小説 | ナノ

死んでしまえば良い。
そうすれば実弥君があなたを見ることは無い。
死んでしまえば良い。
そうすれば、よく知りもしないあなたをこれ以上憎く思う事は無い。
死んでしまえば良い。
私は、あなたよりもずっと、ずっとずっと永く、実弥さんを想っているのに、私から実弥君を、実弥さんを取らないで。
とっていかないで。

鬼が、その美しい髪を揺らす女性を蹂躙している。
藤間さんが、私に逃げろと言う。
だから逃げればいい。
見捨てて逃げれば、少なくとも、彼女は死ぬんだろう。
そうなれば、良いんじゃないか。でもどうだろう。そうしたら実弥君は、悲しむんだろうか。
実弥君は、泣いてしまうんだろうか。
実弥君は、一体、どうするんだろう。
私が居なくなったら、実弥君は泣いてくれるだろうか。
実弥君は、

「ついていくから、殺さないで」

実弥君は、きっと、泣いてくれはしないだろう。
きっと、玄弥君をこちらに引きずり込んだことを怒っている。
でも、それでも、実弥さん・・なら、いっぱい怒ってから、「世話懸けたな」とか、そう言って、笑ってくれるような気がするんだ。

ゆっくりと、鬼の体の中に引きずり込まれていく。
左側が、溶けていく感じ。
燃えている。
痛い。
痛くてあつくて、死んじゃいそうだ。

「げ、げんやを!!!げんやくん、を、おねが…」

届いただろうか。
申し訳ない。
ごめん。
玄弥君、実弥君にまだ会わせてあげられていないのに、玄弥君、きっと怒るなぁ。
痛いくらいに叩いてくることは無くなったけれど、怒ると無視をしてくる。あれは、まぁまぁ辛いから、もう嫌だなぁ。

刀を、握りしめた。鬼を、せめて切ってやろう、と。
痛い。
ぼとり、
腕が落ちた気がした。
痛い。
熱い。
寒い。
痛い。


「名前、」

声が聞こえる気がする。
痛い。
熱い。

「名前、」
「実弥さん、」

目を開けたら、実弥さんが居て、いつもみたいに両の腕を広げて、「要るかァ」そう笑って言っている。

「い、る!!要る!!!」

実弥さんが広げている腕の中に、分厚い胸板に飛び込んで、胸いっぱいまで沢山息を吸って、吐き出そうとして噎せ返った。
ゲホゲホと、何度も何度も吐き出しているのに、一向に苦しさが治まらない。
実弥さんを見上げると、「すまねェ」とひきつった顔で、ずっとずっと咽ている私の背中を擦り続けている。
痛くて、苦しくて、もう死んでしまいたい。
けれど、ここには実弥さんが居る。
実弥さんの腕に、今私は抱かれている。
それって、どんな地獄に居てもまるで天国だ。
実弥さんが居るなら、実弥さんにまた会えるのなら、私はその一心でどんなことだって頑張ってこられた。
どんな死地にも足を走らせることが出来た。
もしかしたら、本当に死んで、実弥さんに会えたらいい。
そう思わなかったと言えば嘘だ。
そう思ったからこそ、走ることが怖くなかったと言う事は事実だ。
だから、こんなに痛いのも、苦しいのも、寒いのも熱いのもつらいけれど、辛くない。

「実弥さん、私、がんばったの」
「あァ」
「実弥さん、連れてってくれないから、来ちゃった」
「そぉだなァ、悪ぃ」
「実弥さん、会いたかった」

会いたかった、会いたかった。
会いたかった。
実弥さんが私の腰に回した腕をきゅ、と締めた。
心臓が、潰れてしまいそうなくらいに苦しい。
もう喉も痛い。
上手く、息が出来ない。

「いっぱい、言いたい事、あってね、」
「ン、聞いてる」

咽せながら、上手く言葉も上手く出せないのに、実弥さんはゆっくりと聞いてくれる。

「三々九度は、そうだって、いってから、して欲しかった」
「気付くの、遅ぇ」
「簪とか、指輪、見つけちゃ、たから……もらっても、良い?」
「……好きにしろォ」

バツが悪そうに、頭をかきながら少ない指を携えた手で私の頬を撫ぜてくれる。

「あとね、う、髄さん……に、聞いたんだ、けど、実弥さん、私に、まだ見合い、させようとしてた、の、怒って、る」
「ン、……悪ィ。」

口からたくさんのどろどろが出てきて、痛いし、話しづらい。苦しい。
まだまだ言いたい事ばっかりなのに。

「げんや、くん、……巻き込、んだ。ごめ、なさい、」
「ン」

実弥さんの目が、ずっと優しく私を見てくれている。
ずっと、ずっと見ていた目だ。欲しかったものが、ここにはある。

「でも、がん、ばった、の」
「ありがとォ、……なァ」
「こう、しなきゃ、玄弥、くんがね、……消えちゃう、とか、思っ、て、ね」
「ん」

実弥さんの手が、ゆっくりと首筋に降りてくる。
ああ、これが欲しかったぬくもりだ。
これが、実弥さんの手だ。
実弥さんだ。

「な、ぁに」
「名前」
「はぁ、い」
「名前」

実弥さんの唇が、ゆっくりと弓なりに上がっていく。
あぁ、この顔がまた見られるんなら、私なんだってできるなぁ。って。
胸を温かいものが占めていって、もっと実弥さんの顔を、今まで見られなかった分までもっともっと見たいのに、段々と実弥さんが歪んできて、何度瞬きしても見えなくなってくる。
おかしいなぁ、と瞬きを繰り返していると、ゆっくりとがさついた温かい大きな指が目の下を撫ぜていくから、あぁ、泣いていたんだ、って気が付いた。

「名前、俺は、ちゃんと幸せだったァ」

そう言って、腕が離れていく。

「やだ、」

実弥さんが、一歩、下がる。
追いかけようとして、体が頽れた。
足元を見ると、溶けているみたいに、違う。
溶けていっている。

「行かないで、置いてかないで……もう嫌だ、ごめん、ごめん……一緒に連れてって、おいてかないで、……ひとりに、しないで」
「……名前」

実弥さんの柔らかい声が、擦れていっている。

実弥さんが居たから、全部の世界が綺麗に色付いていた。
玄関を出た先に見える壁には私こっそり相合傘を書いた。
イタイけど、舞い上がっていたんだ。
秋さんがくれた小豆を一緒に洗うのが、楽しかった。
実弥さんが凄く上手で、小豆を洗う時だけすごく真剣で、私がガサツなのをその時だけ叱っていたの、覚えているかな?
一緒に雨の日に傘を一本だけ使った日。
実弥さんが凄く照れていたのが可愛かったと言ったら怒る?
すごく萌えたんだよ、エモイってやつだ。
台風が来た日、二人で真ん中の方の部屋を使ったけど、実弥さん、ああいう日だけ凄く激しくて、なんだかおもしろく思ってたのはバレているだろうか。
怖いのかなぁ、って、可愛いなぁ、って。こっそり。
恋愛ごとには疎い癖に、本当は結構スケベだったことは、秘密にしておくことにしたから、実は秋さんも知らないよ。
なんだかね、死んでからのほうが、世界がとても眩しくて、直視できないくらいには美しく見えていたんだよ。
でもね、実弥さんの未来をまもろうって、ここに来てからも、決して不幸じゃなかった。
だって、そこには実弥君が居て、玄弥君が居たから。
実弥さんを守っていられていると、思っていたから。

でもだめだ。
こうして逢ってしまったから、私はもう、一人じゃ立てない。

「い、かないで!!!やだ、行かないで!」

厳しい顔を作った実弥さんがこちらを向いた。
沢山血管を浮かせて、歯を食いしばって、睨みつけるように私を見ている。
そうだ。
そうだった。
実弥さんはそうだ。
決して、甘い人じゃない。
だからこうやって、私が諦めようとしたらひっぱたいてくるような人。
そうだ。
愛している、だとか、好きだとか大切だとか、別れ際に言ってくれるような、そんな人じゃない。
だから好きになったんだ。
私を変えてくれた人だから、眩しかった。
好きだった。大好きだった。
私は実弥さんが全部だ。
ずっと、そうしてやってくって、決めたんだ。

