小説 | ナノ

 不死川実弥が宇髄から名前を引き取ることとなり二月ほど経った頃だろうか。宇髄が上弦の陸をやったと報告が来た。
アイツ、すげぇな、とちょっとくらいは褒めてやろうか、等と思ったところで聞かされたのは、負傷とそれによる鬼殺隊の引退であった。
上弦相手にまさか無傷とは考えてはいなかったが、それでも、それほどまでに鬼は強いのか、と考えかけてそれもやめた。
鬼が強いなら、それに自分が対応できるまでに使えるものを総て使ってもっと強くなれば良いのだと不死川実弥は考える。
鬼を殺せるなら、その為の努力は努力になど成ることはない。それが不死川の考えであった。

 その頃からだろうか。
 ここ最近、塞ぎがちになった名前に不死川実弥はかける言葉が思いつかなかった。
何を考え込んでいるのか、何を言っても女は上の空で、隠の嗣永秋でさえもその様子に少しばかり手を焼いているように見えた。
  名前は時折、「煉獄さんって、やっぱり、亡くなっているんですよね」と秋に問いかけているらしく、言いにくそうに不死川のもとに、なんだか参って仕舞っているのでは?と秋が相談に来たのはつい先日の事。

 隠の秋は不死川に外出を提案し、不死川は不死川でしぶしぶ、その提案に乗ることにした。
不死川はその旨を名前に提案し、どこか行きたいところはあるか、と問うと少しばかり悩んでから

「不死川さんの行きたいところ」

とふにゃりと笑う。
そうじゃねぇだろうが、と言いたくなるのをぐ、と飲み込んだ。
 この女は外出の度に「ここら辺は詳しくない」だとか、「行きたいところが思いつかない」だとかばかり宣い、いつか女が住んでいたという、関西の方やら神戸やらに行きたいと言った事は一度もない。
更に言ってしまえば「親兄弟にあいたい」と言った旨の言葉も吐いたこともない。
宇髄らには告げていないが、出会って間もないころの会話を、不死川は覚えていたし、その頃に聞かされた学校名も地名もしっかりと記憶していた。
 いつか、帰せるようになることがあれば、と思っていたのと、何よりも真実の確認をしたかったからだ。
彼女の告げた名前の学校は、神戸市、果ては兵庫県どころか、この国のどこにも存在してはいなかった。
嘘を吐いたのか、と考えてもみたが嘘を吐く必要性も有用性も思いつかず、混乱していたのだろうと片付ける事にしていたが、ここ最近の女の様子を見ているとこれはもしかして、何かとてつもなく重要な何かが隠れていたのではないだろうか。
そう思わずにはいられなかった。
 そこまで考えて、ぼう、としながらも刀の手入れをしているとぽすん、と背中に少しばかり固いものが圧し掛かってきた。
恐らく名前の頭だろう。
不死川が部屋で何かをしていて、起きている、とわかると時折こうして部屋に来ては少しだけ話をして、最後にはどこか安心したような顔をして部屋を出ていくのだ。
今日も例外ではなく、不死川の部屋にやってきた名前を捕まえ、話をしていたところだった。
 文卓に広がる、手紙と書類が部屋に入ってきた風を受けて、時折ふわりと舞う。
それを尻目にガチャガチャと金属のこすれる音を手元で立てながら刀を拭き、打粉を叩く。
そうしていると、女の頭が乗ってきたわけだ。
少しばかり邪魔に感じはするものの、払いのける気にもなれず黙々と作業を続ける。
 つつつ、と名前の指が背中に何かを書いているのがわかった。
いつかの茶屋でのやり取りを思い出し、少しずつ心拍数が上がっていくのを感じる。
落ち着きやがれ、と自分へと毒づきながら刀身に打った打粉を拭っていく。勿論、背中は全集中である。が、それはあくまでもコイツの様子がおかしいからだ、と不死川は考える。
それでも、何を書いているのかは全く読めない。読ます気も恐らくないのであろう。何なら、もしかしなくとも文字など書いてはいないのかもしれない。
あれから互いに口も開かず時折布や、紙のこすれる音だけが響く室内で、零れた音は良く響いた。

