小説 | ナノ

 私には幼馴染が居た。
とても内気な子で、ずっと私の後ろに隠れていた。
さっちゃん、と呼ぶとすごくうれしそうに笑ってこちらに来る。
けれど私は、それが少し不快で。

 さっちゃんは、ずっと私の後ろに隠れている。
小学校でクラスが別々になっても、下校時刻になるとバタバタとやってきては
「名前ちゃん、一緒かえろ」
と、こてんと首を倒す。
どこまでも従順なその態度をひどく情けない奴だ、と嘲りながら
「良いよ」
と私は笑っていた。

 さっちゃんは、そんな私の事を、そんな私の心の底を多分知っていた。
私はいつまでもそのことには気が付かない。私が理解できるのは、いつだってすべての事が終わった時なのだ。

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 目を開くと、真っ白な天井。
部屋の大きさに対していささか大きく感じる窓は開いているようで、そよそよと室内に入ってくる風が肌を撫でていった。
少しばかり視線を下げると、真っ白なシーツにくるまれた自分の体が見える。

「……ある、」

そう、引きちぎれた筈の体はきちんとそこにあった。
呟いた自分の声は酷く擦れている。
ゆっくりと体を起こすと、ギシ、とベッドが鳴く。
ベッドのすぐ脇に備え付けてあるサイドテーブルには見覚えのあるキーホルダーが見えた。
秋さんの買ってくれたものだ。
ちゃんと二つある。
無くなっていなくて、良かった。とそっと手に取ったところで、からからと扉の開く小さな音と「ひゃ、」と短い、それでいて小さな悲鳴が聞こえた。

「お、き、られたんですね!……すぐに、人を呼びますね!」

まだ私の半分ほどの年頃であろう女の子が嫌にしっかりした口調を舌を絡ませながら吐いて扉の前から姿を消した。
喉が、酷く痛む。
きっと、たくさんたくさん叫んだからだ。
多分、ううん。
きっと、そう。

 ゆっくりと背中を持ち上げ、ベッドに腰かけ直したところで、そろり、と音がしそうな程にゆったりとした動作で現れたのは、いつか不死川さんの家で健康診断をしてくれた女性_胡蝶、と云ったと思う。その人だった。
にこり、と笑顔を見せて、調子はどうですか、と問うてくる。
手渡された湯呑に入った水を喉に流し込むと、スッと喉になじんでいく。
喉も酷く乾いているようだった。
頭を下げてから口を開く。

「……分かりません。不死川さんは、」

どこですか。
言おうとしたところで、ゆっくりと開かれた胡蝶さんの目に見据えられて言葉が出せなくなった。

「あなたは13時間ほど眠っていました。まずは意識の確認からしましょうか。」

はい、と頷く以外の返事を許してくれそうにもないその雰囲気にのまれてしまう。

「……」
「では、お名前は?」
「……名字名前です。」
「はい、では名字さんこれは何本ですか」
「三本です」
「はい、ではあなたは最後にどこに居ましたか」

その言葉に息が詰まる。
ここにあるはずのみぞおちから下。
ゆっくりと自分の足をシーツの上から撫でていく。

「……すごい小さな、山、丘……丘です。そこの麓で、木の幹に手をついて、……私そこで転んだんです。それから、……そこで、鬼に捕まってしまって、凄く、凄く……痛くて、」
「はい、わかりました。そこまででいいですよ。辛いことを思い出させてしまってすみません。」

口はそう動くが、多分そんなこと思っていないんだろうな、とどこかで考えてしまう。
だって彼女の笑みは、
この笑い方は、
前の私みたいだったから。


 どうぞ休んでいてください、と胡蝶さんに言われるままベッドの中で無駄な時間を過ごす。
不死川さんのことを、ついつい思い出してしまう。
不死川さん、迎えに来てくれないかな。

「早く帰りたい。」

そう、言葉を落とした時だった。

「その希望は叶えてはやれない」

太く低い声が真っ白な部屋でこだまする。
ベッドから体を起こすと、扉の前には胡蝶さんよりもずっとずっと遥かに大きな、それこそ不死川さんよりも多分ずっと大きな男が立っていた。
額の傷跡を眺めて

(不死川さんに、会いたい。)