「立てェ、自分の足で、……立ちやがれぇ!!」

これからの、辛い現実に私が向き合えるようにって。
そう言う事を、気にしてくれる人だった。

「お前が決めた事だろォがァ!」

だから、笑った顔も、怒った顔も好きなんだ。
「俺の為に、もうやめろ、」なんて、そんなことを言わない事も、きっと実弥さんなりの優しさだ。
だって、私がこうやって生きることを決めたことに理解を示してくれているんだと思う。
だって、私がまだまだ生きていかなくちゃいけない事をわかっているから。
きっと、きっと多分そう。
実弥さんは、私の愛した実弥さんは、きっとそう言う。
私も、そう思う。
だから、立っていられたんじゃないか。
実弥さんに、叱られちゃう。って、そう思って頑張って来られたんだ。

「はい。……頑張る。頑張るから、ちゃんと、見てて。
どこか遠くからで良いから。だから、」

もう苦しくは無かった。
痛みも無かった。
腰を撫でつけて、あぁ、腕ごと落としてきてしまった、と少しだけ落ち込んだ。
足が、また綺麗に生え直している。
ああ、ここで今私は死に続けているのか、と理解した。
全身が、とてつもなく痛いのは、そのせいだったみたい。

でもどうしてだろう。
立ち上がれる。
実弥さんに、頑張る姿を見せなくちゃ、と踏ん張れる。
私の大好きな実弥さんが、最期まで私と居たことを、誇れる私で有りたいと、思える。
いつか、実弥さんが「俺の大切なやつだ」って言えるくらいの人間で有りたいと思える。
藤間さんにいつか、狂っている。そう言われていた事を思い出す。
私も、そうだと思う。
私は、きっと狂っている。
だって、怖くない。
死ぬことも、痛い事も、実弥さんの為の物なんだと思うと、これが全部、実弥さんからもたらされているモノのように感じられたから。
実弥さんとのつながりのように思えたから。

腕を組んで、睨みつけるように私を見る実弥さんに見せつけるように、背筋を伸ばす。

「見ていて」

ずっと、伝えたかったことがある。
恥ずかしくて、とても言えなかった。
本当にこの気持ちを表すものが、その言葉で有っているのかも、わからなかった。
でも、今は胸を張って言える。

「愛してる!」

目を大きくした実弥さんがゆっくりくしゃっと、破顔する。

「……おゥ」

それを抱えたら、私はまだまっすぐに立つことが出来ると思う。




目を開くと、辺りは真っ暗で、とてつもなく胸がすく。
話す事なんてとてもじゃないけれど、できるはずのない痛みがあちらこちらから襲ってくる。
もう痛いのか、冷たいのか、熱いのか分からない。
何も見えない。
意識だけがある中で、体が燃えていくのを延々と感じていた。
まるでそれが永遠に続くような感覚が、苦しい。
痛い。
不思議と、死にたいとは思わなかった。

真っ暗闇に、針で穴を開けたような小さな光が漏れてきた。
自然と体がそちらに意識を向ける。
ぐい、とかなりの力で、強引に引っ張られるような感覚がして、あまりのまぶしさに目を閉じてしまう。
ズル、と引きずり下ろされるような感覚と一緒に、いや、その後に、地面に強く顔を打ち付けた感覚に全身が痛んだ。
ひゅ、と痛みに息を詰める。
顔が痛い、とか、そうではない。
あちらこちら。
体全部が痛いのだ。

「あ、あ゛ぁ、う゛ぅ!!」
「黙させよ」

酷く冷たい音がして、それと同時くらいに口元を押さえつけられる。
ゆっくりと目を開くと、薄暗いそこは、どこかの屋敷のようだ。

外からの明かりかと思っていたけれど、行燈が明かりを燈しているから、きっと外の明かりではない。
何よりも、私を押さえつけている男の姿をしている者が、鬼だから、外の明かりでは、ない。