「不死川さんも、いつかは死んじゃうんですよね」
「……」

いつになく沈んだ声に、ゆっくりとそちらに首だけを向けると不死川の背中をじい、と見つめた無表情の名前がまた不死川の背中に何かを刻もうと指を動かしていた。

「そりゃァ、いつかは死ぬだろうなァ」
「……そうですよねぇ」

気の抜けた音ではあったが、指がピタリ、と止まり背中から離れていく。
指の熱を失った不死川の背中を少しばかり肌寒い感覚が襲った。

「……まァ、鬼を殲滅するまでは、死んでやらねェがなァ」

笑ってやると、少しだけ大きくした目でこちらを見てから名前は嬉しそうに笑う。

「そんなこと、笑って言うものじゃないでしょ」
「そぉかァ?」
「……滅ばなければ、不死川さんはずぅっと生きてくれるんですかって、聞いてしまいたくなる」

その言葉にフッと息が漏れる。

「それ、もう聞いてンのと変わりねぇぞ」
「大丈夫です、聞いてないから、不死川さんは応える必要は無いんです」
「なるほどねェ」

言葉を切って、むき身の刀身にハバキを嵌めていく。

「皆、いつかどっかで死ぬ。そこにゃ例外はねぇだろうよ」

名前の欲しい言葉がこれだったのか、はたまたお前と生きてやるとでも聞きたかったのか、その真意はわからないままであったけれど、背中に暖かなものが押し当てられる。
そろそろと腕が背中の両側から腹の前にまわり優しく締め付けてくる。
普段であれば、こいつでなければ引っぺがして頭を叩き上げて「はしたない」と怒鳴りつけてやるところであるが、残念なのか喜べばいいのか相手は自分が想ってしまっていると自覚しているこの女で、しかも今は傷心らしい。
不死川はどうにも扱いが判らず、小さくため息を溢す他ない。

「……あぶねェから、手ぇ出してんじゃねぇ」
「……」

刀に鍔を付けたところで、背中から鼻をすする音が聞こえてきた。
面倒くせェ、と思うくせに、出て行けとも思わず、かと言って慰めてやろうという気にもなれない。
多分どこかで、不死川の為に流している涙でも、不死川の為に心を砕いているわけでも無いとわかっているからかもしれない。
冷たい男だ、と自分でも思うくせにやっぱり何をどうする気にもなれず、黙々と刀の手入れを熟していく。
そうは言っても、あとは切羽を嵌め、柄に差し込み、目釘を入れれば鞘にしまい込み、御しまいである。

「下らねぇ事で、泣いてんじゃねぇよ」
「くだらなくないです」
「下らねぇよ」

鞘に刀身を納めてから体を少しだけ捻ってやると、背中に張り付いたまま顔を見せまいと名前も体をずらす。
名前の顔を見ることを諦めた不死川は小さく舌打ちを落としてからまた口を開く。

「何を悩んでンのか知らねぇが、言うつもりもねぇんならその辛気臭ぇ面どうにかしやがれェ。
言いたいなら聞いてやってんだからとっとと吐きやがれってんだァ」
「……死なないで。……置いてかないで、」

聞こえたのが、奇跡だとでも言いたくなるほどのか細い、それこそ蚊の鳴く音であった。
その譬えがしっくりくるほどの声で名前は泣いた。
そんな約束が出来るはずもない。
自分は常に死地に向かって走っている。
鬼を斬りながら死ぬのなら本望とまではいかないが、悔いとなることは無いだろう。
これだから、この女と長く時間を共にするのは嫌だったのだ、と舌打ちが漏れた。

 この女は、誰と共に居ようとも、共に歳を重ね死にゆく事は出来ないのだろうと想像できてしまうのだ。
己でなくとも、そこいらに居る普通の人間と仮にこの女が暮らしても、きっとこの女はそれを看取る事しか出来ないのであろう。
それをこの女も分かっているのではないだろうか。
それを、煉獄の死から連想しているのではないだろうか。
はたまた、煉獄の死を不死川実弥のこの先と重ねたのか。
いずれにしても、碌なものじゃねぇと不死川は考える。

「……下らねぇ」

やっぱり、それしか口にすることは出来なかった。
それでも、何か言ってやりたくて

「俺ぁ今生きてンだろうがァ」

何とか吐き出した言葉に、ようやっと顔を出した名前は少しばかりきょとんとした後「そうだね」とようやく、へらりと笑ったのだった。


 外に連れて行ってやると言ったものの、煉獄に引き続き、宇髄までもが抜けた穴はでかかった。
今まで以上に任務は過酷を極め、別に避けるでも帰りたくないだとか下らない事を考えるまでもなく、屋敷に圧倒的に帰ることが出来ない日々を過ごしていた。
 たまに帰ると、「風呂」「飯」「寝る」そこに時折、名前からの頭部の按摩が加わる。
その程度。会話なぞ、あれ以来碌にできても居ない。
それでも、ここ最近は晴れやかな顔を見せるようになってきたのではないだろうか、とどこかで安堵しながらも道すがら、烏の持ってきた嗣永秋からの報告書からも名前が最近元気であると報告を受けると、少しばかり何かしてやれた気になって、こちらまでもがどこか気が軽くなったものだ。

 そんな矢先に、玄弥が怪我をした、という報告を受けることになった。



次へ
戻る
目次

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -