小説 | ナノ

ぜ、は、と肩で息をする。
目の前に転がる鬼の首。
血鬼術のせいで、息がまだ上手く出来ない。
そこら中にかかっている血の靄で酸素濃度を調節されていたらしい。



煉獄さんとの任務の後、烏から救援を求められた煉獄さんは私に「帰っていい」と言い残して行ってしまった。
言葉通り、私は二山超えた先の煉獄さんの家に帰ろうとしていた。
帰るつもりで、走っていた。

「救援モトム、クソォォ!!」

烏が私の頭の上を旋回して、独特の話し方で私に告げる。
その烏には、覚えがあった。
きっと、多分、須玖くんの、烏だ。
いつか「コイツ、腹が立つくらいに生意気だな!」と、烏に腹を立てていた姿を思い出す。
須玖君が、危ない。
急げ、急げ!と走って、走って、入った木々に囲まれたそこに、佇む黒い詰襟を見つける。

「須玖君!!!」
「おま、えか!!」

須玖君の片腕は、ぶらりと体の横に垂れている。
千切れかかっているように見えるそこを、反対の腕で抑えながら「靄を吸うな」そう、力なく言う須玖君に私はしっかりと頷いてから、辺りをぐる、と見渡すも鬼の姿は見えない。
刀を握りしめた須玖君の黒い髪に隠れていた旋毛が目の前にきて、ゆっくりと体が倒れてくる。

「……にげ、ろ」

もう立ってられない、と言うように膝から須玖君が頽れるのが速いか私が刀を抜くのが先か。
支えられることなく倒れた須玖君の体を尻目に、抜き切った刀で薙ぐ。

「壱ノ型!水面斬り!!」

確かに手ごたえはあった。
でも、硬い!
一度でダメなら、何度でも!!
ガンガンと、何度も同じところに私は刀を叩きつける。
伸びてきた爪を、なんとか皮一枚で避ける。姿が見えなかった鬼の全貌が月明かりに照らされて、目に入った。
異様なまでに伸びた爪。
それ以外は他の人間と大差ない様に見える。
艶やかな長い黒髪の、美しい女の形をしていた。
ニタリと音がしそうな程に三日月に歪む口が忌々しい。
転げ落ちた須玖君のかろうじて繋がっている腕を千切ろうと伸ばされる鬼の腕を私は斬り落とし、「よそ見をするな!!」と叫ぶ。

「あなた、この人よりも弱いわ」鬼が笑う。
「……」

大きく息を吸って、止める。
先ほどから、この一帯に靄がかかっている。
時折、口元まで来ては風に流されていく。
須玖君は、これを吸うな、と言った。ならば、吸ってはいけない。けれど、息をせずに動ける時間なんて限度がある。

「(肆ノ型_打ち潮)」

更に、自分の力では一太刀でとることが出来ない首。ならやはり、手数を出すしかない。
とまるな、止めるな、止まったら、須玖君は死ぬ!
息が、くるしい!
しぬ

「(弐ノ型_水車)」
「(参ノ型_流流舞い)」
「ふふふ、当たらないわ」

すいすいと、躱され、更には当たっても斬れない。
それでも、何度も何度も型を放ち続ける。
もう、死んでしまいそうだ。
持久戦では息がまともに出来ないこちらが不利。
靄が須玖君のもとにかかるのを刀の風圧で払いながらも交戦する。息を吐く暇もない。
一気に方をつけなくては、結果が見えてしまっている。
ぶは、ぁ!と息を吐き捨てながら吸い込む。
靄を避けたと思ったのに、

「…………!!!!」

吸ってしまった。
吸うな、と言われていたのに!避けたのに!!
一気に体がおかしくなる。

「あ、……っぐ、ぅ、」

喉をかきむしりながら、苦しさを誤魔化そうとするも、苦しくてたまらない。
苦しい、苦しい!!
須玖君に鬼の手がかかる。

「……ん、う、あ゛ぁあ!!」

もう、やけくそだった。
実弥さんの剣鍔を撫でながら、心臓を一突き。
それで私は自刃した。
びくびくと、体が跳ね、段々と息苦しさが消える。
ひどく体が痛む。
でも、意識はハッキリして、そのうち痛みも消えていく。

