小説 | ナノ

 悲鳴嶼と名乗る男のもとに来てから、かれこれ半月は経った頃だろうか。
少しばかり慣れてきて、今は少しづつだが眠れるようにもなってきた。
 次に不死川さんが来てくれるのはいつだろうか。
そういう事を考えると胸が暖かくなってきて、少しばかりは時間を忘れる事が出来ていた。

 それから少し経った頃、悲鳴嶼さんのもとにいつかの男がやってきたのだ。
私を、殺した人だった。

正直に言うとそこからの記憶は酷く曖昧で、その男に引き取られることになったのだけはその日のうちだったことをかろうじて記憶している。その男や男と共に住んでいるのであろう人にもたくさんの迷惑をかけたのだろう。
けれどもいかんせん、自分が何をし、何を考えどう生きてきたのか覚えていない。
何を食べていたのかさえ分からない。
むしろ死んでいても生き返ってしまうのだから、本当に生きていたのかさえ分からない。

とにかく、私はその男を今目の前にして、
男の言葉を聞いて、初めて自分が今息をしていることに気が付けたのだ。

 目の前には仁王立ちで腰に手を当てた派手なメイクを左目の周りに施し、ぎらついた宝飾のヘアバンドを着けた美丈夫、所謂イケメンが居る。
しかもこちらをこれでもかと見下ろして、崇め奉れと言う。
確実にヤバい人であったのだが、その後に続いた言葉に私は息をすることを忘れた。
違う。
息が、できるようになった。

「……なんて、いった、の?」
「だぁから、……詫びもかねて、不死川に会わせてやるっつってんだ。何も俺はお前を苦しめる為にここに連れ帰ってきたわけじゃねぇ。
お前とて俺と一緒に居るのは不本意だろうが、それは俺も同じだ。
だが、お前を野放しにもしてやれねぇ以上、俺もお前も選べる選択肢なんざ限られてんだ。なら、仲良くやってこうやって話だ。」

そう言ってから、一呼吸置き、

「……不死川から、聞いた。……今でも信じられねぇし、全面的に信用できるわけでもねぇ、が……悪かったな。
ただ、お前にゃ悪ぃが俺は間違った事をしたとは思っちゃいねぇ」

と、こちらを見据える。
 本当に謝っている態度か?等々思うところはあるものの、彼は本心を話しているのだという事は何となくわかった。
でなければ、『信用してないけどとにかく仲よくしよう』だなんて意味の言葉は出さないのだろうから。

「……私、ここにきてからの事、正直全然覚えてなくて。こちらこそ、迷惑をかけていたと思います。……でも、ありがとうございます。
不死川さんに会わせてやる、っていうのは、……その、私のため、……なんですよね。だから、ありがとう、ございます」
「……」

男の目がきゅっとほそまって、それからゆっくりと、男にしては長い睫毛が真っ赤な瞳を覆い隠した。
もう一度開くころにはその目は少しばかり柔らかにアーチを形作って、その目に私を映し入れる。

「不死川も、お前に会ったら派手に喜ぶんだろうよ。」
「……本当……?……なら、会いたいです」
「用意しろ。派手に今から行くぞ」

男は私に背を向けて、後ろ手に襖を閉めた。
用意が終わるまで待ってくれる、という事なのだろう。
ざ、と部屋を見渡してみる。
 不死川さんの所に居た時よりも少しばかり広いその和室の片隅には、ここにやってきたときに持ってきた風呂敷二つが、手も付けてもらえないまま鎮座している。
背中をヒヤリとしたものが通り抜けていった。

 私は、いったい今日まで、本当にどうやって生きてきたんだろう。

特に用意をすることは何も無かったけれど、すぐに部屋を出る気にはなれなくて、何度も何度も深く息をした。
思考がまとまらない。
男は外で待っているのだろうか。
少しだけ気になって、あの、と声を出すと

「なんだ」

と私よりもずっと太い声が帰ってくる。

「あの、私、今日まで、……どうしてましたか、……ごめんなさい。あの、……本当に、覚えてないんです。ここにきてからの事……」
「……そうか」

少し間をおいてから、おいおい話してやる、と言われると無理には聞けなくて、わかりましたと言うほかなかった。

 適当に物が詰められていた風呂敷を開き、不死川さんに渡すと決めていたストラップ、なんと言うのだったか。根付け。それだけを手に持ってから私は襖を引いた。

「あの、行けます。よろしく、お願いします。」

 その男に目隠しをされ、抱え上げられて屋敷を出た。
初めの頃こそ抱えられることにひどく不快、というか恥やなんやもあったものの、皆して人の事を物のようにさっさと担いでしまうものだから、もはや講義もするまい、というやつで。
暫くした頃に男は口を開いた。
多分走りながらそうしているのだろう。
息がしずらくて仕方がないから、きっとそうだ。

「おい」
「あ、!はいっ、何でしょうか!」
「……今日は二人にしてやる、が、万が一お前が逃げでもしたら飛ぶのはお前の首だけじゃねぇことは肝に銘じておけ」
「はい!」