「口を開くでない」

先に響いた冷たい音とはまた違った、もっと低い、地響きかと思う程の声に、私は静かに頷く他ない。
何となくはわかっていたけれど、どうやら私は何度か上弦の弐の腹の中で消化されていたらしく、腕は肘から先がないし、太股も、付け根までしかない。
けれど、肉が蠢いているから、直に綺麗に生えるのだろう。

一人、スーツを身に纏った男が歩いてくる。
スーツの上等かどうとかは知らない。けれど、その男の纏うものはきっと上等なのだろう、と男の雰囲気が物語っている。
もしかしなくても、この男だろう。
もしかしなくても、コイツだろう。
これを、これを殺すことが出来れば、皆が幸せになれるハズなんだ。
これさえ消え去れば、皆が、笑える未来が待っているんだろう。

ゆっくりと体を起こそうと、手首まで出来た腕で躰を持ち上げ、起こしていくと、ズン、と胸に未だかつてない程の圧迫感。
どくどくと、体の中に何かが入ってくる感覚がして、息をのんだ。

「これで鬼になればそれも良し。ならぬのなら、またお前たちが糧にでもすれば良い」

その男の顔に、私は見覚えがあった。
私達が、私が自殺に追い込んだあの少年と、同じ顔だったからだ。


私の体が内側から溶け腐っていくかのように、体が崩れていく。
もう声も出ない。
身体が痺れて、息も切れてあまりの苦しさに目を回したのかと思ったのだけれど、違う。
実際に、回ったのだ。
身体が、崩れ落ちたのだ。


そ、と背中に回る腕の先を見ると、6つの目を顔に収めた異形の姿。
その異形の威圧感に押し潰されそうだった。
思わずひゅ、と喉が鳴る。
この鬼には、勝てることは無い。
そう、恐らく赤子の腕を捻るよりも遥かに簡単に殺されることがわかったのだ。
ここに居る鬼たちは、到底人間の敵うものではないであろうことが、わかってしまったからだ。
これが、上弦。
いつの間にか、また、私の体はもとに戻っていた。

その鬼は、上弦の壱は黒死牟と呼ばれていた。
それは、私に使い道がないのなら、自分がもらい受けたい、と言う。

私は鬼にはなれなかった。
私の体を使っても、鬼舞辻と呼ばれている見知った姿の鬼の求めるものは、得られることも無かったそうだ。
ならば、誰かの食事にでも毎度出せばいい。
そう、鬼舞辻無惨は言う。
けれど、黒死牟と呼ばれるその男が、自分が欲しいと名乗りを上げたのだ。
何故だかはわからない。

ほんの少し、良かったことは、その鬼も自分が何故そうしようと思ったのかは分かっていなかったようだけれど、私に無意味な危害を加えるつもりがなかったと言う事。
それから、何故だかはわからない、が、剣術を見てくれるのだ。

本当に不思議な時間だった。
ただ、それで済むはずはなく、彼が居ない時には他の鬼に何度も食われて、無意味に鬼舞辻無惨に首を気分転換がてらとでも言うように刎ねられる。
それでも、それが一体どれほどの時間だったのかは、もうわからない。
いつの間にか、屋敷だったそこは、まるで旅館のような広さになり、新しい上弦の鬼が入って来たり、兎に角、目まぐるしく、時は過ぎていく。

「これ、何」

その日は、見ていた夢のせいか何なのか、酷く躰が熱かった。
体が熱くてたまらないのに、頭はスッキリしている。
体が、軽い。
黒死牟に与えられていた部屋の一室、鏡の前に腰かけると、顔色も悪くはない。
ただ、私の下顎のあたりから頬に向けて、炎のようにくゆる赤黒い痣が、浮いている。

いつの間にか室内に入ってきていたのか、黒死牟がそろりと、私の頬のそれを撫ぜる。

「出たか……矢張り、間違いでは無かった」

座している私の頭上からそう零し、ゆっくりと私の横に腰かけた。

「覚えては、居られぬのだな」

私は何も答えられない。
だって、知らないからだ。
こんな鬼、逢えば忘れない。
今も、私が強くなったからと言って、勝てるような相手ではないだろう。
そう、思っている。
思っていた。