「な、に?なぁに?!それ!!あの方が、喜びそうじゃない!!きっと!きっときっと!これで認めてもらえるわ!!!」

私は刀を握り直して、また型を放つ。

「ん、あぁあ!!!」

女鬼の首に、刀が届いた!
その後ろからも、斬!と刀のようなものが振るわれていたらしい。
鬼の首は宙を舞い、ドスンと情けない音を立てて地に落ちた。


ぜ、は、
短い息を何度も吐く。
まだ息が切れている。
靄は段々と薄くなってくる。
私の肩に添えられた大きな手が、ゆっくりと私の背中をさすっている。
鬼の後ろから斬った人間の手だ。

「大丈夫だ、ゆっくりと息をしろ。さぁ、そう、上手だ」
「は、は、…っ、ふ…は、」

須玖君をちら、と見るとその手の持ち主はその低い声を響かせた。

「大丈夫、彼は生きている。名字さんのおかげだ」
「は、は、……」

ゆっくりと、そちらを見ると、悲鳴嶼さんがそこには居る。
ああ、強いなぁ。
彼は、強い。
羨ましくて、悔しくて、泣きたくなった。

「君が護り抜いた。頑張ったな」

その声に、貴方の方が後輩だよ、と言いたくなる。
でも、少しだけ。ほんの少しだけ。
自分を認めてあげたくもなった。




あれから帰ってきた煉獄さんに「よくやった」と頭を撫でられた。
それがくすぐったくて、ほんの少しだけ嬉しかったのは秘密だ。
「下弦伍」そう刻まれた目にバツ印。その鬼は「下弦落ち」と言うそうだ。
あの後周りを見渡すと、何人かの隊士が倒れていたらしく、命が助かったのは須玖君のみで、彼の隊士としての命を救う事は出来なかった。

「皆を守りたい」

そう笑った須玖君の声を思い出して、胸が痛む。

「落ち込む暇があるのなら一振りでも多く剣を振るえ。」
「……はい!!」
「その気があるなら、その前に少し休め」

かけられた声に、走り出していた体をUターンさせて煉獄さんの元に戻り、腰を下ろした。

「お茶を、淹れますか?」
「要らん」
「……はい」

一先ずは大人しく私は体を休めることにした。


翌日、須玖君の見舞いに行くために、須玖君が看病されているという藤の家紋の家を尋ねた。

「あ、あの……」

直ぐに通してもらえた一室。
その真ん中近くに敷かれた布団の上に横たえられた須玖君は「やぁ」と右の腕を上げた。

「思ったより、元気そう」
「まぁ、落ち込んではいるけどもな!!」

カラカラと笑う声には落ち込んでいる素振りなど見えないけれど、それでも、彼の心を思うと、無理をしていると言う事はわかる。
爽やかな風が開いた障子窓から抜けていく。
太陽の光がさんさんと入る室内で、ゆっくりと体を起こした須玖君は、小さく唸ってから、また笑う。

「俺は、右手が動く。また鍛錬をして、お前の隣に戻るさ」
「うん」
「ただ、左手がなぁ、……動かないもんだから、時間は、かかりそうだ」
「……うん」
「だから、それまでにお前は俺よりずっと強くなって、先に待っていてくれ」
「……う、ん」
「助けてくれて、ありがとう」

そう笑う須玖君の目が、真っ赤に腫れている事には気付いている。
でも、それはきっと言ってはいけない。
私が気付いている事も、彼は知りたくないだろう。
きっと、片腕で刀など振るえない。
私達は悲鳴嶼さんではないのだ。
それを須玖君も分かっている。
私は、彼の「ありがとう」に、何と応えれば良いのか。なにが正解なのか正しいのか、わからない。
もう少し、速く走れていたら、もっと私が強ければ。
せめて、なにか力があれば。
それこそ、悲鳴嶼さんみたいに強ければ、煉獄さんとの任務はきっともっと速く終わっていた。そうしたら、須玖君は……

この世界では、普通より少し足が速いくらいでは誰も救えない。少し強いだけでは両手から護りたいものから消えていく。
努力だけではどうにもならないのだ。

「きっと、もっと、強くなるよ」
「おう、頑張ろう!俺も、頑張る!お前を守るとも言ってしまっていたしな!!」

ぐ、と突き出された拳に私もそれを合わせて笑った。

それから、半年もしない頃、
須玖君は「隠になる事にした」と少しだけ笑って、私に言った。





「今日もお前、出血が凄いぞ」
「うん、ごめん」

須玖君とは派遣される地域が比較的被るらしく、私の任務後に必ず、と言いたくなるくらいには、彼が居た。
それは、煉獄さんと一緒のときもそうだった。

須玖君は、片腕でもテキパキと任された事をしていくし、片腕だと言うハンデを感じさせない程に、他の隠と変わらず全ての職務を熟す。
書物から、荷運び、応急処置から、何から何まで。
本当に、同期だと胸を張りたくなるほどに彼は立派で、何よりも心が強い。

