小説 | ナノ

  あくる日も、秋さんと屋敷の片づけをしていると、後藤さんが訪ねてきた。
 どうやら不死川さんは今日の昼にも退院するそうだ。
少しばかり早すぎる気もするけれど、まあ、「柱だから」と秋さんも後藤さんも言うものだから、そう言うものなのかもしれない。

 あらかた屋敷が綺麗になったところで、秋さんと後藤さんが買い物から戻ってきて、後藤さんはそのまま、まだ仕事が残っているからと行ってしまった。
 秋さんと二人でまた食事をして、秋さんの無事と結婚を祝う話を何度も私は持ち掛けて、秋さんにしつこいと𠮟られた。

 まだ二月の空は肌寒く、夕暮れ時にもなるとひんやりとした空気が屋敷の中を抜けていく。

「寒いね」

と肩を震わせながら朝洗った洗濯ものを取り込み始めた。ちょうどその時だった。
玄関先でカタカタ音がして、誰かがやってきたことを告げていた。
きっと、
きっと

「不死川さんだ!!」
「行ってきな、こっちはやるから」

ありがとう!
言いながらバタバタと玄関先まで向かい、廊下を走り抜けた。
丁度玄関に辿り着いたときには不死川さんが框に腰を下ろして草履を脱いでいる。
その三歩後ろで私は腕を広げてから大きな声で言うのだ。

「不死川さん!!お帰りなさい!!!」

 不死川さんは草履を脱ぎ終えてからこちらを振り返って、また眉間にぎゅう、と皺を寄せてから、私を見据えた。
 いつかの苛立った不死川さんよりもまだ幾分かマシな表情をしているけれど、マシなだけで、怖い顔をしている事には違いない。

「……ん」
「してくれないんですか」

両腕をもう少し大きく開き直すと、彼は、ハァと大きな音でため息を吐いた。

「お前も年頃の女だ、軽々しくそんな事してんなァ」
「今までも散々してたじゃないですか」

私の言葉に、不死川さんの眉間がさらに太く皺を刻む。

「もう言ったろォ、なら俺の話を聞けェ」

私の脇をすり抜けながら居間まで歩いていく不死川さんに少しばかり、いや、かなり気持ちをぶち折られそうになりながらも着いて行く。
 食卓を挟んで不死川さんと向き合って座る。
 洗濯を取り込み終えた秋さんがやってきて、優しく笑う。

「お帰りなさいませ、風柱様。お茶を、煎れてまいりますね」
「……頼んだァ」

これまた大きくため息を吐き直し、秋さんの背中を見送りながらも「アイツもいんのかよォ」と少し項垂れている不死川さんの背中を見る。

「……働ける場所も、家もこっちで世話をしてやる」
「……」
「今後の心配はしなくて良いようにはしてやれる。ある程度の生活の保障もしてやれるそうだァ。
今まで、こっちの都合で"監禁"してて悪かった」

お茶を持ってきた秋さんは無言で私と不死川さんの前に湯呑を置き、静かに台所へまた戻っていく。その際に、いつもは開けたままの襖を、秋さんは閉めて行った。
 暫くすると、トントントントンとリズムの良い包丁がまな板を打つ音がいつもより小さな音になってきこえてくる。
 告げた後暫く無言でいた不死川さんはお茶を一口口に含み、またため息を吐いた。それにピク、と私の肩が跳ねる。

「……好き。好きです」

私が言うと、不死川さんはただでさえ大きく見開いている目を更に大きくしてから、頭をぼりりと掻く。

「今は、ンな話ししてねェ」
「そんな話です!不死川さんが好きだから、不死川さんの寿命の事も、私の命がどこまで続くかもどうでも良いんです!
私は、今、……不死川さんと今生きたいの!!」

分からねぇ奴だなァ、と苛立ったように吐き捨てながら、不死川さんの目が私を睨みつけた。

「お前、出ていくっつったろォが」
「……じゃあ、世話なんてしないで!」

不死川さんが目をさっきよりも見開いて私を凝視する。

「そんな同情要らない、もともと、不死川さんには私は関係なかった人間なんだから!私は"保護"してもらってただけだし、保護期間が終わったらこっちが礼をするのが筋でしょ!」
「……あれは保護じゃねぇだろうが」
「保護だよ!不死川さんは、……此処の人たちは何度も私を助けてくれた!!」
「助けられてねぇから、お前は何度も死んでんじゃねぇか!!」

ドン
不死川さんの降り下ろした拳が食卓を叩く。
顔中に青筋を這わせた不死川さんの形相が今まで見たこともない程に恐ろしくて、身震いする。

「……っ、たすけて、くれた」
「都合の良い様に解釈すんのは得意だもんなぁ、お前は!
 ……俺は、お前も、誰も護れちゃいねぇ!」

す、と視線を逸らし自身の拳を見据える不死川さんはチ、と舌打ちを落とした。
ぐ、ぱ、ぐ、ぱと握り直される不死川さんの左手の古傷が痛々しい。
私は、気が付いてしまった。
不死川さん、今、辛いんじゃないだろうか。
そう思うと、拒絶されるかも、だとかうざがられているのかも、とか、そんな事はどうでも良くなってしまった。
立ち上がって不死川さんの隣に立て膝をついて彼の頭をきゅうと抱え込んだ。

「……ねぇ、不死川さん、こんなこと言うと不死川さんは怒っちゃうかもしれないですけど……私、不死川さんが生きていてくれたことが何よりうれしいんです。」
「……離せェ」
「すごい怪我してて、びっくりしたし、凄く心配しました。……私は、不死川さんのしてくれていた事の大変さも、辛さも、多分わからないと思うんだけど、……でも、不死川さんが私の事を、誰かの事を守ろうと頑張ってくれていた事くらいはわかります、よ。」
「離せ……」

不死川さんの体はピクリとも動かない。
腕は何をするでもなくだらりと垂れて、抱き返してくれることも無い。
それでも、不死川さんは私を払いのけることも、押し退けることもせず、されるがままでいる。

「あの、本当に、ありがとう。ありがとうございます」
「……」
「私、不死川さんのおかげで救われたことなんか、数えきれないほどあるんですよ、だから、ありがとうございます。頑張ってくれて、ありがとうございます。一緒にいてくれて。ちゃんと、……不死川さんは、ずっとずっと私を助けてくれてました。私、不幸じゃなかった」
「……」
「私、不死川さんを好きになれて良かった」
「……」

不死川さんの体が、小さく揺れた気がする。

「……お前の事、背負いきれねぇ」
「私、実は足がはえていて歩けるんですよね。
 だから、一緒に歩けます」
「俺の短い命じゃぁ、お前の寂しさを紛らわせることも出来やしねぇ」
「それは誰が相手でも一緒ですよ」

不死川さんの腕が、ピクリと動くのを感じた。

「お前を、俺じゃぁ幸せに出来ねぇかもしれねェ」
「私、残念なことに今既に幸せなんです。
 こうしてるだけで、ドーパミンあふれてます」
「……、判る言葉で、喋れェ、」
「不死川さんが好き。一緒に居れたらそれで幸せで、
……欲を言えば、花見を一緒にしたいです。
 それから、夏は祭りに行って、海も行きましょうよ、それから秋には月見をして、二人で月を眺めながらおはぎ食べましょう!それと、冬になったら雪だるま作って、初詣ももう一度行きましょう!今度は少し遠出して!一緒に!」

不死川さんの腕が、そろそろと私の背中に回ってくるのを感じた。

「欲張りじゃねぇかァ」

そうですよ、なんて口角がほんの少し、上がる。

「ねぇ、好きなの。だから、もっと一緒に居てよ」

不死川さんの首元に顔を埋めたら、不死川さんのにおいでいっぱいになった。
それだけで肺が満たされていった。
私の中全部が、それで埋め尽くされていく。

「……悪く、ねぇかもなァ」

ぎゅう、と背中に回った腕に力が入ってくる。
そ、と私の胸元から顔を上げた不死川さんの顔は穏やかで

「後悔しねぇかァ」
「どう、でしょう、それは……わかりません!」

私の一言にフハ、と不死川さんは息を零した。

 お茶、おかわり入れますね、と不死川さんの腕を解き、いつの間にか音のしなくなった台所に行くと、秋さんの文字で『帰ります、明日また来ます』と書いてある紙がお茶碗で押さえられているのを見つけた。
あちゃー、なんて思いながらもお湯を沸かし始める事にして、薬缶を用意する。
 少しすると足音がして、不死川さんだ!と、思ったから「ちょっとだけ待っててください、」と言いながら振り返ろうとすると、背中からぎゅうと抱きとめられる。

「こっち見んなァ」
「え、あ、……はい!」

自分からするのは緊張しないのに、こうして不死川さんから触れられると、なんだか恥ずかしくて仕方がない。

「……一緒に居てくれ」
「う、ん、うん!はい!!」

不死川さんの言葉には、きっと魔法がかかっている。
死にそうなくらいに胸が苦しい。息もしずらい。喉が詰まってるみたいに苦しい。
 首に不死川さんの指がふれる。
そろそろと、何かをなぞるみたいな動きで指を這わせてくる動きが艶めかしい。
不死川さんの触れている首筋が、抱き込まれている背中が火傷をしたみたいに熱い。熱くて、たまらない。
私は今にも死んじゃいそうだ。

「お前、バカだなァ」
「私が、不死川さんを幸せにしますね!」
「趣味も悪ぃし」
「不死川さんが言えることじゃないです」
「なァ、名前……好きだァ」

見んなって言われたのに、耐えしょうのない私は我慢が出来なくて首をなぞる不死川さんの指を握りしめながら体を捻って不死川さんの顔をしっかりと見た。
 薄い眉毛は下がっていて、目なんていつもの半分も無い。
不死川さんのほうが馬鹿じゃん、って言ってしまいたくなるくらいにとびきり優しい顔が私を見てて、私はもう、我慢できなくて不死川さんの唇に自分のそれを押し当てた。
ちゅ、と小さく音を立てて放すと、不死川さんの目が途端に熱を帯びる。
きっと、私はもっとひどい顔をしている。

「不死川さん、もっと」

今度は不死川さんから唇がふってくる。
音もなく降ってくる。
そのうち、何度も何度もちゅ、ちゅ、と軽い音をたてながら落ちてくる。
不死川さんは手早く竈の火を落とし、私を担ぎ上げたかと思うとすたすたとまた居間までやってきて、いつかのように食卓に私はおろされる。

「ここ、食、……っ」

食べるように重なってくる唇の気持ち良さに頭が馬鹿になる。
あー、もう全部どうでも良い、ってなっていって、
私に覆いかぶさるような恰好の不死川さんの首に腕を絡ませて私からもちゅう、ちゅうと吸い付いて。
唇が離れる度に見える薄紫の綺麗な目がきゅうと細まって、私はそれを見てからまた、唇を合わせる。
 不死川さんのキスは彼そのものみたいに優しい。
舌を入れてるわけでも、他に性的な何かをしているわけでも無いのに、頭はくらくらして心臓がもう壊れそうなくらいに脈打って、酸素も上手く取り込めない。

「っ、すきぃ」
「……そおかィ」

何度も何度も飽きもせず、何方からともなくお腹が鳴るまで唇を合わせた。
馬鹿みたいに幸せで、胸がきゅうきゅうと締め付けられて、やっぱりくらくらする。
私はこの幸せな瞬間が、どうか彼にも溢れていて、どうか彼が死ぬまでは、ずっとずっと続けば良いと思うのだ。
 ゆっくりと笑みの形を作る不死川さんの顔が陰ることの無いように、ぎゅうと不死川さんに抱きついて何度も何度も「好きだ、大事だ」と彼に言い聞かせるようにささやきながら私も笑う。

 あぁどうか、彼が私よりももっと幸せで有れますように。
 どうかどうか、ほんのいっときでも、誰よりも幸せになってくれますように。
信じてすら居ないカミサマにも、私は心の中で手をそっと合わせて祈るのだ。


___________________

 時折酷い虚無感に襲われる。
体の真ん中がぽっかりと空洞になっていて、私って何だっけ、何がしたいんだっけ、どうして今此処に居るんだっけ?
何で今笑ってるんだっけ。

 見下ろしている足元には、さっちゃんを怯えるように見てへらりと愛想笑いのようなものを浮かべるクラスメイトが「やめてよ」なんて言いながら私に助けを求めるような顔で見てくる。
 私は気が付かないふりをしてさっちゃんの後に着いて行く。
 自分がこうならないように。
 自分が辛い思いをしなくて済むように。
 そうやって、したい事なんかも楽しいことも特になく、無難に毎日が過ぎるように日々がただただ流れていつかこの虚しいところから誰かすくってくれます様に。
信じても居ないカミサマなんかに祈る振りをする。

 さっちゃんは、酷い人だと思う。
 意地悪で性格だって悪い。平気で人をけなすし虐めるし。
私はさっちゃんみたいにならないようにしなくっちゃ、そんなことを遠くで考えながらさっちゃんとそのとりまきのわっかの中に入って同じようにへらりと笑う。
こうしていれば、私は安全だから。
でも、私は何もしていないから私は悪くない。
悪いのはさっちゃんで、嫌な人はさっちゃんで、ダメなことを中心になってやるのもさっちゃんだ。
だから私は悪くなくて、さっちゃんに逆らうと私も虐められるから、さっちゃんに逆らわないのは仕方がないんだ。
情状酌量の余地ってあれだ。
もし私が悪いところがあるとしても、多分それは皆もそうだから私だけが咎められることも私一人が責任を負う事もないんだから、それなら怖い事なんて何もない。
そんなくだらない言い訳を胸で転がしながら、今日も私はへら、と笑う。
悪意なんて知りません、そんなつもりは無かったんです、これが虐め?違います、遊んでいるだけです。それに私は見てただけだから。
ほら、それって、クラスのみんなも一緒じゃん?
近くで見ていたか、遠くで見ているかの違いじゃん?
ほら、だから
私は悪くない。


カルペ・ディエム 上
私達は食べて飲もう、明日死ぬのだから
      完

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