小説 | ナノ

 煉獄さんが死んだ、宇髄さんが引退した。
そう聞いてから、ずっと考えていた。
 そもそも私はここにきてから死ねない体になった。
それと同じく此処に居る人たちは、私と同じに生前に、何かしらあって私と同じようにこの辺獄なのか地獄なのか、はたまた別のものか。わからないけれど、とにかく、ここに来たのではないか。
だから、彼らは強いから気が着いて居ないだけで本当は一度死んでしまえば、私と同じように生き返ってしまうのでは、
つまり、彼らも死ねないのではないだろうか。
そう、思っていた。
そう、考えていた。
 確信がなかったから、秋さんの時は私が囮になると言ったけれど、今は本当に、そうしておいてよかったと思う。
この世界は、矢張りどこかおかしい。

違う、この世界ではやっぱり私だけがどこまでも異質だったのだ。

だからつまり、不死川さんは、秋さんは、私よりもはるかにずっと簡単に、速くに死んでしまうのだろう。
それを考えると怖くて仕方がない。
いつかは私がこの世界で一人だけで生きていかなくてはいけなくなるんだろう。
 それを考えると酷く頭が痛くなる。
 胸が苦しくなる。

 私が一人で沈んでいると、秋さんが

「本当、手がかかるんだから」

と笑って布団を隣に敷いて、手を握って眠ってくれるものだから、すっかりそれに甘えてしまって、私は何も考えなくていいようにと、眠り着くまでずっと話し続けてしまうのだ。

 不死川さんは、宇髄さんが引退してからずっと忙しそうにしている。
彼が帰ってきた日は、その姿を確認し話しをしたら「ああ、まだ大丈夫だ、」と酷く安心できるのだ。
 私は彼を失うのが怖い。
それは単純に、彼を失うのが怖い。というものと、それから、この世界での生きていく術を失うのが怖い、ということ。その両方なのだろう。

 秋さんが、お手伝いでその日の夜は出払うから、と私の元に居てやれないと言う。
大丈夫だと笑って言ったけれど、どうしても眠れなくて不死川さんの布団にもぐり込んだことがある。
怒られるだろうとも思っていたし、追い出されるだろうとも思っていたけれど、彼は私が入れるようにと、端に寄って優しく受け止めてくれるのだ。
 本当に情けないとも思うし、恥ずかしい事なのではないだろうかとも思う。
けれど、その日は朝まで目も覚めることなく、魘される自身の声で飛び起きることも無く、驚くほどに安心して眠れてしまった。
不死川さんが居なければ、私はもう眠る事すらままならない。
良くないことだ。
そう思うけれど、今は、浸っていたい。
そう思ってしまう。


 そんなどうしようもない日常を過ごしていたある日のことだ。
 不死川さんが驚くほどに荒れていた日があった。
いつもよりずっと乱雑な音で玄関を開け放ち、体のあちらこちらに傷を作って、酷い顔色で、今にも刀を抜くのでは?という程の形相で荒い息を吐き出していた。
ちら、とこちらに視線を寄越してから、何度か静かに息を吐き捨てて彼はゆっくりと框に腰を下ろした。
 何かできることは無いだろうか。
少しだけ悩んでから、私は不死川さんを後ろから抱え込むように抱きついた。
 生前、ちょっとした漫画で知った事だ。
30秒のハグにはとてもすごい効果があるらしい。
実践するタイミングも相手も居なかったけれど、不死川さんが拒絶をしないのであればどうせ見られることも無いのだし、見るとしても秋さんだけなのだからとどこかで吹っ切れていた。
オキシトシンとβエンドルフィンが脳内で分泌されて、ストレスの軽減や多幸感がもたらされるのだとか。
対面でなくても効果はあるのだろうか。
分からないけれど、お腹のあたりにぽすんとあたる頭。
伸びた背筋が少しだけピクリと揺れている。
そうしてなされるがままになっている不死川さんに話しかけてみる。

「お疲れさまでした。お帰りなさい」

返事の期待などは全くしていない。
ただ、少しだけでも楽になれば良いのに。
と、1、2、3……と心で数えながらそう祈る。
ちょっとでいいから、彼の両肩から荷が下ります様に。
ちょっとだけでいいから、眉間の皺が薄くなります様に、なんて。

