小説 | ナノ

それでも朝がやってきて、それでも任務は伝えられて、煉獄さんはいつものように稽古をつけてくれる。

山崎先輩は、あれから目を覚まさないらしい。
「いっそ、殺してくれればよかった」
あの日、鬼越しに見た山崎先輩の目が、そう言っているようで、眠るたびに夢を見る。
その度に飛び起きては実弥さんと過ごした夜を思い出した。
思い出して、なんのために今ここにいるのか。
それをただただ自分に言い聞かせる。
そうしているうちに、また実弥さんに会いたくなって、息が詰まった。
誰でも良かった。
もう、どうでも良かった。
誰かに慰めて欲しかった。
慰めて、お前は悪くない、頑張っている、もう良いよ、と言って欲しかった。
誰かに、もう諦めてもいいんだよ。って、抱きしめてもらいたかった。


一週間か、10日程経った頃だろうか。
須玖君とまた任務が重なった。
そこにはもう一人、盲のとても大きなひょろりとした長身の新人隊士が居た。
私は、彼を知っていた。
見間違う筈がない。
この時代なら、巨人とでも呼ばれそうな見上げるほどの背丈、額に走る一文字の傷。
きっと、悲鳴嶼さんだ。
やはり、「悲鳴嶼」と名乗った彼はす、と綺麗な所作で頭を下げた。
けれど、にわかには悲鳴嶼さんとは信じられない程に彼は細かった。

「よろしく頼みます」
「ああ!!俺たちは先輩だ、わからない事は聞くといい!」
「よろしく、」

その日、私たちは本当の「強さ」を知る事となった。
純然たる力だ。
そのほそい体躯のどこからその力が出てくるのか、問いかけたくなる程だ。
彼は、とてつもなく強い。
それがありありとわかった。

きっと「柱」と言うのは、こういう存在を言うのだろう。
この人が来たら、大丈夫。この人なら、何とかしてくれる。大丈夫。そう思わせる事のできる、まるでヒーローのような。
まるで、漫画にある話のような。
日輪刀だと、彼の言う鎖のついた鉈の一振りで、鬼は消えた。
たったの一振り。
正直に言う。今の・・技術は私や須玖君の方が確実に上だと言える。
多分、彼の技術のレベルであったら私も須玖君も鬼の固い首を斬ることは難しいだろう。
それがこの悲鳴嶼さんに出来ている、と言うのはひとえに彼のデタラメなまでの力技によるものだと思う。
これで、新人。
新人で、一振り。
この風圧、力。
鬼を斬るために産まれてきたようだ、としか思えない。

ふー、ふー、とまるで興奮が冷めやらないとでも言うように息を吐き、額に玉のような汗を浮かべて。
いつかの岩柱の屋敷での事を思い出す。
疲れだとか、某ではない。
多分、本当に興奮が、冷めやらぬ、という。
そう言う感じ。
静かな夜の町中で、その息遣いだけが響いていた。

「名字、強くって、これくらいか?」
「な、れる、なら」
「人の形は保ってろよ」
「……無理でしょ」



その日、早朝の事だった。
丁度任務も終わり、帰りの道中。
実弥くんのもとにやっていた烏から告げられたのは彼の父親が数日前に殺されていた、と言う話だった。
きっとどんなお父さんでも、居なくなったと言うのならもしかしなくとも、子供は辛いのではないだろうか。
お家が、大変なのではないのだろうか。
実弥くんが、大変なのではないだろうか。
そう思うと、私は居ても立っても居られなかった。
もっと前に、烏を飛ばしていれば良かった。もっと早くになにか出来ていれば良かった!と後悔しながら、できる限り急ぎ炎柱邸に戻った。
お休みの為、邸宅に居るのであろう煉獄さんを探す。
門戸を潜ると、丁度お庭を掃いている杏寿郎君が居て、慌てて声をかけた。

「おはよう、杏寿郎君!!」
「おはようございます!!お帰りなさい!名字殿!」
「うん、ごめん!!槇寿郎さんいる?!」
「はい!自室に!!」

ありがとう!!と叫ぶように言いながら煉獄さんを探す。
はしたないけれど、縁側から煉獄さんのお部屋の襖をスパンと開いて、すぐさま閉める。

「申し訳、ございません!!!」
「……っ、ッ!!ッ!!!!」
「申し訳ございません!!!」

もう一度、謝罪をしておく。
しまった、鱗滝さんの言葉を思い出せ。
心を静かに、確りと保て、動かされてはいけない。
何を見たのか、それは伏せておこう。
妻の膝枕の上でにやけたオヤジの顔など誰も見たくはないだろうから。
忘れてしまおう。

「あ、あの!!煉獄さん、……今日だけ、稽古をお休みしてもよろしいでしょうか!」
「……」

す、と開いた障子戸から、着流しの煉獄さんが姿を見せた。
あの緩み切った顔ではない。
眉間に、いつもの三倍は皺を寄せたクールなお顔だ。
決して膝の上での穏やかな横顔だとか、そんなものは見なかった。

「珍しいな、休むのか」
「……実弥、……少年の、父親が亡くなってしまっていた、ようでして……」
「……そうか」

行ってくると良い。
そう言って、くるり、と踵を返して煉獄さんはまた奥へと引っ込んだ。
今日はきっと、夕方からは炎柱様と任務だ。
だから、日暮れまでには帰らなくてはいけない。
きっと実弥君の顔を見ることくらいしか出来ないだろう。それでも一目、彼を見たかった。
泣いていなければいい。
泣いていても、一人でなければいい。
ただそれだけを考えて、私は駆けた。
3時間は走っただろう、と思う。
ぜ、は、と息を切らしながら、いつも姿を見かけていたそこまで行くも、やはり、というか姿はない。
勿論、それはわかっていた。
何ができるでも無し。
ただ、それでも実弥さんが、実弥くんが、辛いときに遠く離れたところに居るのは、耐えられなかった。
出来るのであれば可能な限り、許される限りは近くに居たかった。
ただ、それだけだった。

