小説 | ナノ

色変わりの刀。
そう呼ばれているのは、実弥さんが「日輪刀」とそう呼んでいた刀だった。
自らを刀鍛冶だと名乗る方が来ていた。
鉄谷と名前を教えてくれたその人は「これがあんたの刀だ」と、一振りの刀を私に向けて差し出してくれている。
一度持てば色が変わり、自分の刀となるコレがどの呼吸が最適なのか、相応しいのかを教えてくれるのだと言う。
どんな仕掛けだ。とこっそり心でツッコみながら仰々し過ぎると自分でもと思うくらいにはゆっくりと、その刀を手にした。
重い、と思う。
不死川さんの刀のほうがもう少しだけ長いから、重さだけなら多分ここに来るまでに持っていたものの方が重かった。
そういうことでは無い。
コレは私のために作られた、私が、命を奪うための刀だ。
重い。
ずっとずっと、重い。
冷や汗が垂れた。
実弥さんと、同じものを持っている。
厳密に言うと違うけれど、それはもう良い。
少しばかり震える手を叱責しながら恐る恐る、鞘から刀を抜いていく。シャリッと、薄い鉄の擦れる独特の音がして、それから何とも美しい刃が顔を見せる。
刀の良し悪しなんて、私には区別はつかない。
けれど、綺麗だった。
波打った白い筋が、脈のように伸びている。波紋、とでも言うのだろうか。

「あ、あれ?これ、……字が、」
「本来あれは柱の持つ刀にのみ刻まれるものだ」
「あ、っあ、そう、なんですね、!!」

鱗滝さんの言葉にカッと頭の中が熱くなった。
知らなかった。
実弥さんの事なのに、と思うと、鬼殺の事に関しては全くと言って良いほど彼が語らなかったことを思い出す。
鬼殺隊の事で語ってくれたのは、唯一、『キブツジムザン』と言う名前と、鬼狩となった弟くんの存在の話しだけだった。
ここでは、記憶すらも役に立たない。
役に立つことを、私は何一つとして知らない。

実弥さんの事をしっかりと頭に浮かべて、ぎゅう、ときつくきつく刀を握る。
指先が白むほど。
手の甲に、血管が浮き上がるほど。
鱗滝さんや、刀鍛冶の鉄谷さんに見守られながら、刀は色を変えていく。
手元から、伸びていくように刃先までを滑っていった綺麗なそれは、美しいまでに澄んだ水色だった。
どちらかと言うと、青に近いのかもしれない。四月頃の晴れた日の空の色に似ている。

「か、わっ……た、」
「いつ見ても綺麗だ」

うんうんと頷きながら刀の方を見ている鉄谷さんに、私は頭を下げる。

「私、きっと何度も折ってしまうと思います。でも、絶対、もっときちんと、使えるように頑張るから!……これから、よろしくお願いします!!」
「うん、お願いします」
「貸しなさい」

そう言って、刀と共に部屋へ引っ込んでしまった鱗滝さんが戻る前に、烏が「任務ダ!!」と力強く叫んだ。
穏やかな時が流れることも無く、そのまま任務が言い渡された私は、鱗滝さんと鉄谷さんの元を後にすることとなる。

「あの、」

まだ日も高い。
今からじゃなくても、もう少ししてからでも、と以前ならきっと思っていた。
けれど私は頑張ると決めたのだから、確りと、立たなくては。前を、向かなくては。
自分の足で、歩かなくては。
そう覚悟を決めたから、今は本当に少し、ほんの少しだけ「これから」に思いを馳せることができる。
「これから」をもっと頑張れると思う。
戻ってきた鱗滝さんに

「あの!今までお世話になりました!私、実弥さんの刀、必ず取りに来ます!……相応しくなって!!ちゃんと、鱗滝さんの弟子だと胸を張れるようにもなって!だから、それまで、お願いします……!」

確りと、今までで一番深くまで頭を下げた。

「確りやりなさい」

そう言って、鱗滝さんが私に返してくれた刀には、実弥さんの鍔がついていた。思わずそれを抱きしめる。
たったそれだけの事。
たった、これだけの事なのに、実弥さんが一緒に居てくれているような、これから一緒に戦ってくれるような、鱗滝さんが見守ってくれているような心強さに胸がいっぱいになって、息も難しくなる。

「お前の鍔も預かっておく。必ず、取りに来なさい」
「は、ぃっ」

行く前に泣くやつがあるか、と呆れたような、それでいて慰めるような温かい声が余計に涙を誘う。
ぽすぽすと、頭を軽く撫でるような、叩くような少しばかり慣れてない動きが鱗滝さんらしくて、ちょっとだけ、笑えそうだった。




初めての任務。
それはもう、酷かった。
もう、酷かったとしか言いようもない。
鬼は比較的直ぐに見つけられた。
それなのに、全く持って歯が立たない。
上手く型も出せない。
違う。
そうではない。
本当は、ずっと、逃げに徹している。
斬れない訳ではない。恐らく。
動きだって、見えないと言うほどでも無かったのだ。
きちんと対処は出来ていた。
爪を弾いた。
手をいなした。
足払いをかけることも、出来た。
もしかすると、私の刃はその鬼の首まで届く。
でも、それだけだ。
首を狙う。
それだけが出来ない。
手が震えて、首の近くで刀を止めそうになる。
その間に、鬼は刃を避けてしまう。
だから私はまるで逃げるように戦っていた。

「っん!」

横一閃に凪いだ刀は、鬼の手を斬り落とし、その骨の感触を私の腕に残していった。

「……っぁ!!ご、ごめ……っ、」

違う。
そうじゃない。
そうじゃ無いそうじゃないそうじゃ、無い。
どうしよう、どうしようどうしよう!
やらなきゃ、
やらなきゃ!
落ちたはずの鬼の手が、私の足を掴む。

「っうそ!……っあぐ!!」

サッと鬼に足を引かれ、身体が強か地面に打ち付けられた。
ガァッ!と、鬼の顔が目前にまで迫っている。

「ヒッ……!」
「火の呼吸 壱の型……」

近くに居た先輩隊士が、鬼の頚をとり、助けに来てくれた。
「生きていたか!!」と言ってはくれたものの、私は鬼になされるがままで死にかけと言っても良いところだった。

「向いていないんじゃないか、辞めた方が良い」

そう、去り際に言われたけれど、私は返す言葉も持たない。
本当だ。
そう思う。自分でも。
悔しくないと言えば嘘だ。
あれだけの厳しい修行にも耐え、あんなに苦しい思いに喘ぎ試験まで終えたのだ。
私は、自分でも良くやったと思っている。
頑張った。そう、どこかで自信にもなっていた。
でも、それ以上に目の前に倒れて、隠の者に清められている、この時代の実弥さんと変わらない年頃の少年を助けられなかった。間に合ったのに、生きていたのに、鬼にみすみす私の目の前で殺させた。
それが、一番歯がゆくて怖くなった。
これが、実弥さんだったら?
これが、彼の弟だったら?
ごめんなさい。
助けられなくて、ごめんなさい。
向いている、いないじゃない。
頑張ったかどうかじゃない。
助ける、と決めたんだ。
守ると、きめた。
実弥さんが、私に送ろうとしていた簪の、指輪の、思いの数だけ、彼が私達を守ってくれた分だけ、私も返すと決めたんだ。
なのに、今の私じゃ、何一つとして守れない。
何一つとして、返せない。
怖い。

刀を握りすぎてジンジンと痛む手を、私はまた無意識に握りしめていた。
一度だけ、頬を両手ではたきあげ、背中を向けて、去っていこうとするその先輩隊士に言葉を投げつけた。

「あ、の!あの!!どうすれば、強くなれますか!!どうすれば、……迷いなく斬れますか……ッ!」
「は、ぁ?」
「どうすれば強くあれますか!!!!」
「はぁ、……来い」呆れたように、彼は顎をしゃくった。
「よろしく、お願いします!!」それに着いていくように、大きく頭を下げてから、私は一歩を踏み出す。
ジャリッと、足の下で土が唸っていた。


その隊士は山崎、と名乗りそれ以降私に時間が合えば稽古をつけてくれるようになる、私が第二の師匠と呼ぶ人となった。

「とにかく、まずは呼吸を鍛えろ。今のままじゃどれだけ技術をつけようと話しにならない」
「はい!」
「常に呼吸を意識すること。全集中を常に行え。常に、だ」
「ずっと、……」
「ああ」

無理だろう、と言いたくなる。
だって、一時間も経たずにこんなにも肺が破れそうになるんだ。それを、常に?肺の幕が薄くなったりしない??風船みたいに、ただでさえ膨らんでるのに?
思うことは色々あるけれど、

「はい!!」

そう答える以外の選択肢なんて残らないのだから、本当に、色々と、やばい。やばい、としか言えない。
実弥さんに近づいたと思っていたのに。違う。
そうじゃ無い。
まだ、実弥さんのもと居た道にやっと気が付けた。それだけだ。本当に大変なのは、辛いのは、これからなのだ。
今度こそ、確りと。せめて、目の前の人間くらいは守れないと
実弥さんを守るだなんて、夢物語になってしまう。

一先ずは、山崎さんに頭を下げてみっちりと訓練を積んだ。




常中を意識していると、歩く事すら辛い。
肺に意識を全部持っていかないと、気が付いたらすぐに途切れてしまう。
これは辛い。想像以上にずっと、辛い。
焦りに背中を汗が伝うも、鬼も任務も待ってはくれない。
汗をしとどにかきながらも次の任務地へと向かった。

「「あ」」

そこに居たのは、唯一の同期の須玖君だった。

「共同って、……」
「同期では頼りないかもしれないが、よろしくたのむ!」
「そんなことないよ、よろしくね」

市井人たちに聞き込みを始めるところから任務が始まった。
人当りの良い須玖君のおかげもあり、比較的速やかにたくさんの情報が集まっていく。
結果その日のうちに、二人で何とか鬼を斬り伏せる事に成功した。
私の初めての討伐となった。
けれど、殆どおんぶにだっこのような状態で、鱗滝さんにも須玖君にも申し訳が立たなくて

