小説 | ナノ

あの日、『お館様』そう呼ばれる方のもとに向かうまでに、何度も隠の方の背中を地下鉄よろしく乗り換え乗り換え。
目隠しをされて辿り着いたそこには、石砂利が敷き詰められていたらしく、足を下ろすとじゃら、と音がする。
ゆっくりと目隠しを取られて、あまりの眩しさに目を顰めた。

「わ、眩し……」

私の本当に直ぐ側、ほんの2メートルも無い所に複数人の人間が居るのがわかる。
そちらをちらり、と伺うと、その詰め襟には金のボタンがついている。
つまりは、多分柱だ。
柱の人たちが居る。

「………」

未だかつて感じたことのない程の威圧感に背中をヒヤリとしたものが幾筋も伝って、私は息を呑んだ。

「貴様が不死のものか」

そう言った男の声に、顔を向ける。
その姿を、ずいぶん前に私は見たことがあった。

「れん、ごく……さん……」

いつかの、明朗快活を絵に描いた姿を思い出す。
ぐるり、辺りを見渡した。

立派な屋敷だ。
どこからともなく鹿威しの音が響き、時折烏や雀の鳴き声が聞こえる。
真っ蒼な空を切り取るように木と、純日本家屋の屋根がかかっていて、ザ・ジャパン。
いっそ幻想的だ。
私の背中側にある縁側からすぐの部屋は開け放たれていて、日焼けのない綺麗な緑の井草の畳。
また煉獄さんに視線を戻すと、幾筋も眉間に皺を刻んでいる。
他に居る、どの人にも、私は見覚えがない。
当時一番年上に見えていた悲鳴嶼さんも、居ない。

「あ、えと名字名前と言います!よろしく、お願いします!!」
「よろしくしなくて良い。馬鹿らしい」
「これ、藤間、そう言いなさんな」

藤間と呼ばれたのは、まだ20にも届かないであろう短髪の、全体的に色素の薄い少年で、それを軽く叱った青年は長い真っ黒な頭髪をポニーテールにしている。彼も恐らく、二十歳そこそこであろう。
私はまた息を詰める。
煉獄さんと、もう一人が壮年だけれど、他の5人は、端的な言葉で表すと若すぎる。
私よりも、若いのではないか。
実弥さんの頃も思ったけれど、どうしてこうも若い人たちが。
だって、大学とか高校に通うような年頃のハズなのに、ここでは刀を握って命を懸けて傷だらけになって心を削っている。
やっぱり、おかしい。
そんなの、おかしい。

柱の方たちがやんやと言い合っている間にそう、思考を巡らせていると、

「お館様の、おなりです」

いつの間にやってきたのか、部屋にやって来た真っ白な、まるで何かの妖精かと見まごうような美しい女性が言う。
その言葉に、遅れてやってきた少年は、いつか見た「オヤカタサマ」と同じだった。
慌てて頭を下げた。
実弥さんが、以前そうしていたからだ。

「おはよう、今日もいい天気だね」
「本日はお日柄も良く、お館様におかれましても益々ご健勝の程と存じ上げます」

煉獄さんの良く通る、けれど、あの煉獄さんとはまた違うと思える落ち着いた低い声が響いていた。
そうだ。同じなはずがない。
例え覚えていなくとも違うとわかる。
もしかしなくとも、彼は煉獄さんのお父さん、なのではないだろうか。
そこまで考え至ってから、顔を上げるようにとお館様から声がかかる。
不思議な声だった。
前回、実弥さんの所であった時と同じ、胸にスッと入ってくるような。それでもあの頃とは、違う気がする。もしかしなくとも、あのころよりもまだあどけなさを遺すこの少年が声変わりをすれば、きっとしつくりとくるのだろう。
何だか、とても、実弥さんから遠いところに居る気がして、胸が張り裂けそうに痛んでくる。
やっぱり、あの頃とは違うのだ。
何もかもが、少しずつ違う。

「君は、死ぬことを許されない躰だと言うそうだね。君の事を、聞かせておくれ」
「…………はい、」

そうは答えたけれど、何を話せばいいのかもわからない。

「……私は、その……腕を斬られれば痛いし、脚を斬られれば、千切れ落ちます。……それでも、死ねばまた五体満足で蘇ります。どういう訳か、気がついた頃にはこうでした。日光には、ご覧のように当たれます。だから、鬼では無いと思います。証明は、……できません」
「ありがとう、君はこの世界に愛されているんだね。だから君をこの地からきっと放してくれないのだろう。辛い話をさせたね。」

そこまで言い切り、お館様は皆に声をかけ直した。

「私の一存では決められないからね、皆に問いたい。彼女は聞いての通り、不死の者だ。鎹烏からも複数人の隠や隊士からも報告を受けているから、間違いはないよ。
万が一、鬼にでも捉えられれば、良くない事は君たちも状況を聞けば十分にわかっている事だと思う。彼女は、まだまだ強くはない。だから、彼女が自分の身を護れる様に強くしてくれる者と、万が一の為にせめて下弦の鬼が斬る事が出来るようになるまで共に居てくれる者を募りたい」
「…………」