「立てねェ」

20秒を数えたところで不死川さんが少しだけ不満気な声を出す。
少しばかり落ち着いた様子に一息つく。

「もうちょっと、」
「何やってんだァ」

呆れた様子の声にクスクスと、私の笑い声が漏れてしまった。

「こうしてるとですね、幸せな気持ちになれるホルモンが今分泌されていてですね、今不死川さんの脳内は幸せだなぁ、って錯覚できてるんですよ、」
「ンだそりゃァ」

相変わらずの呆れた、というような声に腕を離す。

「私が幸せになっちゃったなぁ」

くすくすと笑ってしまう。
少しだけ振り返った不死川さんの顔はやっぱり呆れていたけれど、幾分か、先ほどよりも柔らかくなったように見える。

「だから、効果は本物でしたね」
「どぉだかなァ」
「でも、いつもの顔になってるから、」

多分ちょっとだけ、不死川さんにも効果ありましたよ、と笑ってやる。

「そぉかィ」

呟いた不死川さんのお顔はまた前を向いてしまって見えなかったけれど、その日から、これは不死川さんと私が会えた日の日課になっていった。

 それから数日と経たないうちに、『柱稽古』なるものの事を教えられ、近日中にたくさんの隊士がここにやってくる事になると告げられた。

 柱稽古では引退した宇髄さんを含めた今の柱6人が代わる代わる隊士を訓練していくらしい。
隠の人たちは手伝いやら見回りやらで今まで以上に大変になったらしく、秋さんからも

「名前がいるから、風柱様のお屋敷は私一人しか配置ないのよ。頑張って頂戴ね」

なんて言いながらプレッシャーをいただいた。

「頑張るね!!」

意気揚々と言ったものの。
始まってみると、本当に大変で、秋さんに泣きつく暇もない。
それでも、今まで二人にはずうと甘えっぱなしで何も返すことができていなかったのだ。
今回きちんと熟せれば、少しでも恩返しになるのではないだろうか。
ちゃんとした意味で役に立てるのでは無いだろうか。
そう思うと、洗濯板に擦り付けボロボロになった手先指先の痛みすら吹き飛んでいくような気さえした。

 塩を多めに入れた浅漬けをたくさん用意して、これまた多めの塩を混ぜ込んだおにぎりも、山と握る。
稽古場として使っている表の庭からは隊士の方たちの声、というか叫び声と言うか、まぁ、そう言ったものが響いてくる。
それを耳に入れながら、秋さんの言葉に意気揚々と頷く。

「洗濯、頼めるかしら?」

私も頑張らなくては!と裏手に回って洗濯板に隊士の方たちの洗濯をごしごしと擦り付け、頑固な泥汚れを落としていく。
あまりの目まぐるしさに、洗濯機が本気で恋しくなった。
きちんと仕組みがわかり、開発出来ようものなら億万長者確実だな。ノーベル平和賞もとれるよ。先駆者になれる。とか何とかブツブツ呟いていると、

「さっきの女居たろ、着物の方の、」
「あぁ、あの一つ結びの」
「そう、あいつが噂のアレらしい」

何人かの男性の声で聞こえてきた言葉に手が止まる。
(カクテルパーティ現象だ。
私の事じゃなくてもそう聞こえてしまって、被害妄想が激しくなるやつだ、)

「えぇ、さっき握り飯食っちまった,、大丈夫だよなぁ、」
「風柱様も一言言って下さったら、俺食わなかったのに」

(本当の私の悪口は、きっと三分の一くらいで、)

「化け物みてぇだもんなぁ、手足生えてくるところ俺蝶屋敷で見ちまったもん。やっぱり、鬼なんじゃねぇ?……だから、風柱様が見張りをしてるとか?」
「……鬼だったら風柱様、即刻斬っちまいそうだな」