ベン

琵琶の音が響く。

ぐるり、と周囲の壁が、全部障子扉に、襖に姿を変えた。

これを、私はしっている。

何故なら、秋さんが居なくなった時に、このような現象が起きたから。ぐるぐると、音に合わせて世界が回る。

「……怨んでください」
「は、?」

黒死牟が何故、そのような言葉を吐いたのか、何故、彼にのみ込まれているのか。
もうすべてはわからない。

ただ、その暗闇の中で、私は確かに、彼の名前を聞いた。

"巌勝"。

明転


目を開くと、目の前に、実弥さんが居た。
実弥さんだった。
違うところは、私の刀を腰に差している所と、矢張り、いつもの物と違う刀の鍔。
それから、
それから、私を見る、眼。

実弥さんに後頭部を引き掴まれ、引っ張り出されるように体が落ちた。
即座に実弥さん・・は私を背に庇いながら、鬼と、黒死牟と刀を交える。
あぁ、やっぱり、違う。『殺』の文字がない。
これは、もしかしなくても、実弥君だ。
悲鳴嶼さんが居る。
腕が生えて、体が出来上がろうか、と言う頃、実弥君に黒死牟の斬撃が食い込んでいこうとしているのが、まるでスローモーションみたいに見えた。

「かえしてもらおう」
「……ッ、ク、ソ、がァ!!」

当たるよりも速くに、何とか、と言った風に受けた実弥くん・・の足が、ズザザ、とここまで下がってきた。
私は立ち上がって、実弥くん・・の腰から、私の刀を引き抜き、そのまま。
白刃が滑る。
黒死牟に斬りかかった。
実弥さんの敵は、例えどんなに情があろうとも敵だからだ。
それに、私は特別彼に、某かの想いを抱いてなど居なかったのだ。
そう、居なかったのだ。

ザン、と抵抗も無く、彼の首は落ちた。

「は、?」

私を目の前にして、彼は、黒死牟は攻撃をやめた。
私が不死な事も、知っているはずなのに。
私など、殺せたはずなのに。

けれど、聞いてしまった。

彼は確かに、私を、……

ゆっくりと首を拾い上げた。
六つの目を、ゆっくりと閉じながら、最後に閉じた真ん中の目から、ぽろり、と涙を落とすのだ。
なぜ、何故だろう。

何故かは、わからない。
けれど、どこかでまた、逢う気がした。
だから、こう呼んで、見送らなくてはいけない気がしたのだ。

「みちかつ、」

それは、彼のなか・・に居た頃に聞こえていた音であった。
頭を抱きしめようとすると、肩を引かれる。
その腕を辿っていくと、呆然とした顔で立つ、実弥さんが居て、悲鳴嶼さんが、私に手を伸ばしているのが見えた。
見えた。

琵琶の音。

そこで、頭がぐらり、と傾いで

「黒死牟も死んだか」

鬼舞辻無惨の声が響く。

体制を整えよう、そう思ったのだけれど、今、隣で刀を構えたかっこいい実弥くんの顔を見ていたかった。
実弥さんそっくりだったからだ。

でも見ていたかったのだけれど、おかしい。
段々と、視界が窄まっていく。
それから、腕に抱いてた、巌勝の頭が崩れていってしまう。
なぜかはわからない。
それが、酷く悲しく思えたのは、多分、黒死牟が、最後に落とした言葉のせいだ。と、そう思う。

「さ、ねみ、……さ、」
「は、?……な、ンでだァ!!」

恐らく、私の首は鬼舞辻無惨に刎ねられたんだろう。
きっと。
けれどおかしいな、実弥さんの、悲鳴嶼さんの、皆の戦いを、鬼舞辻を打ち倒すところを、眺めているのに。
きっと、この後、鬼舞辻は、死ぬんでしょう?それを見ていたいのに。暫く経ったはずなのに、体が治らない。
死んだと思ったのに、意識がある。

「あ、れ、……おかし、ぃ……な、」

身体が治っていかない。
けれど、段々、視界が、不明瞭になっていっている、そんな、気が、


『 母 上 』

また、最後の巌勝の言葉が、頭の中で警鐘みたいに、響いた。


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