小説 | ナノ

玄弥君が、いつものように起きて顔を洗い始める。
そのうち、いつもであれば三人分の食事を用意されているはずのちゃぶ台をぼぅ、と眺めてから、玄弥君はハッとした顔をして私を見る。
ちゃぶ台の上には私と玄弥君のものしか食事の用意はない。

普段屋敷の事や身の回りの事をしてくれている隠の者は、今日は藤間さんの所持物をいくらか持って、もう屋敷を出ている。
もうじき柱合会議が開かれる、と少し前に藤間さんが言っていたから、きっとその時に藤間さんの今後の処遇が決まるのだろうと思う。
兎に角、と私は玄弥君に座る様に促す。
ぎゅうときつく手を握りしめた玄弥君を尻目に、「いただきます」と先に手を合わせてご飯を口に含みながら口を開いた。

「藤間さんは、生きてるよ。……ただ、帰っては、来られないかもしれない。」
「怪我、したのか?」
「ううん。それは、大丈夫。……あのね、その……お姉さんが、鬼になってしまっていたみたいで……鬼を庇ったから、何らかの処分が、下ると思う。」

迷ったけれど、玄弥君には話すことにした。
きっと、私が玄弥君なら聞きたいと思ったからだ。
誤魔化したところで、いい方向に進むビジョンも見えない。なら話して、今後の事を見据え考えた方が建設的だと考えたのだ。

「もう、会えねぇんだな」
「わからない」

そっか、と玄弥君は味噌汁を啜った。
ずずず、とわざとらしく響く音がなんだか酷く懐かしく思えて、私の口角は、少しだけ上がる。

「何だよ」
「啜り方がね、私の、姉さん・・・に、似てるから」

こちらを観察するように、私と実弥さんをじとりと見ながら汁を啜る秋さんは、こんな音を立てていた気がするのだ。
それを思い出してから、はたと気が付いた。
きっと、秋さんもこの時代のどこかに居る。
秋さんを助けられるかもしれない。
彼女の両親が鬼に食われなければ、後藤さんと出会う事も、『後藤秋』になることも無いのかもしれない。けれど、両親の死を見なくても済む。あんな絶望を、味合わなくても、済む。
そこまで考えてから、また気が付く。
でも、それでは、「名前、あなたに出会えて幸せだわ」そう笑いながら、お腹を抱えて「今度は、この子に会えるのが楽しみ」幸せだと目に涙を浮かべる秋さんも、「いっつも来てもらって悪ぃな、」とはにかんだ後藤さんも、私がここで秋さんを助けたら居なくなるのだ。
秋さんの、望んだ「幸せ」は無くなるのだ。
じゃぁ、秋さんの両親を助けてしまうのは本当に正解なのか?
なら、玄弥君と今共に居るのは正解?
実弥君を見つけることは、正解なの?

だめだ。

全部、違う気がする。
自分が「したい事」で、私は何もかもを、決めていた気がする。
でも、彼らの幸せを考えて、皆の幸せって、噛み合うの?
うまく、絡まり合う?

頭の中で、鱗滝さんの言葉が響く。煉獄さんの、言葉が響く。「思考を止めるな」「迷うな」「考えろ」
解を見つけるまで、きちんと考えなければ。
どうするのが、正解なのか。

「玄弥君、……玄弥君が、一番求めてるものって、何?」
「……」

暫く、考えた素振りを見せながら、口を開く。

「兄ちゃんの、幸せだ。」
『弟に、……玄弥に幸せで居て欲しかった。俺は、普通の幸せをくれてやりたかった、俺の知らねぇところでいい。幸せに、なってほしかった』

いつかの実弥さんの言葉と、玄弥君のそれが重なる。

「お兄さんの、実弥君の幸せが『玄弥君』の幸せだとしたら、玄弥君はどうするの」
「……なら、兄ちゃん、幸せになる」

お茶碗とお箸を置いてこちらを見据える玄弥君の目が、何よりもずっと真剣でどこか鬼気迫るほど眉を吊り上げながら言う。
そんな顔で、語る事じゃないじゃん、と言いたくなるけれど、その表情がずっと覚悟だとか信念だとかそう言ったものの表われみたいに見えて、私は思わず口をつぐむ。

