小説 | ナノ

バ、と体を起こして辺りを見渡す。
また、どこかの竹林のようだ。
虫がじりじりと鳴いている。
ぎゅう、と右手を握りしめると、最後に黒死牟の頭と一緒に抱いていた刀が手には握りしめられていた。
身体を叩き上げると、私はどうやら素っ裸でそこに居るらしい。

「実弥君?……玄弥君、……実弥君。藤間さん!」

じわじわと、また目に涙が溜まっていく。もうわかっていた。
もう、私はあそこには戻れないのだ。
もう、実弥君の元にも、玄弥君の元にも、藤間さんとの家にも帰ることは出来ない。不肖な弟子だった。
鱗滝さんのもとにも、もう実弥さんの刀を、私の剣鍔を取りに行けないのだ。あれを、私の忘れ形見にしてしまった。
私の、死を、皆に背負わせてしまった。
初めの時も、きっと、秋さんも、宇髄さんも怒っただろう。何も言わずに、きっと、まるで遺書みたいに、「実弥さんのお骨は共同墓地へお願いします」それだけ書いた紙を残して私は消えたのだから。
きっと、玄弥君は何年も待っていてくれたんだろう。
だって、実弥君が、あんなに大きくなっていた。立派になっていたのだから、一年や二年ではないのだ。
次に聞かされるのは、私の死の報告になるんだろう。
せっかく、私を実弥君は救ってくれたのに、彼の目の前で私は首を斬られて、そのまま鬼みたいに崩れ消えた。
実弥君は、やっぱり優しいから、あそこに帰してやれなかった、って自分を責めちゃうんじゃないだろうか。
藤間さんも、きっと、自分を責める。
私を、逃がせなかったから、こうなったって、あの人も多分、自分を責める。
悲鳴嶼さんが、最後まで私の名前を呼んでいたのを私はきちんと聞いてた。もう、トラウマみたいになってしまってやしないだろうか。
悲鳴嶼さんには、悪い事をしたと思ってる。もう、しません。
だから、帰して。
私を、あそこに帰らせて。
もう贅沢に、実弥さんに会いたいって言わないから、帰らせて。
みんなに会いたいの。
会いたい。
もう、立てないよ。
実弥さん、やっぱり、もう無理だよ。
私、もう頑張れない。

「あ、やだ……ぁ、」
「実弥さん、玄弥く、ぅ、と、藤間さ、ぅぁあ、ひ、っ、くぁ、ああん」

わあわあと、馬鹿みたいに声を上げて泣いた。
もう真っ暗な竹林の中にそれは酷く響いて、自分の声なのに、耳障りで仕方がない。

ぐずぐずと、鼻を鳴らしながら膝に顔を埋めた。
このまま、消えてしまえればいいのに。
がさ、と音がする。
カッと体が熱くなって、段々と感覚が研ぎ澄まされていく。
また、この感覚だ。きっと、痣が出ている。頬に、手をやると、そこが酷く熱い気がした。

『母上』

また、あの低い声が頭の中を木霊する。
生んだ覚えなどはない。
実弥さんと以外の子供など、今後一生何があっても産むわけがない。
あの頃は、生理がもう来なかったから、生理がこなかったから大丈夫だと思っていたのだ。
そういえば、来ない。
最後に来ていたのはいつだったろうか。
それよりも、私は実弥さんと子供を作れなかった。
それがなによりの証拠じゃないか。
私は人間じゃない。だから、生理が来ても来なくても子供などできはしないのだ。
多分。
だから、あれはあの人の間違いだ。
勘違いだ。

何だか興が削がれたような、よくわからないような気分になって、がさ、とまた音がした方へと意識を向けた。
かなりの遠くの音を拾っているらしい。
どうしてだろう。
何だか、凄い感覚がある。
足をぐ、と踏み込み、体を持ち上げて走り始めると、びっくりするくらいに体が軽く動く。
速く動く。
黒死牟がいつか、「痣は強者の証」みたいな中二な事を言っていたけれど、そう言う事なのだろうか。
出来る限り速く足を動かした。