煉獄さんと一緒の任務でない時は、私は一人で任務に当たる事が多い。
恐らく、私が「不死」であることを他の隊士たちからできれば隠したい、というお館様や他柱の方たちの考えなのではないかと思う。
私は決して強くはないから、たまに私の腕が落ちていたり、足が落ちていたり。
それでも私は自刃して手足もある状態で隠を迎える。
須玖君は、落ちた手足を見ても、何も言わないし、何も聞かなかった。
ただ須玖君はてきぱきと私の怪我があれば、それを処置してから他の隠の人たちと共に現場の処理をしていく。

その日は特に、その後の用事も無くて、この後一緒に藤の家紋を掲げている須玖君の実家にご飯でも行こうか、と二人でのそのそと見回りも兼ねて山を越えているときだった。

「まって、須玖君……居る」
「……居るな」

山に入った時に感じた嫌な感じ。
気配、と言うのか。
鬼が居る。
そうわかった。

烏は、先ほど実弥くんの様子を見てもらいに飛ばした。
だからいない。
煉獄さんに知らせを飛ばすことはできない。

「俺、近くの隊士を探して知らせを出せるか聞きに行ってくる、」

そう須玖君が身を翻そうとした時だった。
須玖君の足が伸びてきて、横に蹴り飛ばされる。

「あ、っぐ!」
「よそ見をするな!!来た!!」
「ごめん!!」

私が居たところがえぐれている。
応戦しようと、刀を構えたところで、烏の鳴き声、否、叫び声が響き渡る。

「カァ!!実弥ガ!アブナイ!!」

「……は、」
「ッ……」

口から息が落ちる。
須玖君が息を飲む音も、遠くで聞こえた。

「いけ」

その声に横を振り返る。

「いけ!!守るんだろう!」

でも此処には、目の前に鬼が居る。
でも遠く離れたところで、実弥くんは危なくて
きっと誰か助けを待ってる。

鬼が振りかぶってきた腕を、刀で受ける。

「いけっつってんだ!!!お前は何のために刀取ったんだ!!」

ブレんな!!
そう叫ぶ須玖君が、自分の足をパン、と叩きあげて笑う。

「お前よりは、速い!」
「……ごめん、」

逃げ抜いてやるから
そう笑って、須玖君は駆けだした。

「戻ってくれて、ありがとう!近くの隊士に、救援要請を!!」
「アイワカッタ」

私は、烏に指示をして、まだまだ暗い夜の中をひた走った。

(間に合え!!間に合え!!!)

何度も、何度も念じながら、またこちらに戻ってきてくれた烏に実弥くんの近くの隊士を探してと指示をだして、ずっとずっと恐れていた嫌な予感を振り払いながら。
須玖君の無事を祈りながら。
実弥くんの無事を祈りながら、私は走った。

辿り着いたときには、空が明らんできていた。
全部が終わっていた。
実弥くんの家だったらしい一室は鉄臭くて、もうどうしようもない。
もう、皆死んでいる。
一目でわかる出血量だ。
そこに引きちぎれた藤の香袋が落ちていて、更には私の目の前には、顔に横一文字の傷を作った玄弥くんが座り込んでいて、腕には女性の物であろう着物を抱いている。

「にいちゃん、にい、ちゃん」

壊れたレコーダーのように同じ音を繰り返して。

「さねみくん、」

あまりにも無力な自分が、この上なく腹立たしくてこの上なく、悔しかった。
間に合わなかった。
全然、間に合いはしなかった。
どうすれば全部を守れるのか、そんな贅沢な事は考えてなどいなかった。
私はただ、実弥くんの幸せを守りたかった。
ただそれだけだったのに。

ガヤガヤと、朝の音がし始めたその長屋の側から、動かなくてはならない。
帯刀しているから、警察が来るより前に去らなくては、ならない。
離れなくては、ならない。
でも、
玄弥くんは?
彼を、どうする?
実弥くんは?探さなければ。

帰ってきた鴉が、私のもとにきて肩に乗り上げて囁く。
小さな音で落ちた言葉が、あんまりにも無慈悲で、眩暈がする。
もう、いっそ、死んでしまえれば楽なのに。
やっぱり私はそう、願ってしまった。


「須玖志仁 ガ 死亡 シタ」

長屋のそばで、大きな人々の悲鳴がとどろき始めていた。



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