私の背中に後ろに並んでいるのであろう柱の方たちの視線が刺さる。
その圧に気圧されそうになりながらも、行われる話し合いに耳だけ傾けた。

「藤間はやめておこう。こいつは何をしでかすか分からん」
「はぁ?馬鹿らしい、俺にも節操ってもんはあるよ。せめて人間を対象にしてくれるかな」
「俺は継子が三人居るからな、もう無理だ」
「あら、そう言う話しならつい先日、逃げられていた所よね、炎柱さん」
「……俺は、やらん」
「あらぁ、だめよぅ、……見てあげられる人も居ないわ、なら皆で拒否しようかしら?」

どうなるのか、不安しかないけれど、どうもそちらを見る気にはなれなかった。
もう、トータルすれば10年以上前にはなる。
けれど、あの日、宇髄さんたちに殺されたあの日の事は、今でも鮮明に思い出せるのだ。
痛いほどの、実弥さんとの思い出と共に。
怖くて仕方がない。
自分の行く末が他人の話し合いに委ねられているという事にも、強くする、と言う事は、継子に、弟子になるという事は、より強い鬼の元へ向かう可能性を示唆している気がする。
こんなこと、必要ない。そう言ってしまいたいのに、それでもこの話に乗っかることが出来るのならば私は早く強くなれる。
そうわかっているから、余計なことも言えないし、拒否する理由も意味もない。
私に今必要なのは、強さだ。
実弥さんを助けるためには、守るためには強くならなくちゃいけない。
そう心を決めてから、震える体を叱責して、何度も握り拳を太ももに打ち付け、後ろに体ごと振り返る。

「怪しいと、思われると、思います!でも、私、守りたい人が居るんです!だから、お願いします!!私を強く、してください!!」
「……はぁ、…………お館様、私が、鍛えましょう」

そう言ったのは、やり玉になっていた煉獄さんで。
す、と目を細くしてから

「女、一つ言っておく……俺は厳しいぞ」

ゆっくりと口を動かしていく。
今は名前すら呼んでももらえない。きっと私にそうさせるだけの何かがないからだ。
今からだ、これから

「よろしく、お願いします!!」

確りと、できることを一つずつ。
実弥さんに、並べるだけの、せめて今の実弥さんを護れるだけの力を、私はつけなくては、いけない。




煉獄さんは、厳しい。
ただ厳しいのではなく、とびきり厳しかった。
任務に行くの一つをとっても走って行く事が殆どで、それがまた本当に速い。
後れをとれば放っておかれる。もう着いて行くのに必死で、任務地に着くころには私は使い物にもならない。
一番驚いたのが、剣圧。打ち込みの稽古をつけていただいていると、圧だけで全身をビリビリとしたものが駆け巡る。
それから、痛い。
女子供、関係なく彼は厳しかった。
近くで稽古を見るのは杏寿郎君で、私は彼がそのうち炎柱を名乗ることを知っている。
それでも、自分と同じ年頃だった青年であったはずなのに、今は背丈は遥かに私の方が高く、自信満々な眉と目だけが思い出に残るその人と似ている気がした。
まぁ、気がするだけで、10年近く前の事で、思い起こすのも難しいのだけれど。
任務は基本的に煉獄さんと共に行く事になる。
私が行動を起こす際は必ず煉獄さんが後ろで見ていた。

「何故あそこで引いた」
「はい!奥に左手が見えました!突っ込んだら斬られていました!」
「うむ、なら次だ」

講評は必ずあって、何を考えたか、どこを見ていたか、徹底的に実戦での訓練をしてもらえる。
確実に自分が力をつけている事がわかった。
それは本当に嬉しくて、ボロボロになってもその自身が鬼の攻撃で負う怪我が日に日に減って行く事が、目に見えてわかるのだ。
私は、柱と言うものの凄さを少しずつ実感していた。

煉獄さんが、張り出した木の根に腰かけ、薄暗い月明かりの下で隠の到着を待ちながらおにぎりを頬張る。

「……くうか」
「あ、すみません、大丈夫です」
「遠慮はいらん」
「……あの、……ありがとうございます」

頂いたおにぎりはしょっぱくて、とても硬く握られている。
これは、かなり腹に溜まるタイプ。
これを握っている奥様の姿を想像して口元が緩んだ。

「……守りたい者がいると」

煉獄さんが、食べ終えたらしく口を開いた。

「はい。……大切な、人なんです」
「身内か」
「……いいえ。その、大切な人の……縁者のような、ものです。」

何と形容すればいいのかは分からない。
けれど、実弥くんは、実弥さんとは違う。
だから、「大切な人」だ。彼を夫だとか、恋をした人だとか、そう言うのは、違うと思う。
実弥さんは、実弥さんしかいない。
手の中で、ゴツゴツとした鍔をなぞる。