そのまま飛んで、地にまた足をつけ直す頃に目視出来た鬼の首を刈り取る。

「月ノ呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り」

ズパ、と鬼の首が宙に舞う。
尻餅をつき、こちらを見る隊服を着た男の周りには、隊服を着て、死体がいくつも転がっている。
そのうち大きく服が破れていない人の服を剥ごうとしたところで、がしり、と腕を掴み上げられた。

「そ、れは、私の同胞のものだ!やめていただきたい!」
「……なら、守れば良いのに」

酷く冷たい声だった。
自分から出たのか、わからなくなるくらいに、冷たい声が落ちた。
そんなこと、この人も分かっていただろう。
ただの八つ当たりだ。
悪い事を云った。そう思うのだけれど、なんだか上手く口が回らない。

「服を、下さい」

そう、一言、何とか落とすと、その男は暫く迷ってから自身の羽織っていた羽織ものを私に寄越す。

「それは、形見です。なので、すぐに服を用意するから、ここで待っていて頂きたい!」

その言葉に小さく頷いて男の背中を見送った。
年頃の、青年だった。
暫くすると、人の足音と、烏の羽音が聞こえる。

カァ、と一声鳴きながらその烏は私の頭上を旋回する。
それから"隠"の文字を背負う者たちがやってきた。

「お召し物を、」

そう言って手渡されたそれに、

「ありがとう、」

と袖を通した。
その間に、隠の人たちは隊士の死体を清め、背負い、去っていく。
その場に残ったのは一人の隠で、私に「着いて来て欲しい」と言う。
もしかしなくとも、鬼殺隊に入れ、だとか、その刀はどこで手に入れたか、という詰問だったりとか、そう言うものがどこかであるのだろう。何となくはわかる。
けれど、私にはそう言った気はもう無かった。
だって、任務に行っていたから実弥君を守れなかったんだ。
もう、うんざりだ。
あんな思いをする事なんて。
こう言っては何だけれど、高々子供の手で殺せる、日が出るまでもつ程度の、弱小の鬼だった。弱い弱い、鬼だった。
私が、あの頃の私が殺せない鬼では無かったのだ。

「行きたくない。ここで、要件を伝えて欲しいんですけど」
「……自分は、連れてくるように言われたので、要件は、申し訳ございません。……ならば、近くに藤の家紋を掲げた家があります。そこに一時ご滞在頂く事は可能でしょうか。そこに、こちらから向かいます。」

お風呂には、入りたかった。
どうしてもその誘惑には勝てなかったものだから、それには従う事にする。

「あの、これ、形見だって言われてて、返さなきゃ」
「その隊士も先にそこで休んでおります故、私めが返しておきます。」
「……それなら、私が直接返します。……あまり、沢山の人に触れられたくは、無いだろうから。」

だって、私なら、そう思うから。
この刀を触られるのは、嫌だもの。
隠に「念のためです。申し訳ございません」と目隠しをされ、連れられたそこで、案内された風呂に身を沈めた。
この後は食事を出してくれるそうだ。
それから、あの隊士と会える時間を作ってくれるだとかなんとか。




その隊士は、行燈一つで照らされた薄暗い部屋のまん中に敷いてある布団の中に潜り込んで、荒い息を吐いていた。
酷く体が熱いようだ。
失礼か、とは思ったものの、布団をまくり上げて、綺麗に身に纏っている着流しを乱す。

「……ふ、……は、ぁ、な、にを!」
「ここ、折れてますね」

恐らく、アドレナリンやらなんやらで、痛みを感じにくくなっていたのではないだろうか。
だから、この人は来られなかったのか、と納得。
もう、何やかや、看護から離れて久しい。覚えている事なんて殆どないけれど、これくらいは出来る。
全く治療の後も無い事に少し呆れながら、解いた着流しの帯を使って患部に少しだけ強めに巻く。添え木代わりに、その隊士の刀の鞘を使ったから、刀がむき身になってしまう事は許してほしい。
それから藤の家の人に冷たい水を桶に入れてきてもらい、患部の周りを冷やしていく。

「2、3日もすれば熱も下がると思うから、こうやって、脚は上に上げておいてくださいね」
「……かたじけ、無い」
「羽織を返しに来たんです」
「……ありがとう。……その、助けてくれたことも。」

目元を和らげて笑うその顔が、どことなく懐かしくて少しだけ心が軽くなったような気がしてしまう。
気を張っていないと、ずっと泣いてしまいそうだから、強くありたいのに、ダメだなぁ。って。