「……玄弥君、あのさ、一つだけ約束をして」
「……」
「何があっても、絶対に鬼殺隊には入らないで。」

玄弥君は眉間に皺を刻み込む。

「兄ちゃんが、そこ・・に居るからか」
「違う、そうじゃない!!良い?!絶対に、鬼殺に関わらないって、約束して」

ちゃぶ台を押しのけて玄弥君の肩を掴むと、少しばかり身じろぎながらも玄弥君はこちらを睨みつけてくる。

「兄ちゃんが、鬼殺隊に入るなら俺も入る!兄ちゃんだけには背負わせねぇ!!」
「だめ!聞いて!!私が今此処に居るのも、お兄さんが、玄弥君から離れたのも、全部全部、玄弥君に生きていて欲しいからだよ!玄弥君に、幸せで居て欲しくて、……!」
「なら、そんなの要らねぇ!!守れなんて言ってねぇ!!俺は、俺、……俺だけが!俺一人がこんなに贅沢な飯食って!つぎはぎのねぇ着物着て!死ぬかもしれないところにアンタ見送って!!ふかふかの布団にくるまって、それで「幸せだ」って言える奴だと思われてんのかよ!?俺って、アンタの中ではそんな奴かよ!!」

勢いよく立ち上がり、ダンダンと畳を踏みつけて叫ぶ姿が、実弥さんに「置いて逝かないで」と嘆いた自分と重なる。
でもだめだ。
だって、あなたは、死んでしまうじゃないか。
鬼殺の道の果てに、あなた、死んでしまうんじゃない。

「……私たちは、実弥さん・・は!あなたよりずっと先に産まれて、大きくなって、待ってたの!あなたを守ることができるように、先に大きくなって待ってたの!だから、二人より先に産まれた私が!二人を守るから、守られていて!ここで、待っててよ!!もう、置いてかないでよ!」
「い、みわかんねぇ!言ったんだ、"一緒に守っていこう"って!!兄ちゃんに、一人で背負わせろってか?!どう言ったって、アンタは他人じゃねぇか!」
「でも、それでも!!今、玄弥君と一緒に此処に居るのは私だよ!!「玄弥君を守りたい」って今、必死になってここで守ってるのは私なんだよ!!」

涙と鼻水でぐしゃぐしゃの玄弥君の顔を、グイ、と両手で挟み、持ち上げた。

「約束してくれないなら、……したくないけれど、……嫌だけど!!君の、腕か、足を、……斬るから。今、ここで、斬るから!!」
「……ふ、ざけん、……ッふざけんな!!何様だよ!俺は兄ちゃんと、兄ちゃん、に……!」
「お願いだから、……実弥さんの、……実弥君の事を思うなら、……私の事を、少しでも、少しだけでも、思ってくれるなら、……約束、して……」

掴み上げられたまま、下げることが出来ない玄弥君の顔は、涙で濡れたくって鼻まで出ていて、食いしばられた唇が痛々しいまでに色を変えている。
それでも、玄弥君が実弥君の、実弥さんの大切なんだと思うと、玄弥君の考えを聞くと、もう譲れなかった。
ひぐひぐと、音を鳴らしながら、堪えきれなかったというように、溢れる涙は玄弥君の顔を濡らして私の手を伝っていく。

「約束出来ないなら、私を刺し殺してでも止めないと、玄弥君の腕か、足を斬る。」

玄弥君に、私の傍に置いていた実弥さんの鍔を纏った刀を握らせて、鞘を抜き去った。
それを私の胸に突き立てた。

「ッ!いった、い!!」
「な、にしてん……」
「放さないで!!!今!今、ここで!私を殺せないなら、……鬼殺には関わらないと、約束して!!!」

びくりと肩を震わせた聡い玄弥君ならきっと、もう既に実弥君は鬼殺の道を歩いている事をわかっているんだろう。
私が、悪い。
でも、もう浮かばなかった。
玄弥君が死なずに居られる方法は、きっと、最初から鬼殺に関わらない・・・・・事、以外には浮かばなかった。
玄弥君の言葉を聞けば、玄弥君が本気で鬼殺の道に走ることも分かる。
それなら、彼を守れるとしたら、私に出来る最善なんて、こんなこと以外には何も思いつかない。
離れないように、ブレないように、胸に刺さる刀身を手で押さえながら、私は柄を握る玄弥君の目を睨みつけた。

「ず、りぃ……ずりぃだろ!!!こんなん、……こんな、!!」

出来ねぇ、と、呟くようにして刀を放した玄弥君の顔は、血の滲む私の胸元を見ているからだろうけれど、もう真っ蒼でいっそ可哀そうにも見えてしまう程であった。
申し訳ない。
可哀想な、事をしている。
わかっているのだ、そんなことは。

