小説 | ナノ

 眩暈も立ち眩みも何のその、私は勢いよく立ち上がり声の元まで走った。
走って、不死川さんの顔を見て思わず飛びついてしまう。
不死川さんは、そんなわたしを物ともせず受け止めてからそっと私を引き離す。

「……」
「……不死川さん、」

不死川さんはそっと私の右手を持って、自身の指で私の親指の付け根を撫でつけた。
スルスルと、私の肌を滑るそこは、秋さんとご飯を作っていた時にいつだったか火傷をしてしまったところだ。
いつのまにか、火傷の跡は無い。
いや、あの日まではあった。
そう。あったのだ。確実に。

これを気にする、という事は不死川さんは私の千切れた四肢を見てしまったのかもしれない。
きっと、優しいから、気にしているのではないか。
そう考えていたら、口からぽろりと言葉が滑り落ちていく。

「不死川さん、私、帰ってきましたよ!!」
「……」

きゅう、と眉間に皺をたっぷり寄せて、大きなため息を落として、一つ息を吸ってから不死川さんはほんの少しだけ、口角を上げた。

「……オゥ」

それは、本当に小さな小さな声だったけれど、私には確りと届いた。

「不死川、行ってくれるか」
「あァ、悲鳴嶼さん。」

悲鳴嶼さんが私の方を向いて、静かに問いかける。

「名字、君の外出は今日不死川が共に居てくれるそうだが、出てくるか」
「は、はい!!行きたい、……行きたい、です!!」

私は何度も何度も頷いて、それを見た悲鳴嶼さんが少し笑った。

「行ってくると良い。」
「……悲鳴嶼さん、ありがとうございます!!!」


 少しばかり距離があるから、と私は不死川さんに目隠しをして抱え上げられていた。
目隠しをされるのは念のためという事らしいから何も言わないけれど、不死川さんとくっついているわけだから、そこから体中が熱くてたまらない。
すん、と息を吸うと、少しばかりの埃っぽい感じの匂いとちょっとだけ汗のにおい。
それから、何とも言えない、とにかく、これが不死川さんの匂い。

「……嗅ぐんじゃねぇ」
「へへ、」

久しぶりの他愛もないやり取りに、また胸が躍り始めていた。

 暫くすると、不死川さんは私を下ろしてから目隠しを取って、目の下をそっと撫でつけた。

「ちゃんと、寝てんのかァ」
「……不死川さんの所じゃないと、寝られない。」
「ハ、そんな繊細だったかァ?」

憎まれ口を叩いているくせに、目元はきゅっとほそまって。
私はああ、不死川さんだぁ、ってなる訳だ。

 不死川さんはゆっくりと歩き始めて、林道を出てすぐの畦道を抜けてさらにそのすぐそばにある木に囲まれたお茶屋さんのようなところに連れてきてくれた。

「今日は時間がねェ、此処で甘味食ったら……」
「寝不足だから、丁度いいです。不死川さん、ありがとう!」

申し訳なさそうにするから、少しだけ食い気味に言葉をかぶせた。

 そのお店は老夫婦が二人で営んでいるらしかった。
おばあさんが愛想よくにこにこと注文をとって、

「すぐにもってきますんでねぇ」

そう言いながら曲がった腰に握った手を当て、奥に居るおじいさんに注文があったことを告げて、しばらくしてやってきた団子や大福、おはぎを二人で長椅子に腰かけながらほおばった。

「不死川さん、これ、おいひいでふ」
「口ン中無くなってからにしろォ」
「んん、おいひい」

もっちゃもっちゃと、ちょっと甘めのこしあんを柔らかい餅で包んだ大福。それをたっぷりと食む。
暖かくてまろやか。
ほほが緩むのがわかった。
なんだか、ひたすらに美味しい。

隣に座っているのに、こちらを不死川さんは見ようとしないから、背中に背負った過激な文字がこちらを向いている。

「ねぇ、寂しかったです?」

ちょっとだけでもこちらを向いてほしくて、何でもない質問を投げかけてみる。

「……ねぇなァ。そんな事感じてる暇すらねェよ」
「ふぅん。……私はね、」

寂しかったですよ。
なんて言いながら、真っ白な羽織の『殺』の字をツンと押してやる。
ピクっと動いたものの、何も言われないから、その文字の上から別の言葉を指で書いていく。

「……アァ!?」

いくつ目かもうわからないおはぎを不死川さんは口に突っ込むのをやめてこちらを睨みつけてくる。
何も知らない人だったり、一年前の自分ならこの顔はビビり散らす、と胸を張って言える自信がある。
怖いもの。
けれど、私はもう彼を知っているし、大好き、だと思う。
こんなにも厳しい顔ですら、カッコいい、だとか可愛いだとか思ってしまうのだ。
でもそれは不死川さんが私に、本気で怒らない、とどこかで高を括っているからなのかもしれない。
彼が私に対して罪悪感を抱いていることも知っている。
自分が普通ではないことも解っている。
でもだから何だというのか。
だって仕方ないじゃない。
好きに、なってしまったんだから。
その事実はどうしたって変わるものでは無いんだから。
指先は、もう熱くてたまらない。

「んへへぇ、読めちゃいましたぁ?」
「読めるわァ!!」

『バカ』
と背中に書いた文字はどうやら読めてしまったらしい。
つつ、とまた指を動かしていく。

『アホ』
「……お前がなァ」

睨みつける為とは言え、せっかくこちらを向いた顔がまたそっぽを向いてしまう。

「……私不死川さんと秋さんの所、帰れないんですか?」
「アイツは、通常任務に戻った」

不死川さんの大きな手から繋がる長い指で掴まれたおはぎが口に運ばれていく。

『マヌケ』
「……ッ、いい加減にしろォ」
「えぇ、読めなかったんですかぁ?」
「読めたからイラついてンだァ」

またおはぎが口に運ばれていく。
私の元にあった団子の串を一本私は手に取って頬張った。

「じゃぁ、最後にしようかなぁ、…………読めました?」

ついつい、と指を動かす。
少しばかり意地悪をして漢字で書いたのだけれど、読めていれば嬉しいと思うし、読まれていたら恥ずかしいなぁ、とも思う。
けれど、どうしても、言いたくなったのだ。
今。
伝えたくなったのだ。
今。

『好き』

でもね、本当はそんな簡単な言葉じゃ言い表せないんだ、多分。この気持ちは。
それでも私はこの言葉しか伝えられる単語が出てこない。
いや、長々と説明したって、きっと誰にも、不死川さんにすらも伝わり切らないんだと思う。
自分でだって、わからない。


そよそよと気持ちのいい風が吹いている。
出会ってから、季節はくるりと一周まわっていて、また春がそこかしこで芽吹いている。
例えば、目の前の木には桜が咲いているし、足元は薄いピンクの絨毯のよう。
緑がより鮮やかに見えるし、風はさわやか。
空気が軽いから、少しばかり砂が舞っていたりして。

不死川さんが、最後の団子を串から口で引き抜く。

「ねぇ、不死川さん……読めました?」
「…………読めねェ」

そう言ってから、眉間にたっぷりと皺を寄せた顔でこちらを向いた。

「字、汚な過ぎんだろォ」
「うっそだぁ、だってさっきまで読めてた!」
「…………」

睨みつけてやると、不死川さんは、ふい、とまたそっぽを向いて、考える人のポーズよろしくな格好になってしまったのだけれど、多分耳が赤いから。
ずっと黙ってるから、読めたんだと、思う。

「ごちそうさまでした!!」
「……オゥ」


 二人で来た道を戻る。
近くの畦道を抜けて、そこの林に入ったらまた不死川さんが運んでくれるんだ。
でもね、
何で、こんなに好きなのに
こんなに一緒に居たいのに、私はあなたと違うところに帰るんだろう、ずっと一緒に暮らしてたそこに、どうして帰ることができないんだろうって。
一緒に居たい。
そう思うのは、いけないんだろうか。

なにが、駄目だったんだろう。


不死川さんの手で、ゆっくりと目隠しを施され、目の前は真っ暗になった。


不死川さんの背中に抱えられて居るのを良いことに「掴まるため、」を口実にしてその広い背中を抱きしめた。

多分、全部が駄目なんだろう。


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