「助けた、訳では、ないから」
「けれど、俺は助けられた。ありがとう。あぁ、起き上がれないな、」
「そのまま、安静にしててください。……そう思うなら、こんなことやめればいい」

私がそう言いたいのは、この人にではない。
そんなことは、わかっている。
もういないのだ。
この世界に、仮に居たとしても、別人なのだ。もう、違う人なんだ。

「はは、そう。本当に、そうだ。……死に場所を探しているみたいだ。」
「……」
「私事ではあるんだが、もうすぐ、子が産まれるんだ。だから、最後にしようと、思っていた。」
「……こども、」
「君さえよければ、会ってやっては、くれないか」
「私が?」
「あぁ、命の恩人だ。是非、妻に紹介したい。俺は、嗣永。嗣永 喜兵衛キヘイだ。貴方の名前を聞いても良いだろうか」

やっぱり。
懐かしいと思ったんだ。
ほら、ままならない。
また、時を遡っているんだ。
そうだと、思ったんだ。
もう、何てことだ。
きっと、産まれてくる子供は、秋さんだ。
これだから、私はこの世界が、大っ嫌いだ。
目に涙がぶわ、と溜まって、口はからからに乾いている。
もう、何度も息を吸い直して、口を開こうとして、やっぱり吐息だけが漏れるんだ。
もう、大嫌いだ。
私はずっと、この輪っかから抜け出せないんだ。
もう、みんな、大っ嫌いだ。
私が諦めることを、ちっとも許してくれないんだ。
皆意地悪だ。
秋さん、今ね、私、秋さんのパパに会ったよ。
私、やっぱりあなたの家族を守ろうとしてしまうと思う。良いかなぁ。もう知ってしまったんだ。だって、もう出会ってしまったんだ。
秋さんがいくら、「幸せだった」って言ったところで、もうダメだ。
だって、秋さんのパパだよ?良い人に決まってる。秋さんのママだよ?絶対に素敵な人に決まっている。その間に居て秋さん笑っているんでしょう?その方が、そこを、本当は守って欲しかったに、守りたかったにきまってる。

「名字名前です。……よ、よろしく、ぅ、ぅ、え、」

もうだめだった。
鼻水も垂れ流して、ぐっしゃぐしゃになりながらいっぱい泣いて、「背中を擦れない、」って嗣永パパを困らせた。
実弥さんに会いたいなんて言わない、って言った。
実弥さんはもう違うんだ、って、思った。
でも、だから、何なのだ。
ここで、この人たちは生きているじゃない。
私と一緒に、歯を食いしばって、生きているじゃないか。それを知らんふりして、私不幸でたまらないんですぅ、なんて言えない。私寂しいんですぅ、なんて、やっぱり言えない。
だって、皆で笑いたいじゃない。
だって、皆に、幸せになって欲しいじゃない。
だって、皆に、「幸せだ」って、言わせたいじゃないか。
実弥さんは、「幸せだったァ、」って、あの間延びした言い方で言ってくれた。けれど、本当はきっとそんなちっぽけなのじゃなくて、もっと、あの蛍の光を見に行った時みたいな、歳相応よりもずっと幼い笑顔が溢れるのを幸せって言うんだよ。
だって、もう私はその笑顔を見ちゃったから。秋さんと馬鹿みたいに笑いあったから。
恋バナ、楽しかったから。
私には、そんな温かい空気はきっとやっぱり似合わないけれど、この人たちは、こんな世界じゃなくて、もっと暖かくて、鬼に怯えなくていい、鬼なんて知らなくていい。
こんな世界に居るのは、私だけで、十分だ。
あの二人には、パパとママと、兄弟に包まれて、笑い声が絶えることの無い世界が似合うんだ。

だから私は、やっぱり何度でも探すよ。
何度でも会いに行く。
何度でも、何十年かけても。千年先とか、そんなことを言われたら、もうわからないけれど。
戻れない、んじゃない。
もう、戻る気はしない。
何も知らずに、守られるだけじゃない。
私は今、ようやっと隣に立てたから。今度はきっと、守らせてほしい。
だから、今からまた探しに行くよ。

カルペ・ディエム 下
第二部 親愛なるリーベリィ 


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