「そうか」
「……彼、稀血なんだそうです」

煉獄さんのそうか、と、もう一度落とした声が更にワントーン低くて、その音でやはり「稀血」がそれほどのものだと言う事を思い知る。
いつか、「俺は稀血だった」と語った実弥さんの言葉を、私は最近になって思い出した。
そしてこれは、鬼殺隊になってから知った。
稀血は、独特のにおいがするらしく、鬼の好物でもあるらしい。
どうやっても鬼が狙う事を避けることは出来ない。
だから、実弥さんも強くならなくてはいけないんだろう。
だって、私は実弥さんを本当の意味で守れるほどには強くないのだ。今はまだ。
煉獄さんが死んだと宇髄さんに聞かされたことを、宇髄さんが引退すると烏が来たことを思い出す。
実弥さんや、冨岡さんが、他の柱の方達の末路をその後に聞き及んだに過ぎない。
それでも、あの蝶屋敷での光景は昨日の事のようにありありと思い出せる。
私はあの柱の人たちのようには強くない。
なら、実弥さんに強くなってもらわなければ、彼はいずれどこかで死んでしまうのだ。
どうすれば彼を救えるのか。
もう私にはわからない。
けれど、彼が強くなったきっかけを、私は知っている。
彼の家族は、やっぱり死ななければならないのかもしれない。
彼の強さの為には、死ななければ、ならないのかも知れないのだ。

「私、……どうしても、何があっても、どれだけ辛くても……彼には生きて居て欲しいんです。でもそれでは彼は苦しむのがわかってるんです。今のままじゃ、今の私じゃぁ……この速度では、実弥くんが……救えない。
何度、何度考えても、実弥くんが辛い未来しか、見えないんです。だから私一日も早く、強くなって……」

実弥君が、鬼殺隊に入らなくても良い未来にするしか、彼の笑顔を守れる未来が浮かばない。
けれど、それをできるほどに私は強くあれるのか。なれるのか。
鬼殺隊士にならなくて済むように、つまりは私が彼に、彼らに降りかかる火の粉を今後全部対処するという事だ。
それが出来るほど直ぐに、私は強くなれるのか。
答えは出ない。

「救うと決めているんだろう。何を難しく考えているのかは知らんが、何事もやらねば始まらん」
「はい!!」

だから私は強くならなくちゃ。
私がやらなくちゃ。
その為に、今はこれで良い。
これがいい。
実弥くんのもとに、私の烏をやり定期的に実弥くんの様子を見てきてもらう。
私は彼に会う暇もないくらいに、訓練を積んで実践で扱いて貰い、実績を積んで。
一日でも、一秒でも早く強くなれるようにと頭を働かすのだ。


その日の任務は煉獄さんと一緒では無かった。
たまたまだった。
未だ被害だってそんなに出ていない町で、鬼かどうかも分からない、と言う事で派遣されたのが私と、師と慕っていた山崎先輩で、

「お前、上手くやったよな!!柱についてもらえるなんて、羨ましぃ!!」

そう言って、つい先ほどまで笑っていたのだ。


「き、れ!!斬れ!!悩むな!!!」

叫ぶ山崎先輩は、鬼を日輪刀と全身を使って羽交い絞めにしている。
そう。自分ごと斬れと言うのだ。
こんなの、漫画でしか読んでこなかった。
「気持ちを汲んで、迷わずに斬らなきゃでしょ!」
なんて、迷っている主人公に突っ込んだりしてた。
コミックのヒーローには、いやいや、早くしてやれよ。って、いつも思ってた。
実際に目の前でこんな事があるなんて、私は知らない。
ぜ、ぜ、
と煩い程に息が口から零れている。
私とて、満身創痍だ。
生きているのが、不思議な程だ。
もう、腕だって、上がらないと思う。
ぎゅう、と日輪刀を握りしめる。

「は、やく!!!もう、持た、ねぇ!!!」
「は、なせぇぇえ!!!」鬼が叫ぶ。
「ふ、……う、……うわぁあぁあ!!!」

もう、いっぱいいっぱいだった。
鱗滝さんから、煉獄さんから、ずっと言われていた。
「思考を止めるな」
きっと、もう思考なんて、していなかった。

「待て!!」

その言葉に、反応出来ないくらいには
していなかった。

ざん、と斬れた鬼の首が宙を舞って、
先輩の右腕がぼと、と落ちて

煉獄さんが
倒れそうな私をぎゅうと、背中から抱き留めた。

「すまない、遅くなった。すまなかった」
「は、は、……っ、は、あ、……ぁ、あ、」

私は、師と慕った先輩の腕をこの手で切り落としたのだ。

もう少し、私が粘れば、こうはならなかった。
私が一度、死んで、そうすれば、この腹の傷は治っていた。そうしたらきっともう少しは粘れた。
そうしたら、煉獄さんがやってきて、彼は、先輩は腕を犠牲になんてしなくて良くてもっともっと、もっとずっと、強くなれたに違いないんだ。

「ご、めんなざい、ごめん、な、さ、」

わあわあ泣いて、煉獄さんの腕から抜け出して、先輩の無くなった腕から流れる血を留めようと何度も何度も謝りながら、そこを私は押さえつけていた。


次へ
戻る
目次

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -