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 不死川の言葉に宇髄は一際大きなため息を吐いた。

「……もう、引けねぇかぁ?」

宇髄は問いかけてくるが、きっとわかっているんだろう。
誰かの言葉や態度で引くことが出来るなら、そもそもここで不死川には会っていない、という事も、不死川が自分の気持ちに向き合うことも無かった、という事も。
それでも聞いてくるのは、宇髄がどこかで不死川が名前への気持ちを諦めることを願っているからだろうか。
それは不死川もわかっていた。伝わっていた。
だからこそ、宇髄には正直に伝えたいと思ったのだ。
今の柱の中で恐らく不死川の事を、そういった意味で一番気にかけているのは宇髄であろう事をどことなく知っているから。
 兄貴面でうっとおしい事を言われる事も多かった。
遊郭で女の世話までされたこともあった。(不意打ちだったため、もちろんキレ散らかして帰ったが、やっといても良かったかァ?とか何とか考えたこともあった)
兎に角、伝えておきたかったのだ。
そうだ。
本当はわかっていた。
あの女への気持ちは、「多分」なんかでは無い。
そんなものでは、もう誤魔化すことなど出来はしない。

「引けねぇくらいには、ハマっちまってる、」

平静に努めようとしては居るが、恐らく酷い顔をしているだろう事は不死川自身もわかっていた。
それでも、と宇髄の目を睨みつけるように見据える。

「……ハ、お前も派手に、面倒な奴だよなぁ、」
「…………そんだけだァ、邪魔したな」

それだけだ、と告げたが、全然それだけなんかではなかった。
あの女と、共にありたいのだと縋ってしまいたくなる程には、渇望していた。
それでも、自分が引き取りたいと言わないのは意地だ。
何度も護れなかった自分と居るよりは、悲鳴嶼のもとなら幾分か安心出来る。
宇髄に名前を好いていると伝えたことで、少なくとも宇髄はその気持ちを配慮してくれるだろう事も不死川は考えている。
少なくともあの女が冨岡や伊黒、胡蝶の下へ向かう事にはこれでほぼ確実にならなくなった訳だ。宇髄は恐らくそう仕向けるだろう。
自分と共に有れなかったとしても、せめて不幸には為らなければ、其れで良い。
(自分の幸せなぞ、要らねぇって、自分で言ったろうがァ)
何度も何度も心でその言葉を反芻する。
血が滲むほどに握りしめた拳はその日の任務地に辿り着くまで開くことはできなかった。


 *

 不死川が宇髄から、名前を預かることにしたと烏伝手に伝えられたのはそれから程無くしての事だった。
初めは先の事があったからだろうか、等と勘繰ることもしたが、宇髄がその方が良いと思ってしてんならきっとその方が良いのだろう。
そう思い込むことで不死川は考え込むことをどこか拒否していた。
それも宇髄と任務帰りにばったりと会う事になったその日までの事だった。

 正直、もうくたくただった。
丸三日は寝ていない。一週間かけて隠れている鬼の潜伏先を探った。そこからが大変だったのだが、もう皆まで言うまい。
兎に角、不死川はくたくただった。
 いつもなら任務帰りは自身が傷を負っていることもあり、人の気配があれば避けてやり過ごしていた。
今日に限って、気配に気が付くのが遅れてしまった。よりによって、現れたのは宇髄だ。
何でここに居んだ、と目がいつもの半分以下の大きさになっているのが不死川自身もわかった。

「……にしてんだァ」
「よ!派手にボロッボロじゃねぇか!!」

カッカッカと大きな口で笑う男を無視して、のしのしと林道を二人、ひた歩く。

「一応、聞いたと思うが今、預かってる」

何が、等と野暮なことは聞くまい。
横で宇髄がぐるぐると腕を回している。視界が煩い、と言ってやりたい。

「……元気かよォ」
「俺は派手に元気だぜぇ!」
「お前じゃねぇよ」
「ちょっとした冗談じゃねぇか!!……まぁ、ほどほど、だなぁ。俺、一回アイツ殺しちまってんだろ。ビビられてる」

