小説 | ナノ

刀鍛冶の里に行き、刀を直してもらわないといけないのだけれど、玄弥君を一人にするわけにもいかない。
藤間さんは私に付いていないといけない。玄弥君を連れていけない。
玄弥君を藤の家に預けたり、も、出来ない。
実弥君が万が一玄弥君を見つけてしまうのも状況をややこしくするのであろうこと請け合いだから。

藤間さんと膝を何度か突き合わせ、ウンウン唸るが、解決策はついぞ見つからず、結局、玄弥君は煉獄さんのお家に一時的に置いてもらうこととなった。

煉獄さんに、藤間さんは非常に苦い顔で見られた上、とっとと迎えに来いよと投げかけられていた。
杏寿郎君はいつの間にか選別の試験に出ている様子。
分かっていた事だけれど、あの杏寿郎君も、鬼殺隊に入るのだと思うと、これから死んでしまうのか、と思うとどうにかしたい。

「知らない」と割り切るには、私は全部に関わり過ぎている。
皆の優しさに触れてしまって、もう、少し話しただけの人、好きな人の弟、ただの私のお目付け役、そんな枠からはみ出そうとしてくる。
それが、私は怖い。

刀鍛冶の里に辿り着く頃にはもう辺りは暗くなっていて、里にある、と言う温泉に浸かれるというのだからありがたく浸からせてもらう。
上がる湯けむりがゆっくりと空に溶けていくように、実弥さんも、ここに来たのだろうか。と、また実弥さんの体の傷を頭の中でなぞっていく。
こうして時間が空くと、こんな事ばかり考えては実弥さんに触れたくなるのだから頂けない。
もう、いないんだ。
あれは、あくまでも「実弥君」だ。
そう、言い聞かせるのに、先日会った実弥君があまりにも、あまりにも私の知る"実弥さん"だったから。
そこまで思考していると、ちゃぷ、と少し向こうで音が響く。
人が居たことに気が付けなかった。
少しだけ驚きながらも、その湯煙の向こうへ目を凝らす。

「久しいな」
「……悲鳴嶼さん、……お久しぶりです」

酷く優しい声だった。
混浴であったことは入口の様子からわかっては居たけれど、実際人が居ることに気が付くと少しばかり緊張するものだ。
私は思わずサッと胸元を隠した。

「少し前の柱合会議で、……名字さんの事情を聞いた」
「そ、ですよね。……そうなんです。私変なんですよね。ほんとなら、とっくに死んでる。ていうか、何回も死んでる……変なの、はは」
「こう言ってしまうのは憚られるが、」

そこで言葉を区切ってからまたゆっくりと、彼はその先を紡ぎだす。
もう、いつの日かの細っこい悲鳴嶼さんは居なくて、いつか見た逞しい巨漢を誇る肉体になっているのであろうことがそのシルエットだけでも窺える。

「昔話を出来る人が居るのは、喜ばしく思う。」
「本当ですね。もうみんな、……居なくなってしまったから」
「……南無」

ちゃぷ、と音を立てて腕を持ち上げ、湯の中で迄手を合わせる悲鳴嶼さんに少し笑ってしまう。

「あの時は、ごめんなさい」
「いや、……須玖さんの名は、"さねみ"だっただろうか、と」
「違う!……違います。実弥さんは…………実弥さんです」

くつくつと音を立てて笑う声が響いて、なんだか色っぽい。
湯の近くだからだろう。
当てられてしまう前に出ようか、と寄りかかっていた淵に手をかけたところで、呼び止められた。
悲鳴嶼さんはそういうタイプではないと思っていたから、少しばかり興味を引かれて、振り返った。

「あの時、あの瞬間、俺は全てを忘れた。」

それは、貴方だったからだろうか。


「……私は、……誰とでも、忘れられました」

これ以上、大切なものなんて要らない。
特別は、実弥さんだけで良い。
私が撒いた種だけれど、無かったことで良い。無かったことにしておいて欲しい。あの日の私は、もう死んだ。
昨日実弥さんが、掻き消した。

「あの日の私は、もう死んでいるから、ここにはもう居ません。
ここに居るのは、柱であるあなたのような強さを目指す、……その、一隊士で、貴方より少しだけ入隊の時期が早かっただけの、人間です。」