1時間。
時間にしたら、多分それくらい経ったろう。と、いうくらい。
帰ろう。
そう思って、私は顔を上げた。
いつもの通りが見える脇道。
家や店に挟まれた細いその道端。私は店の壁にもたれて佇んでいた体を起こす。

「名前ちゃん」

そう、実弥くんの呼ぶ声がした。そんな、気がした。
通りを見ると、やっぱり、居ない。
小さくため息を落としてから通りに背中を向け、足を踏み出す。

「名前ちゃん!!」

やっぱり、聞こえた。
私の足はその声に向かって動いていた。
そうしたら、勝手に足が走り始めて、すぐ。
見つけた実弥くんを、私は抱き上げた。
彼の手にしていた押し車が、手から離れてガタンと音を立てる。

「わ!!ちょ、離せっ!!」
「ふ、……ぅ」

泣きたいのは実弥くんのハズなのに、涙が止まらなくて下ろせ、と暴れる実弥くんをぎゅうぎゅうと抱きしめる。
あぁ、実弥くんだ。

「兄ちゃん、誰?」

その声に、ハッして下を向くと、
実弥くんによく似た顔の、黒髪があった。綺麗に剃り込まれた側頭部が可愛らしい少年だ。
実弥くんを慌てて下ろし、しゃがんで黒髪の彼に視線を合わせる。
どこか照れくさそうに兄と私を交互に見て、にぱ、と笑う。

「俺、玄弥!!」
「玄弥くん、よろしくねぇ」

抱き上げて、ぎゅうと抱きしめてからすっと匂いを吸い込むと、少しの埃と、汗の匂い。
実弥さんとも、実弥くんとも少し違う匂いがする。

「今日は、もう帰らなきゃ。……あ!ちょっと待ってて!」

そう言って、持ち金で買えるだけの果物と団子を買って二人に渡す。
荷車を引いているから、何かを運んでいる途中だったのかもしれない。

「ごめん、用事の途中だったよね、荷物になると思うけど、出来ればみんなで食べてね、要らなかったら誰かにあげてね。」
「あ、また!……いつも要らねぇって、言ってる、のに……」
「わぁ、兄ちゃんが持って帰ってきてた西瓜とか、果物って!」

罰が悪そうな顔の実弥くんと、目を輝かせる玄弥くん。
それでも、玄弥くんの笑った顔を見て、嬉しそうに実弥くんが笑うから、胸がきゅ、と絞まって泣きたくなる。
あまりにも、実弥さんと似たその顔で、私の見たことの無い形を作るから。
弟が大事だと、何より幸せにしたかった、なってほしかったと言った、実弥さんの言葉を思い出す。
これが、実弥さんが愛した時間で、守りたかったものだ。
私が、今守らなくてはいけないものだ。
何よりも大事なものなんだ。
見上げてくる、実弥くんの澄んだ瞳が、私の最低な心を見透かして責めているようで苦しくなる。
私は、実弥くんのこの笑顔が消えるのが怖い。
何よりも、怖い。
ちゃんと、強くなるよ。
本当に、できるのか?守れるのか?
家族を救ったとしても、稀血だったという実弥さん。きっと、間違いなく実弥くんもだ。
実弥くんはどうする?
このままずっと、家族と居させてあげられるのだろうか?
守り続けられるのか?

「実弥くん、元気でね」
「うん、名前ちゃんも」
「これ、また持っていて」

私はいつもの藤の花のお守りを渡す。

「……ありがとう」
「またね!」

それを受け取って、手を振った二人は笑っていて、「急いで家に帰ろう!みんなに食わせてあげよう!!」って玄弥くんの声が響いている。
少し傾いた太陽がもうすぐ夕暮れを迎えようとしていることを知らせている。
こちらを振り返って手をふってくれた実弥くんの顔が、これからも笑顔で有れる事を、私は願わずにはいられない。

そうではない。
違う。
そろそろ、腹を決めなければ。
私は、実弥くんが幸せで居られるためにここで剣をとったんだ。
なら、守り抜くと、覚悟を決めるんだ。
ぎゅう、と強く刀の柄を握りしめた。




「どうだった」
「元気そうでした」
「そうか」
「私、もっと強くならないと。あの、噂の新人知っていますか、煉獄さん。悲鳴嶼と言うんですけれど」
「つい最近、あの柱の継子になった者だったな。」

走りながら煉獄さんと話ができるようになったのは、本当につい昨日今日の事。
煉獄さんから、確りと基礎以外の武術を教えて貰えるようになったのも、昨日今日の事。
もう、悲鳴嶼さんは継子となっている。
私はもう置いていかれてしまった。

「私も、あれくらい、強かったら皆を守れるのかな」
「無いものを強請っても仕方がないだろう、そんな暇があるならお前はその変な手さばきをどうにかしろ」
「はい、」

悲鳴嶼さんが、酷く羨ましい。
死なない、と言うのは確かにチートだと、素直に思う。
けれど、レベル10の不死と99の怪力ならどちらが有用かなんて明らかだ。
でも、死なない、と言う事は他の人間が積むことが出来ないまでの経験値を積み続けられると言う事だ。
いつか大学で講師の先生が「経験に勝る力はない」と言っていた事を最近思い出した。
なら、私はきっと強くなれる。
こんなところで折れるようでは、進めない。
私は、私が持てるもので強くなっていかなくちゃあいけない。

「さぁ、来るぞ」
「はい!!」

持てるだけの最大限のもので、実弥君を守らなくちゃ。


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