宇髄の言葉に、不死川はやっと一年前の事を思い出して、頭を抱え込みたくなってしまった。

「…………」
「ま、嫁たちはそれなりに世話してやってるみてぇだが、……寝れてはねぇみたいだな」
「……そぉかィ」

うっかりしていた。
宇髄が引き取る、そう決まった時点であの女は酷く怯えただろう。
そう思うと、何処からともなく罪悪感が湧いて出てくる。

「……あー、」

だとかうー、だとかを唸り始めた宇髄に目を向けると、頭をガシガシとかいてから、不死川、と珍しく正面切って真顔で宇髄は話し始めた。

「……俺から言うのも違うかもしんねぇが、隠すのも違う気ィすっから言っておく、」
「何だよ」
「…………お前、弟、いるよな」

のどがひゅ、と鳴った。
息をするのをまるで拒否しているかのような喉の動きに、不死川は頭がクラクラとしてくる。

「……悲鳴嶼さんのところに、居る。だから俺があの女を預かってる。」
「そ、うかィ」

宇髄の言葉には、そう返すのがやっとだった。

 そのあと、どうやって屋敷に帰ったのかも覚えていない。
だから、屋敷の中が物が散乱して、割れていたり破れていたりと、荒れまわっているのも正直記憶にない。
ただ、自分がした、という事だけは理解できている。

 息をしているのすら、億劫になってしまった。
何のためにすべてを手放したのか。
何のために、鬼を殺し続けてきたのか。
何のために名前の首を刎ねたのか。
何のために自分を殺し続けて来たのか。
もうすべて、わからなくなってしまった。

割れた食器やら茶器やらのすぐそばで転がりながら、そっと目を閉じた。

もう、何にも考えたく無かった。

弟が、恨めしくなった。
それを伝えた宇髄が憎憎しくなった。
弟を受け入れている悲鳴嶼さんが憎らしくなった。
今そばに居ない名前すらも、厭わしくなる。

何を恨めばいいのか、何に腹を立てれば良いのかすら、わからなくなってきてしまいそうで、ぞわり、ぞわりと体が震える。


 また、不死川が目を開くと、室内は真っ暗で、くたくたのまま行水すらせずに眠っていた為か、自身が酷く臭う気もする。
こういう時、名前がくせぇくせぇと煩かったな、とどこかで考えてぼう、と不死川は天井を見つめた。

「…………殺す」

そう、殺してしまえば良い。
弟に、玄弥に危険が及ばないほどに多くの鬼を、名前が笑って暮らせるようにそこに鬼が寄り付かないほどに多くの鬼を。

自分が殺してしまえば良い。
やることは変わらない。

鬼は、鏖。
それ以上も以下もない。
答えはいつだって簡単で簡素だ。
何も難しく考える必要なんざねぇ。
そう、鏖。皆殺し。

どす、と足を畳に押し付けて立ち上がる。
ぐるり、ぐるりと首を回して寝ぼけた頭を覚ましていく。

「…………鏖だァ」

真っ暗な室内で不死川の声は良く響いた。




 カァ、と頭上を旋回する烏。
見覚えのあるその姿にため息が落ちそうになった。
宇髄だ。

一体どれほど屋敷に帰ってないかもわからない程なのだ。
早く帰りたい。
すこし、否、とても煩わしく感じながらも普段から厄介事ばかりを持ち込む男の存在を、不死川は首だけを動かして探す。
隠れているのか、それともそもそもこちらに来ては居なかったのか、宇髄の姿は見当たらない。
不死川は気怠げに空を仰ぎ、気持ちよさそうに滑空する、一際派手な烏へと声をかけた。

「何だァ」

思いの外ドスの利いた声に、連日自身が垂れ流していた殺気がまだ垂れ流れているのだろうな、とどこか遠いところで不死川は考えた。
 烏の用事はなんてことはない。
次はいつ屋敷に帰るのか、と、ただそれだけだ。
また面倒な事考えてねぇだろうなぁ、と少しばかりうんざりとしながら答えた。

「今日帰るゥ」

 掃除も片付けもする暇もなくて散乱している汚い、茶碗や某の破片まで飛び散りまくったままだった部屋を思い出して、どこかでげんなりとしながら家路につく。
片付けは、もう今度で良い。
そう自分へと言い聞かせながら、不死川は無心で脚を動かした。

 がら、と玄関の扉を開くとバタバタと足音がして、それなりの重量の塊が不死川の体へとぶつかった。

「お帰りなさい!!不死川さん!!」
「…………は、」

ぶつかった、のでは無かった。
抱きついたのだ。
不死川の胸へと飛び込み、お世辞にも力強いとは言えない腕を、不死川の背に回すのは先よりも自身が気にしていた女であった。名前だ。
胸に飛び込んできた名前はへら、と笑い、

「またしばらくお風呂入ってないんじゃない?」

そう言って、その細い腕で不死川をぎゅう、と抱きしめたのだ。



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