「実弥君が居ないところで、する話じゃないと思ったんだけど、……実弥君と玄弥君、譲らなさそうだし、その、……ごめん。……ごめんね。お願いだから、君を、守らせて。私、誰にも、もう、居なくなって欲しくないの……ごめん、」

私の言葉に、玄弥君はうんともすんとも答えてはくれなかった。


「もういいか」

そう言って、居間に入ってきたのは藤間さんと、朝方出て行った隠の者だった。

「藤間さん……え、だって、」

ポカンとしてしまう。
だって、藤間さんは、沙汰があるまで帰ってこられない筈で、と考えていると大きなため息が降ってきて、そのため息を吐きだした張本人の藤間さんは私の胸に差し込まれた刀を抜き去り、丁寧に懐紙で拭いながら

「ごめん、手当てしてやって」

と隠に声をかけ、玄弥君の頭をぽすぽすと叩き上げてから私に向き直る。

「お前ら"守る側"の人間は"守られる側コッチ"の気持ちをちっとも考えちゃいない。だから腹が立つんだ。どいつもこいつも。それで遺される側の気持ちも考えたかよ。」

玄弥君の隣に立っている、藤間さんの澄んだ瞳がまるで私を責めているようだった。
何も、知らないくせに。未来を知らないじゃない。実弥さんが、どんなに苦しんで悲しんだか、知らないじゃない。いっそそう叫べれば、楽なのに。私は何も言えなかった。何も言えずに、ただ歯を食いしばった。

「勝手だよな」
「……そこまで考えたら、私は動けなくなっちゃうんですよ、……でも、それじゃあ何も守れなかったんです!!なら、仕方ないじゃない!何度考えても、何度振り払っても、実弥さんが、実弥さん、ずっと………」

ずっと、泣いてる。守れなかったって、後悔してる。
やっぱりそれも言葉になんて、出せなかった。出せないから、もどかしい。
玄弥君の選択は、誰の幸福にも繋がらないって、叫んでしまいたい。
実際、玄弥君の死に際を見たわけでも無い。本当は、実弥さんも、玄弥君の死を悲しみはしたけれど、納得していた、なんてこともあるのかもしれない。
立派な最期を遂げていたのかも、しれない。
それでも、実弥君達を、須玖君を守れなかった、助けられなかった苦しみが私の中で馬鹿みたいに暴れまわってる。気を抜いたら、その痛みにのたうちそうになるのだ。
こんな気持ち、実弥君に、玄弥君に知ってほしくない。
実弥さんは、実弥君はもう十分に失ったじゃないか。これ以上、奪わないで。奪わせないで。そう願う事の、何がいけないのか。
実弥さんが守れなかったと悔いていたものを、私が守りたいと思うことは、間違って居るのだろうか。

「勝手で良い。自分勝手で、身勝手で、嫌われても、それで玄弥君が護れるなら、それが良いの!!」
「玄弥ぁ、こいつも頑固だな」

そう笑いながら、藤間さんは玄弥君の頭をぽすぽすと撫でる。
何度も目元を着物で拭いながら

「……絶対に、死ぬな。兄ちゃん、連れてこいよ」

そう力なく言う玄弥君に、私はきっと、救われていた。




藤間さんと任務に赴きながら、昨日隠に連れられて行かれた先での話しを問うと、今までとは違い、はぐらかすことも茶化すことも無く話し始めた。

「一先ずは今まで通りだ。次の柱合会議までな。その時に裁判が開かれることになってる、と思う。……兎に角それまでは、お前の面倒を見ることになってる」
「そ、ですか。……よろしく、お願いします」
「……面倒かけたな」

目元を幾分か腫らしている彼に、私はそれ以上を言う気も無いし、藤間さんも言われたところでなにか心を動かすことも無いだろう。
私達は静かに任務を熟すべく、夜の街を駆けた。


「まぁ、及第点だな、悪くない。もう少し踏み込みの速度を意識」
「はい!」

ただ、きっと藤間さんとの距離は以前よりもずっと縮まっていて、私は今なら藤間さんをきちんと「師範」とそう呼びたい、と思う。

「継子に、私はなれませんか」
「誰の」
「藤間さんのです」

きょとん、とした顔をこちらに向け、いつもの鋭い切れ長の目をまぁるくしてからくす、と笑う。

「ばぁか、俺は沙汰待ちだっていってるだろ」
「その後で、良いので」
「お前はヤダ
__まぁでも、もう少しは見ててやる」

悪戯に笑いながら、背中を向けてしまった藤間さんに絶句しつつ、「どうしたらなれますか!」と追いかけ回したのはほんの数日前。




今、お館様の前で

「必要とあらば、俺は腹でも首でも斬ります。
コイツは鬼を斬ろうとしてました。鬼殺だって十分に熟せてる。御師様の元にはまだ弟弟子たちが居ます。御師様には俺の事情も話してなかったから、何も知りません。俺の首だけじゃ、不足でしょうか__俺の命だけでは、足りませんでしょうか」

