

◆■■■■

俺の布団の隣に敷かれた、もう一組の布団のこんもりとした山が雪崩れ、中からなまっちろい足が出てくる。
その足は、ごろんとその塊が寝返りを打つのと一緒に俺の方へと叩きつけられ、その振動で目を覚ます。

「……だァから、……」

掛け布団を抱き込み、口の端から涎を垂らして寝こける女の足から俺はのそのそと抜け出した。
この隣で寝ている、寝ながら蹴りを入れてくる女が、「見て!!半額んなってる!!!」などと嬉しそうに抱えて持ってきた、どう見ても子供部屋仕様の星のちりばめられた格安カーテンは、朝日を遮るのにはあまり役に立たないらしい。
毎朝目が痛むくらいには、まぶしい。

「何をどうしたらこんなに寝相悪く出来ンだ、アァ?……起きてんだろ」

唸るように出した俺の声は、寝起き独特の、かすれた音がする。
頭と腹を順番にガシガシと掻きながら、いまだ気持ち良さそうに眠る女の顔に、ため息を落とした。
コイツのおかげで、目覚ましの音を俺は聞いたことがない。
少し言いすぎかもしれない。
だがいっそ、そう言ってやりたい。
体を起こしきり、布団をまくり上げると、重力に従い女の方にかかったが、放っておく。
早く起きないのが悪い。
布団を敷いているせいで、より狭い室内を、ぼうっとした頭で見渡してからいつも通りに洗面所へと足を向けた。

女が朝使っているヘアバンドを拝借して顔を洗い、そのままキッチンへと向かう。

もともと一人暮らし向けに作られているため、この上なく簡素な、備え付けのキッチンでケトルに水を入れた。
これまた一人暮らし向けのサイズの冷蔵庫の上に鎮座しているトースターに食パンを四枚セットして、冷蔵庫からトマトを取り出した。
本当なら、プチトマトを使いたいが、如何せんこの女は好き嫌いが激しく、トマトは食うくせにプチトマトだけは食べることをしない。
曰く「木の実みたいな味がする」んだそうだ。
アホか。お前が好んで食ってるデラウェアはこの上なく木の実だろが。
などと言おうものなら、それは果物であるからどうのこうのと言い訳を始めるのが目に見えているから、言うことはしない。

女がパンのシールをせっせと貯め込んで貰ったウサギ柄のプレートに、ちぎったレタス。
二人で食うから、少し量の多く見えるトマトを乗せ、程よく香ばしいにおいをさせるトースターから食パンを取り出して乗せる。
去年の誕生日にこの女に貰ったスイカ柄のマグと、これまたこの女の誕生日に俺がやった白いカバのような妖精の柄のついた女のマグ。
そこに、少し前にこの女が「おいしそうでしょ!」と持ち帰ってきた少し濃い目のインスタントコーヒーの粉を適当にスプーンですくって放り込む。
適当な量の湯を注ぎながら、「名前、てめぇ遅刻すんぞォ」と投げかけてやる。

「……ん、ぅ」
「起きろ、つってんだろォ」

ゴロン、と寝返りを打つことで、捲れていた布団をかけ直した女に舌打ちとため息を落としながら、なぜか、女がくるまっている俺の布団を剥ぐ。

「んあ!!っさむーい!」
「なら起きろォ」
「……んー、」

ボサボサの頭をガシガシと掻きまわしてから俺を見た女は、「あ」と口を開き、勢いよく飛び起きた。

「ごっめん!!今日私の番だったのに!」
「昨日飯しかけんのも忘れてたろォ。だからパンなァ」
「わぁ!ごめん!ありがとう!明日は私がする!!」
「ん。先食ってんぞォ」

俺は布団を適当に半分に折りながら会話をこなし、壁に立てかけているローテーブルを引っ張り出す。
同じように慌てた様子で布団をとりあえず半分に折り、俺の額に引っ掛けたままのヘアバンドを毟っていきながら、この少々ズボラな女は身支度を始める。

その後姿を見送りながら、テーブルの上に不揃いのプレートと不揃いのマグを乗せて、今目の前に三枚積んであるパンへと、俺は歯を立てた。

何度でも言う。
これは、ルームシェアであって、同棲ではない。
断じて、ない。

◇◆■■■

社会人二年目にもなると、覚える事は一気に減った気がする。
まぁ、あくまでも気がするだけで恐らくそうではない。の、かもしれないが、兎に角少しばかり余裕と張りが出てきた、というものだ。

一年目のように、右も左もわからず、「すみません」と「お願いします」と「聞いてもよろしいですか」が口癖のように口から漏れ出す頻度も減った。
休日が来ることをどこかでホッとしてしまっていた期間も通り過ぎ、いっそ休日であることがもったいない、とすら思う日も出てきたほどだ。

女が、__名前が食べ終え、「ほんっっとごめん!夜は私が洗う!」とシンクに皿を放置して仕事へと向かう背中を見ては苛立っていた日々も過ぎていった。

あれは、まァ、つまりあの時期は、俺も大概酷かったとは、思う。
から、今、年末になってバタつき、粗の目立ち始めた名前の少しばかりズボラな所くらいは見逃してやろうか。
などと考えられるようにはなった。

俺が社会人一年目の頃だったと思うが、余裕のない日には、「てめェの決めた事くらい守りやがれェ!」等と怒鳴りつけてしまったこともあった。
が、特に言い返すでもなく、「ほんとごめん」とだけ言い、俺が残業で残りすぎてしまい終電間近で帰った日。

もう時計の針は天辺をとうに超えているのにもかかわらず、馬鹿みたいに鍋を見つめながら、俺の帰宅したときのドアやらなんやらの音にようやく意識を戻し、それでも鍋から目も逸らさずに「お帰り、実君」なんて言って腹を鳴らす名前の姿を見て、力が抜けて思わず笑ってしまったこともあった。
本人には、口が裂けても言いたかないが、あの女の能天気なところは気に入っていたり、する。
これが、ルームシェアを解消しない理由の一つである。
他にも理由があるのか、と問われると恐らく理由は然程出てこない。
ただ、日常を過ごしていく中でたまに、そういった事を思う日があったり無かったりする、といった具合の話しだ。
それだけだ。

部屋の窓を開けて空気を入れ替えながら窓枠へともたれかかり、女の姿がそろそろ見えてくるでのあろう駅へ向かうための道すじを眺める。
どうせ振り向いて手を降ってくる。
窓枠へと背中を預けたところで、女の頭頂部が視界に入った。
ほら見ろ。

案の定、女は振り返って俺の居る窓の方を見た。
馬鹿みたいにブンブンと手を振ってから、真っ黒のハイヒールパンプスをカツカツと鳴らして歩いていく。

俺はその姿を見送ってから、ひとまずは布団を干すことにした。

「……アイツ……昨日飲みやがったなァ、……臭ェ」


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俺と、この女、名字名前はいわゆる幼馴染、と言うものだ。

家がはす向かいにあって、幼稚園の頃から一緒であった。
何なら、記憶に無いころを辿ると向かい合って口を開けて何やら語らいあっているかのような赤ン坊の頃の写真があるのを見たこともある。

玄弥と三人で遊んだ事も、寿美が反抗期だったのか、小学生に上がってすぐのころ「名前ちゃんと姉妹になるから、実弥兄ちゃんもういらない」等と言う事件もあったが、一度置いておこうと思う。
とにかく、それくらいには家族そろってズブズブの関係である。
一体何の話しがしたいのか、というと、このルームシェアがそろそろ6年を超えたと言う、到底信じられない話しだ。


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