それ以上の会話は無かった。が、それは不死川さんの屋敷に着くまでの事だった。

 そ、と降ろされ、地に足を着けてすぐに目隠しを解かれる。
あまりのまぶしさに目を窄めた。
きょろ、とあたりを見渡すと、見覚えのある景色に頬が緩んでいく。

「不死川さんの、お屋敷だぁ、」

帰ってきた、そう思うと胸がぎゅううとこれ以上ないくらいにしまって、熱い。
 少しばかり草が生えて荒れているお庭はまた草むしりをしたい。
洗濯がたくさん積んであるから、洗いがいもある。
縁側は砂埃がたくさん舞っていて、きっと、汚れている。
どうせならそこでそよそよとした風を受けながら家事をしたいから、掃除もしたい。

 パッと後ろを振り向くと、男_宇髄さんは薄く笑って告げる。

「したい事をすりゃぁ良い。アイツが戻ってくるまでは俺はここに居なくちゃならねぇがな」

 不死川さんのものだけれど、この男の人にお茶でも入れようかな、と思案したところでやはりここの住人でないのだから、とやめることにした。
 それでも、不死川さんがいつか『お疲れ、ありがとなァ』と言って私の頭にその傷だらけの手をポスンと置いたことを思い出して、掃除くらいは、やろうかな!
と私は久しぶりにたすき掛けをしたのである。

 台所に行くと、食器があちらこちらで割れていて、襖もビリビリ。宇髄さんに念のため報告すると、

「あー、……これは、……俺のせいな気もすっから、俺がやっとく、」

頭を抱えながらさっさと片付け始めた。
それに一つ頭を下げてから一際大きな桶に水をなみなみと注いで、洗濯を付け込む。
浸け込んでいる間に、縁側を掃除して、草をむしる。
程々にむしったところで、洗濯に取り掛かって、干し終える頃に宇髄さんの元へと向かうと、ぴくり、とその大きな肩を揺らした。

「……あ、……俺ぁそろそろ帰るわ」

目を半分程にすがめて私に向き直った。

「あとは派手に頼んだ」
「はい」

宇髄はそこまで言うと、背中を向けてまた縁側の方まで出て行ってしまう。
ああ、ここから帰るのか、とどこかで考えながら、あの、と言葉を紡ぐ。

「……ありがとう。……今日、連れてきてくれたの、嬉しいです。……だから、ありがとう。」
「…………馬ぁ鹿」

勘違いしてんじゃねぇ、と言いながら宇髄はその大きな背中を私の目の前から消してしまった。
それを見送ったかどうか、という頃、玄関が開く音がして、高鳴る胸をそのままに、私はバタバタと走った。

「不死川さん!!!」

 勢いのままに飛びつくと、彼は血走った大きなまあるい猫のような目を更に見開いていて、落っこちてしまいそうだと思った。

「……また暫くお風呂入ってないんじゃない?」

 そんな不死川さんへと向けて私の口から出たのは、そんなしょうの無い言葉だったけれど、不死川さんの腕が私の背中にまわって、きゅうと抱えて応えてくれていたから、今はそれでいいのではないかと思う。




 不死川さんに最後に会ったのは悲鳴嶼さんの所に居た頃だったけれど、それでも一月そこいら前だったと思う。
確かに寂しいと思っていたし何ならあれ以降は正気でなかったのだとは思う。
だから記憶が定かでないところもあるのだけれど、それでも今の不死川さんの寂しがり方は何だか少しおかしい、というか、異常、というか。
くすぐったいのである。

 不死川さんが湯あみをして、からだ。
 私が洗濯を取り込みに行くと縁側までついてきて、くあ、とあくびをかみ殺しながらじぃ、とこちらを眺める。
草むしりをしようとかがみこむと、私の手首を掴んで、

「ンなもん、今しなくていい」

そう言いながら家の中に戻されてしまう。
それなら、と台所でご飯の下拵えを始めるとぴったりと背中の直ぐ側に張り付いてくる。

 あ、あなたそんなキャラだった??!!
と叫びだしたいのもほどほどに、

「あ、の、……とりあえず!とりあえず、お茶でも飲んで、ソコに座っててくださいよ、」

背中を押して何とかかんとか台所から追い出した。


 一先ず落ち着けるタイミングで不死川さんの所へと私が姿を見せると、彼はちゃぶ台に頭を預けて座ったまますこすこと寝息を立てている。
目の下にはクマがしっかりと鎮座していて、顔色だってお世辞にも良いとは言えない。
着流しの隙間からちらちらと覗く躰は確りとしていていつか触らせてもらったそれと変わりはないのだけれど、その『不調です』という顔色に苦笑いが零れる。
適当な羽織ものを不死川さんの広い背中にかけて、私はすぐ隣に腰かけた。
随分と健やかな寝顔が、ずっと幼く見えてそのギャップに胸がきゅうぅ、と絞まった。
畳に投げ出されている不死川さんの右の手を、そうっ、と握りしめるときゅ、とその健やかな寝顔のど真ん中。眉間に一筋の皺が表れて、それからうっすらと彼は目を開いた。

「……帰ったァ、」
「お帰りなさい!」

今ですかぁ、とか、可愛い!とか、ギャップ萌えかよ!とか、言いたい事とか、考えていることは馬鹿みたいにたくさん湧いてくるのに、ちょっとだけ嬉しそうに口角を上げてまた目をつむってしまった不死川さんに私が言えたのは、そのたった一言だった。


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