ゆらりと、揺れている湯が圧を伴ってこちらにやってくる。
ああ、どうしよう。
早く上がれば良かった。
どうしよう。

「俺は、」
「私は、……そんなつもりでは、無かったんです!!ごめんなさい。」

きっと、彼は勘違いをしている。初めてだったから、もしくは久しぶりだったから、私との思い出が鮮烈だっただけだ。
そうでなかったとしても、やっぱり私の穴は「実弥さん」でないと埋まらない。痛いほどにわかったのだ。こんな事で関係を持ったとしたら、……いけない。
お互いにしんどくなるだけだ。
私は、実弥さんが良い。
実弥さんでないのなら、要らない。
ただ、悪いことをしてしまった。
既にあの日々は少しばかり後悔しているんだ。もう、そんな日には戻りたくない。
何よりも悲鳴嶼さんに私は応えられない。
する、と悲鳴嶼さんのもので有ろう指に撫でられた首筋。
そう、これがいけない。これが、ダメなのだ。
実弥さんはきっと、私のここを斬ったから、ずっとここを気にしていた。そうでもなくこんな所を気にするなんて、アブノーマルだわ。とこっそり悪態を吐いてやる。いったい私の何が良いというのか。
私が、あなたになにがしてやれると言うのか。
私は誰かをずっと看取っていかなければならない人間だ。
でもそんなの辛すぎる。そんな辛さを私に刻んでいくのは、実弥さんだけで良い。実弥さんだけが、良い。

それなのに、そこを辿られると、思い出してしまう。体が、実弥さんを求めてしまう。

「俺を、見てはもらえないか」
「……実弥さんが、良いの」
「名字さん」

酷く、優しい声が私の鼓膜を揺さぶってくる。
だめだ。
これは、いけない。良くない。

「……名前さん」
「っ、……あの、お先です。」

慌てて縁に身を乗り出して湯の外へと体を滑らせた。
もう暑い季節なのに、夜風はやっぱりひんやりしていて、少しばかり火照った体にはちょうど良い。

備え付けられている更衣所であらかじめ渡されていた浴衣をひったくる様に持ち上げ、体もまともに拭わずに着たものだから、張り付いた。
少しばかり気持ち悪い。
それでも、一刻も早く出たかった。
宛がわれていた部屋に戻る道中、藤間さんにばったりと会って、顔が赤いぞと笑われたけれど、どうにもいつも通りに返せた気はしない。
食事もパスして、全部忘れてしまえ、と念じながらぎゅうぎゅうと目を瞑って布団にもぐり込んだ。
どこからか、藤の香りがした気がした。




翌朝から、藤間さんに稽古を付けてもらう。
藤間さんは本当に容赦がない。普通に真剣で斬りかかってくるし、ばっくりと腕を斬りつけてきたりもする。
その度に、

「迷うなよ、一度死ねば治るだろ」

とまぁ残酷な言葉を吐きなさる。
私の命は彼にとってはトイレットペーパーよりきっと価値がない。
かと言って、避けるのをサボってしまうと、

「お前、死ぬ練習してるの?生き返る迄に隙があるんだから、ホイホイ死ぬんじゃない」

なんて。もう言っている事は無茶苦茶だ。
それでも元、とは言え柱からの稽古は本当に凄い。めきめきと上達していくのが、自分でもわかる。
藤間さん曰く、「死にかけてる時が一番成長してる」と言う事だから、そういうものなのかもしれない。
稽古を終えて、真昼間にもかかわらず、また風呂に入る。
昼間だから、今日は誰も居なかった。
一息つきながら、体を洗う。もう、隅々まで洗う。滝のように汗をかいたのだから、絶対に臭っていた自信があるから。
湯に入れば、それまでの緊張が一気に湯に溶けていった。
気持ちいい。

こうやって、稽古を付けてもらっていると、初めて悲鳴嶼さんと任務が被った日を思い出すのだ。
私には、人間には、必ず超えられない壁ってやっぱりあって、それが所謂「才能」だとか、「天稟」って言われるやつで。
そこには、その向こうにはきっと、私はたどり着けないんだろう。
その度に、無力を嘆き、強くなりたいと願って、きっと、その縮まることの無い差に絶望する。
何度だって苦しむんだろう。
それでも、私は実弥さんが、秋さんが、須玖君が折れる姿を見たことがないから。実弥さんが、皆が自分を奮い立たせていた事も、不甲斐なさを嘆いていた事も知っているから。
それが、彼らの強さで強みだと思うから、私もそれを繋ぎたいと思う。
諦めたくない。
実弥さんが、実弥くんがあたたかい所に居られるように。
一秒でも早く笑えるように。
実弥さんは笑った顔が、一番かっこいいから。私が、実弥さんの笑った顔が、一番好きだから。

