小説 | ナノ

 柱稽古が始まってからそれなりに経った頃、いつも道理に裏庭で洗濯に勤しんでいると、バタバタと表の庭から井戸の方を回り、こちらにやってきたのであろう金髪の少年とバチリ、と目が合った。
あまりにもじい、と見られるものだから、視線を外すにも外せなくてこちらも見ていると、突然大きな声で彼は叫んだ。

「はい!!3秒目が合った!!!つまり俺の事好きってことで良いよね!!!君絶対俺の事好きだよねぇ!!!結婚しよ!!!!」

この時代には絶対に珍しいであろう見た目とハイテンションで出会って数秒でかまされた唐突なプロポーズに少し笑ってしまう。

「勢いだけで結婚は決めちゃだめだよ」
「ハイ!!会話してくれてる!!!これもう好きって事で良いよね!!!良いよねぇぇぇえ!!!??」

少しばかり煩い少年にちょっとだけ笑いながら

「もう少し落ち着いて話を出来たらきっとモテるよ、知らないけども、落ち着こ?ね?」

言うと、彼はアガツマ ゼンイツと名乗り、私の名前を教えて欲しいと両の手をぎゅうぎゅう握ってくる。
私が丁度名乗ったタイミングで、フッと井戸のある方を向いて少しだけ身体を跳ね上げてから元来たそちらに向かって走り去っていった。
何しに行ったんだろう?むしろ何しに来たんだろう?
とは思うもののようやっとひと段落着いた洗濯を干し終え、台所へ向かうと丁度昼時に差し掛かろうという頃合いで、秋さんがせっせと握り飯を作っている。
食卓の上には大きなお盆が2つ乗っており、そのうちの一つはもう一杯になっている。

「秋さん、私これ運ぶね」
「あ、良いわよ、やるから名前は自分の握って避けときな」
「秋さん、大丈夫だから!」

にぱっと笑うと、もう、と少しだけ困った顔で笑って、お願いするわ、と秋さんも笑った。

 表の庭のすぐそこの部屋にお盆を置きに行くと、既にそこで食べ始めていた隊士の方達からの視線がとてもうるさい。
無言でお盆を下ろして立ち上がると、不死川さんと不死川さんに首根っこをつままれたアガツマ君が見えた。
少しだけ固い表情に見える気がする不死川さんに、大丈夫です!もう気にしてません!と言うようにへら、と笑うと、アガツマ君がいきなり自力で立ち上がり、パーっとこちらに走ってくる。

「えぇー!!!!俺の為に用意してくれたのぉお!??これ、俺の為だよねぇぇぇえ!!!」
「あ、私運んでるだけだから、安心して食べて」

示し合わせた訳でもないのに、言い訳をしやすい話題を選んでくれたことにこっそり感謝をしていると、クリっとした目をパチパチと何度か瞬かせ、私の手を握りしめたアガツマ君はまた叫ぶ。

「違うじゃん、俺は名前ちゃんが愛情込めて握ったのが食べたかったんだよぉぉぉぉぉぉおお!!!
ヤローが握ったおにぎりに何の価値が有るって言うのさ!!」
「うるせぇ!」
「あ痛゛ぁぁぁあ゛!!!なんなんだよもぉ、皆俺に冷たいぃ……もうすぐ俺死んじゃうかもしれないんだよぉ!!優しくしてよぉ!!誰でも良いから結婚してよぉ!!!!明日死んじゃうかもしれないんだよぉぉお!!!」

庭から屋敷に入ってきた不死川さんがアガツマ君の頭をこれまた勢いよく叩いたことでアガツマ君から離れることが出来た。
 不死川さんと秋さんは、私に飛び切り優しいと思う。
その上、私に一定の好意を抱いてくれている事はわかる。
二人以外は勿論私の事を気味悪く思うし、そんなものだろうなと理解も出来る。
私は知らなかったけれど、蝶屋敷、恐らくあの一度お世話になった蝶の髪飾りの方の屋敷の病室に居た頃に、何人かが私の姿を見ていたらしい。
そこから噂は広まり、私の存在は特に今回の柱稽古で明るみに出ることになったのであろうことは想像に難くない。
だから、アガツマ君も恐らく私がすこしばかり『変わった存在』で有る事は知っているだろうに、そんな中でこうしてストレートに好きだとか、それに準じた言葉をくれるのは、照れくさくもあるけれど、とても嬉しい。
 20年以上現代を生きてきたのだから、令和の時代で、少しばかり閉鎖的なこの時代の女性よりはるかに男性と接してきたと思うのに、リップサービスだと言うことも分かっているのに、ここにきて、初めての事だからか本当に嬉しくて、胸がむずがゆくなる。
そんなことを考えながら台所へと戻り、秋さんに言われた通りに自分の分のおにぎりだけサッと握り、食卓の上でもう一ついっぱいになったお盆のすぐ横に置く。
お盆を持ち上げようとしたところで、少しばかり不機嫌そうな不死川さんがこちらまでやってきた。

恒例のハグタイムだろうか、と私はお盆から手を離すと、不死川さんはわざわざ腕を組んでから目の前まで来る。
秋さんはまだ台所でせっせと何かしらをやっているようだったから、速く手伝いに行かなければ、とは思うもののやっぱり忙しくしている不死川さんが今補給できるとあってはそのチャンスをどうしても私は逃したくは無かった。
不死川さんがわざわざ腕を組んでいるのは、多分私から求めているということを示したい、つまりはポーズの為なのではないか?と踏んでからの私は潔い。

「30秒、お時間くださいな!」

ニコニコとした私とは対照に、不死川さんは不機嫌そうな顔を崩してはくれなかったけれど、一つため息を落としてから組んだ腕を解いていく。
これは「どうぞ」の合図だと勝手に解釈しているので、そのまま背中に腕を回してぎゅう、といつもより強めに抱きつくと、珍しく不死川さんの腕も私の背中に回った。
それがとても不思議に思えて思わず顔を覗き込むと、見たことが無いくらいに優しい顔をしていて、思わず一歩、足を引くと

「まだだろォ」

不敵に笑ったその顔が、もうびっくりするくらいに色っぽくて、ハグはもうし慣れていたはずなのに、心臓が破裂しそうだった。

「名前さぁあん、どっこですかぁあ」

ルンルンとでも聞こえてきそうなアガツマ君のテンションの高い声が耳に入るのと同時か、それより早く。
不死川さんと絡む視線が逸らせない。
ほんの少しだけ、いつもよりも離れていた体の距離が、不死川さんが一歩踏み出したことで0になる。
絶対真っ赤になっている。
心臓が、痛い。
さっきまで、全然ハグくらい平気だったのに。
体中を埋め尽くす心臓の音が、私のものか、不死川さんのものかもわからなくて、もう、溶けてしまって一つになってるんじゃあないかな、とか馬鹿なことを考えてしまう。
どこかで、「何、この音ぉぉぉぉぉぉぉおお!!!酷いいいぃぃぃぃい!!!」と叫んでいる声が聞こえるけれど、もう耳にまともに入ってこない。
少しだけ満足気な顔になった不死川さんが、もしかして、もしかしてだけれど、アガツマ君に焼きもち焼いたんだろうか、そうこっそり考えてみると、もう不死川さんが可愛くて可愛らしくて仕方が無くなって、

(キスしたい)

少しだけ、背伸びをしようとしたところで、ふ、と不死川さんが私の背中から腕を離し、私のすぐ脇にあった、私の握って置いておいたおにぎりを大きな手でひょい、と掴み上げて大きなひと口で食べてしまった。

「あ、私の、……」
「まだ握るの下手だなァ」

なんて笑う。
私が握ったのがすぐにわかってしまうのが、恥ずかしいやら嬉しいやらで、何とも言えない気持ちになる。
もう、息が苦しくなる。

 私が持っていこうとしていたお盆をひょい、と取り上げて不死川さんは

「茶ァ」

と一言だけ呟いて居間を出ていった。
お茶、……お茶!!と意識を覚醒させて、用意をしようと振り返ったところで、じっとりとした目でこちらを睨みつける秋さんと目が合う。
す、と秋さんの手からお盆が差し出され、既に用意されたおはぎと、2つの湯呑。