高い塀に日が遮られてしまったからか、気持ちのせいか、手元が暗くなった気がする。
言い訳をして、いつかみたいに誤魔化せばいい。
得意じゃないか。こういう事は。
大丈夫。
だって、この人たちはずっと一緒と言うわけでもない。
でも、
胸が痛い。
目頭が熱い。
頭も痛い。
速くおわらせて戻ろう。
でも、その前にどうしてもからからに乾ききってしまったせで痛みを訴える喉に水を流し込みたい。

その一心で台所に戻ることに決めた。

言われなくても知っていた。
そんな事は、もうずっと悩んでる。
不死川さんまで、こうして私をダシに悪く言われている。
その事実が重たくて、心臓がつぶれそうな程に痛かった。
ごめんなさい。
そんな言葉が、ぐるぐると渦巻いていく。

「そこまで、言わなくてもいいじゃない」

秋さんに、此処は良いから、洗濯に回って、と先ほど言われたのを思い出した。
多分、秋さんはこれを知っていた。
こうなる事を、わかっていたのだろう。
だから人目につかないようにこっちに回してくれたのか、と理解して猛烈な恥ずかしさが沸々と湧いてきた。

此処に彼らの声が届くと言う事は、すぐ角を曲がった所にある井戸を使っているのだろう。
隠れた方が良いのではないだろうか。
私がここに居る、とわかればこの二人もいい気はしないだろう。私も。
そう身を固くしてから、やっぱり台所へ一度向かおう。と、身を翻したところで、

「随分と余裕こいてんじゃねぇかァ」

いつもよりドスの利いた不死川さんの声がした。
その声に、彼らは「すみません!」と叫ぶように言い、走って表の庭に戻っていったようだった。
バタバタとした音が遠のいていく。
それからまた激しい剣戟の音と叫び声が響いてきて、私はそれをききながら立ち上がって台所まで水を求めに行った。

台所には、まだお昼過ぎなのに一人で大鍋と格闘している秋さんが居て、

「……秋さん、」

ごめんなさい、と私よりも少しだけ小さなその背中に私は頭をぶつけた。
動きを止めてから、秋さんは振り返って

「5秒だけね」

と両方の腕を広げるものだから、もう何と言って良いのかわからなくなってしまう。

「あなたのお料理未だ半人前だもの。あんなもの私と風柱様以外に出しちゃだめよ。風柱様が恥をかいちゃうでしょう」
「うん」

意地悪なふりをしてくる秋さんのこれには、きっとほんの少しの本音が含まれてるんだろう、とあたりをつけて笑う。

「頑張って、人前に出せるようにするね」
「そうしたら、勿体ないから、私と風柱様とだけで食べるわ」

そのかけられる優しい言葉に、涙腺がとうとう潰れてしまって、ぼろぼろと涙が落ちる。
お鍋がぐつぐつと煮立っている音で私は我に返り秋さんに言う。

「もう、5秒過ぎたよ、」
「良いのよ、あんたに意地悪を言う奴には焦げたもの食わしとけば」

言ってることも滅茶苦茶で、秋さんが私の泣いている理由を察してか、ほんの少し怒っている事が伝わってきて、やっぱり私はこの二人が居ないと生きて居たくない、と強く思ってしまう。

 散々秋さんに慰められた私は水をたっぷりと飲んでから台所を出て、急ぎ足で途中だった洗濯を片付けに戻る。
バタバタと廊下を走って縁側に出直す。

「よし、!」

顔を叩き、気合を入れ直し、縁側から降りてしゃがんだところで背中から影が差した。
振り返ると、縁側に立ちニヤリと少しだけ意地悪そうに笑った不死川さんが、軽く腕を広げながら声を落とす。

「要るかァ」
「要る、要ります!」

軽くかがんでくれた不死川さんの懐に飛び込むように抱きついた。
肩にぐりぐりと頭を擦っていると、
ぽすん、と頭に乗った手の平がびっくりするくらいに馴れた手つきで、私の頭を撫でてくれたものだから、恥ずかしくなってぴた、と動きを止めて

「お父さんみたい」

なんて照れ隠しにしても酷い言葉を投げた。

「こんなでっけぇ娘は要らねぇなァ」
「酷い、」

不死川さんのちょっとだけ、やっぱり呆れたような声に、私はくすくすと笑って、それからようやっと、ありがとう、と言う事が出来た。


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