どうしても、会いたくなってしまう。
だって、せっかくの彼のお休みだったから本当は、昨日も不死川さんともう少し一緒に居たかった。
それでも、秋さんとのお出かけは楽しかったし秋さんのことも、不死川さんの事ももっと好きになったんだ。
だから、やっぱり、

「……不死川さんに、会いたいんです、」
「南無、」

じゃら、とその手に引っかけられた数珠が音を鳴らす。

「不死川は『監督不行き届き』で君の監視の任務から外れた。今日からは俺が君を預かる事となる。」
「不死川さんが、良い。……不死川さんじゃなきゃ、やです。」

目からぽろぽろと涙が落ちるのがわかる。

だって、まだ昨日おやすみなさい、っていえてない。
おはようって、お出迎えもしていない。
ちょっと血走った眼を数回瞬いて少しだけ目を細めてから
「おゥ」
って。まだ、彼の声も聴いていない。

「とっさの雨天とはいえ、そもそも外に連れ出すのに着いて居ない等言語道断。その時点で不死川は責任を果たせていないのだ。そんな男には任せられない。
嗚呼、何とも哀れな女よ。可哀相に_」
「……」

その男の声に、両の手で拳を作ったところで、慰めてくれる人など誰一人としてここには居なかった。


 その男(_悲鳴嶼と名乗ってくださった)に着いて行く事となり、私は目隠しをされてその男の屋敷に着いた。
私はあれからずっと、
夜、眠れない。
夜が来るのが怖い。
昼間はぼう、と縁側で外を眺めている。
眠る事が、怖いのだ。

 男が、真夜中に帰ってきた際、一度だけ、酷く激しい息遣いで自室まで歩いて行った音が聞こえた。
それが、どうしても不快で、ぞわりと身震いする。
不死川さんもそんなことがあった。
たくさん痛い思いをしていた日なのかもしれない。
それか、たくさん鬼を殺してきた日なのか。わからないけれど。
鬼とはいえ、『殺している』という事に正直実感はない。
けれど、嘘でもジョークではないことも分かっている。だから、不死川さんがそうやって獣のような息遣いを漏らしながら帰ってきたとき、そんなこともあるんだ、
くらいに思っていたし、彼が少しでも気がまぎれれば、と敢えて訪ねてみたこともあった。
襖越しに声をかけると、

「大丈夫ですか、不死川さん」
「……もう寝ろォ」

つっけんどんにそう返されたけれど、どうしても傍に居ないといけない気がして、いや、違う。私が傍に居たくて、彼の息が落ち着くまで外からずっと語り掛けてみたりしていたんだ。
いつからか、不死川さんはそんな日は私の部屋の前で立ち止まって、襖越しに声をかけてくれるようになっていた。
息遣いは激しいのに、とても優しい声を、落としていったのだ。

「……今日は、星が出てねェ、」
「ん、……曇り空だったからかなぁ」
「外、暗かったからなァ、視界が不明瞭でなァ、……ちぃとばかしドジっちまったァ、」
「そうなんだ、……どんくさいなぁ、って、笑ってあげましょうか!」
「要らねェ」

そんな、どうでも良い話をして。
彼の呼吸が落ち着いてきたら
「おやすみなさい」
と私が言って、
「あァ、」
と不死川さんが応えていた。
そんな、いっそ暖かい思い出のようなものにすらなっていたのに。

彼の、悲鳴嶼さんのソレは怖くて仕方なかった。
怖くて仕方なくて、耳を塞いだ。


 悲鳴嶼さんの屋敷にも、私を監視するための隠の人達は入れ替わり、立ち代わりする。
私には極力接触しないようにしていて、日中には一人、夜は二人。
息が詰まった。


 一週間程経った頃だったろうか。
その日、悲鳴嶼さんから外出の許可が出た。
朝方、声をかけてくださり、昼頃にまた来ると言っていたが、
私は何日もろくに眠れていなかったし、食事もろくに喉を通らないから、酷く躰がダルかった。
せっかくだけど、断ろうと考えていたところで屋敷のどこからか、悲鳴嶼さんの、誰かと話す声が聞こえた。
それから。
それから、
不死川さんの声が、聞こえた。



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