「頑張って、強くなります」

そう頭を下げてから鱗滝さんから持たされていたお金で、彼にうどんをご馳走することにした。
運ばれたうどんを啜りながら、少しだけ打ち解けた彼と他愛のない話しをする。

「うまいな……」隣で彼が笑った。
「あつい、でもコシがあって……」私は小さく頷く。
「うん、ハハ、うまいな」
「しみる……」

ほんのりと薄汚れた店内には陽がさしていて、黄金色のうどんのお汁がきらきらとしている。
まぁ、程よく塩っぱくて朝なのにたくさん食べたくなってしまっていけない。どうも、塩分を体は求めていたらしい。けれどもお給料をもらうまでは節約をしなくては。

須玖君は、何でも実家が剣術の道場をやっていて藤の家紋の家でもあるらしい。
立派な話し方も相まって、誰かに似ている、と確かに以前にも思っていた。
ふっと、名前が出てきた。煉獄さんだ。
実弥さんが、いつか「アイツは凄ぇ奴だった」と薄く笑った横顔を思い出して胸が温かくなる。

「名字は何故、鬼殺の道に?」
「大切な人が」

実弥さんの事を考える時に鍔をなでるのがつい癖になってしまっているようで、手にごつごつとしたいつもの感触があった。
それをまたすりすりと撫でつけながら、口を開く。

「大切な人を、守りたくて」
「へぇ、立派だな」
「そうじゃないの。……ずっと、守られてきたから。今度は、私が……って感じ。」
「俺にも、守りたい人が居る。あの藤の家に、道場に、新しい友人も」

そう言って、こちらを向いて笑う彼に「守られなくても良いくらいに強くなるからね」と返しながら、差し出された拳に私の拳をぶつけた。

それからは何度も彼と任務が被り、

「また名字か、強くなったか?」
「わからないけど、少しは、……なったと思う」

そう須玖君に返せるくらいには、何とかかんとか鬼を斬り伏せては、死んで、死んでは立ち上がって切り伏せる、そうやって少しずつだけれど、確実に力をつけて行っていた。



時折時間を作ってはこの時代の実弥さんと出会った場所へ行き、実弥さんからにぱ、と笑顔で手を上げてもらえるくらいの仲にはなっていた。
名前も教えてもらえて。

「お給料、貰えたから、これ!皆で食べてくれたら嬉しいな」
「わ、……本当に、良いのかぁ?……ありがとぉ」

まだたったの10歳そこそこの実弥さんの笑顔と、将来の彼のギャップにやられながらも、彼の弟の好物だと言う西瓜を渡す。

「俺そろそろ戻らなくちゃいけねぇから、名前ちゃん、またな!」
「うん、またね、実弥くん!あ、待って、」

これを、ずっと持っていてね、と藤の花の香袋を渡す。

「ずっと肌身はなさず持ってて!」
「……えぇ……まぁ、考えとく」

実弥くん、と呼ぶことを許されて私の胸は今日ももういっぱいいっぱいで、はち切れてしまいそうだ。
ずっとずっと、名前を付け損ねていたこの感情が『愛』だと言わないのならば私は愛が何かなんて、きっと一生知ることは無いと思う。
でも、愛と呼ぶには複雑で、それ以外をつけるには言葉が見つからないその感情は、収まることも知らずに日に日に大きくなっていく。
届ける本命の相手が居ないから、たったの10歳そこそこの彼にまで及んでしまう。
実弥くんに劣情を抱くことは勿論無い。けれど、その面影にちらちらとみえる実弥さんに、私は会いたくて会いたくて仕方がない。
なら実弥くんに会いに来なければ良いのに、とは自分でも思うのだけれど、それ以上に会いたいと思ってしまうのだ。
この不思議な気持ちが晴れることは今後ずっと、ずっと、ないのだろう。


カァ、と烏が一つ鳴いて肩にとまる。
日がてっぺんまで登っていて、がやがやとしていた目の前の通りが少しだけ静かになっている。
皆、お昼のご飯の時間なのかもしれない。

「オヤカタ様ァ、オ呼ビィ!!」
「お館様?私を?……わかった」

カァ、カァ、と鳴きながら肩をつついてせっつく烏に、重い腰を上げて「なんだろう、なにか、したかなぁ」と呟きながらも着いて行く。
刀を取ってから、もう丸5年と、少し。
選別を終えてからは、もうすぐ1年が経とうとしていた。

何度も死んだ。
何度も斬った。
目の前で死にゆく命を幾度となく見送った。
その悉くが実弥さん、実弥くんで無いことに胸を撫で下ろす。そんなことをずっと繰り返していた。
そんな毎日が、日常へと姿を変えていっていた。
だから、私は忘れていたのだ。
この烏が何度も何度も私の死を見ていることも、報告していると言うことも。偏にそれを把握し、管理している人間が居る、と言う事も。
つまりは、自分が鬼殺隊にとって、吉にも凶にもなる存在だと言う事をも。


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