小説 | ナノ

かと言って、私にはもう鎹鴉は居ないし、嗣永さんも引退したから、おつきの鴉はもういない。
どうすれば入れるのかを考えた時に浮かぶ顔は鱗滝さんと、煉獄さんだ。
けれど、前回は私が拾われた、という経緯があったから良いものの、いきなり行って話を聞いて頂けるのだろうか?そう考ええると、土台無理な気がしてきて。
手っ取り早く、と考え着いた方法はこれだった。

嗣永さん宅を「また帰ってきてくださいよ!」と言う優しい声を背中に受けながら後にして、夜の中を走った。
嗣永さんに頂いた着物に袴という、どこか私の感覚ではみょうちきりんな恰好だけれど、着物で走るよりかは随分とマシだと思う。
幾日か、野山を街を走り、蹲る隊士のヘルプをしながら向こうからのアクションを待ってみる。
一週間もしないうちに、隠にまた呼び止められた。

「あ、の、前回も、恐らく……」
「あ、あの時の!!ごめんなさい!ちょっと、どうしても抜けたくない用事が出来てしまっていて、」
「あ、いや、その節は、説明も碌にできずで……」
「いやいや、こちらこそ、待っていろと言われたのに、恩だけ受ける形になってしまった感じで、」

いやいや、と進まない話を切り上げたのは向こうが先だった。

「今度は、私について来ては、」
「あ、はい、大丈夫です」

また目隠しをして背中に負ぶられながら、少しだけ眠ることにした。
ずっと、眠っていなかったから、酷く眠たかったのだ。


夢の中だとわかった。
ここは夢で、私は夢を見ているだけだと。
だって、実弥さんが居るからだ。
風が吹いている。
私に何かを言っている。
笑いながら。酷く優しい顔だった。
でも、風の音がゴォゴォと凄くて、「聞こえない」って、私は何度も言うのに、実弥さんはずっと同じように何かを言っているみたい。
何度も何度も、やっぱり「聞こえない、」って伝えているのに、伝わらない。
でも本当に伝えたいのはそうじゃないのに、私の口は「聞こえない」としか言ってくれないし、実弥さんはまるでbotみたいに同じことをずっと言っているみたいで。
段々と虚しく感じ始めた頃に、ようやっと思うように口が開いた。

「俺はもう、そこにはいねぇ。お前の知る俺は、ハナからいねぇ」

けれど、私よりもずっと早くに実弥さんの声が届く。
その言葉に、私は息をのんだ。
何故、そんなことを言うの。
何故、今それを言うの。
答えはきっと、これは実弥さんじゃないからだ。
私が本当は、思っている事だ。私が、いつもどこかで、自分が諦めることを望んでいるからだ。わかってる。わかってるよ、そんな事。
きっと、私が愛している実弥さんには未来永劫もう会う事は無いんだろう。
もう、どう足掻いたって会う事は叶わないし抱きしめてもらえる日なんて、来ないんだろう。もうあの優しい声で名前を呼んでもらう事も無いんだろう。
だけど、この世界にはきっと、まだまだ幼い、実弥君が居る。
きっと彼はやっぱりどこかで助けを求めているんだろう。
神様助けてって、いもしない神に願うんだろう。
だからやっぱり私は実弥君を見つけるし、実弥君には笑顔で居て欲しいと願うんだろう。

「わかってる。でもね、私は、ここに居るの」

だから、実弥さんには、見ていて欲しい。どこか遠くで。家族に囲まれながら、こんな女も居たな、って。
俺の幸せを願う女が居たなって。たまに、思い出してくれればいい。
だけどやっぱり寂しいから、こうやってたまには現れて欲しいとも思う。
姿を見せて欲しい。遠くからでいい。
あなたが私の幸せを願ってくれたみたいに、私もずっと、ずっと実弥さんの、実弥君の幸せを願ってる。
でもたまに現実に、実弥さんが居たか忘れそうになるの。
私は刀を夢の中でもやっぱり撫でつけながら、実弥さんに向き合って言う。

「だから、見てて。」


ゆっくりと目を開くと、辿り着いていたらしい。
いつの間にか、先ほどの隠とは違う人に背負われている。

「あ、ごめんなさい。……寝てた」
「いえ。到着しましたので、下ろします」

私を下ろしたそこは、いつか見た覚えがある。
そうだ。藤間さんとも来た。煉獄さんのお世話になることが決まった時に、ここで会議をしていたんだったか。

「初めまして。本来は私が出向くべきなんだろうけれど、ごめんね。
あなたに、お願いをしたくて呼び出してしまったのだけれど、どうにも身体が動かなくてね」

そうかけられた声に振り向くと、あの時に見た人とはまた違う。
けれど、これはお館様なんだろうな、とわかる。
この人たちは、一族、と呼べばいいのだろうか。この一族の人たちは、どこか人間離れしている感覚がするのだ。
その上、私の精神をどこかに引っこ抜いていくみたいに、優しい、それでいて強制力がまるであるような。
そんな声で語りかけてくる。

「あ、えと、……はい」

真っ黒な髪を肩口で切りそろえ、あのお館様よりも、もう少し細い目をしている。
身体が動かない、というその青年の横には奥さんと思われる人が居て、彼を支えている。

「私の子供たちを、沢山助けてくれて、本当にありがとう。……あなたに、是非私たちを救う手伝いをしてくれないかと、お願いをしたいのだけれど。」

やっぱり、あの・・お館様とは別人だ。
どこか、おどおど、ではないけれど。
それでも、この声は酷く心地よく頭に響いてくる。怖い。
この人たちは、きっと、いとも容易く人の心を掴み、放さないのだろう。そうして使い潰していくんだ。実弥君を、実弥さんを。秋さんを。杏寿郎君も、宇髄さんも。悲鳴嶼さんも。
わかっている。彼らには、ここしかなかった。それは、この人も。
けれど、それは「鬼」が居たからだ。
だからここで、私は鬼を殺そう。
誰だって、関係ない。鬼は全部、私が倒して、私の代で終わらせてやる。

「難しい言葉を私は使えないから、綺麗な挨拶はできません。すみません。……私は、鬼を殺したい。滅ぼしたいんです。だから、私を、鬼殺隊に入れてください。」
「……それは、願っても居ない言葉だ。……あなたはきっと、優しい方なのだろうね」
「いいえ。多分、誰よりも、薄汚い人間です。」
「……いつか、あなたが自分に胸を張れるようになることを、心から願っているよ」

その声には、言葉を返さなかった。
曰く、鬼を50体討伐するか、下弦以上のナンバリングされている鬼を倒せば、柱にはなれるらしい。
私は既に下弦の鬼を倒している、その上、柱は今3人しかいない。柱になってはくれないか。と、そう打診を受ける。
それには一も二もなく頷いた。

「その、……日輪刀、……あ、の、……」

恥ずかしくなるけれど、どうしても、確認したかった。

「……ここに、『悪鬼滅殺』って、入るんですか」

私の言葉に、少しだけ笑って、「すぐにそう文字が入ったものが届くよ」と。
産屋敷と名乗るその男は、私が何故刀を持っているのかも、鬼殺隊について知っているのかも聞かなかった。
「先見の明、」たしか、藤間さんが言っていた。良くは知らないけれど、それがあれば聞かなくても分かってしまうものなのだろうか。
そうなら、怖いな。と、思う。





柱の屋敷には、隠の人間が定期的に点検や、清掃の世話に来るらしい。
らしい、と言うのは、正確には知らないからだ。
見ていないのだ。
私はそもそもあそこには帰らないから。要らないと言ったのに用意されるのだから、たまったものではない。
けれど逆に考えた。
なら、屋敷に藤の家紋でもつければよくね?不死川家をここに住まわせればよくね?
そうすれば、不死川家のみんなは鬼に襲われることも無し。
定期的に隊士達が来るわけだから、万が一鬼がやってきても、無残にもただただ殺されるだけのあの辛い光景はもう見なくても、実弥君が味合わなくてもよくなるのでは?
なら、問題なのは、まだあそこの長屋に不死川家が居ないことと、何と説得してあそこに住まわすか、だけでは?
と。

そうと自分の中でしたい事が決まれば簡単だと思う。
文句を言う人間も居なくなるくらいには、ただ鬼を斬れば良い。強くあれば良い。
死んだところで、私は終わらないのだから、折れさえしなければいいんだ。

カサカサと、葉が揺れる乾いた音がする。
濡れた地面の匂いがツンと鼻腔を擽って、思わず鼻をかく。
雨でも、降っただろうか。
そう思いたいけれど、この匂いは、水じゃない事くらいは、もうわかる。
腰を低く落として、ふくらはぎに力を込めて大きく脚を蹴りだした。

ガサガサと、枯れかけているのか、少しばかり堅くなった葉が頬を、指先を切っていく。
きゅ、と目を凝らした先に居る鬼に向けて、

「月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮」

薙ぐ。

ゆっくりと鬼のくびはずれ落ちて、鬼の足元に転がっている隊士が「ひぃ」と、声を上げている。
そのまま鬼の体が隊士の方に頽れないように蹴り上げてから、一言落として、私はその場を去った。

「鬼殺なんて、もうやめな」

幾度となく、隊士達に吐いていった言葉だけれど、きっと誰一人にも響くことは無いんだろう。
誰もやめてはくれないんだろう。
名前も知ることの無い隊士たちだ。どうなろうと知ったこっちゃない。死にたいなら続ければいい。死に場所を探しているのなら、だ。
それをこうやって、「生きたい」と、動けなくなるくらいの覚悟なら、私の、柱の守らなくてはならないものが増えるだけなのだから、こんな世界に居なくていい。
鬼殺をするのは、
もうこの世界の幸せの中では生きていけない、自分を幸せにしてあげられない、鬼を殺すことでしか自分を慰められない、そんな異常者だけで十分だ。
そう、思う。
きっと実弥さんも、そう思うでしょう?
空を見上げると、月が殆ど出ていなかった。
いつもよりも真っ暗なはずだ、と、ゆっくりと刀の鍔を撫でつける。


私のお給金が正確にはいくらか知らないのだけれど、半額は嗣永家に行くようにしてもらっている。
そのせいだろう、鬼殺隊の、総合郵便所から時折鴉がやってくる。手紙だ。毎月決まった日に消印が入ったものが、私の下へと鴉に引っ掴まれてやってくるのだ。

今度も「いい加減顔を見せに来い、後、今後金は受け取らんと言っただろう、引き取りに来い(要約)」という手紙。
それに私はいつも同じ答えをかえす。
「それは秋ちゃんにあげたものだから、あなたに突き返す権利はない、秋ちゃんが大きくなった時に、私に返しにくればいい。私が生きていたら。また、今度、会いに行きます(要約)」
それを鴉に預けて、ゆっくりと今日宿泊させてもらう事にした藤の家で案内された一室の、小さな丸にくりぬかれた窓から外を眺めた。

鬼殺隊には、ここ5年で噂が出来ていた。
曰く、その柱は音もなくやってきて、鬼の首を刎ねていく
曰く、月の呼吸を使うらしい
曰く、鬼とのあいの子かもしれない
曰く、腕を失ったと思ったら、次に会う時には生えていた
曰く、不死らしい
曰く、顔には醜い、痣がある…………

どうだっていい。
私が戦い続けられるというのなら。
何だっていい。
真っ黒な『滅』を掲げる金釦の隊服に身を包み、真っ白な羽織に『殺』の字を掲げて、『悪鬼滅殺』の文字の掘られた刀を腰に。
自分を奮い立たせるためならば、何だってやる。


その鬼は、手強かった。
眼に刻み込まれた文字を見て舌打ちを落とした。
多分、一人だと、何度か死んでしまうと思う。
何よりも、その鬼には、借りがある。何度も何度も腹の中で、私を溶かし殺した男だ。
上弦の弐だった。

「黒死牟殿が君を凄く気にかけていたんだよ」
「同じ、月の呼吸を使うんだってねぇ」
「俺に教えてくれよ」
「君は一体、何者なのか」
「……君は、楽しんでいるんだろ」

その言葉に、私は動きを止めた。
背中に庇っている隊士は、きっと息絶えてしまったろう。
呼吸の音が、やんでしまったから。

「わかるぜ、その目。怖いのに、楽しいんだろ」
「……違う。」
「こちら側に来ればいい。怖いなら逃げればいい。そうすれば、死なない躰でいつまででも戦っていられるよ。あれ、こんな事言う奴が俺の他にもいたっけなぁ」
「……」
「運命は、どうやったってやってくるんだから」

そう、男が零したと同時か、それよりも先。

「ここか」

その酷く聞き覚えのある声が、真っ暗な長屋の立ち並ぶそこに響き渡った。

「こ、くし、ぼう」
「あっれぇ!?知り合いかい?」
「……」

刀を構えられるよりも先、私は走った。
すぐそこの山に向かい走る。
ここで交戦してしまえば、長屋に居る人たちを巻き込みかねない。それがわかる位には、この男とは刀を交えた。鍛錬してもらった覚えがあるのだ。

「あ、逃げちゃった。意味ないのに。」

氷の柱が生えてきて行く手を阻まれそうになるも、呼吸を駆使して駆けでも抜ける。
何度も何度も腕が、脚が落ちるけれど、その度に死んで生き返り、駆けた。

「わぁ!凄い!!死なないんだねぇ!あのお方にお土産ができたよ、黒死牟殿」
「……」

目の前に回り込んできた顔に刻まれる、六つの目。
は、は、と息が切れる。
だめだ、呼吸を、整えなければ。
だめだ。
足が、ひきちぎれそうだ。
右足が、氷漬けにされている。そのまま体を動かそうと力を入れるも、だめだ。
また、連れていかれる。

そして伸びてきた爪の長い鬼の手が、ゆっくりと私の顔に近付いてきて、前髪を払いのけながら言う。

「…………は、は、うえ」

あぁ、ふざけるな。ふざけるな。
お前なんか、知らない。
知らないのに、
どうしてまた、口が動くのか。

「……み、ちか、つ」

ずど、と頭を何かに貫かれる感覚で視界が暗転した。


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