「お熱いのは、向こうでやってくれる?」
「……え、ち、ちが、……は、はい、」

慌ててお盆を受け取って、秋さんに何度もお礼を言ってから、不死川さんのお部屋へと向かった。


 夕方になると、不死川さんは見回りも兼ねて他の柱の方の元まで手合わせに行く。
出しなには、

「隊士には一切関わらなくていい。居ないものとして動けェ」

なんて釘を刺される。
 隊士の方達は、思い思いに休んでいかれたり、近くにある宿泊場所まで行かれたり、と様々に時間を過ごされるのだけれど、それこそ地に伏して一晩を明かす人まで居る。
起こしに行こうとすると、秋さんにも、それを後から聞いた不死川さんにも「捨ておいておけ」と言われるから、何も出来ないのが心苦しいやらほんの少ぉしだけざまぁみろ、やら。
 それでも、起きてきてお腹が空いていたら可哀相だから、と秋さんがお昼にたくさん作っている煮物を、昼に彼らが食事をしていた部屋に運んでおく。
不死川さんが早く帰ってこられた日は三人で食事を囲む。
やっぱり私はこのひと時が楽しみで仕方がない。
 ところで最近はめっきり鬼が出ないらしい。
秋さんは

「嵐の前のなんとやら、ですか」

なんて物騒なことを言うし、それを聞いた不死川さんは鬼が斬れない、と本気なのか冗談なのかわからないことを愚痴り始める。
皆で食事を囲めるこのひと時が、私は大好きだし、続けば良いと思う。それでもそう望んでしまうのは、鬼が居て欲しいと望むことのような気がしてしまって口には出来ないけれど。

 *

 アガツマ君が来て数日が立った頃、つまりはアガツマ君が脱走したり私に泣きついてきたりで不死川さんが彼を何度も連れ戻す光景が日常になろうとしていた頃。
 買い出しに出る秋さんを見送って、昼食の片付けをしていた私は屋敷中に響いたであろう大きな木製の何かの割れる音に全身を震わせた。
誰かが稽古中に柱や扉何かにぶつかって、何かが割れたのだろうか?
それとも、事故でも起きたのだろうか?
 作業を中断して、玄関から顔を出し、そっと庭の方へまわりこもうとした時に私の目の前をアガツマ君が誰か男の子に殴られているのを見てしまった。

「俺の兄貴を侮辱するなぁ!!!」

アガツマ君はそれに対していつものハイテンションで言い返していて、ああ、稽古の一環の何かなのかな?
なんて平和ボケた頭で考えながら、台所に戻ることにした。
 暫くして買い物から戻った秋さんに、

「今日だけ風柱様とは接触しちゃだめよ」

と強く釘を刺され、その時ようやっとやっぱり普通ではなかったのか、と理解する。
 けれどだからと言って何ができるでもなし、何かもたらすことも出来るでもない私は普段通りに洗濯に掃除に勤しむことで気を紛らわせることにした。
 その日隊士の方達はいつもより少し早くに珍しく誰一人残らずに帰っていき、不機嫌そうな、とても顔のこわばった不死川さんだけが庭に佇んでいる。
秋さんに言われていたのに、どうしても放っておきたくなくていっそどこか泣き出してしまいそうにも見える不死川さんに飛びついた。

「不死川さん!こういう、イライラが、……だから、とにかく!ストレスマッハでアドレナリンとかノルアドレナリンがドバドバの時が一番効くんです!!知らないけど!!多分!!!」

こちらの足がすくんでしまいそうな程の鋭い眼光が、血管の浮き出た顔がちょっぴり、本当はとても怖くて、ちびってしまっても言い訳が出来そうな程の形相が私をとらえる。
 それでもここまでしたら引くもくそもないのだから、拒絶さえされないのなら、と汗だくの不死川さんを殊更強く抱きしめた。
たっぷりと数十秒経ってから、

「なに、言ってるか分からねぇ、わかる言葉で話しやがれ」

静かに返される。

「くだらない事です。」

いつかの不死川さんの言葉を借りて、口から出た音は少しだけ震えていた。

「見回りに行く」

言外に放せ、と言う不死川さんにそれ以上何も言える事など無いけれど、どうかどうかできることであればあまり苦しまないで欲しい。
そう誰かに願うほかなかった。

「不死川さん、私、不死川さんが帰るのを、待ってます!ここで!!」

私から離れて行ってしまった背中に投げつけた声が、出来れば不死川さんの心のどこかに届いていれば良いのに、とやっぱり私は願わずには居られない。



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