命を自ら投げ出そうとしている藤間さんを、睨みつける事しか私は出来ない。

どうしてこうなった、何が起きている?
考えて考えて、浮かぶのはお館様がやってくるまでに他の柱の人に散々と落とされた言葉を一身に受ける藤間さんの姿だ。
「何故鬼なぞをかばった」「謀っていたのか」「手先だったのか」「裏切っていたのか」「覚悟が足りない」
言いたいことを好き勝手言うのはどの時代もどの世界でも変わらないようだ。
何も知らないくせに、と私は何度も何度も歯噛みした。
兎に角、その後粛々とお館様を迎え入れ、今、藤間さんの今後を決める話しをしている。
藤間さんは「守る側は勝手だ」と言うくせに、今ここで発している言葉はまさしく「守る側」の勝手な意見だ。
私に勝手だと言ったくせに、
「名字は悪くない」と言う。
自分だけが罰を受けるのだという。
そんな事、私は望んでいないのに。けれど、それを言う資格は、私にもきっと無い。

「あ、の!横から、本当にすみません!!ごめんなさい!
藤間さんは、彼は今まできちんと鬼殺をしてこられました!彼のお姉さんが鬼になってしまった事で、彼は動転してしまっただけで、きちんと彼は斬れたと、思います!」

なら、藤間さんではなく"此処に居る皆さん"に知ってもらえれば良い。

「関係ない。鬼は鬼だ。例え、親でも兄弟でも」
「そんな気持ちで鬼殺をしているのなら派手にやめた方が良いだろ」

聞き覚えのあるセリフに、声に、思わず振り返ると、やはり、宇髄さんだった。
私の言葉を否定するように、藤間さんは静かに告げた。

「俺は、動転したんじゃない。あれが鬼であれ、化け物であれ、姉さんが変わった姿なら何度でも同じことをする。
殺せないんじゃない。殺さない。
姉さんは俺に人生を、全部をかけてくれてた。なら俺は命を懸けても惜しくはないよ。姉さんを殺そうとするものから姉さんを護る。姉弟って、そう言うもんだろ。まぁ、斬られちゃったけど、護れなかったけどな」
「先輩に言うのもあれだが、これは立派な違反行為だろ、隊規に従うべきだな」
「南無……」

宇髄さんの言葉に頷くように悲鳴嶼さんが相槌のようなものを打つ。
動じることもなく、藤間さんは更に言い募った。

「どうでもいいよ。手段と目的を違えることは今後も無いよ。だから、首でも腹でも斬ればいい。必要ならそうします」

やり取りの末にお館様の下した結論に意を唱える人は居なかった。


柱の位から退くこと
風柱邸を含めた財の没収
私のお目付け役は引き続き行う事、
尚給金は当面「癸」と同等とする
鬼殺は辞めさせない
今後、柱に戻ることは無い

というものだった。
闘う理由のない藤間さんは鬼殺隊に居る事をどう考えるのだろう。
ある意味一番むごい仕打ちにも思えてくる。
ただ、私にも、お師匠様にも沙汰は無い、知らされることも無いという話でようやっと藤間さんは大きく息を吐いたのだった。

「俺に都合が良すぎる。お前の世話以外は」

風柱邸に戻りながらそう言う藤間さんはどこか晴れ晴れとした表情で、「お前の給金と俺の金だけで生活できるか?玄弥の面倒見る人間も雇うんだろ?」そう笑う。
当たり前のように吐かれる言葉に、眼を白黒させながら何とかかんとか言う。

「え、一緒に、……すむんですか、」
「は?……あー、……あぁ、そうだな、……今までと一緒だろ」
「……そう、ですか」

一先ずは、何よりも先に住処を見つけないと、みんな揃って野宿である。

「どっか、お家探しましょうか、」

先行きが非常に不透明だけれど、今までよりずっと、ずっと良い。
だって今、私達は「生きていくため」の算段を立てているんだ。
私達は、守るだとか、守られるだとか、死ぬ死なないではない。そう言う事ではなく、今、生きるための話し合いをしているんだ。
私はきっと、だらしのないくらいには口角を持ち上げた。

「玄弥の話しも聞こう」
「はい!」
「待たさないように名字、走って帰れよ」
「……」


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