頑張らなくちゃ。



あれから悲鳴嶼さんと会うことはなかった。
予定よりも少し早く仕上がったという刀を受け取る。
もう、あちらこちらに傷が入って欠けている所すらある鍔を撫でつけた。

「それも、変えますか?あれなら、同じものを作ります」

そう言って貰えるけれど、

「これじゃなきゃ、私、戦えないから、……これが良いんです」

実弥さんと、一緒に戦わせて欲しいと思う。

「行けるか」
「はい」
『任務ゥ!!』

大きな声で叫ぶ鴉にせっつかれながら、私達は夜毎を駆けて鬼を狩る。



「怯むな!!」
「はい!!」
「立て!臓物まき散らしてでも立て!!」
「は、い!!」

絶対に手を出さない藤間さんは、自身に降りかかる鬼の攻撃を避けながら、言外に私に死ねと吐き散らす。そんなつもりがない事は、百も承知だけれど強い鬼の任務後はまぁ辛い。
満身創痍、その言葉がピタリと当てはまる。

「この後休めるらしいが、骨折れてたりするか?」
「……いえ、二日ほどあれば、治ると思います」
「ん」

骨が折れていたり、藤間さんの言葉通り、腹が深く切れたりしていると問答無用で一度死んでリセット。
だから、そうならなくて良かった。

玄弥君を迎えに行く前に、私達は花屋敷に向かう事になった。
あれから、また開かれた柱合会議の後、新たに任命された花柱になったという女性が、どうも治療や調薬やなんやをやっているらしく、鴉が行けと煩いのだ。

仕方なく、と言った感じで藤間さんと花屋敷の敷地に足を踏み入れた時、どこからともなく大きな声がして、表の扉がスパンと開き、少しばかり目を吊り上げた実弥君が出てきた。
ゲ、とでも言うように顔をしかめ、自身の後ろを少しだけちらりと見てから、クイ、と顎で「来い」と実弥君に指示される。

「藤間さん、ちょっと、」
「おー。」

藤間さんに断りを入れ、手をひらりと振ってから実弥君の後ろに控えた少年の顔を見た。

「待って!!」

私は思わず実弥君の首根っこを引っ掴むことになった。
クメノ君が居たからだ。
クメノ君は藤間さんを「兄弟子」だと言っていた。
だから、そんなに大事になることも無いとは思いたいけれど、藤間さんのお姉さんを__鬼とは言え、__斬ったのは、クメノ君なのだ。藤間さんの、仇みたいな。

「藤間さん、あー、あの、一緒に、説明!!説明を、一緒にしてください!!」
「……」

藤間さんは、まだ玄関の奥に居るクメノ君を睨みつけるように見据えながら、「んー」と小さく返事をしてくれる。
それでも、藤間さんはクメノ君から視線を逸らすことはない。

「粂野隊士」
「は、い!」

藤間さんはその鋭い声でクメノさんを呼びつけた。
実弥君が、私の横でぴく、と反応する。
もしかしなくても、クメノ君が傷つけられるかも、だとかを考えているのだろうか。
考えながら顔色を窺ってはみるけれど、実弥くんのその表情から何かを読み取れることは無かった。

「お前は正しい事をした、それは間違いない。気に病まないでくれ」
「…はい」

藤間さんの言葉とは裏腹に、その音は酷く擦れているし、握りしめている拳は、少し、震えている。

「俺はまだこうやって鬼殺をしてる。不名誉だろうが、お前の兄弟子な事は変わらない。恨まないよ。悪かったな」
「いえ、……あの、」
「酷なことを、させた。すまなかった」
「藤間さん、俺……」
「俺、ちょっと散歩。四半刻で戻る」

そう言って皆に背を向けて手をひらりと上げた藤間さんを呼び止める事は私には出来ない。
けれど、藤間さんの中で、少しでもすっきりと折り合いがいつかはつけばいいのにと、思う。

「匡近ぁ!……またな」

藤間さんが、そう少しだけ遠くから声を張り上げたのは、多分顔を見られたくないとかそういう理由なんだろうな、と男の人の面倒くささを感じた。
きっと、酷い顔をしているんだろう。
私にも見せてはくれないような、顔をしているんだろう。

「藤間さん!!また、実弥と皆で飯、行きたいです!」

クメノさんが、少しばかり大きな声でそう叫び返すのを、藤間さんは一体どんな顔で受け取ったのだろうか。


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